第4話 魔法戦闘術(後編)
1
ナルシスの魔法により、わたしは杖を失いました。
この状況では、素早く魔法を使うことが出来ません。
――ですが。
わたしは諦めていません。
それどころか、ここまでの流れはすべて想定通りです。
「ナルシスさん」
「何だ? 降参するなら跪け。それがこの決闘のルールだ」
杖をこちらに向けたまま、ナルシスは言いました。
ですが、その切っ先はわずかに下を向いています。
――隙だらけです。
教室は静まり返っていました。
誰もが、わたしの敗北宣言を待っているのでしょう。
ですが――。
申し訳ありませんが、その期待には応えられません。
ここからが、本番なのです。
「いえ、違います。一つだけ忠告を」
「忠告?」
「上を見てください」
わたしが指を差すと、ナルシスは素直に視線を上げました。
――甘いですね。
その瞬間、わたしは踏み込みました。
重心を低く落とし、一気に間合いを詰めます。
地を滑るような移動――縮地。
気づいたときには、もう遅いのです。
わたしは彼の服を掴み、体勢を崩し、軸足を払いました。
次の瞬間――。
ナルシスの身体は、決闘台の外へと投げ出されていました。
床に叩きつけられた彼が、呆然とこちらを見上げています。
「確かに、魔法を使うまでもありませんでしたね」
その言葉に、ナルシスの顔がみるみる赤く染まりました。
教室がざわめきだしました。
その中には、ナルシスへの嘲笑も混ざっていました。
その中心で――。
「セレナ・アリアーナ! 何をしているのですか!」
ミリシダ先生の怒声が響きました。
「相手を落としました」
「これは魔法戦闘術の授業です! 魔法を使わずに勝つなど、前代未聞です! 卑怯にも程があります!」
強い叱責でした。
ですが、わたしは黙って頷くつもりはありません。
「魔法でなければならない、という規定はありますか?」
「それは……」
「ありますか?」
一歩も引かずに問い返します。
「……ありません」
「でしたら問題ありませんね」
教室がざわつきました。
「ナルシスさんご本人も『魔法を使うまでもない』と仰っていましたので。そのように解釈いたしました」
反論としては十分なはずです。
ですが、ミリシダ先生は納得していないようでした。
「ではやり直しです。今度は明言します。攻撃手段は魔法のみ」
――なるほど。
そこまで仰るのであれば。
徹底的にやるしかありませんね。
4
新しい杖を渡されました。
見るからに粗末な代物です。
――ですが、問題はありません。
軽く魔力を流してみましたが、異常はありませんでした。
決闘台の上で待っていると、ナルシスが戻ってきました。
「まだやれますね?」
「……ああ」
ですが彼は、すぐには上がってきません。
代わりに、誰かに指示を出しました。
運ばれてきたのは、小さな瓶。
中には紫色の液体が入っています。
――嫌な予感がしました。
そして、その予感は当たります。
ナルシスは、それを躊躇なく飲み干しました。
直後――。
彼の魔力が、大きく膨れ上がりました。
「……それ、『魔力増強剤』ですよね?」
思わず声が出ました。
「何か問題でも?」
「問題しかありません。命に関わる薬です」
副作用の強い、危険な代物です。
「知っている」
「でしたら、なぜ」
問いかけに、彼は即答しました。
「負けるわけにはいかないからだ」
目は血走り、呼吸は荒くなっています。
――こんなことで、命を落とさせるわけにはいきません。
一瞬、棄権も考えました。
ですが、それでは意味がありません。
わたしが棄権しても、彼は納得しないでしょう。
それでは、決闘は終わりません。
でしたら――。
「分かりました。始めましょう」
短く告げました。
決闘台の上で、互いに杖を構えます。
それを確認したミリシダ先生が――。
「デュエル!」
開始の合図を告げました。
「「『アニヒレント』!」」
詠唱は、ほぼ同時でした。
ですが、次の瞬間――。
砕けたのは、ナルシスの杖でした。
「な……」
崩れ落ちる杖。
ナルシスの顔が青ざめます。
「あり得ない……!」
そのまま、彼は膝をつきました。
ですが、油断はしません。
「『ジポンフェ』」
軽い衝撃。
ナルシスの身体は、あっさりと台から落ちました。
「――勝者、セレナ・アリアーナ」
先生による、不満げな宣言。
ですが、そんなことはどうでもいいのです。
わたしはナルシスの元へ駆け寄りました。
「大丈夫ですか?」
「……馬鹿にするな」
涙を浮かべながら、睨み返してきます。
「していません。それより体調を」
「……問題ない」
その様子に、小さく息をつきました。
「それより説明しろ! なぜだ! 何故お前の方が速かった!」
「簡単です」
わたしは答えました。
「詠唱していませんから」
「……は?」
「先に魔法を仕込んでいただけです」
杖の中に閉じ込めた無詠唱魔法。
それを合図と同時に解放しただけのことです。
「……無詠唱、だと。そんな高度なことを――」
「出来ますよ、普通に」
わたしは淡々と答えました。
実際、聖女候補たちは、全員が出来ていましたから。
ですが、ここでは違って用です。
ざわめきが広がってきました。
そして――拍手の音が聞こえてきました。
最初は小さく、やがて大きくなっていきました。
わたしは一礼します。
「改めまして――」
顔を上げ、教室を見渡しました。
そして――。
「偽聖女と呼ばれている、セレナ・アリアーナです。今度こそ、よろしくお願いいたします」
ちゃっかりと最初の自己紹介を上書きしました。
というわけですので、最初の自己紹介は無かったことにしていただきたい。
切にそう願う次第です。




