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孤独の真空〜天才サッカー少年の成長譚〜  作者: ソラリオン
第3章 レガルテ横浜プロ編

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45/55

第45話 時間停止



 後半も、残り時間は少なくなっていた。


 スコアは1-0。


 レガルテ横浜が、まだ1点を追っている。


 大阪アルテミスは、先ほどから守備の重心を少しずつ下げていた。


 1点を守り切るつもりなのかもしれない。


 僕は、自分の位置からピッチ全体を見渡した。


 残り時間。


 味方の位置。


 相手の配置。


 ボールの場所。


 全部を頭の中に入れる。


 そのとき、レガルテ横浜が右サイドから攻撃を仕掛けた。


 敷島さんがボールを持つ。


 神保さんが中央へ入る。


 鷹司さんが最終ラインの間を狙って走る。


 僕も少しずつ前へ進んだ。


 敷島さんがクロスを上げる。


 大阪アルテミスのDFが頭で弾いた。


 ボールはペナルティエリアの外へ飛んでいく。


 僕は落下地点へ走った。


 誰よりも早く、ボールの軌道を読む。


 落ちてくる。


 胸で受けることもできる。


 でも、相手が近い。


 僕は右足で地面に落ちる前のボールを抑えた。


 トラップ。


 そのまま顔を上げる。


 周囲を見る。


 中央は閉じている。


 左には冴木さん。


 右の外側には、アドリアンさんがいる。


 少し下がった位置。


 フリーだった。


 僕は迷わず、アドリアンさんへボールを出した。


 アドリアンさんが受ける。


 僕はそのまま前へ走った。


 大阪アルテミスの守備ラインも動く。


 アドリアンさんの身体が、クロスを上げる形になった。


 右足を引く。


 僕は思った。


 ――上げる。


 そう思った瞬間だった。


 アドリアンさんの足が止まった。


 ボールも、ほんの一瞬だけ動きを止める。


 アドリアンさんは蹴らなかった。


 ただ、止まった。


 それだけだった。


 でも、守備は止まらなかった。


 クロスが来ると思っていた大阪アルテミスのDFが、すでに動き出していた。


 1人。


 2人。


 3人。


 全員が、ゴール方向へ身体を向けている。


 その一瞬。


 アドリアンさんが、もう一度足を振った。


 今度は本当に蹴る。


 ボールが高く舞い上がった。


 クロス。


 けれど、さっきまでそこにいた守備の選手たちは、もう位置を変えてしまっている。


 空いた場所へ、ボールが落ちる。


『アドリアン、クロス――いや、違う! 一度止まりました!』


『これは上手いですね』


『一瞬、何が起きたのか分かりませんでした』


『キックフェイントです。ただ、普通のキックフェイントとは少し違います』


『どういうことでしょう?』


『ボールを蹴る動作を見せて相手を止めるのではなく、逆です。自分が一瞬止まることで、相手だけを先に動かした』


『相手の守備ラインそのものを動かしたわけですか』


『そうです。だから今、最終ラインに大きなズレが生まれています』


 僕は、その光景を間近で見ていた。


 驚いた。


 ただ足を止めただけ。


 それなのに、相手の守備が崩れた。


 僕なら、相手がどこへ動くかを見てからパスを出す。


 でもアドリアンさんは違った。


 相手が動いてしまうことを前提に、自分の動作を一度止めた。


 時間を止める。


 そんな感覚だった。


 そして、もう一度動く。


 クロスが落ちる。


 そこへ鷹司さんが入っていた。


 身体をひねる。


 頭で叩く。


 ボールがゴールへ飛んでいく。


『鷹司!』


『合わせた!』


 ボールがネットを揺らした。


『ゴール!!』


『レガルテ横浜、同点です!!』


『見事な攻撃でした!』


 スタンドが揺れる。


 僕もゴールを見た。


 1-1。


 追いついた。


 でも、それ以上に頭に残っていたものがあった。


 アドリアンさんのキックフェイント。


 あんなに自然な動作だからこそ、あれだけ相手を動かせる。


 僕は自分の足元を見た。


 僕には、まだできない。


 何が違うのか。


 技術。


 タイミング。


 身体の使い方。


 相手を見る余裕。


 全部なのかもしれない。


 試合はすぐに再開された。


 大阪アルテミスのボール。


 僕は自分の位置へ戻る。


 同点になったことで、相手はもう一度前へ出てくる。


 ボールが中央へ入る。


 大阪アルテミスの選手が前を向いた。


 僕は、その選手を見る。


 ボールだけではない。


 周囲の選手を見る。


 誰がどこへ走るのか。


 誰がどこを見ているのか。


 誰にボールを出そうとしているのか。


 頭の中に、少しずつ線が繋がっていく。


 右。


 中央。


 左。


 相手の選手が動く。


 その未来が、少しだけ見えた。


 ――次は、そこ。


 パスが出た。


 僕は動いた。


 相手が出したボールの前へ、身体を入れる。


 カット。


 ボールが僕の足元へ収まった。


『湊が読んだ!』


『素晴らしいインターセプトです!』


 僕は前を向いた。


 でも、その瞬間だった。


 左右から2人が寄ってくる。


 速い。


 挟むつもりだ。


 僕はボールを右足で触った。


 相手の身体が右へ動く。


 その重心を見る。


 次に、左の選手を見る。


 力の流れ。


 足の向き。


 肩の位置。


 身体が、どちらへ進もうとしているのか。


 分かる。


 僕は右へ行くように身体を動かした。


 相手も右へ来る。


 その瞬間、左足でボールを引いた。


 身体を反転させる。


 2人の間に、わずかな隙間。


 僕はそこへ入った。


『湊、2人に囲まれた!』


『抜けた!』


『いや、どうやって抜いたんだ!?』


 僕は止まらない。


 前を見る。


 もう1人いる。


 大阪アルテミスの選手が、中央から寄せてくる。


 このままでは抜けない。


 だから、僕は少しだけ速度を落とした。


 相手が近づく。


 僕はボールを右へ置く。


 相手の視線が動く。


 身体も右へ向く。


 僕は、その瞬間を待った。


 左足。


 インサイド。


 ボールを左へ通す。


 その先。


 白い線のような道が見えた。


 味方の動き。


 相手の守備のリズム。


 空間。


 タイミング。


 それらが重なった。


 ――銀雪の道。


 僕は右足で相手を動かして、左足のインサイドでボールを通した。


 低く。


 速く。


 でも、強すぎない。


 ボールは大阪アルテミスの選手の足元を抜けた。


 その先へ走り込む選手がいる。


 神保さん。


 右足が前に出ている。


 利き足。


 そこへ合わせる。


 神保さんの右足の前へ、ボールが吸い込まれるように届いた。


『通った!!』


『湊、素晴らしいパスです!』


『神保が走り込んでいる!』


 神保さんは、トラップを必要としなかった。


 右足を振る。


 ダイレクト。


 ボールがゴールへ突き刺さった。


 一瞬の静寂。


 そして――


『ゴール!!』


『逆転!!』


『レガルテ横浜、ついに勝ち越しました!!』


 スタジアムが爆発した。


 神保さんが拳を握る。


 そのまま僕へ向かって走ってくる。


「湊!」


 僕の肩を掴む。


「今のパス、最高だ!」


「……ありがとうございます」


「いや、あれは凄いぞ!」


 次々と選手が集まってくる。


 僕はその輪の中にいた。


 スコアは2-1。


 残り時間は少ない。


 大阪アルテミスも最後まで攻めてきた。


 それでも、レガルテ横浜は守り切った。


 主審の笛が鳴る。


 試合終了。


 2-1。


 逆転勝利。


 僕はピッチに立ったまま、息を整えていた。


 今日の試合で、僕は2つのことを知った。


 1つは、


 プロの技術がどれほど深いのか。


 もう1つは、


 自分のサッカーにも、まだ伸ばせる場所があるということ。


 アドリアンさんのキックフェイント。


 あれは、僕にはできなかった。


 相手を見て。


 相手の動きを読んで。


 自分の動作によって、その動きを変える。


 それは、僕が今まで考えていたサッカーとは少し違っていた。


 試合後。


 ロッカールームへ戻ろうとしていた僕に、声がかかった。


「湊」


 振り返る。


 アドリアンさんがいた。


「はい」


「今日、面白かったな」


「……はい」


「特に最後のプレー」


 アドリアンさんが笑う。


「2人に囲まれてから抜けたところもそうだけど、その後のパス」


 僕は黙って聞いていた。


「相手を右へ動かして、左で通しただろ」


「はい」


「綺麗だった」


 その言葉に、少しだけ驚いた。


 アドリアンさんは僕の肩を軽く叩いた。


「もっと見てみたい」


「……何をですか?」


「お前のサッカーを」


 僕は黙った。


 アドリアンさんは少し考えるようにしてから、続ける。


「明日、練習が終わったあと時間あるか?」


「あります」


「じゃあ、一緒にボール蹴らないか」


 僕はアドリアンさんを見る。


 34歳。


 今日、間近で見たあのキックフェイント。


 ほんの一瞬、自分が止まっただけで、相手の守備ラインを壊した技術。


 もっと知りたい。


 どうすれば、あんなプレーができるのか。


 僕は小さく頷いた。


「お願いします」


「よし」


 アドリアンさんが笑った。


「じゃあ、明日な」


「はい」


 アドリアンさんが去っていく。


 僕はその背中を見送った。


 今日、僕はプロの世界で2つの道を見た。


 1つは、自分が見つけた道。


 もう1つは、


 自分にはまだ見えていない、プロの技術が作る道。


 その差を、僕はまだ知らない。


 だからこそ。


 明日が、少しだけ楽しみだった。



−−−

小話


 ちなみに、アドリアンさんは日本大好きなので日本語ペラペーラです。ということを自分で言っていた。



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