表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/53

第3話 聖女追放(3/4)

     4


 わたしは耳を疑いました。


 無理もありません。

 この国のために尽くしてきたにもかかわらず、突然罪人扱いされたのですから。


 そのうえ、聖女の地位を剥奪し、追放するという。


 ――正直に言えば。

 聖女という立場に、未練はありません。


 制約ばかりが増え、本来やりたいことの妨げになっていたのも事実です。

 婚約破棄についても同様。そもそもカイン殿下に好意などありません。


 むしろ、こちらから切り出そうと思っていたくらいです。

 手間が省けた、とすら言えるでしょう。


 ですが――。

 『国を騙してきた』という言葉だけは、受け入れられません。

 嘘だと分かっているからこそ、なおさらです。


 これまでわたしは、国のために身を粉にして働いてきました。

 その成果が不十分だった可能性は否定しません。


 それでも、国に害をなそうとしたことは、一度もありません。


「カイン殿下。確認させてください」


 ここまで来れば、穏便に済ませることはできません。

 殿下は一線を越えたのです。


 わたしは語気を強め、問いかけました。


「なぜ、私が聖女ではないと判断されたのでしょうか。これまで私は聖女として公務に従事してきました。いきなり否定されても、納得できません」


 その問いに、カイン殿下はあっさりと答えます。


「本物の聖女が見つかったのだ」


「……本物?」


 聖女は同時に一人しか存在しません。

 つまり本物がいるなら、わたしは偽物ということになります。


 論理としては正しい。


 ――ですが。

 そもそも、聖女に“本物”も“偽物”もあるはずがないのです。


「殿下。その“本物”とは、どういう意味でしょう?」


「そこにいるアンヌ・サヴァイヴこそが、本物の聖女だ」


 示された先には、茶色の髪の女性が立っていました。

 深紅のドレスを身にまとっていますが、正直なところ、着慣れていない印象は拭えません。


 それ以上に問題なのは――

 彼女が、聖女候補ですらなかったことです。

 訓練も受けていない。

 白色魔力の素養も感じられない。


 ……もっとも。

 どうやら、それは問題ではないようですが。


 アンヌ・サヴァイヴ。

 彼女の最大の特徴は、その豊満な体つきでした。

 ドレスから溢れんばかりの肢体は、確かに目を引きます。

 同性であるわたしでさえ、思わず視線を奪われました。


 ですが、それは聖女の資質ではありません。


 わたしはため息をつきました。

 彼女からは、ほとんど魔力を感じません。


 意図的に抑えている可能性もゼロではありません。

 ですが、この状況でそれを想定するのは現実的ではないでしょう。


 とはいえ、それを指摘したところで、カイン殿下が聞く耳を持つとも思えません。


 ――さて、どうしたものか。


 思案していると、アンヌがこちらへ歩み寄ってきました。


「セレナ・アリアーナさんですわね」


 彼女はスカートをつまみ、優雅に一礼します。

 その所作は見事なものでした。体幹がいいのでしょう。


「はじめまして。アンヌ・サヴァイヴと申します。今後、この国の聖女は私が務めますので、ご安心ください」


「残念ですが、それは難しいでしょう」


「あら、ひどい」


 アンヌはわざとらしく肩をすくめ、カイン殿下に視線を送ります。


「殿下、お聞きになりました? セレナさんは、私には務まらないと仰っていますわ」


 芝居がかった口調。

 それに応じるように、ポリンス――もといカイン殿下が、不満げにわたしを睨みつけました。


「本物の聖女に対してその態度とは。恥を知れ」


 さすがに、その言葉には、怒りを覚えました。

 これまでの努力を、すべて否定された気がしたのです。


 ですが――ここで感情的になっても意味はありません。

 むしろ不利になるだけです。


 短気は損気。

 わたしは、ぐっと言葉を飲み込みました。


 その様子を見ていたアンヌが、ふっと口元を歪めます。

 そして――耳元で囁きました。


「そんな貧相な体で、殿下を満足させられるとでも?」


 これは、さすがに驚きました。

 思わず顔が熱くなります。

 わたしとカイン殿下の関係は、あくまで政略的なもの。

 肉体関係など一切ありません。


 ですが、この発言で理解しました。


 ――なるほど。そういうことですか。


 カイン殿下は、彼女と結ばれるために、わたしを排除しようとしている。

 実に分かりやすい構図です。


 そして――実に腹立たしい。


 ですが、怒っている場合ではありません。

 この場には、まだ利用できる要素があります。

 国家と教会の重鎮たち。

 彼らの中には、わたしがいなくなると困る者もいるはずです。

 論を立てれば、味方が現れる可能性はあるはずです。


 ……おそらく。多分。そうだとよいのですが。


 深呼吸をひとつ。

 背筋を伸ばし、わたしは口を開きました。


「殿下。まず確認させてください。聖女の認定は、殿下の独断で決められるものではありません。権限を持つのはアリス聖教会です」


 場の空気を切り裂くように、言葉を重ねます。


「アンヌ様を聖女と認めるには大司教の認定が必要です。同様に、私を偽物とするならば、教会による資格剥奪が必要となります」


「その程度は分かっている。だからこそ――大司教を呼んである」


 ……いましたね。


 視線を向けると、大司教はわたしから目を逸らしました。

 その瞬間、私はようやく理解しました。


 自分が、追い詰められているのだと。


 ええ、遅すぎましたね。

 わたしは、この場を理屈で乗り切れると思い込んでいたのです。

 ですが――違いました。完全に間違っていました。


「まさか、この場で認定を?」


 あり得ないはずでした。


 教会は強い独立性を持つ組織です。

 各国の干渉を退け続けてきた歴史があります。


 それが、あっさり覆されようとしているのです。


 ……なぜ?


 買収。圧力。あるいは、もっと別の何か。

 疑問は尽きません。


 ですが、考えるのは後です。


 今は――。


「確認します。アンヌ様は白色魔力を扱えるのですか? それが不可能であれば、浄化事業は維持できません」


 声を張ります。


「それは、この国の根幹に関わる問題です」

「それは国家事業だ。お前が気にすることではない」


 ――最悪の答えでした。


 理屈は通じない。

 もはや、結論ありきです。


 誰も止めない。止められない。


 ……終わりですね。


「国王陛下はご存じなのですか?」

「父上は病床だ。決定権は俺にある」

「ですが――」

「議論は終わりだ」


 わたしの言葉は、もう届かないようです。


「……そうですか」


 静かに息を吐きます。


「反論は無意味のようですね」

「ようやく理解したか」

「ええ。物わかりは良い方なので」

「減らず口を叩くな! 大司教、始めろ!」


 ――わたしは、大司教を見ました。


 最後の望み――だったのですが。


「……承りました」


 その一言で、すべてが終わりました。

 大司教はアンヌの前に立ち、淡々と告げます。


「アンヌ・サヴァイヴを聖女として認定する」


 錫杖が、軽く振り下ろされました。

 その光景を見ながら、わたしは、場違いなことを思い出していました。


 ――ああ、懐かしい。


 わたしも、こうして認定されたのでした。


 ……これは、現実逃避なのかもしれません。


 ともあれ。

 新たな聖女が、ここに誕生しました。

 誕生してしまいました。


 聖堂に響く拍手。

 それは祝福であり――

 同時に、わたしへの断罪でもありました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ