6話 魔王様の出産
あれから数日後、私もメイドの仕事に慣れてきた。
今日も洗濯物を干すため、重い洗濯籠を屋上へ運んだ。
「ふかふかです。よかった」
屋上に干していたタオルは、風と日差しのおかげでよく乾いている。
腕いっぱいに取り込んで、私は満足げに頷く。
その時、またしても屋上の扉が開いた。
「魔王様、また来られたんですか! 今日は会議があるのではありませんか?」
「今の私は臨月でしょう? 短い挨拶だけで抜けさせてもらったの」
「それなら、なおさらお部屋で休んでください!」
「いいじゃない。私、あなたとのお喋りが好きなのよ」
どきっ、と胸が鳴った。
美しい魔王様にそんなことを言われたら、下級メイドの心臓には悪すぎる。
「う、嬉しいお言葉です……」
その時だった。
びゅう、と強い風が吹いた。
「あ、洗濯物が!」
手に持っていた衣類が風にさらわれる。
私は慌ててそれを追いかけた。
屋上の端まで走り、飛ばされかけた布をどうにか掴む。
「危なかった……」
ほっと胸を撫で下ろし、ミーレ様の元へ戻った。
「みっともない姿を見せてしまい、申し訳ありま――」
言葉が止まった。
ミーレ様が、苦しそうにうずくまっていた。
「え……う……ああ……」
「魔王様!? どうされましたか!?」
「う……」
「う?」
「産まれる……」
足元が濡れていた。
――破水している。
「あわあわわわあああ! ど、どうすればっ!」
誰かを呼びに行きたい。
けれど、ミーレ様を一人で屋上に残していくわけにはいかない。
頭が真っ白になりかけた瞬間、私は宿屋で見た光景を思い出した。
あの日、旅の途中だった女の客が、宿で急に産気づいた。
ミアロがすぐに布を集め、湯を沸かし、荒々しくも落ち着いた声で指示を出していた。
「と、とりあえず、タオル! タオル!」
私は洗濯したばかりのタオルを乱暴にかき集め、ミーレ様の足元に敷いた。
「ここにもタオルを敷いて……魔王様、こちらに横になってください!」
「あ……ありがと……慣れてるわね……」
「慣れてなんていません! 宿で働いていた時、出産されたお客様がいて……その時のお母さんがやっていたことを思い出して……! あわわわ!」
ミーレ様は痛みに耐えながら、私の腕を力いっぱい握った。
細い指とは思えない力だった。
「服を緩めます! 失礼します、魔王様!」
震える手で衣装を整え、呼吸がしやすいようにする。
「あとは確か、お湯が必要です! ああああ! でも私、魔法が使えません!」
痛みに耐えているミーレ様に魔法を頼むわけにもいかない。
どうする?
どうすればいい!?
その時、屋上の扉が開いた。
「おい、メイ。通達がある。魔王様がまた抜け出し――」
シスの声が止まる。
そして、城中に響き渡りそうな悲鳴が上がった。
「わああああああああ!? 何事だ! 一体何があった!?」
「リーダーッ! 産まれます! 産まれます! 陣痛です!」
「なんだとおおおおおおおおおお!?」
「お湯! お湯を出してください!」
「わかった! その洗濯籠に入れるぞ!」
「お願いします!」
シスはすぐに魔法で湯を沸かし、洗濯籠に注いだ。
「メイ! 私はどうすればいい!?」
「えっと、えっと……そうだ! 産婆さんを呼んできてください!」
「わかった! すぐに行く!」
シスは全力で階段を下りていった。
直後、ガターン、と派手な音が響く。
慌てすぎて階段から落ちたらしい。
怪我してないか心配したかったが、それどころではなかった。
ミーレ様が苦しげに息を吐く。
「あ……う……うう……」
「わああああ! 頭が出てきてます! 早すぎます!」
私が出産に立ち会った時でも、こんなに早く頭は出てこなかった。
ミーレ様は安産型なのだろうか?
いやいや、今はそんなこと考えてる場合ではない!
私は泣きそうになりながらも、目を逸らさない。
逸らしてはいけないと思った。
ここで私が慌てたら、ミーレ様も、お腹の子も危ない。
「魔王様! 息をしてください! ゆっくりです! 大丈夫です! 私がいます!」
「メイ……」
「はい! います! ここにいます!」
どれくらい時間が経ったのか、わからなかった。
実際には短かったのかもしれない。
けれど私には、永遠のように長く感じられた。
◇ ◇ ◇
「メイ! 遅くなった! 今どうな――」
何人もの医者を連れて、シスが屋上で足を止める。
私はその場に座り込み、ぐったりとしていた。
―――腕の中には、小さな男の子の命があった。
「えへへ……可愛いですね……」
赤子は小さな手を握りしめ、か細い声で泣いていた。
ミーレ様は疲れ切った顔をしていたが、赤子を見つめる目は、今まで見たどんな表情よりも優しかった。
「ありがとう、メイ……」
その言葉を聞いた瞬間、緊張の糸が切れた。
私はその場で、へなへなと倒れ込んだ。




