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第5話 ルームメイト

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 魔力測定という『晒し上げイベント』を終え、わたしは学院長から解放されました。もっとも、後でまた何かをやらされることになるかもしれませんが。というか、確実になると思います。


 わたしは、事務員に寮へと案内してもらいました。


 この学院の寮は、学院の敷地内に存在します。本校舎からは、歩いて三分程度の場所。遠すぎず近すぎず、いい感じの距離です。


 案内された寮は、特に変わったところのない建物でした。癖のある古びた建物なのではないかと心配していましたが、それは杞憂だったようです。むしろ、時代を感じさせながらも一切の不便さを感じさせない良好な環境といえます。よくよく考えてみれば、この学院には貴族令嬢が多く通っているのですから、環境が悪いはずがありません。


 残る問題はルームメイトです。


 この学院では、基本的に学生は二人一組で同じ部屋を使うことになっています。その相手が癖のある人であった場合、学院生活は非常に面倒なものになることでしょう。ルームメイトがわたしのような人間ではないことを切に願います。最低でも、敬虔なアリス教徒とかは勘弁していただきたい。


 幸いなことに、その心配も杞憂に終わりました。


 部屋に入るなりわたしを迎えたのは、人当たりのよさそうな赤毛の女性でした。着くずした制服に身を包んでおり、あまり繊細な印象は受けません。むしろ、その逆。大分ガサツなように見えます。


 部屋の中は散らかっており、ベッドの上にはパジャマが脱ぎ散らかされていました。わたしが来ることは知らされていたのでしょうが、気にしなかったようです。几帳面すぎる人よりはマシですね。


 わたしがそう考えていると、その女性は顔をほころばせながら近寄ってきました。


「初めまして! 私はミューズ・ライブンや。ルームメイトとして、これからよろしく頼むで!」


 明るく人懐っこい性格。

 今の態度と言葉だけで、それがよく分かりました。


「初めまして。セレナ・アリアーナです」

「知っとる、知っとる! アリス聖教の聖女様やな!」

「『元』ですけどね」


 最近何度もこのセリフを使っています。


「大変だったなぁ。いきなり掌返しやもんなぁ! 全く、アリス聖教は何を考えとるんかな!」

「え、あの……」

「ここではゆっくりと休むとええ! 私に遠慮する必要はない。好きなだけ、だらければええ! 私もそれに負けんくらい、ダラダラ過ごす!」


 わたしは安堵しました。

 今の言葉に嘘はありませんでした。

 この学院にも、わたしをよく思わない人間は多くいるはずです。

 ですが、少なくともこのミューズという女性はそうではないようです。


「あの、私のことを信じてくださっているのですか?」

「そりゃあ、そうや。周りが見えていないお貴族様ならともかく、あんな噂を信じる方がどうかしとるやろ!」


 嬉しい言葉でした。彼女はわたしのことを信じてくれている。そんな人がルームメイトになった幸運を素直に喜びました。


「あの、失礼ですが、ミューズさんは貴族の方でしょうか?」

「違うで? そう言えば、セレナこそ今どういう立場やの? もしかして、タメ口で話したらあかん感じの人なんか?」

「私も平民ということになっています。ドラゴニア王国が誇る『ぽちゃめ王子』に婚約破棄された時点で、身分も含めて身ぐるみはがされてしまいました。何も残っていません」


 その言葉に、ミューズさんは少し引いているようでした。

 この話は重すぎたようです。今後は少し控えることにします。


「そ、それじゃあ、同じ平民同士ということで。私にもタメ口で話してくれてええからな! というか、是非そうしてくれ!」

「それは出来ません」

「え、何で? 私、何か偉そうやったか?」


 ミューズさんの表情に少しだけ陰りが見えました。

 拒絶されたと感じたのでしょう。

 ですが、わたしが敬語を止められない理由は、別のところにあったのです。

 とても下らないところに。


「私はこれまで、ずっと教会で厳しい訓練を受けながら生きてきました。そこでは、礼儀作法も常に完璧でなければなりませんでした」

「うん」

「その結果、タメ口という言語体系を使うのが苦手になってしまいました」

「そっち!? でも、それなら仕方あらへんな」

「申し訳ありません」

「気にせんでええ! それより、セレナ。この学院のことをどれくらい知っとる?」

「性格の悪い方が多いですね」


 これは紛れもない本心です。

 学院到着早々、学生たちの前で晒しものにされてしまいました。


 仕組んだのは学院長ですが、多くの学生が奇異の目で私を見ていました。

 彼らは、わたしの失敗を望んでいたのでしょう。

 だからこそ、学院長の目論見が成立するのですが。


 ――おっと、考え込んでしまいました。


 目の前では、ミューズさんがむず痒そうな顔をしています。


「まぁ、それは冗談ということにして――」

「冗談ということに出来るんか!?」

「ミューズさんには、色々と教えていただけると助かります。私はここに来たばかりで右も左も分かりませんので。ついでに言えば、わたしはドラゴニア王国の王都からほとんど外に出たことがありませんので、世間一般の常識も教えていただけると助かります」

「まかせや! 教えられることは教えたる! 学院のことはいろいろ知っとるからな!」

「はい、心強いです」

「それじゃあ、まずは最近話題になっとることから教えたる」

「話題になっていることですか?」

「何と言っても、元聖女がこの魔法学院に来たって事やな!」

「それは知っています」

「せやな! 張本人やからな!」


 ミューズさんは明るく笑いました。

 その態度に、わたしは感心するばかりでした。


 ただ明るいだけではなく、相手との距離の取り方が上手いのです。他人が嫌がりそうな話題かどうかをしっかり判断しています。しかも、それがわざとらしくない。ルームメイトとして、これ以上の人はいません。


「他には、どんな話題があるのですか?」

「後は、授業のこととか、卒業後の進路のことがメインやな。私たちはもう三年生やから、この学院にはあと半年しかおれへんし」

「そうですよね。私も三年生に編入ということになりましたから、卒業まで半年しかありません」


 もっとも、それに関して不満はありません。

 この学院で学生として学べることは少ないでしょうし。


「セレナは卒業後はどうするんや?」

「分かりません。将来設計はありましたが、粉々に砕かれてしまいましたから」

「せ、せやな」

「ミューズさんはどうされるのですか?」

「私は、魔法を生かす予定はないな。実家が商売をやっているから、その跡継ぎになる予定や。この学院を卒業すると『男爵』の地位を貰えるから、ある程度の信用も付くやろうし」

「男爵になれるのですか?」


 男爵というのは、最下級の爵位です。

 ですが、それでも貴族であることに変わりはありません。それなりに役に立つこともあるでしょう。


 ただし、デメリットも存在します。


 爵位を貰うことになれば、それなりに義務も発生します。場合によっては辞退することも考えなければならないでしょう。肩書の面倒くささは、よく知っているのです。身に染みて。


「説明はなかったか?」

「初耳です」

「まぁ、男爵の地位を貰ったところで何も変わらないような貴族ばかりが通う学院やからな。話題に上がらないのも頷ける」

「そうですね」

「それ以外やと、少し前に『歌姫』がこの学院にいるっていう噂があったな」

「歌姫が?」


 それは大ごとです。

 歌姫の存在は、世界規模の重要事項なのですから。

 聖女と同等――いえ、それ以上の存在と言っても過言ではありません。


 歌姫の役割は、世界の『豊穣』です。年に一度、歌姫の声が世界中に響き渡ります。魔力を帯びた声が、中継装置を介して世界中に配信されるのです。それは、農作物を刺激して生育をよくするための儀式。これが無ければ、世界の農業事情は一気に悪化してしまうことになります。


 ですが、問題はそれだけではありません。


 その歌声は、至上のものなのです。この時のために厳しい訓練を積んだ歌姫の歌声。それは聞く者全てを感動させるものです。勿論、わたしとて例外ではありませんでした。歌姫に憧れて、歌の練習をしたこともあります。それだけの影響力を持つ人なのです。その歌姫が失踪したとなれば、大騒ぎになることでしょう。


「まぁ、あくまでも噂や。こういうところでは、何の根拠もない噂が堂々と居座ったりするからな。あまり期待はせんほうがええで」

「噂ですか……」

「それと、正確には歌姫やなくて、歌姫『候補』やな。歌姫候補が私たちのクラスにおるっていう噂があったんや」


 ミューズさんの口ぶりからすると、歌姫候補がクラスにいることは確定していないようです。やはり、あくまでも『噂』ということのようです。残念です。


「ちなみに、具体的にはどのような噂なのですか?」

「最近、現役歌姫が喉を壊したやろ?」

「そうなのですか」

「それも知らなかったか。それで、その歌姫候補を召し上げることになったらしいんやけど、当の歌姫候補は学院のどこにもいなかったというわけや。まぁ、今の話は全部噂の域を出んものやから、気にしなくてええと思うけどな」


 ミューズさん軽い調子で言いました。


「それよりも、明日からは授業やで。急ぎの用事がなければ、準備を始めておいた方がええと思うけど。授業の進み具合とか、知っておきたいやろ?」

「教えていただけますか?」

「勿論や」


 ミューズさんは快活な口調で答えてくれました。

 やはり、この人は頼りになります。頼れるルームメイトというのは、何よりも重要です。彼女が同室というだけで、学院生活は順風満帆のように思えました。


 問題など何一つ残っていない。

 そう思えたのです。


 ただ――。

 何かを忘れているような気がしました。

 とても大切な何かを。

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