第3話 お披露目会あるいは晒上げ(1/2)
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学長に連れてこられたのは、多くの学生が集まる講堂でした。学生たちは、入口に現れたわたしに一斉に視線を向けました。ここでは目立たず慎ましやかに過ごしたかったのに――どうやら手遅れのようです。
「あの、学長さん」
「何でしょう?」
「この方たちは、どうしてここに集まっているのでしょうか? 私、さっきここに到着したばかりなのですが」
学長は返事の代わりに、さわやかな笑みを浮かべました。この人、これまで私が出会った中で最も腹黒い人かもしれません。出来るだけ関わらないようにすることを固く心に誓いました。ですが、ここまで来てしまった以上、逃げるというわけには行きません。
既に会場の準備は終わっているようです。壇上には『水晶』が用意されていました。あそこで何かをさせられることになるのでしょう。完全に晒上げです。
「ついて来てください」
学長は講堂の中心を通って私を壇上まで誘導しました。視線が痛くてたまりません。壇上に登った学長は、学生たちに呼びかけます。
「さて、皆さん。ご存じのとおり、アリス聖教で騒動が起きています。そして、当学院はその騒動に関連し、聖女であったセレナ・アリアーナさんを学生として学院に迎えることが出来ました。その実力はいかなるものか、皆さんも知りたいことでしょう。セレナさんには、これから皆さんの目の前で『魔力測定』を行ってもらいます」
偽物扱いされて王都から追放された元聖女。その役割は、学生たちのやる気の『火付け役』です。
「さぁ、セレナさん。水晶の前に立ってください」
学長は面白そうに言いました。わたしとしては、全く面白くない展開です。ですが、言われた通りにするしかありません。
突き刺すような無数の視線の中、わたしは水晶の前に立ちました。
その水晶について、学長が説明を続けます。
「これは『魔水晶』というものです。魔力を込めるとその魔力の質・量に応じて様々な反応を示すことになります。ここに通う学生の皆さんは、入学時に経験しているものです」
「そうですか。晒上げられているのはわたしだけではないのですね」
「他の方々は個室で測定をしましたが」
晒上げはわたしだけだったようです。そもそも、わたしは敵役としてこの学院に迎え入れられたのです。人前でやらなければ、意味がないのでしょう。
「それでは、セレナさん。この水晶に魔力を込めてください」
「あの、どれくらい魔力を込めればいいのでしょう?」
「全力で構いませんよ」
「全力……」
わたしは水晶を見ました。この水晶がどれほどの耐久力を持つものなのかは分かりません。ですが、それほど頑丈なもののようには見えません。下手をすれば壊してしまうかもしれません。そんなことになったら、更に変な注目を集めることになってしまうでしょう。
――手を抜きますか。
一瞬だけそう考えました。ですが、そんなことをすれば、学長に気づかれてしまうことでしょう。確実に。そして、それを声高に指摘して学生たちを煽るに違いありません。『皆さんには本気を見せる必要性を感じないようですね』とか言って。そうしたら、更に厄介なことになってしまいます。
それは避けたいところです。
ですから――。
『全力で魔力を注ぐこと』
『水晶を壊さないようにすること』
この二つを同時に達成する必要があります。何なのでしょうね、この二律背反のような状況。
もっとも、こういった状況に陥るのは初めてではありません。聖女をしていた時は、もっとひどい無茶ぶりをされていました。頻繁に。この程度ならば、乗り切って見せようじゃありませんか。
「それでは、始めます」
宣言をした後、水晶の横に両手を添えました。そして、魔力の注入を始めました。その様子を学生たちは、興味深げに見ています。
偽聖女の実力とはいかばかりのものなのだろうか。
偽物らしく大したことないのか。
あるいは、偽物を務められる程度には高いのか。
それを見極めようとしているのでしょう。
ですが、わたしが彼らの期待に応えることはありません。むしろ、その期待を全力で裏切って見せます。
水晶は、今のところ大きな反応を見せていません。ぼんやりとした白い光が表面に浮かぶ程度です。それを見ていた学生たちから、失望の声が聞こえてきました。
「アレが聖女と呼ばれた女なの?」
「情けない」
「完全な詐欺だったわけか」
学生たちから、失望の声が上がり始めました。
計画通りです。
水晶に大量の魔力を注ぎ込むこと。
水晶を壊さないこと。
この状況は、この二つを両立させた結果なのです。
「学長さん。これくらいでよろしいでしょうか?」
「ええ、構いませんよ。ありがとうございます」
学院長の許可を得て、わたしは水晶からゆっくりと手を離しました。
「さて、セレナさん。これが貴女の実力ということでよろしいですね?」
「はい」
わたしは大量の魔力を水晶の中に注ぎ込みました。
そこに嘘はありません。ただ、少し工夫をして、水晶の反応を弱くしただけです。
聖女たるもの、隠ぺい工作はお手の物なのです。
「それでは、セレナさんの魔力測定はこれで終了とします」
学長の言葉を受け、わたしは学生たちに向かって一礼しました。
これでお開きだと主張するためだったのですが――。
「待ってください」
一人の男子学生が壇上へ上がって来ました。
なよなよとした雰囲気の金髪の男です。
彼の名は、ナルシス・デポン。
この男が、わたしの『工作』をぶち壊すことになるのです。




