13話 兵士殺しの疑い
「うわあああん! 新人メイドちゃん、助けてー!」
王室でゼル様のお世話をしていた私は、突然やって来たシスさんに育児を交代させられた。
理由を聞く暇もなく、シスさんはいつになく険しい顔で、ただ一言「地下へ行け。お前に確認したいことがある」――そう告げた。
胸騒ぎを覚えながら、私は魔王城の地下へ向かった。
地下区画は、昼間でも薄暗い。
壁に埋め込まれた魔石灯が青白く光り、石造りの廊下に冷たい影を落としている。
普段は倉庫や尋問室として使われている場所らしく、空気そのものが重かった。
奥の部屋に入ると、そこには見覚えのあるメイドがいた。
先日、私に食べかけのお菓子を渡してきた人。
名前は、カッシリー。
そのカッシリーが、兵士たちに囲まれていた。
両手は後ろで拘束され、首元には剣の切っ先が突きつけられている。
さらに手首には、魔法の使用を封じる拘束具まで嵌められていた。
普段のメイド服姿なのに、まるで重罪人のような扱いだった。
「うわあああん! 新人メイドちゃん! 助けてー! お菓子あげるからー!」
「あ、あの……いったい何が……?」
私は戸惑いながら、近くにいた兵士へ尋ねた。
兵士は鎧の胸元に拳を当て、大声で口を開く。
「この者には、兵士殺しの疑いがある!」
「兵士殺し……?」
思わず息を呑んだ。
カッシリーが、兵士を殺した。
その言葉が、まったく現実味を持たなかった。
「してない! してないよー! カッシリーは兵士さんなんて殺してないよー!」
カッシリーは拘束されたまま、ぶんぶんと首を横に振った。
「新人メイドちゃん、助けて! あとでお菓子いっぱいあげるから!」
私は困りながらも、兵士へ向き直った。
「あ、あの……事情をうかがってもよろしいですか?」
「王室前の警備をしていた兵士が、死体で発見された!」
兵士の声が荒ぶる。
「この者たちは、警備の隙をついて王室を覗いていた! つまり、ゼル様の命を狙うために兵士を殺し、王室へ近づいた疑いがある!」
「違う! 違うよーっ!」
カッシリーが半泣きで叫ぶ。
「可愛いゼル様が見たかっただけー! 赤ちゃん見たかったんだもーん!」
その言い訳は、あまりにも情けなかった。
けれど、だからこそ本当のようにも聞こえた。
「あの……もしかして、他の2人も……?」
「拘束している!」
兵士は即答した。
「容疑が確定した場合、3人揃って王族の命を狙った罪で裁判にかける! 判決次第で、処刑する!」
「いやだー! お菓子食べられなくなっちゃうよー!」
「問題はそこではありません!」
私は思わず突っ込んでしまった。
だが、笑える状況ではなかった。
王室前の警備兵が殺された。
その直後に、カッシリーたちが王室を覗いていた。
状況だけ見れば、疑われても仕方がない。
けれど――。
「あの……私は、冤罪だと思います」
「新人メイドちゃーん! ありがとーっ!」
「冤罪だと思う理由を申してみよ!」
兵士たちの視線が、私に集まった。
胃のあたりがきゅっと縮む。
私はただのメイドだ。
裁判官でも、兵士でもない。
けれど、カッシリーが私を見ている。
涙目で、必死に――。
だから私は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「まず、私はカッシリーさんからお菓子をいただきました。でも毒は入っていませんでした。もし本当にゼル様を狙っているなら、私を排除する方法はいくらでもあったはずです」
「ふむ!続けよ!」
「それに、王室前の警備兵は、とても強い方ですよね?」
「当然だ! 王室の警備を任される者は、兵士の中でも選ばれた者!」
「なら、メイドの私たちが簡単に倒せる相手ではありません」
私はカッシリーを見る。
「そうだよー! カッシリーは、お菓子が大好きな弱いメイドだよー! ファイアくらいの低級魔法しか使えないもーん!」
私は思わず胸の中で呟いた。
私は、そのファイアすら使えないです……
そもそも、強力な魔法を扱える者は、メイドではなく兵士として雇われることが多い。
魔王城では能力によって配置が決められる。
そのため、メイドはどうしても戦闘能力が低い者が多い。
――私を含めて。
「……どうしても、カッシリーさんたちが兵士の方を殺したとは考えにくいです」
「よかろう!」
兵士は頷いた。
「育児係メイの証言は記録に残し、今後の調査材料とする!」
「やったー! じゃあ解放――」
「ただし、無罪が確定したわけではない! 拘束は継続する!」
「いやだー! 疑わないでー! お菓子食べさせてー!」
カッシリーが床に転がりそうな勢いで暴れる。
魔法封じの拘束具が、じゃらじゃらと音を立てた。
「あの……兵士さんは、どう思われていますか?」
「我らか!?」
「はい。カッシリーさんたちが本当に兵士を殺したと思っているのですか?」
兵士は少しだけ沈黙した。
それから、ふんっと大きく鼻を鳴らす。
「正直に言えば、思っていない!」
「え?」
「こんなへっぽこ女に殺されるほど、我ら兵士は甘くない!」
「へっぽこ女だもーん! カッシリ―はへっぽこだからー! 解放してー! お菓子食べさせてー!」
兵士はカッシリーの抗議を無視して続けた。
「おそらく、外部の者に殺された! 我々以外の兵士も、ほぼ全員そう見ている!」
「なら、どうして拘束を……?」
「手順だ!」
兵士の表情が硬くなる。
「王室前の警備兵が殺された! そして、その直後に王室へ近づいた者がいた! たとえどれほど怪しくなくとも、確認せずに放免するわけにはいかん!」
「……そう、ですよね」
分かる。
分かってしまう。
今の魔王城では、疑わしいものを見逃すことの方が危険だ。
もし本当にゼル様を狙う者だったなら、取り返しがつかない。
「だから言っただろう……。今の魔王城内で、不用意にゼル様へ近づくなと」
いつの間にか、部屋の入口にシスさんが立っていた。
腕を組み、怒りと疲労が混じった顔でカッシリーを睨んでいる。
「リーダー! 助けてー!」
「助けてほしいのは私の方だ。お前たちのせいで胃が痛い」
「ごめんなさいー! もう勝手に覗かないからー!」
「当たり前だ!」
シスさんの怒声に、カッシリーがびくりと肩を震わせた。
私はその様子を見ながらも、胸の奥に嫌な冷たさを感じていた。
カッシリーたちは、たぶん犯人ではない。
兵士たちもそう思っている。
それなのに、王室前の警備兵は死んだ。
つまり、本当の犯人は別にいる。
そして、その犯人は――。
王室の前にいた兵士を、誰にも気づかれずに殺せるほどの力を持っている。
「……」
背筋が冷たくなった。
ゼル様は今、シスさんが見てくれている。
王室には別の兵士も配置されているはずだ。
そう分かっているのに、不安が膨らんでいく。
「新人メイドちゃん? カッシリ―、助かる?」
カッシリーが涙目のまま、私を見上げた。
「……まだ分かりません。でも、私が見たことはちゃんと話します」
「ありがとー! 釈放されたら、お菓子食べに行こうねー!」
カッシリーは泣きながら叫んだ。
その声は騒がしかったが、そこに悪意はなかった。
ただ怖がっているだけの、普通のメイドの声だった。
だからこそ、余計に思う。
こんな人たちが、王室前の兵士を殺せるはずがない。
本当の危険は、別の場所にいる。
しかも、もう魔王城の中に入り込んでいるのかもしれない。




