10話 魔族と人間族
翌朝。
私は朝食の支度を終えたあと、休憩室で新聞を広げていた。
「失踪者の犯人発見。ミーレ様が始末……ですか」
見出しには、昨夜の事件が大きく載っていた。
魔王城内外で相次いでいた失踪事件。
その犯人が、モラス裁判長だったこと。
被害者たちは福音の塵を吸わされ、正気を失っていたこと。
魔王ミーレ様が自ら討伐したこと。
紙面の文字を追うほど、胸の奥が重くなっていく。
「失踪者は福音の塵を吸わされて、廃人にされていたらしい。行方不明だった産婆も、被害者だったようだな」
シスさんが、低い声で言った。
「……酷い事件です」
私は新聞を握る手に力を込めた。
産婆さんが無事なら、ミーレ様ももっと安心してゼル様のお世話ができたはずだ。
そんな人まで巻き込まれていたのだと思うと、悔しさで喉が詰まった。
その時、別のメイドが慌てた様子で休憩室へ飛び込んできた。
「ちょっと! みんな、外を見て!」
「なんでしょうか……?」
窓際に駆け寄ると、城の中庭を数人の兵士が通っていた。
彼らが運んでいるのは、一人の女性だった。
見たことのない服装だ。
黒を基調にした、どこか教会のシスターを思わせる服。
けれど、魔族の国ではまず見かけない形の衣服だ。
「変わった姿をした人が運ばれていますね……女の人でしょうか?」
私が首を傾げると、シスさんは怪訝な表情をする。
「……人間族ではないか?」
「ええっ!?」
私は思わず窓に顔を近づけた。
「人間ですか? 初めて見ました……私たちと、あまり見た目は変わらないんですね」
そう言いながらも、胸の奥に妙なざわめきがあった。
――人間族。
魔族と大陸を分け合いながら、長い間、交流が断たれている種族。
魔法を持たない代わりに、魔族にはない技術を発展させたと聞いている。
だが、運ばれいるその女性の手は、ぴくりとも動かない。
「……あの様子だと、もう死んでいるな」
「いったい何があったのでしょうか……」
私は窓の外を見つめたまま、息を呑んだ。
私の知らないところで、酷い出来事が起きている。
それだけは、確かだった。
◇ ◇ ◇
ゼル様は、ミーレ様の腕の中で母乳を飲んでいた。
小さな口が懸命に動くたび、ミーレ様の表情が柔らかくなる。
「あら。人間族が運ばれているのを見てしまったのね」
「は、はい……窓から見えてしまったので……」
「いいのよ。隠しきれることでもないわ」
ミーレ様はゼル様の頭を優しく撫でながら、静かに話し始めた。
「魔族の国の周りには森が広がっているでしょう? そこで倒れていたのを、巡回中の兵士が発見したの」
「森で……」
「持ち物を確認したけれど、人間族の道具は不思議なものばかりだったわ。唯一、使い方が分かったのは、ボタンを押すと先端が光る棒くらい」
「人間族は全員魔法が使えないと聞いたことがあります。でもその代わり、科学技術が優れているという噂がありましたが……」
「ええ。おそらく本当なのでしょうね」
ミーレ様の目が、窓の外へ向いた。
「あの人間の死に方……ほぼ間違いなく、幻影兵に襲われたものよ」
「やっぱり……そうでしたか……」
――幻影兵。
その名前を聞くだけで、背筋が冷たくなる。
国の外を徘徊する、幻影の騎士。
物理攻撃も魔法も通じず、向こうの攻撃だけがこちらに当たる。
出会えば最後、逃げるしかない理不尽な怪物。
「幻影兵に襲われて森に迷い込み、そのまま力尽きたのでしょうね」
「国から出ると幻影兵と遭遇する……とても怖いです……」
「倒す方法がないのよね……」
ミーレ様はそう言って、ゼル様を抱く腕に少しだけ力を込めた。




