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第5話 呪われた王子の特訓

【Side アベル・ド・ドラゴニア】


     1


 魔法学院内にある研究室。

 俺は今日もこの部屋に引きこもっていた。


 勿論、ただ引きこもっているだけではない。しっかりと研究も行っている。俺の専門は魔力を動力とする『魔導具』だ。これまで、数々の魔導具を発明し、世の中に貢献してきた。それなりに実績のある引きこもりなのだ。


 だが、そんな実績は目の前に迫る危機には、何の役にも立ちそうになかった。


 今日も今日とてこの部屋にやって来たモブは、愉快そうに告げる。


「殿下の婚約者となったセレナ嬢ですが、到着したそうですよ。というか、到着自体は昨日していたようです。学生たちの前で、魔力測定も行っていました」

「早いな!?」


 手紙が届いたのも昨日のことなのに、もう来てしまっていたのか。

 随分と手際がいいことだ。


「やはり、セレナ・アリアーナの追放は入念に計画されていたようだな。裏に何があるのか、探る必要があると思わないか?」

「そうですね。それじゃあ、早速会いに行きましょうか」

「いや、しかし、陰謀が……」

「そんなことは後回しですよ。というか、それを口実に直接会うのを後回しにしようとしていませんか? していますよね? していないとは言わせませんよ?」


 モブはいやらしい笑みを浮かべながら言った。


 その言動は非常に不愉快なものだったが、間違ってはいない。俺はまだ、セレナ・アリアーナに会うのが怖かった。婚約者ということになっているからこそ、嫌われた時のことを考えると憂鬱になるのだ。


「モブよ。俺はまだ、心の準備がまだ出来ていないのだ」

「そのための訓練はしたでしょう」

「それは、そうだが……」


 俺の視線の先には、美女の肖像画があった。


 これは世間で『世界一の美女』とされている女性が描かれたものだ。理論上ではあるが――この絵の女性を見慣れることが出来れば、セレナ・アリアーナに会っても緊張をしなくて済むはずだ。


 だが、自信を持つことが出来ない。


 そもそも、セレナがこの美女よりも美しくないという確証がないのだ。それに、人には好みという物がある。セレナの方がより美しいと感じてしまう可能性も否定しきれない。


「俺には、まだ訓練が必要な気がするのだが」

「そんな訓練、どれだけやっても無駄ですよ」

「何だと!? お前が考案した方法だろう! 無駄だというのであれば、何故このようなことをさせたのだ!」

「空回りする殿下を見ているのが楽しかったからです!」


 こいつには、いつか制裁を加えなければならない。いや、こいつの言葉に騙された俺も馬鹿だった。対人関係においては、俺はモブの足元にも及ばないのだろう。


 全く、嫌になる。


「それで、いつ行くんです?」

「……一週間以内には、必ず」


 制裁を加えるのは、後にすることにした。セレナ・アリアーナに会うためには、やはり訓練が必要だ。その為には、モブに協力させる必要がある。非常に不本意ではあるが。


     2


「殿下、新しい特訓方法を考えてきましたよ」


 翌日、モブがそんなことを言いながら部屋に入ってきた。


「何だそれは?」

「ドレスです」

「何故女性用ドレスが?」

「陛下が女性の気持ちになればよいのです」

「まさか、それを俺に着ろと?」

「そのとおりです」

「断る!」

「多分、似合いますよ?」

「そう言う問題ではないだろう!?」

「似合うことは否定しないのですね」

「それも否定する!」

「まったく、我儘ですねぇ。折角用意したのに。勿体ないなぁ」

「だったら、お前が着ればいいだろう!」

「あらやだ、殿下ったら。俺のことをそんな目で見ていたの?」

「どうやって死にたい?」

「冗談ですよ」


 俺は大きなため息をついた。

 俺の呪い【醜愚】を恐れないのはいいのだが、この性格だけは受け入れられない。


「お前の態度、何とかならないのか? 一応、俺の従者ということにはなっているのだろう?」

「俺は殿下の従者である以前にスパイですからね。アベル殿下は監視対象です。面従腹背こそスパイの生きざまというものなのです」

「だったら、せめて面従しろ!」

「と、律儀にツッコミを入れるアベル殿下であった」


 駄目だ。こいつには何を言っても無駄だ。


     3


「殿下、新しい特訓方法を考えてきましたよ」


 さらに翌日、モブがこんなことを言いながら部屋に入ってきた。


「何だそれは?」

「ドレスです。このやり取り、前もしましたよね?」

「俺が聞いているのは、そこではない! どうしてお前がそのドレスを着ているのかということだ!」


 信じがたいことに、モブは以前入手したドレスを着ていた。勿論、女性用だ。何故か化粧までしている。これは、自分でしたのだろうか。


「仕方がないでしょう。殿下は女性に慣れる必要がありますが、女性は殿下を見ると怖がってしまいます。ですから、俺が着てきたのです」

「お前、疲れているんじゃないか?」

「本気で心配しないでください。これは殿下のためにやっているのですよ?」

「済まないが、お前の気持ちには応えられない」

「本気で答えないでください! そろそろ、セレナ嬢がここに来てから七日になります。その間、殿下に変化はありましたか? ないでしょう? ですから、強硬手段に出たのです」

「それのどこが強硬手段なのだ? 確かに、視界に収めたくないといういみでは強硬手段ではあるが。俺の呪いとどちらが悍ましいだろうか」

「ああ、そういう意味ではありませんよ」


 モブはニヤリと嫌らしい笑みを浮かべる。こういう顔をしているときは、大抵ろくでもないことを言いだす。していなくても同じだが。


「これから俺は、この姿で学院中を練り歩きます。そして、何故このような格好をしているのかと問われれば『アベル殿下にこの身を捧げる為』と答えます」

「脅迫か!?」

「嫌々こんな格好をしているのですから、嘘ではありません。それを避けたいのであれば、さっさとセレナ嬢に会ってください」

「お前は何故俺をセレナに会わせたがる?」

「面白そう――じゃなかった、婚約者になったのですから、会って当然です」

「今、面白そうとか言ったな?」

「言いましたが、何か?」


 モブは飄々とした態度で答えた。


 だが、悪夢を煮詰めたかのような悍ましい姿を目の当たりにした俺は、この男の覚悟を感じた。


 こいつは、やる。間違いなく、やってのける!


 恥も外聞もなく、俺に身を捧げるためなどという狂言をまき散らすだろう。そんなことになれば、ただでさえ引きこもりの俺が、一生ここから出られなくなってしまう。この部屋の居心地は悪くないが、一生をここで過ごす気はないのだ。


 仕方がない。

 こうなった以上、セレナに会いに行くしかないだろう。


 というわけで、緊張と期待に胸を膨らませながら、俺は腰を上げた。

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