第2話 聖女追放(2/4)
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その日、わたしは早朝の職務を終え、王城内にある自室に戻っていました。わたしは聖女という立場を持っていますが、カイン殿下の婚約者となってからは王国内部に居を移しています。そして、国家運営に関する業務にも多数関わるようになっていました。
本来であれば、わたしはそんな仕事をする必要はありません。ですが、そうせざるを得ない事情があったのです。その原因はカイン・ド・ドラゴニア――わたしの婚約者であり、王国の第一王子である彼にありました。
彼は市井では『アホ王子』と呼ばれていました。
その評価に関して、わたしは否定しません。ただ、聖女たるものそのような罵倒の言葉を使うわけには行きません。というわけですので、わたしは『ぽんこつプリンス』――略して『ポリンス』と呼んでいます。勿論、心の中で。
ちなみに『アホ王子』も『ポリンス』も同じだと思われる方もいるかもしれません。しかし、ポリンスには半濁点がついているのです。半濁点は、全てを可愛らしくします。ポリンスは、最早汚い言葉ではなく、非常に可愛らしい言葉なのです。
そんなポリンスことカイン殿下の言動は酷いものでした。
思い付きで計画性のない行動をして、周囲に大きな迷惑をかけることが何度もありました。それはもう、数えるのも嫌になるくらい。その度に、わたしは婚約者としてその後始末に東奔西走してきました。おかげさまで健脚が培われました。そして、気が付けば、その後始末の一部として、王国内部の事務処理にも多数関わるようになっていたのです。
ため息も出ようものです。ため息をつくと幸せが逃げると言いますが、これは因果関係が逆でしょう。幸せでないことが起きるとため息をつくのです。おっと、話がずれました。
さて――そんなわたしに破滅の時が訪れようとしていました。
朝の用事を済ませ、わたしは部屋で今日の予定を確認していました。すると、ドアがノックされました。わたしは無警戒にドアを開けました。
ドアの前にいたのは、王城に勤める兵士の一人でした。確か、名前はマイクさんだったはずです。彼は緊張した面持ちで、用件を告げます。
「セレナ様。お忙しいところ申し訳ありません。カイン殿下がお呼びです」
「カイン殿下が? 場所はどこですか?」
「大聖堂です」
「大聖堂?」
この時点で、わたしは嫌な予感がしていました。
いえ、何か悪いことが起きているという確信がありました。事務的な話であれば、城内で済むはず。わざわざ大聖堂まで呼び出す必要はありません。つまり、またカイン殿下が、何か余計なことを思いついたのでしょう。
大聖堂への呼び出しであるにもかかわらず、迎えに来たのが教会関係者ではなく国の兵士だというのも根拠の一つです。教会ではなく、カイン殿下が主体となって何かやらかしているに違いありません。
「マイクさん」
「はい」
「殿下は何故、大聖堂に?」
「申し訳ありませんが、私は事情を知らされていません」
思わず、目を細めました。
マイクさんが発した声は、酷く不愉快に響きました。彼の声に問題があるというわけではありません。その原因はわたしが与えられた『スキル』によるものなのです。
それは、生来持っていたもの。
嘘を見抜くことが出来るスキル。
わたしは密かに【真偽判断】という何の工夫もない名前つけています。
ちなみに、このことは誰にも話していません。そんなことが出来ると知られてしまえば、それを利用しようとする不届き者が現れること請け合いですから。それは、とても面倒くさいことなのです。
「あの、セレナ様。どうかされました?」
「いえ、なんでもありません。それでは、行きましょうか」
わたしは大人しく従うことにしました。
カイン殿下が大聖堂にいるということは嘘ではないようです。一国の王子を放置しておくわけにも行きません。どれほど放置しておきたくても。
わたしは短杖を手に取り、マイクさんの後に続きました。大聖堂に向かう足取りはとても重いものでした。大聖堂は好きな場所ではありますが、ポリンス――失礼しました、カイン殿下がいると思うだけで憂鬱な気分になってしまいます。
――そろそろ、本格的に婚約破棄に持ち込みたい。
その時の私はそう考えていました。
これから、その願いは叶うことになるのです。
最悪の形で。
3
聖アリス大聖堂は、おそらくこの国で最も美しい空間です。
世界各国からありとあらゆる芸術品が集められており、それらを間近で見ることが出来るのです。教会でありながら、最高峰の美術館でもあります。この芸術品を目当てに毎日大聖堂に来る人も多くいます。入場料としてそれなりの金額を取られるのですが、その価値はあります。わたしが保証します。
一回訪れただけでも満足することは確実ですが、わたしとしては何度も訪れることをお勧めしています。芸術品の数々は、巨大なステンドグラスから差し込む光によって、様々な色に照らされることになります。だから、季節や時間によってその様相も一変することになるのです。
話が脱線しました。
閑話休題といきましょう。
大聖堂の中に入ったわたしは、驚きのあまり目を見開きました。
そこには、国を動かす重鎮たちがぞろりと集まっていたのです。各省庁の大臣やアリス聖教の司教たち――大司教までいるではないですか。これはさすがに予想外でした。ですが、呆けているわけには行きません。
わたしは、不本意ながら国政にも大きく関わるようになっていました。このような重鎮ばかりが集まるような催しがあれば、必ずわたしに話が通るようになっていました。今回、その連絡が来ていないのです。
わたしは何も知りませんでした。
知らされていませんでした。
つまり、わたしに知らせてはいけない何かをこの場で行う腹積もりなのです。
「セレナ・アリアーナ。ようやく現れたな」
わたしの名を呼んだのは、ひときわ目を引く男性でした。短い銀髪に筋肉質な体つき。今は礼服に身を包んでいます。
彼の名は、カイン・ド・ドラゴニア。わたしの婚約者である件のポリンスです。
彼の声はひどく冷たいものでした。その視線には確たる敵意が籠っていました。聖堂内にいる面々も同様でした。悪意をぶつけるようにわたしを見ていました。
ですが、それで怯むわたしではありません。そんなことでは聖女は務まらないのです。わたしは出来る限り気丈に尋ねました。
「カイン殿下。これはどういうことなのでしょう?」
「今日お前をここに呼んだのは、お前の罪を裁くためだ」
「罪?」
「セレナ。君の罪が何なのか、分かるか?」
「いえ、さっぱり」
心当たりが全くありませんでした。
特に問題を起こした覚えはありません。むしろ、いつも問題を起こすのはこのポリンスのほうです。
それにしても、イチイチ回りくどい言い方ですね。
元々、第一王子にはそういう癖がありました。大したことではなくとも、もったいぶった言い方をするのです。
もっとも、今回もそうだとは思っていません。残念ながら、思えません。この場にいる面々を見れば、事の重大さだけは分かります。
「カイン殿下。私の罪とは、いったい何のことをおっしゃっているのでしょう?」
その言葉を受け、カイン殿下は意気揚々と告げます。
顎をあげ、わたしを見下すようにしながら。
「君が本物の聖女ではないことが判明した! 君は、これまでドラゴニア王国を騙してきたのだ。それは決して許されることではない! よって、聖女としての身分は剥奪し、婚約も解消させてもらう!」
うん、意味が分かりません。




