4話 魔王様は気まぐれ
「ふんふんふふーん♪」
数日後。
私は魔王城の屋上で、大量の洗濯物を干していた。
城の屋上は思っていたよりも広く、風通しがいい。
高い場所からは城下町が一望できた。
黒い屋根が並び、その向こうには荒れた大地と、さらに遠くに青い海が見える。
この世界には、大陸は1つしかない。
大昔の戦争で、すべて海に沈んだと教わった。
そう思うと、目の前に広がる景色が急に心細く感じられた。
「しかし……洗濯物が多いですね……この数、私1人で干せるでしょうか?」
兵士の服。メイド服。
寝具にタオル。
物干し台には、次から次へと布が増えていく。
「明らかに仕事の量と人数が合っていない気がします。先輩に聞くと、今は人を雇うのに慎重になっているそうですし……なぜでしょうか?」
独り言をこぼした、その時だった。
ガチャリ、と屋上の扉が開いた。
「あれ、誰か来ましたね。もしかしてシスさんですか?」
振り返ろうとした瞬間、強い風が吹いた。
「わっ、洗濯物が!」
干したばかりのタオルが一枚、風に煽られて飛んでいく。
慌てて手を伸ばしたが、タオルは私の手をすり抜け、ちょうど屋上に出てきた人物の顔にばさりとかかった。
「ああっ! ごめんなさい! 洗濯物がぶつかりました!」
「大丈夫よ。気にしないで」
柔らかな声だった。
タオルを外したその人を見て、私は固まった。
白く美しい肌。淡い金髪。穏やかな微笑み。
「ほわああ……とても美人な方で――」
そこまで言ってから、頭の中で警鐘が鳴った。
「魔王様ああああああああああああああ!?」
目の前にいるのは、間違いない
魔王ミーレ=フォース様だった。
「そんなに驚かなくても」
「な、なんでこんなところに!?」
「書類仕事に疲れてね。少し息抜きと思って屋上に来たの」
「だ、だめです! お身体に障ります! お腹にお子様もおられます!」
「いいじゃない。息抜きは大事よ」
「え、えええ……」
相手は魔王様だ。
止めていいのか、止めてはいけないのか、私には判断がつかなかった。
けれど、このまま立たせておくのはもっと怖い。
「じゃ、じゃあ! せめてこちらにお座りください!」
「ふふ、ありがとう」
私は慌てて洗濯籠をひっくり返し、その上に畳んだ布を敷いた。
ミーレ様は楽しそうに笑いながら腰を下ろした。
「失礼だけど、あなたは?」
「私はメイと申します。3日前にメイドとして入った者です」
「あらあら。新人さんだったのね」
「は、はい!」
「ここに来る前は何をしていたの?」
「えっと……宿屋で働いていまして……」
最初は緊張で舌が回らなかった。
けれどミーレ様は、身分の差を感じさせないほど穏やかに話を聞いてくれた。
宿屋『豊穣』のこと。オニオンスープのこと。
ミアロのこと。酔っ払い客の相手が大変だったこと。
話しているうちに、いつの間にか私は笑っていた。
「随分長いこと話してしまったわね」
「い、いえ……気にされないでください」
その時、屋上の扉が勢いよく開いた。
「おい、メイ。遅いぞ。いつまで洗濯物を干して――」
シスは途中で言葉を失った。
そして、次の瞬間――。
「魔王様ああああああああああああああああああ!?」
「シスさん!?」
「メメメ、メイ! これは一体どういうことだ!?」
「あらら。シスったら、そんなに慌てちゃって」
「ま、ままままさか……メイ! 貴様、魔王様を屋上に連れ出したのか!?」
「違います! 違います! 違います!」
私は全力で首を横に振った。
「あはは。メイに暇つぶしの相手をしてもらっていたのよ」
「失礼はありませんでしたか!?」
「何もなかったわよ。とてもいい子ね」
ミーレ様がそう言うと、シスは安心したような、余計に胃が痛くなったような顔をした。
「いいかメイ! 魔王様は隙があれば、すぐどこかに抜け出す癖がある! もしまた同じことがあれば、必ず魔王様のそばを離れるなよ!」
「は、はい!」
「もし魔王様が転んで、お腹の子に何かあってみろ! お前と、その教育係である私は責任を取らされて首が飛ぶぞ!」
「ひええええええ!」
ミーレ様だけが、くすくすと楽しそうに笑っていた。




