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孤独の真空〜天才サッカー少年の成長譚〜  作者: ソラリオン
第2章 レガルテ横浜U18編

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第37話 Jユースカップ③ー王者


 神戸グランシエルとの1回戦は、1-0だった。


 難しい試合だった。


 何度攻めても、最後には白石《しらいし》鉄人《てつと》さんが立っていた。


 それでも、最後に僕は真空の道を見つけた。


 味方へ繋がるのではなく、僕自身からゴールへ伸びる道。


 そこへボールを通して、僕たちは勝った。


 真空の道は、僕だけでも使える。


 誰かが走らなくてもいい。


 誰かに届けなくてもいい。


 僕が見つけて、僕が蹴る。


 その先がゴールなら、それで成立する。


 そのことが、まだ僕の中に残っていた。


 でも、立ち止まっている時間はなかった。


 Jユースカップ決勝トーナメント2回戦が始まる。


 相手は強豪だった。


 神戸ほど守備を固めてくるわけではない。


 ボールを動かし、前へ出てくるチームだった。


 僕は試合開始から、いつも通りに周囲を見る。


 成瀬さんが中央でボールを動かす。


 橘さんが前へ出る。


 高瀬さんが最終ラインを引きつける。


 朝倉さんが右から仕掛ける。


 僕は味方と相手の位置を重ねていく。


 パスを出す。


 通る。


 もう1本。


 また通る。


 神戸との試合で見つけた真空の道だけじゃない。


 銀雪の道も見える。


 高瀬さんの強さ。


 朝倉さんの仕掛け。


 橘さんの足元。


 それぞれに合わせて、最も力を出せる場所へボールを送る。


 前半に1点。


 後半にも1点。


 そして試合終盤。


 僕はペナルティエリアの手前でボールを受けた。


 相手の守備が中央へ寄る。


 その奥に、細い線が見えた。


 真空の道。


 僕は迷わず右足を振った。


 低いシュートがゴールへ入る。


 3-0。


 試合終了。


 2回戦突破。


 僕はベンチへ戻る。


 高瀬さんが肩を叩いた。


「詩音、今日も良かったな」


「……ありがとうございます」


「次は決勝だ」


「はい」


 決勝。


 その言葉を頭の中で繰り返した。


 そして、相手が決まった。


 東京ヴァルディアU18。


 去年のJユースカップ王者。


 そして今年の夏、全国大会も制したチーム。


 僕たちが夏の全国大会準決勝で敗れた相手。


 その東京ヴァルディアが、決勝へ進んできた。


 準決勝の相手は鹿島グランフォルテ。


 黒川さんがいるチームだった。


 あの身体の強さ。


 前線からの圧力。


 僕の予測を何度も超えてきた黒川さん。


 その鹿島を、東京ヴァルディアは下した。


 僕は試合映像を見る。


 黒川さんがボールを受ける。


 強引に前へ出る。


 東京ヴァルディアのCBが対応する。


 1人で止めようとはしない。


 進路を限定する。


 黒川さんが横へ動けば、別の選手が寄る。


 前へ出ようとすれば、さらに1人が下がる。


 それでも黒川さんは身体を入れてくる。


 シュートへ持ち込もうとする。


 そこへ最後の選手が足を出した。


 ボールがこぼれる。


 東京ヴァルディアが拾う。


 そして、その中心に1人の選手がいた。


「冴島《さえじま》悠人《ゆうと》」


 黒崎監督が名前を告げる。


「3年生。U18代表のトップ下だ」


 スクリーンに映像が映る。


 細身。


 特別に大柄ではない。


 でも、ボールが足元に入った瞬間に、印象が変わった。


 冴島さんがドリブルする。


 相手が寄せる。


 右足で触る。


 相手の重心が動く。


 左へ抜ける。


 もう1人が来る。


 今度は足の裏でボールを止める。


 相手が前へ出る。


 身体を反転させる。


 ボールが足元から離れない。


 抜ける。


 さらに1人。


 それでも奪われない。


 僕は画面を見つめた。


 技術が高い。


 それは分かる。


 でも、それだけではなかった。


 冴島さんはドリブルをしながら、周囲を使っている。


 右を見る。


 東京ヴァルディアの右WGが走る。


 相手DFの視線が右へ向く。


 その瞬間、冴島さんは左へ進む。


 今度は身体を左へ向ける。


 左の選手が動く。


 相手のSBがそちらを見る。


 そこから、中央へ入る。


 1人でドリブルしている。


 でも、相手からすると1人だけを見ればいいわけではない。


 周囲の選手が動く。


 その動きに合わせて、守備側の視線も動く。


 ほんの一瞬だけ生まれた隙間を、冴島さんが突く。


「冴島は、すでにトップチームと2種登録を交わしている」


 黒崎監督が言った。


「プロの公式戦にも出場経験がある」


 映像が切り替わった。


 プロの試合。


 相手はプロの選手だった。


 身体も強い。


 寄せも速い。


 それでも冴島さんは奪われない。


 細かなタッチ。


 身体の向き。


 足の裏。


 アウトサイド。


 ボールが常に足元にある。


 1人を抜く。


 2人目をかわす。


 そして最後にラストパス。


 FWが抜け出す。


 シュート。


 ゴール。


 映像が止まる。


「ドリブル技術は、すでにプロでも通用することが証明されている」


 黒崎監督が言った。


「そして、最後にはゴールを演出する」


 次の映像。


 冴島さんがペナルティエリア手前でボールを持つ。


 相手が3人いる。


 右を見る。


 味方が走る。


 左を見る。


 別の味方も走る。


 相手の守備がほんの少し動く。


 その瞬間、中央へラストパス。


 FWが抜け出す。


 シュート。


 ゴール。


「ドリブルだけを止めればいいわけじゃない」


 黒崎監督が言った。


「冴島のドリブルに対して守備が崩壊すれば、そのままラストパス、ミドルシュートまで通される」


 僕は映像を見る。


「1人で対峙しようとするな。抜かれることを前提にするわけじゃないが、1人が抜かれたときに次が出られる形を作る。ただし––––」


 僕は静かに頷いた。


 冴島さんのドリブルは、1人で完結しているように見える。


 でも、本当は違う。


 味方を使う。


 相手の視線を使う。


 守備の判断を使う。


 それら全部を自分のドリブルの一部にしている。


 1人で進んでいるのに、1人ではない。


 それが、この選手の怖さだった。


     ◇


 決勝の日。


 会場に入った瞬間、今までとは違う空気を感じた。


 人が多い。


 スタンドが埋まっている。


 カメラが多い。


 応援の声も大きい。


 決勝。


 Jユースカップの最後の試合。


 ここまで勝ち上がってきた2チームだけが立てる場所。


 名前を呼ばれる。


 大きな歓声が起きる。


 東京ヴァルディアの選手が紹介される。


 そして、冴島さんの名前が呼ばれた。


 また大きな歓声が上がった。


 僕は、その音を聞きながらピッチへ入った。


 これまでにない規模だった。


 たくさんの視線がある。


 たくさんの声がある。


 でも、僕がすることは変わらない。


 芝を見る。


 ボールを見る。


 ゴールを見る。


 右足でボールを蹴る。


 左足で受ける。


 トラップする。


 パスする。


 いつも通り。


 それだけだった。


 向こう側に冴島さんがいる。


 目が合った。


 僕は一度だけ相手を見る。


 冴島さんも僕を見る。


 何も言わない。


 そのまま、それぞれの位置へ戻る。


 選手が並ぶ。


 主審が中央へ入る。


 キックオフの準備が整う。


 僕は中央を見る。


 冴島さんがいる。


 笛が鳴った。


 東京ヴァルディアのボールから始まる。


 後ろへ戻す。


 もう1度前へ。


 中央へ入る。


 そして――


 冴島さんがボールを受けた。


 僕は身体を構えた。


 来る。


 そう思った。


 冴島さんは前を向く。


 その瞬間、ドリブルが始まった。


 最初の1歩。


 速い。


 でも、速さだけを見るわけにはいかない。


 僕は足元を見る。


 ボールが離れない。


 細かい。


 細かすぎるくらい細かいタッチ。


 右足。


 左足。


 身体の向き。


 視線。


 全部が変わる。


 成瀬さんが寄せる。


 冴島さんは左を見る。


 東京ヴァルディアの左WGが走った。


 成瀬さんの視線が一瞬だけそちらへ動く。


 その瞬間、冴島さんは右へ抜けた。


 成瀬さんの横を通り過ぎる。


「……っ」


 成瀬さんが追う。


 冴島さんは止まらない。


 今度は橘さんが前へ出る。


 冴島さんが橘さんを見る。


 橘さんもその視線を感じる。


 パスか。


 ドリブルか。


 一瞬、判断が遅れる。


 冴島さんが足の裏でボールを止めた。


 橘さんが半歩前へ出る。


 その瞬間、冴島さんは逆方向へ抜けた。


 橘さんが置き去りになる。


 冴島さんは中央へ進む。


 僕は戻る。


 右を見る。


 東京ヴァルディアの右WGが走っている。


 左を見る。


 FWがCBの間へ入ろうとしている。


 冴島さんは、その全部を見ている。


 僕はさらに戻る。


 望月さんが中央から出る。


 水野さんも戻ってくる。


 冴島さんはまだ前へ進む。


 このままでは、決定機を作られる。


 だから――


 僕が出る。


 望月さんより前へ。


 冴島さんの進路へ入る。


 冴島さんがボールを触った。


 そこで僕は、ようやく冴島さんの正面に入った。


 距離は数歩。


 これ以上、後ろへ下がればペナルティエリアへ近づく。


 不用意に前へ出れば、抜かれる可能性がある。


 僕は重心を見る。


 一歩だけ下がる。


 冴島さんが前へ出る。


 合わせる。


 近づく。


 ボールが細かく動く。


 足元から離れない。


 重心を見る。


 また右。


 でも、身体は左へ向いている。


 僕は腰を落とした。


 相手を見る。


 ボールを見る。


 冴島悠人さんと、僕。


 1対1。


 試合開始、まだ数分。


 王者の中心が、僕の目の前に立っていた。


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