表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/16

9話 可愛い王子

「ゼル様ー。ミルクの時間ですよー」


「きゃっきゃ♪」


「えへへ……可愛いです。成長が楽しみです」


 それから、私の仕事は大きく変わった。


 もちろん、メイドとしての仕事がなくなったわけではない。

 けれど私は、ゼル様のお世話係として王室に出入りするようになった。


 最初は足が震えた。


 王族の部屋に、家名もない下級メイドが通う。


 それだけで他のメイドたちから奇妙な目で見られたが、ミーレ様の命令である以上、誰も表立って文句は言えなかった。


「ごめんね、メイ。今日は一日ゼルをお願い。どうしても外せない用があるの」


「気になさらないでください! ゼル様は私が責任を持ってお世話いたします!」


「何かあったら、すぐシスを頼りなさい」


「はい!」


 ミーレ様が部屋を出ていくと、代わりにシスが扉のそばに立った。


「何か困ったら私を頼れよ、メイ」


「はい。リーダー、よろしくお願いします」


「……」


「あの、リーダー……そんなにジロジロ見なくても大丈夫ですよ? どうかされましたか?」


 シスは腕を組み、真剣な顔でゼル様を見ていた。


「いや……そのだな……子どもにどう接すればいいかわからなくてだな……」


「抱っこしてみますか?」


「いいのか? いや、しかし……落としたりしたら取り返しがつかない……」


「そんなに怯えなくても大丈夫ですよ。ね、ゼル様」


「ごく……ごく……」


 ゼル様は哺乳瓶をくわえ、一生懸命ミルクを飲んでいる。


 シスはその姿を見て、わずかに頬を緩めた。


「抱っこは怖いから……ちょっとだけ、頬っぺたをつんつんするくらいなら……」


「リーダー、意外と子ども好きなんですね」


「赤子がこんなに可愛いとは知らなかったんだ!」


 シスは恐る恐る指を伸ばし、ゼル様の頬をつんとつついた。


「う……うぇ……」


「ゼ、ゼル様!? 怖かったですか!? ごめんなさい!」


「か、顔か!? 私の顔が怖かったか!? 申し訳ありません、ゼル様!」


「リ、リーダー……そんなに卑屈にならないでください」


 私は困惑するリーダーに呆れながら、哺乳瓶を見た。


「あ、空になっちゃいました」


「まだ吸っているぞ。足りないんじゃないか?」


「リーダー。追加をお願いしてもよろしいですか?」


「ああ、任せろ。すぐに用意しよう!」


 さっきまで赤子に怯えていたとは思えないほど、自信満々にシスが部屋を出ていく。


「ゼル様、哺乳瓶外しますねー」


「うぇ……うぇ……」


「ごめんなさい。空っぽなんですよ」


 哺乳瓶を外すと、ゼル様の小さな手が私の人差し指を掴んだ。


 そして、そのまま指先を口元へ持っていく。


 ちゅぱ、ちゅぱ。


「私の指を吸っても、何も出ませんよー」


 それでもゼル様は、満足そうに私の指を吸っている。


 小さな手と小さな口。


 そして小さな命。


 私は思わず頬を緩めた。


「えへへ……可愛いです」


 この時の私は、まだ知らなかった。


 この小さな王子を抱いた日から、私の人生が大きく変わっていくことを。


 そしていつか、この子を守るために、魔王城を捨てて逃げる日が来ることを。


 ――何も知らないまま、私はただ、腕の中の温もりを大切に抱きしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ