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孤独の真空〜天才サッカー少年の成長譚〜  作者: ソラリオン
第2章 レガルテ横浜U18編

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第21話 最初の課題


 昇格に伴って寮に入ることができるようになった僕は、施設に別れを告げて、新しい自身の部屋に入ることとなり、このクラブへ所属していることを改めて感じた。


 レガルテ横浜。


 それが、僕の所属するクラブの名前だ。


 横浜を拠点とするプロクラブで、その下にはジュニア、ジュニアユース、ユースと育成年代の組織が続いている。


 僕がこれまでいたのは、ジュニアユースだった。


 そして今日から。


 僕は、その一つ上のカテゴリー。


 U-18でプレーする。


 十四歳。


 中学二年生。


 それが、今の僕だ。


 U-18は、高校年代の選手たちが集まる場所だ。


 十六歳。


 十七歳。


 十八歳。


 僕より二歳、三歳、四歳上の選手たち。


 身体の大きさも違う。


 筋肉の厚みも違う。


 脚の長さも、当たりの強さも違う。


 そして、何より。


 サッカーそのものの速さが違う。


 ここにいる選手たちは、ただサッカーが上手いだけではない。


 その先を目指している。


 トップチーム。


 そして、その先にあるプロの世界。


 そのために、毎日の練習で競争している。


 レガルテ横浜の育成組織から、トップチームへ上がること。


 それを目標にしている選手もいる。


 だからこそ、U-18には高いレベルの選手が集まっている。


 僕は、その中に入った。


 十四歳で。


「……」


 練習前。


 僕はグラウンドの端に立っていた。


 目の前では、選手たちがアップをしている。


 笑い声。


 ボールを蹴る音。


 短い掛け声。


 その一つ一つが、ジュニアユースにいた頃とは違って聞こえた。


 僕はスパイクの紐を結び直し、ゆっくりと立ち上がった。


 そして、グラウンドへ入る。


「集合」


 U–18の監督を務める黒崎蓮司《くろさきれんじ》監督の声が響く。


 選手たちが集まる。


 僕も、その中に入った。


「今日からU-18の練習に参加する、湊詩音だ。」


 一斉に視線が集まった。


 僕は小さく頭を下げる。


「よろしくお願いします」


 それだけ言った。


 黒崎監督も、それ以上の説明はしなかった。


 ジュニアユースで何をしてきたか。


 全国で何を成し遂げたか。


 そんなことは、ここでは関係ない。


 このカテゴリーで何ができるか。


 それだけを見る。


 練習が始まった。


 最初は、ボール回しだった。


 四角形の中で、ボールを動かしていく。


 僕は中央に入る。


 ボールが来た。


 右足で受ける。


 前を見る。


 相手との距離を確認する。


 そのまま、空いている味方へパスを出した。


「ナイス」


 声が飛ぶ。


 ボールが動く。


 次の選手が受け、さらに横へ繋ぐ。


 僕はまた位置を取り直す。


 そして、もう一度ボールを受けた。


 今度は、少し強いパスだった。


 左足で柔らかく止める。


 身体を開き、逆サイドへ展開する。


 ボールは味方の足元へ入った。


 パス自体は、通用する。


 少なくとも、それは分かった。


 僕の視野や、ボールを置く位置。


 出すタイミング。


 パスの速さ。


 そのあたりは、U-18の選手たちの中でも大きく遅れているわけではない。


 むしろ、落ち着いて繋ぐことができる。


 ボールを受ける前に周囲を見ておけば、相手が寄せてくる前に次の場所へ送ることもできる。


 そこは、ジュニアユースから積み上げてきた自分の武器だった。


 でも


 パスが通ることと、U-18でプレーできることは、同じではなかった。


 次のボールを受けた瞬間。


 相手が一人、もう目の前まで来ていた。


 速い。


 僕はワンタッチで横へ逃がす。


 ボールは味方へ通った。


 けれど、その次には別の選手が詰めてくる。


 またパスを出す。


 通る。


 さらに次へ繋ぐ。


 通る。


 僕のパスそのものは、問題なく繋がっていた。


 それでも、考える時間が圧倒的に少ない。


 パスの技術では遅れていない。


 でも、その前後。


 どこで受けるのか。


 受けたあと、どちらへ向くのか。


 いつ走り込むのか。


 その判断を、一瞬で決めなければならない。


 そこが違った。


 練習が進んでいく。


 ポゼッション。


 対人。


 そして、ゲーム形式。


 僕はボールを受ける。


 味方へパスを出す。


 パスを返してもらう。


 また、別の選手へ繋ぐ。


 ボールを失うことは、それほど多くなかった。


 パスも、ちゃんと味方の足元へ入る。


 むしろ、自分の長所は出せていると思った。


 それでも


 ゲームの中で、僕の存在感は薄かった。


 ボールを持てば、繋げる。


 周囲も見えている。


 相手が寄せてくれば、逃がせる。


 味方が空けば、そこへ出せる。


 なのに。


 なぜか、僕自身が攻撃の中心にはならない。


 僕は、味方の動きに合わせていた。


 味方が前へ出れば、空いた場所へ移動する。


 相手が来れば、別の場所へ逃げる。


 危険なら、後ろへ戻す。


 ボールを失わないための判断はできる。


 でも


 僕自身が、何かを起こしているわけではなかった。


 ゲームが終わった。


 僕はボールを拾い、ゆっくりと息を整える。


「湊」


 黒崎監督から声がかかった。


「はい」


「少し来い」


 僕は黒崎監督の前へ行った。


「どうだった?」


「……パスは、ある程度できたと思います」


「うん」


 黒崎監督が頷く。


「パスは通用している」


 その言葉に、僕は少しだけ顔を上げた。


「受ける前に周りを見ている。ボールを置く位置も悪くない。テンポも合わせられている」


「はい」


「技術的には、そこまで心配していない」


 僕は黙って聞いていた。


 でも


 黒崎監督は、その次に言った。


「ただ、お前のことが、まだ分からない」


「……」


「今日のお前を見ていても、湊詩音という選手が、どういう選手なのかが伝わってこない」


 胸の奥が、少しだけ詰まった。


「パスは通る。周囲も見えている。判断も悪くない」


 黒崎監督は続けた。


「だからこそ、余計に気になる」


「……何がですか?」


「お前自身は、何をしたい?」


 僕は黙った。


「味方に合わせることはできる」


「……」


「安全にボールを動かすこともできる」


「……」


「でも、それだけじゃないだろ」


 僕は答えを探した。


 僕は、ボールを受けたい。


 できれば、相手の間で。


 相手がどこを消そうとしているのかを見たい。


 味方が動いたことで生まれる、一瞬だけの隙間へボールを通したい。


 そこから、自分も前へ出たい。


 味方を使うだけじゃなく、自分も相手を動かしたい。


 そして


 自分の判断で試合を動かしたい。


 それが、僕のやりたいサッカーだ。


 でも


 言葉にはならなかった。


「お前は、周りを見すぎる」


 黒崎監督が言った。


「それは武器だ。直す必要はない」


「……」


「ただ、見るだけでは試合は動かせない」


 僕は、黙って聞いた。


「お前がボールを要求すれば、味方はお前を見る」


「……」


「お前が前を向けば、相手はお前を警戒する」


「……」


「お前が自分から仕掛ければ、相手は初めて、お前に合わせて動かされる」


 そこで黒崎監督は、一度言葉を切った。


「まずは、自分を知ってもらえ」


「……知ってもらう」


「ああ」


 僕は、その言葉を繰り返した。


 知ってもらう。


 今までの僕は。


 相手を見ることを考えていた。


 味方を見る。


 スペースを見る。


 ボールを見る。


 危険を見る。


 正しい場所を探す。


 正しいパスを選ぶ。


 それは、たしかに僕の武器だった。


 U-18でも、パスそのものは通用している。


 ボールを繋ぐことなら、できる。


 でも


 それだけでは、自分の存在を示すことができない。


 自分からボールを欲しがる。


 自分から前へ出る。


 自分から相手を動かす。


 自分から、試合に関わる。


 それが必要だった。


「失敗してもいい」


 黒崎監督が言った。


「最初から完璧にやる必要はない」


「はい」


「ここにいる選手たちは、お前がどういう選手なのか知らない」


「……」


「だったら、プレーで教えろ」


 僕は小さく頷いた。


「はい」


 黒崎監督が離れていく。


 僕は、その場に残った。


 グラウンドでは、まだ選手たちがボールを蹴っている。


 パスが繋がる。


 選手が走る。


 また別の選手がボールを受ける。


 僕は、その光景を眺めた。


 技術が通じないわけじゃない。


 パスができないわけでもない。


 むしろ


 できることは、ちゃんとある。


 だからこそ。


 次に必要なのは、それを自分の意思で使うことなのだと思う。


 僕は、静かに拳を握った。


 明日は。


 もう少し前へ出よう。


 ボールを要求してみよう。


 パスを出すだけじゃなく、その先へ走ってみよう。


 自分から、相手を動かしてみよう。


 失敗するかもしれない。


 ボールを失うかもしれない。


 それでも


 僕という選手を知ってもらわなければならない。


 十四歳の僕が、U-18で最初にぶつかった壁。


 それは、技術の不足ではなかった。


 パスの不足でもなかった。


 ――自分から、自分を見せること。


 僕は、その難しさを知った。





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