表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

4/19

3話 魔王様、妊娠中

「早くしろ! 間に合わんぞ!」


「あわわわ! こんな何百人分の料理、作ったことありませんーーー!」


 そこから先は、戦場だった。


 野菜を切る。肉を運ぶ。鍋を混ぜる。味を見る。食器を並べる。足りない食材を取りに走る。


 宿屋での経験がなければ、たぶん初日で泣いていた。


「メイ! そっちの鍋、焦げるぞ!」


「はいぃ!」


「皿が足りん!」


「今持っていきます!」


「こっちのスープを兵士食堂へ!」


「腕が二本じゃ足りませんーーー!」


 ようやく昼の食事が終わった頃には、私は休憩室の椅子に溶けるように座り込んでいた。


「はあ……はあ……疲れましたー……」


「ご苦労。初日にしてはやる方だな」


「ありがとう……ございますー……」


 先輩メイドのシスは、湯気の立つカップを私の前に置いた。


「飲め。倒れられると困る」


「優しいです……」


「勘違いするな。人手が足りないだけだ」


 そう言いながらも、シスは私がカップを持つまで待ってくれた。


 温かいお茶を一口飲むと、体の奥に染み渡るようだった。


「しかし、変な体質だな。まったく魔法が使えんとは」


「私も困ってて……」


 今日だけで何度、他のメイドに『ファイア』を頼んだか……

 

 忙しい中、魔法を使って欲しいとお願いするのだ。

 あの嫌そうな顔が頭から離れない。


「なんとかできたら……いいんですけど……」


 私が落ち込んでいると、窓の外から金属がぶつかり合う音が聞こえた。


 ガキン、ガキン、と鋭い音が響く。


「なんの音でしょうか?」


「兵士たちが訓練しているのだろう」


 シスに促され、私は二階の窓から外を覗いた。


 中庭では、鎧を着た兵士たちが木剣や槍を手に訓練していた。

 掛け声が上がり、地面を踏み鳴らす音が城壁に反響している。


 その一角だけ、妙に人だかりができていた。


 若いメイドたちが、窓辺で小さく歓声を上げている。


「きゃー!」


「今日もお美しい……!」


 わーわーと騒ぐ若いメイドたち。

 私は首を傾げた。


「何かあったんですか?」


「ああ。おそらく魔王様がおられるのだ」


「魔王様!?」


 私は思わず声を裏返した。


「なぜ魔王様が訓練場に?」


「知らんのか。魔王様は城の兵士長も兼ねておられる」


「魔王様が戦うんですか……?」


「本当に知らんのだな」


「す、すみません……」


 城下町で暮らしていると、王族の姿を見る機会などほとんどない。

 噂話くらいなら耳にするが、実際に何をしているかまでは知らなかった。


「王となる資格を持つのは、強き者だけだ」


 シスは窓の外を見つめながら言った。


「我々魔族は、強さを尊ぶ。魔族の中で最も強い者が王となり、種族を導く。それが古くからの掟だ」


「強い人が、王になる……」


「大昔は貴族制もあったと聞く。だが、精霊戦争(せいれいせんそう)で多くの血筋が絶えた。家名を持たない者が増えたのも、そのためだ」


 精霊戦争(せいれいせんそう)


 その言葉は、子どもでも知っている。


 かつてこの大陸には、エルフやドワーフ、獣人など、多くの種族がいたという。

 けれど大昔の戦争で彼らの精霊は滅び、種族もろとも消えた。


 世界に残った大陸は、たった一つ。


 そして、そこに生き残った知性ある種族は、人間と魔族だけになった。


「魔王様は、もとは兵士長だったのだ」


「えっ!? そうだったんですか!」


「最も強き者だった。だから魔王となられた」


「なるほど……だから魔王様をやりながら、兵士長もしているんですね……」


 その時、中庭の人だかりが割れた。


 護衛を従え、一人の女性がゆっくりと歩いてくる。


 金に近い淡い髪。透き通るような白い肌。

 黒を基調にした衣装の上からでもわかる、凛とした立ち姿。


 遠目に見ても、ただ者ではないと分かった。


「あの方が……」


「魔王ミーレ=フォース様だ」


「わー……すごい綺麗な方です……」


 思わず見とれていると、ミーレ様がふらりと足を止めた。


「わ、わわわわ!」


 護衛たちが慌てて駆け寄る。


 それを見て、シスが額を押さえた。


「相変わらずだな……魔王様は……」


「あれ? 魔王様、お腹が……」


 衣装の上からでも、ミーレ様の腹部が大きく膨らんでいるのが見えた。


 私は目を見開いた。


「もしかして……」


「そうか。お前たち城下町の者はまだ知らんのか」


 シスは声を潜めた。


「魔王様は妊娠されている」


「えええっ!?」


「声が大きい」


「す、すみません! でも、そんな情報初めて知りました!」


「……一般に公開していないからな」


「え?」


 私が驚いて目を丸くすると、シスの表情が少しだけ険しくなった。


「……今、城内は少しきな臭いことになっている」


「きな臭い……?」


「新入りが知るには早い」


 そう言われてしまうと、私はそれ以上聞けなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ