8話 新人メイド、王子の育児係に任命される
「えへへ……とても可愛いですね」
私はミーレ様からゼル様を預かり、慎重に抱き上げた。
首を支え、体を胸に寄せる。
赤子特有の温かさと柔らかさが、腕の中にすっぽり収まった。
「メイ、あなた抱っこに慣れているわね。首にちゃんと気を使っているわ」
「ありがとうございます。以前、宿で働いていまして……夫婦で来られるお客様も多かったので、その際によくお子様を預かっておりました」
「なるほどね。出産の時に動けたのも、そういう経験からかしら?」
「手慣れていたわけではありません。過去に宿で陣痛が来てしまったお客様がいまして……その時はオーナーが立ち会ったんですが、その様子を真似ただけです」
あまりにも衝撃的な光景だったので、あとでミアロに出産に必要なことを根掘り葉掘り聞いた。
その時、ミアロの前職が産婆だったことも知った。
「思わぬ人材がいたものね」
ミーレ様は、私とゼル様を見つめながら呟いた。
「なら、2つ目の用件を話してもよさそう」
「2つ目……?」
「メイ」
ミーレ様の声が、少しだけ真剣なものに変わった。
「あなたに、ゼルを任せたいの」
「――え」
私は固まった。
大声を出しそうになったが、腕の中のゼル様が眠っていることを思い出し、必死に飲み込んだ。
「わ、私がですか……?」
「ええ」
「で、ですが、私はただの下級メイドで……」
「だからこそよ」
ミーレ様は静かに言った。
「実はね、育児のサポートをしてくれるはずだった産婆が、行方不明になったの」
「行方不明……ですか? 存じませんでした」
「まだ公表していない情報よ。あなたが知らないのは当然」
ミーレ様の表情に影が差す。
「最近、魔族が行方不明になる事件が多発しているの」
私は息を呑んだ。
「さらに、つい先日、魔王城内で福音の塵が発見された」
「なんですか、それ……?」
「とある特殊な粉よ。これを摂取すると、催眠魔法が解けなくなるの」
「催眠魔法が……」
「福音の塵を摂取した者は、術者に永遠に逆らえなくなるわ」
腕の中のゼル様が、すうすうと寝息を立てている。
その穏やかな音と、ミーレ様の話す内容が、あまりにも釣り合っていなかった。
「魔王城内には、福音の塵の摂取者がいる可能性が高い」
「そんな……」
「犯人の目星はついているわ。そして、その者とあなたは一切接触していない」
ミーレ様は、まっすぐ私を見た。
「何より、あなたが敵なら、この子は無事に産まれていなかったわ」
「……」
「ゼルは生きている。それが、私があなたを信用する一番の理由よ」
胸が熱くなった。
――信用。
魔王様が、下級メイドの私を。
「それに、例の人形の件もあるわ」
「あっ……夜中に徘徊しているという、手のひらサイズの人形ですか?」
「ええ。誰かを傷つけたわけではない。けれど、何が目的なのかもわからない。人間族のスパイである可能性も、捨てきれない」
「人間族の……」
「だから、今は誰を城に入れるか、慎重になっているの」
ようやく、メイドの人数が足りていない理由がわかった気がした。
「ミルクをあげたり、オムツを替えたり、お風呂に入れたり……育児を手伝ってほしいの。もちろん、大半はわたしがやるつもりよ。母親として、この子を他人任せにするつもりはないわ」
「でも、お仕事が……」
「ええ。王族としての仕事がある。精霊を宿す者として、逃げられない役目もあるから」
ミーレ様は、ゼル様の寝顔に目を落とした。
「だから、あなたに手伝ってほしいの。お願いできるかしら」
私はゼル様を抱く腕に、少しだけ力を込めた。
この小さな命を、守る。
それがどれほど重いことなのか、14歳の私にはまだ全部はわからなかった。
けれど、ミーレ様の目を見ていると、断るという選択肢はなかった。
「わかりました」
私は深く頭を下げた。
「謹んで、お受けいたします」




