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孤独の真空〜天才サッカー少年の成長譚〜  作者: ソラリオン
第2章 レガルテ横浜U18編

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24/55

第24話 初めての主張



 リーグ戦の開幕が近づいていた。


 練習の強度は、少しずつ上がっている。


 ゲーム形式の時間も増えた。


 これまで以上に、実戦を意識したメニューが組まれている。


 僕も、その中で少しずつU-18のサッカーに慣れていった。


 それでも、まだ自分から声を出すことは少なかった。


 パスは出せる。


 周りを見ることもできる。


 必要なら、自分でボールを運ぶこともできる。


 シュートを打つことにも、迷いはない。


 でも。


 誰かに対して、「こうしてほしい」と伝えることだけは、やっぱり難しかった。


 そして。


 そんな僕にとって、リーグ戦前の最後の練習試合が組まれた。


 相手は、同じく高いレベルのユースチームだった。


 試合前。


 ロッカールームには、いつもより少し静かな空気が流れていた。


 リーグ戦が始まる。


 その前に、自分たちがどこまでできるのかを確かめるための試合だった。


 僕はベンチに座っていた。


 スタメンではない。


 それでも。


 ベンチ入りできた。


 U-18に入って、初めてのことだった。


 膝の上に手を置く。


 目の前では、先輩たちが準備をしている。


 久世さん。


 望月さん。


 榊原さん。


 水野さん。


 成瀬さん。


 橘さん。


 朝倉さん。


 高瀬さん。


 いつも練習で一緒にプレーしている選手たちが、これから試合をする。


 僕は、静かにピッチを見ていた。


 キックオフ。


 試合は、すぐに激しくなった。


 相手のプレスが速い。


 ボールを奪えば、すぐに前へ来る。


 レガルテ横浜もボールを繋ごうとする。


 久世さんが後ろからボールを動かす。


 望月さんが中央で受ける。


 成瀬さんが落ちる。


 水野さんが右から上がる。


 何度か前へ進むことはできた。


 でも。


 相手の守備が固い。


 橘さんが受けても、すぐに2人目が来る。


 朝倉さんが仕掛けても、サイドを閉じられる。


 高瀬さんへ入れようとしても、身体を寄せられて自由を与えてもらえない。


 前半20分。


 失点した。


 自陣でボールを失い、そのままショートカウンター。


 久世さんが飛び出した。


 でも、シュートはその横を抜けた。


 0-1。


 僕はベンチからピッチを見る。


 相手は、失点してからさらに前へ出てくる。


 レガルテ横浜もボールを繋ぐ。


 けれど。


 相手の守備は崩れない。


 前半終了。


 0-1。


 後半が始まる。


 流れは、変わらなかった。


 レガルテ横浜がボールを持つ。


 でも、前へ進めない。


 相手が中央を閉じている。


 サイドへ出せば、2人が寄ってくる。


 中央へ入れれば、囲まれる。


 高瀬さんが下りれば、前線が空く。


 橘さんが下りれば、ゴールから遠くなる。


 朝倉さんが内側へ入れば、右サイドの幅がなくなる。


 僕は、ベンチからずっと見ていた。


 少しずつ。


 相手の守備の形が見えてきた。


 中央を守るために、ボランチの2人がかなり内側へ寄っている。


 その分、サイドの内側に少し空間がある。


 右サイドから水野さんが上がったとき、相手の左サイドバックは下がる。


 その瞬間、その前にいる選手が中央へ絞る。


 なら。


 逆サイドの成瀬さんを経由して、もう一度右へ戻せば。


 相手の守備が横へ動く。


 その一瞬だけ。


 中央の手前に、空間ができる。


 そこへ橘さんが入れば。


 高瀬さんが最終ラインを押さえているから、センターバックは簡単には出てこられない。


 さらに朝倉さんが内側へ入れば、相手のサイドハーフが遅れる。


 僕が中央へ入れば。


 道ができる。


 見える。


 僕には、そこが見えていた。


 でも。


 その考えを口にすることはできなかった。


 僕はベンチに座ったまま、手を握った。


 言えばいい。


 そう思う。


 でも。


 僕が言っていいのだろうか。


 僕が試合の中にいるわけでもない。


 まだベンチに入ったばかりの14歳だ。


 そんな僕が、先輩たちにこう動いてくださいと言う。


 もし間違っていたら。


 もし、それで形勢が悪くなったら。


 僕のせいになる。


 そう考えてしまう。


 後半15分。


 監督が動いた。


「湊、準備しろ」


「……はい」


 僕は立ち上がった。


 心臓が少しだけ速くなる。


 ユニフォームの裾を整える。


 スパイクを確認する。


 ピッチへ入る準備をする。


 そのとき。


「湊」


 黒崎監督に呼ばれた。


「はい」


 僕が近づく。


 監督は、僕をまっすぐ見た。


「何か見えているか?」


「……」


 一瞬、言葉が止まった。


「はい」


 小さく答えた。


「なら、言え」


「……」


「ここまでベンチから何を見ていた?」


 僕は、答えようとした。


 でも、言葉が出ない。


 監督の目が、僕を見る。


「湊」


「はい」


「お前、今までずっと黙っていたな」


「……はい」


「試合の流れが見えていないわけじゃない」


「……」


「練習でもそうだった。見えている。でも、口にしない」


 僕は、何も言えなかった。


「今からピッチに入る」


 監督の声が少し低くなる。


「そこでまだ何も言わないなら、今後は使わない」


「……」


 胸の奥が、強く締まった。


「サッカーは、お前1人でやるものじゃない」


「……はい」


「自分の中で分かっているだけじゃ、チームには伝わらない」


 僕は下を向いた。


「分かっています」


「なら、言え」


 それだけ言って、監督は僕から離れた。


 僕は、ピッチを見る。


 0-1。


 流れは悪い。


 相手の守備は固い。


 僕が見つけた道がある。


 でも。


 それを言うことが怖い。


 そのときだった。


「湊」


 後ろから声がした。


 久世さんだった。どうやらアクシデントでプレーが止まってベンチの方に来たらしい。


 僕が振り返る。


「はい」


「監督に何か言われたか?」


「……はい」


「何を?」


 僕は少し迷ったあと、答えた。


「主張しないなら、今後は使わないと言われました」


「そっか」


 久世さんは、少しだけ笑った。


「じゃあ、言えばいい」


「……」


「何か見えてるんだろ?」


「はい」


「なら、言えよ」


 僕は答えられない。


 そのとき。


「俺も聞きたい」


 望月さんが近づいてきた。


「湊、お前、試合中ずっとピッチ見てたよな」


「……はい」


「何かあるんだろ?」


「……」


 僕は、視線を落とした。


「僕の考えが間違っていたら……」


 言葉が出る。


「それで、試合が悪くなったら」


「そうなったら?」


 望月さんが聞く。


「……僕のせいで負けるので」


 しばらく沈黙があった。


 そして。


 望月さんは、静かに言った。


「ならない」


「……」


「少なくとも、俺はそうは思わない」


 僕は顔を上げた。


「サッカーはチームスポーツだ」


 望月さんが続ける。


「お前が言ったことが正しければ、みんなで使えばいい」


「……」


「もし間違っていたとしても」


 望月さんが、ピッチを見る。


「全員で取り返せばいい」


「……」


「誰か1人の判断で、全部が決まるわけじゃない」


 久世さんも頷いた。


「そういうこと」


「でも……」


「湊」


 久世さんが僕を見る。


「お前が何も言わない方が、俺は怖いけどな」


「……」


「俺たちは、お前が何を見てるのか知らない」


 僕は黙って聞いた。


「だったら、教えてくれよ」


 その言葉は、思っていたより重かった。


 僕は。


 ずっと、自分の判断で誰かを壊すことを怖がっていた。


 でも。


 今、2人は。


 間違ってもいいと言っている。


 失敗しても、全員で取り返すと言っている。


 僕の言葉だけで、すべてが決まるわけではない。


 そう言っている。


 それでも。


 口を開くのは怖かった。


 喉が乾く。


 胸が苦しい。


 言葉が出てこない。


 でも。


 僕はピッチを見た。


 相手の守備。


 味方の位置。


 空いている場所。


 もう、ずっと見えていた。


 僕には。


 そこに道がある。


「……1つだけ」


 声が出た。


 久世さんと望月さんが、僕を見る。


「うん」


 望月さんが促す。


 僕は、ピッチを指差した。


「相手のボランチが、中央に寄りすぎています」


「うん」


 久世さんが頷く。


「だから、右へ大きく動かしたいです」


「右?」


「水野さんを高い位置へ出して、1度成瀬さんを経由します」


 自分の声が、少し震えている。


 でも。


 続ける。


「相手の左サイドバックが水野さんへ引っ張られたら、その前の選手が中央へ絞ると思います」


「それで?」


 望月さんが聞く。


「そのとき、橘さんが中央へ入ります」


 僕は、橘さんを見る。


「高瀬さんが最終ラインを押さえてくれれば、センターバックは簡単には出てこられないと思います」


「なるほど」


 久世さんが言った。


「それで、湊は?」


 僕は、一瞬だけ言葉に詰まった。


「僕は……」


 自分の位置を見る。


 そして。


「成瀬さんからもう1度ボールを受けます」


「そのあとは?」


「中央へ入ります」


 僕は、相手の守備を頭の中でなぞる。


「朝倉さんが内側へ入ってくれれば、相手のサイドハーフが遅れると思います」


 そこまで言って。


 僕は、一度息を吸った。


「その瞬間、僕が橘さんと入れ替わります」


 望月さんが、少しだけ目を細めた。


「そこから?」


「橘さんが前を向ける場所を作ります」


「で、お前は?」


「僕は……」


 自分の言葉が、喉の奥に引っかかった。


 でも。


 言った。


「高瀬さんの近くまで入って、最後のパスか、シュートを選びます」


 言い切った。


 僕は、俯かなかった。


 怖かった。


 これが間違っていたら。


 この言葉で、何かが壊れたら。


 そう思う。


 それでも。


 言った。


 望月さんが、少し笑った。


「いいじゃん」


「……」


「やってみよう」


 久世さんも頷いた。


「俺も後ろから見てる」


「はい」


「もし何か違ったら、その場で変えればいい」


 僕は小さく頷いた。


 そのとき。


「湊!」


 黒崎監督の声が飛んできた。


「準備できたか!」


「はい!」


 僕は返事をした。


 大きな声だった。


 自分でも少し驚いた。


 監督が一度だけ頷く。


 僕はピッチへ向かった。


 後半18分。


 僕は、U-18の公式戦に近い強度の練習試合で、初めてピッチへ入る。


 芝の感触が足の裏に伝わる。


 相手がいる。


 味方がいる。


 そして。


 僕の頭の中には、ずっと見ていた道がある。


「湊、入ったぞ!」


 望月さんの声。


「はい!」


 僕が返す。


 ボールが動く。


 相手の守備が動く。


 僕も走る。


 そして。


 まずは、水野さんが右サイドへ走った。


 僕は、その動きを見た。


 今までなら。


 ただ、その先へパスを出していた。


 でも。


 今日は違う。


 僕は、声を出した。


「成瀬さん!」


 成瀬さんが振り返る。


「右、一度使ってください!」


 声にした。


 僕自身の考えを。


 自分の見ているものを。


 成瀬さんが頷いた。


 ボールが動く。


 水野さんへ。


 相手が動く。


 僕は中央を見る。


 橘さんが入ってくる。


 高瀬さんが最終ラインを押さえる。


 朝倉さんも中へ入る。


 少しずつ。


 僕が考えた形に、ピッチが変わっていく。


 まだ、うまくいくかは分からない。


 この先、ボールを失うかもしれない。


 相手に読まれるかもしれない。


 それでも。


 僕は、初めて自分の考えを仲間に渡した。


 ボールではなく。


 言葉として。


 それは、僕にとって。


 パスを出すよりも、ずっと怖いことだった。







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