第22話 新しい
練習が始まる前、僕はグラウンドの端に立っていた。
昨日、黒崎監督に言われた。
――まずは、自分を知ってもらえ。
その言葉が、まだ頭の中に残っている。
自分からボールを要求する。自分から前へ出る。自分の武器を見せる。
それは、たしかに必要だと思う。
でも、その前に。
僕には、やっておきたいことがあった。
周りを知ることだ。
誰が、どこで力を発揮するのか。誰が、どんなボールを欲しがるのか。誰が、どんな動きをするのか。
僕は、U-15の頃と同じように、まずはチームメイトを観察することにした。
グラウンドには、すでに何人かの選手が集まっている。
僕は、一人ずつ見ていった。
最初に目を向けたのは、ゴール前だった。
「蓮、今日も頼むぞ」
「おう」
声を掛けられているのが、久世蓮さん。
17歳。
U-18のゴールキーパーだ。
アップの段階から、少し気になるところがあった。
ボールを受けるときの足元が落ち着いている。
ゴールキーパーなのに、ボールを持つことを怖がっていない。むしろ、後ろからのビルドアップに積極的に関わろうとしている。
味方からボールを受ける。周囲を見る。そのまま、左右へ散らす。
僕は、しばらく久世さんを見ていた。
それだけじゃない。
久世さんは、ゴールのすぐ前に張り付いているわけでもない。少し高い位置まで出ている。
守備範囲が広い。
最後尾にいる選手というより、最終ラインの後ろまで自分の守備範囲として考えているように見えた。
そして、キック。
長い。
それでいて、かなり正確だ。
後方から攻撃を始めるうえで、重要な選手になりそうだった。
次に目を向けたのは、最終ラインだった。
望月直哉さん。
17歳。
キャプテンで、センターバックを務めている。
練習前から、周囲への声が多い。
「隼人、もう少し右」
「颯真、絞って」
「こっち空いてるぞ」
声を出しながら、全体を見ている。
ただ指示を出しているわけではない。
味方の位置を確認しながら、相手との距離を見ながら、守備の形を整えている。
守備をまとめる選手。
そんな印象だった。
その隣にいるのが、榊原隼人さん。
16歳。
センターバック。
アップのパス交換だけなら、そこまで派手には見えなかった。
でも、対人のメニューが始まると印象が変わった。
身体が強い。
かなり強い。
相手が身体をぶつけてきても、簡単には動かない。足を出すタイミングも速い。
僕が実際に対面したとき、その強さがよく分かった。
ボールを横へ逃がそうとした瞬間、榊原さんが1歩前へ出る。
僕は左足でボールをずらす。
その前に、身体を入れられた。
速い。
でも、ただ前へ出てくるわけではない。
僕がボールに触る瞬間を狙っている。
対人守備とフィジカル。
そこが大きな武器なのだと思った。
次に、右サイドを見る。
水野颯真さん。
16歳。
右サイドバック。
ずっと動いている。
守備をして、攻撃に切り替われば、すぐに前へ出る。前へ出たと思ったら、また戻ってくる。そして、そこからもう1度前へ行く。
運動量が多い。
かなり多い。
僕が1度、内側へパスを出す。
水野さんが前へ走る。
ボールが1度中央を経由する。
その頃には、水野さんは僕が最初に見た場所より、かなり高い位置へ上がっている。
さらにボールが動く。
水野さんは、また走る。
何度目か分からなくなったところで、僕は思った。
この人には、走ってもらった方がいい。
僕が少し低い位置でボールを持てば、水野さんは前へ出られる。
水野さんが前へ出れば、その後ろには空間ができる。
そこへ僕が入ることもできる。
1人の動きが、別の場所を空ける。
僕は頭の中に、小さな線を引いた。
次に見たのは、中央だった。
成瀬玲央さん。
17歳。
ボランチ。
僕が1番気になったのは、立ち位置だった。
前に出すぎない。
後ろにも下がりすぎない。
常にボールと味方の間にいる。
ボールを受ける。
前を見る。
1度、相手を引きつける。
それから、別の場所へ出す。
そして、また動く。
その繰り返しだった。
派手なドリブルをするわけではない。
強いシュートを打つわけでもない。
でも、成瀬さんがボールを持つと、チーム全体のテンポが落ち着く。
急いでいるようには見えない。
それでも、ボールは止まらない。
ゲームをコントロールする選手。
そういう言葉が、一番近い気がした。
そして、中央の前。
橘恒一さん。
16歳。
僕と同じ、トップ下だ。
自然と、視線が長くなった。
橘さんがボールを受ける。
右足で止める。
相手が寄る。
身体を揺らす。
右へ。
左へ。
相手の重心が動いた瞬間、一気に抜く。
速い。
そのまま前へ運び、シュートを打つ。
ボールがゴールへ入る。
技術が高い。
ドリブルも上手い。
そして、シュートを怖がらない。
トップ下だけど、かなりゴールへの意識が強い。
僕とは違う。
僕は、まず周囲を見る。
橘さんは、自分から仕掛ける。
僕がパスを選ぶような場所でも、橘さんは前を向こうとする。
同じトップ下。
でも、武器が違う。
だからこそ、僕は自然に思った。
――この人は、僕のライバルになる。
次に見たのは、右サイドだった。
朝倉怜さん。
16歳。
右ウイング。
ボールを持った瞬間、動きが変わった。
細かいタッチ。
身体の揺さぶり。
1度、外へ行くように見せる。
次の瞬間には、内側へ入る。
そして、また外へ出る。
読みにくい。
次に何をするのか、簡単には予測できない。
1度、僕の横を抜けていった。
僕が身体を向け直したときには、もう前を向いていた。
自由な選手。
そういう言葉が合っている気がした。
最後に、前線へ目を向けた。
高瀬海斗さん。
17歳。
センターフォワード。
ボールが入る。
身体を当てる。
相手を背負う。
それでも、倒れない。
縦パスを受け、そのままキープする。
そして、味方へ落とす。
「ナイス!」
声が飛ぶ。
高瀬さんは、それを当たり前のようにやっていた。
身体が強い。
ボールが収まる。
そして、ゴール前では怖い。
シュート練習でも、クロスに入るときでも、常に得点を取るための準備をしている。
簡単なシュートを外さない。
こぼれ球にも反応する。
前線の基準になる選手。
そんな印象だった。
僕は、もう1度全員を見る。
久世さん。
望月さん。
榊原さん。
水野さん。
成瀬さん。
橘さん。
朝倉さん。
高瀬さん。
そして、僕。
これが、僕の新しいチームだ。
昨日までは、ただ上手い選手がいると思っていた。
身体が強い選手がいる。
速い選手がいる。
技術の高い選手がいる。
それだけだった。
でも、今は違う。
それぞれに、特徴がある。
ボールを欲しがる場所が違う。
走る場所が違う。
得意なプレーが違う。
なら
それを繋げればいい。
僕は、昨日の黒崎監督の言葉を思い出した。
――まずは、自分を知ってもらえ。
自分を知ってもらうためには、自分のことを見せるだけじゃない。
周りを知る必要もある。
誰に、どんなパスを出せるのか。
誰が、どこへ走るのか。
誰が、どんなボールを受けやすいのか。
それを知れば、僕のパスはもっと生きる。
例えば、水野さん。
高い位置まで走れるなら、僕が少し低い位置でボールを受けて、前へ送る。
そのあと、自分も前へ入る。
水野さんが開けた場所を使う。
朝倉さんなら、足元だけではなく、少し前へ出して走らせてもいい。
その方が、相手を抜きやすいかもしれない。
高瀬さんなら、足元。
身体を当てられる位置。
そこへ出せば、ボールを収めてくれる。
成瀬さんなら、1度預けて、僕がその先へ移動する。
そして
橘さん。
僕と同じトップ下。
同じ場所を使う。
だからといって、同じ場所にいる必要はない。
橘さんが前へ出るなら、僕が下がる。
僕が中央へ入るなら、橘さんが外へ流れる。
2人で動けば、1人では作れない道ができるかもしれない。
そう考えていたときだった。
「湊」
声がした。
振り返る。
望月さんだった。
「これから一緒にやるんだ。よろしくな」
「はい。よろしくお願いします」
「まだ分からないことも多いだろ」
「……はい」
「分からないことがあったら、聞いてくれ」
「ありがとうございます」
僕が頭を下げると、望月さんは、そのまま他の選手のところへ戻っていった。
僕は、もう1度グラウンドを見た。
まだ、知らないことばかりだ。
身体の強さも。
速さも。
プレーの癖も。
試合になったときの動きも。
これから、もっと知っていかなければならない。
でも、僕にもできることがある。
パス。
見ること。
考えること。
そして、その人の特徴に合わせて、ボールを届けること。
僕は、足元に転がってきたボールを止めた。
1度、前を見る。
その先にいる選手たちを、もう1度見る。
少しずつ。
点が見えてきた。
久世さんから、望月さんへ。
望月さんから、水野さんへ。
成瀬さんを経由して、橘さんへ。
朝倉さんが右を走り、高瀬さんが中央にいる。
まだ、線にはなっていない。
でも。
線にできるかもしれない。
「集合!」
黒崎監督の声が響いた。
選手たちが集まり始める。
僕も、その中へ入った。
昨日よりも、少しだけ周りが分かる。
U-18での最初の一歩は、自分を見せることではなかった。
まず、周りを知ること。
そして、知ったものを、自分のサッカーに繋げていくことだった。




