第3話 聖女追放(3/4)
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わたしは耳を疑いました。
それはそうでしょう。この国のために尽くして来たら、いきなり罪人扱いされたのですから。そのうえ、聖女としての身分を剥奪した上で追放するというのです。
実際のところ、聖女という立場に未練はありません。この立場は制約が増えるだけであり、わたしが本当にやりたいことの妨げにしかなっていませんでした。婚約破棄についても、問題はありません。そもそも、カイン殿下に対する好意など最初から持っていませんから。むしろ、婚約破棄はこちらから進めようと思っていたところです。手間が省けました。
ですが――ドラゴニア王国を騙してきた、という言葉については承服しかねます。嘘だとは分かっています。ですが、これだけは、甘受するわけには行きません。
これまでわたしは国のために身を粉にして尽くしてきました。カインからすればその成果は不十分だったかもしれません。ですが、国に対して害をなそうとしたことは一度もありません。
「カイン殿下、確認させていただきたいことがあります」
ここまで来たら、穏便に済ませることは不可能です。
カイン殿下は一線を越えてしまったのです。
わたしは語気を強めて尋ねます。
「どうして私が聖女ではないとお考えになったのでしょうか? 私は今の今まで聖女として公務に励んでまいりました。いきなり聖女ではないと言われましても、困惑するしかありません」
その問いかけに対し、カイン殿下は「本物の聖女が見つかったのだ」と答えました。
「本物……?」
聖女は同時に一人しか存在できません。ですから、本物が現れたというのであれば、わたしは偽物ということになります。それは道理です。論理的に正しい結論です。
ですが、そもそも聖女に本物も何もないはずなのです。
「殿下、本物とはどういうことでしょう?」
「そこにいるアンヌ・サヴァイヴこそが、本物の聖女だ」
カイン殿下が示した先には、茶色い髪の女性がいました。
彼女は深紅のドレスを着てはいました。失礼ですが、あか抜けない雰囲気は隠しきれていない、というのがわたしの印象でした。そもそも、彼女は聖女候補ですらなかったのです。聖女としての訓練も受けていません。聖女に欠かせない白色魔力の資質もなさそうです。
ですが、そんなことは問題ではないのでしょう。
アンヌ・サヴァイヴ――彼女の最大の特徴は、そのダイナマイトなボディでした。ドレスからあふれ出んばかりの豊満な身体。それはまさに美の極致ともいえる素晴らしいものでした。そのまま美術館においても違和感がないかもしれません。同性であるわたしも、思わず目を奪われてしまいました。
ですが、それは聖女の資質ではありません。当然のことながら、聖女が負うべき責務は肉体的魅力ではないのです。
わたしはため息をこぼしました。
アンヌさんからはほとんど魔力を感じません。魔力感知をされないように日常的に魔力を抑えているという可能性もないとは言い切れません。ですが、その可能性は低いでしょう。この平和な世の中では、そんなことをする必要がないのですから。
ただ、それを指摘したところで、カイン殿下は自らの非を認めないでしょう。
――さて、どうしたものでしょうね、コレ。
わたしが対応に頭をひねっていると、アンヌさんが歩み寄ってきました。
「セレナ・アリアーナさんですわね」
彼女はスカートの端をつまみ、膝を曲げて頭を下げました。カーテシーと呼ばれる挨拶です。ドレスは似合っていませんが、この作法はとても様になっていました。
「始めまして。私は『アンヌ・サヴァイヴ』と申します。今後、この国の聖女は私が勤めますので、どうかご安心ください」
「残念ですが、それは難しそうですね」
「あら酷い。カイン殿下、お聞きになりましたか? セレナさんは、私には聖女は務まらないと仰っていますわ」
わざとらしい仕草にわざとらしい口調。
そんなふざけた態度を取りながら、アンヌさんはカイン殿下に訴えかけました。それを受け、ポリンス・カインはわたしに不満げな視線を向けるのです。
「セレナ・アリアーナ。本物の聖女であるアンヌに対してそのような態度を取るとは。君は恥ずかしくないのか?」
その言葉には、温厚なわたしも怒りを感じました。
これまでわたしがどれだけ国のために身を粉にして働いてきたかは、カイン殿下もよく知っているはずです。いえ、知らないのかもしれません。彼はいつだって馬鹿ばかりしていました。わたしの苦労など、全く知らないのかもしれません。
そう考えると、全力で罵ってやりたい衝動にかられました。
ですが、ここで怒ったところで何にもなりません。むしろ、今後の展開が不利になるだけ。短気は損気なのです。ここはぐっと我慢しました。
そんなわたしを、アンヌさんは口端を上げながら見ていました。そして、わたしの耳元で囁きかけるのです。
「そんな『貧相な肉体』で、王子を満足させられるとでも?」
この言葉には、驚かずにはいられませんでした。ついつい、赤面もしてしまいました。
わたしはカイン殿下の婚約者ということにはなっていましたが、肉体関係は一切ありませんでした。この婚約は、政略的な意味しかもたないものでしたから。互いに、相手に対して興味を持っていなかったのです。
だけど、アンヌさんは『肉体関係』を匂わせる言動をしました。どうやら、ポリンスのお好みは彼女のような容姿の女性のようです。これで大体の事情に察しがつきました。つまり――カイン殿下は、彼女と結ばれるために、邪魔者である私を排除しようとしているのです。
憤らずにはいられません。
わたしには、この国でやりたいことがありました。やるべきことがありました。その邪魔をされるわけには行きません。そろそろ反撃に転じる必要があります。
その糸口は、この場にありました。カイン殿下が集めたのでしょうが、この場には国家や教会の重鎮が集まっているのです。その中には、わたしがいなくなると困る方も多くいるはずです。わたしが反論をすれば、乗ってくれる人も出てくるでしょう。多分。
わたしは深呼吸をして、背筋を伸ばしました。そして、胸を張って堂々とした態度で反論を行います。
「殿下。言いたいことは山ほどありますが、まず聖女認定については、殿下が独断で決められるものではありません。その権限を持っているのはアリス聖教会であり、アンヌさんを聖女として認めるためには大司教の認定が必要です。同様に、私を偽物の聖女として扱うのであれば、教会による資格の剥奪が必要です」
「その程度のことは分かっている。だからこそ、ここに大司教を呼んであるのだ」
そう言えば、いらっしゃいましたね。
わたしが大司教に目を向けると、あちらはわたしから目をそらしました。
その反応を見て、わたしは初めて自分が危機的状況にあることを実感しました。遅きに失したと言わざるを得ません。ここにいたるまで、わたしはこの難局を適当に乗り切れると思い込んでいたのです。いえ、難局とすら思っていませんでした。わたしが理を説けば、この場は容易に乗り切れると思っていました。
ですが、そうではなかったのです。
「まさか、この場で聖女認定をするおつもりですか?」
それはあり得ないことのように思えました。
教会は高い独立性を持つ組織です。これまで、世界各国が何度も教会に要求をのませようとしました。ですが、その度に独立性を保とうとする闘争が起きて、要求を出そうとした国は痛い目に合ってきました。ドラゴニア王国といえども、その要求に従わせることは難しいはずです。
そのはずだったのですが――。
大司教の態度は、不自然極まりないものでした。
――まさか、買収が成功したというのでしょうか。
教会には、わたしから聖女の地位を剥奪するメリットはないはずです。では、一体なぜ。聖女を挿げ替えるだけの価値が、アンヌさんにあるというのでしょうか。
「殿下。アンヌ様はどちらの方なのでしょう? お会いしたことはないように思うのですが」
「それはそうだろう。平民の出だ」
「平民!?」
「平民だからと言って、馬鹿にするのか?」
「いえ、そんなことはありません。平民の中にも優秀な方がたくさんいらっしゃるのは存じております。ですが……」
異例過ぎるにも程がありました。
そもそも、平民の彼女と王族の殿下がどのように出合ったというのでしょう。考えれば考えるほど謎が深まります。
何か陰謀が進んでいたのでしょうか。
私の知らないところで。
疑問は尽きません。
ですが、そういうことを考えるのは後にしました。
今は人々のために、状況がこれ以上悪くなるのを防がなくてはなりません。特にわたしが改善した瘴気浄化事業については、中断されるわけには行きません。あれはこの国の発展の礎なのです。世界を滅びから救うために必要なものなのです。アンヌさんが聖女になるにしても、事業継続はしていただく必要があります。
「確認させてください。アンヌさんは白色魔力を扱える方なのでしょうか? もしもそうでないのであれば、浄化事業が続かなくなってしまいます。そうなれば、この国は衰退していきます。殿下もそれはお望みではないでしょう」
「それは国家事業だ。追放されたお前が気にするべきことではない」
カインは、あっさりと答えました。
それは最悪の答えでした。
どうやら、正当な反論であっても聞く気はないようです。それを諫める人もいません。こうなってしまっては、千の事実を突きつけても、万の理屈をこねくり回しても意味はないでしょう。万策尽きました。
「このことは国王であるゴダイ・ド・ドラゴニア様はご存じなのですか?」
「父上は病に伏せておられる。決定権はこの俺に委ねられている」
「しかし、これほどの重大事項は国王の耳に入れておくべきだと思いますが」
「その件について、これ以上議論をする気はない」
カイン殿下は言い切りました。
議論をする気はない――確かに、その通りなのでしょう。根回しも十分しているようです。そのことは、ここに錚々たる面々が集まっていることから明らかです。
「反論をしても無駄なようですね」
「ようやくわかったか」
「物わかりは相当いい方だと思いますが」
「減らず口を叩くな! それでは、大司教。聖女認定を頼む」
わたしは大司教を見やりました。
聖女は教会にとって重要な存在です。聖女候補たちの中から、慎重かつ厳正な審査の末に選ばれる存在。聖女候補ですらなかった女性を簡単に認定していいはずがありません。
しかし、今回は例外のようでした。
大司教は一切表情を変えず「畏まりました」と答えました。
――畏まってしまいましたか。
あっけに取られているわたしをよそに、事態は無情にも進んでいきました。
大司教は跪く平民少女の前で「それでは、アンヌ・サヴァイヴを聖女として認定する」と述べ、その頭を錫杖で軽く叩きました
それを見ていた私は――。
――あれ、懐かしいな。私もやられた。
そんな呑気なことを考えていました。
そう考えることで、現実逃避をしていたのかもしれません。
とにかく――かくして、新聖女アンヌ・サヴァイヴが誕生しました。
聖堂にいるお歴々は拍手喝采。
その音は、新しい聖女への祝福。
同時に、わたしへの攻撃でもありました。




