第4話 聖女追放(4/4)
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新聖女が認定された後、わたしはただ祝福されるアンヌさんの姿を見ていました。これまで積み重ねて来たものを理不尽に奪われたことで、柄にもなく打ちひしがれていたのです。ですが、わたしには落ち込む暇すら与えてもらえませんでした。
「新聖女が誕生したことにより、君は聖女としての資格を失う。今後、聖女を名乗らぬようにせよ。また、国家を騙した大罪人である君とは、婚約を破棄させてもらう」
カインは、毅然とした態度を取りながらそう告げました。ですが、時折その頬が緩みそうになっていました。完全にあのポリンスの思い通りの展開となってしまいました。
かくして、わたしは聖女としての地位も婚約者としての立場も失ったのです。まぁ、婚約者としての地位はどうでもよかったのですが。この時、聖女セレナ・アリアーナは、この時ただの平民となりました。
あまりにあっさりとした幕切れ。
ですが、これでわたしの人生が終わったわけではありません。わたしはこれからも生きていくのです。元聖女という特殊な立場を考えれば、その生き方もある程度制限されることになるでしょう。そのあたりは、どれほど愚鈍なポリンスであろうと考えているはずです。
「それで、わたしをどうされるおつもりですか? 何の指針も示さずにただ『出ていけ』というわけではないのでしょう?」
「そうだ」
考えてはいたようです。そのことに、わたしは少し安心してしまいました。それは自分の身を案じたというより、この国の指導者が底抜けの馬鹿ではないと分かったことへの安心感でした。いや、既に最低であることは分かっていますけれど。
「お前のために、二つ用意してやったものがある。まず、一つ目は居場所だ。お前のことを欲しがっている組織があった。そこに行ってもらう」
「組織?」
「ナイトフロスト魔法学院だ」
ナイトフロスト魔法学院。
それについては、わたしもある程度のことは知っていました。
それは、隣国ノルディア共和国にある名門魔法学院です。世界各国の支援を受けながら経営されており、ドラゴニア王国もかなりの金額を援助しているはずです。
そんな学院がわたしを欲しがっているというのです。聖女という立場を失おうと、誰かに必要とされるというのは、それなりに嬉しいものでした。
ですが、ここで気を抜いてはいけません。こういう話には、大抵裏があるものです。
「わたしはこれまであらゆる魔法を使ってこの国のために働いてきました。魔法学院が興味を持つのも頷けます。ところで、魔法学院はわたしに何をさせたがっているのでしょうか?」
「知らん。後のことは、魔法学院側に任せる」
カイン殿下はそう答えました。あまりに無責任な回答です。
このポリンスめ。
「では、二つ目は?」
「新しい婚約者だ。お前にぴったりのものを用意してやった」
「……はい?」
これには絶句しました。
婚約破棄をした相手に、別の婚約者を用意したというのです。あり得ません。どれだけ神経が図太ければそんなことが出来るというのでしょうか。あるいは、ただのアホなのでしょうか。
わたしの中に、罵倒の言葉が無数に浮かび上がりました。その全てをカイン殿下にぶつけて差し上げたいところです。剛速球で。
ですが、平静を装い続けました。今は罵倒するよりも、情報を得ておく必要があります。一体、どこの馬の骨を用意したというのでしょうか。評判の悪い下級貴族でもあてがわれたら最悪ですが、このポリンスならやりかねません。
わたしはその答えを待ちました。すると、カインは予想外の人物の名を告げたのです。
「喜ぶがいい。我が弟である第二王子アベル・ド・ドラゴニアをお前の婚約者としてやった」
「第二王子?」
嘘じゃない!? それにしても、第二王子ですか。その存在は知っていました。
何らかの事情があって、数年前から魔法学院に籍を置いている方です。巷では体のいい国外追放だと言われています。わたしは一度もお会いしたことがありません。
もっとも、カイン殿下の親類という時点で、イメージは最悪です。出来れば会いたくありません。
「ちなみにそれ、断ったらどうなります?」
「死刑」
カイン殿下は軽い調子で答えました。
ですが、彼は本当にやりかねません。彼は常識にとらわれない馬鹿なのです。権力を持った馬鹿ほど厄介なものはありません。とりあえず、アベルとやらにはなるべく出会わないようにしましょう。
わたしはそう心に誓いました。
「カイン殿下、最後にもう一度だけ聞かせてください。アンヌ・サヴァイヴさんを新聖女として迎え、私はナイトフロスト魔法学院に追放。その決定に誤りはありませんか?」
「ない」
カイン殿下は即答しました。こうなってしまえば、これ以上の問答は無駄というものでしょう。
わたしはドレスのスカートを摘まみ、恭しく膝を曲げました。
これは、ドラゴニア王国という国家に対する最後の挨拶です。
「王子その他の皆様、私はこれで失礼いたします。この度の決定、くれぐれも後悔することのなきよう、国家の繁栄に尽くしていただきたいと思います。それでは、ごきげんよう」
わたしは一礼しました。
そしてカイン殿下の前に立ち――。
「カイン殿下?」
「何だ?」
「歯を食いしばってください」
拳を振り上げました。




