96粒目
『おぉ、間に合った』
食堂へ繋がる広間へ向かえば狼男も戻ってきた。
「本日はテラス席のご案内です」
おやの。
人数が多いためか、どうやら人馴れをしておらぬ青年に気を遣ったか。
テラスでの夕食。
疲れていないかと男の問いに、
「それが、驚く程に元気です」
と青年本人も戸惑っているくらいだと言うけれど。
気が抜けた時が少々心配である。
主に男と青年のする会話の聞き役に徹する狼男に。
「フーン」
酒、と狸擬き。
食後も、まだまだ元気そうに見えたけれど。
「また明日、朝食をご一緒しましょう」
青年は素直に手を振って階段を上がって行く。
その後ろ姿を見送っていると、
「差し入れ、とっても美味しかったです」
食堂にいたマダムが出てくると、お礼が遅くなりましてと礼を述べられた。
知らない甘味であったけれど、優しい甘さだったと。
「それに普段は甘いものをあまり食べない夫が、パクパク食べているので少し嫉妬してしまいました」
と、全くそうは見えない顔でうふふと微笑むマダム。
そういえばそんな事を聞いていたの。
「お部屋にお飲み物でもお持ちいたします?」
「フーン」
酒、とすかさず狸擬き。
「いえ。今夜も美味しい食事をありがとうございました」
「まぁま、厨房にも伝えておきますね」
まだ忙しい中、礼のためだけに抜けてきてくれたらしいマダムに、
「おやすみの」
手を振り。
我等も踵を返せど。
「……」
眉間に毛を寄せたまま、その場から動かず無言で不満を訴えている狸擬きを、狼男が無言で小脇に抱える。
「フンッ!?」
「我等は、研師たちに返事を送らねばならぬけれどの」
「あぁ」
ここからは送れない。
これ以上、宿に負担を掛けるわけにはいかない。
「組合には、彼等の試みの話だけはしておこうか」
「の」
「……フーン」
酒、と狸擬きの未練がましいフーンが、広い廊下に霧散して行く。
翌朝。
そう疲弊した様子も見せず、階段から降りてきた青年と食堂へ。
唯一食事の支度がなされている真ん中のテーブルへ向かえば。
「おはようございます。夕食、お口に合いました?」
食堂の若い男が朝食を運んでくると、気さくに青年に声を掛けている。
「は、はいっ。特に、魚の鮮度は勿論ですが、肉の熟成に合わせた調理と味付けに感服しました」
律儀な青年の返事に。
「お?」
若い男が手を止め。
男が、彼はカフェのオーナーさんですと紹介している。
「ははぁ、納得です。でも、その若さで?凄いっすね」
「い、いえ。僕はただ両親の後を継いだだけでして」
「レストランに近いカフェ?」
「い、いえっ、とんでもない。ちっちゃな、5人も入れば満員の狭い店です」
「へーっ!」
若い男は興味津々だけれど、
「おい」
飲み物を運んできた四角い男が、
「お食事の邪魔をして申し訳ありません」
若い男を引き摺っていく。
全く悪びれずに笑いながら引き摺られる若い男を見送っていた青年は。
「……」
しかし。
その2人が消えた厨房が気になる様子。
けれど男が声を掛ければ、青年は、看板娘に土産をせがまれているため、買い物をしたいと。
食事の後、先に村へ向かうと手を振る狼男を見送ってから、我等も馬車で村へ降り。
看板娘には何を頼まれているのかと問えば。
「ええと。髪飾りとネックレス、後は、ブレスレットと麻のシャツを欲しいと頼まれています」
後は、何だったかなと指を折りつつ首を傾げる青年。
(なんの)
全部買って行くつもりであるか。
「娘には甘いの」
「いきなり店を閉めたので、お詫びも込めてです」
広場へ向かい、装飾品の並ぶ店の前で足を止めれば。
黄色や赤色のはっきりした原色の装飾品が多い。
魚を象った木彫り、白い砂を詰めた瓶。
「いらっしゃーい。そちらのお嬢様には、赤色のリボンなどいかが?」
今被っていらっしゃる麦わら帽子に巻けば更に愛らしいですよと、商売熱心な店の女。
「いや、今日は彼のガールフレンドへの土産を探しに来ている」
男は軽く流しながらも。
(のの)
正確には全く流しきれずに、その視線は、丁寧に編まれた赤いリボンに留まっている。
青年は、少ししどろもどろながらも店の女に欲しいものを伝え、店の女からの助言を受けながら熱心に土産を選び。
我は、箒の穂先を物凄く小さくした様な飾りに、ピアスの留め金部分がくっついているものに、
「?」
首を傾げれば。
「フーン」
これも麻でございますねと狸擬き。
「なんと」
お洒落の形も土地により様々。
男は、未だ勧められたリボンを、今度は色合いで悩んでいる。
「お待たせしました」
我の男がリボン1本に長考している間に、青年はいくつもの品物を選び清算までしている。
(ぬぅ)
薄々。
そう。
薄々、そうでないかとは思っていたけれど。
やはり。
(我の男の買い物は長いの)
確信した。
結局。
今は大変にいい笑顔で、我の被る麦わら帽子に赤いリボンを巻き付ける男に苦言を申せば。
「どうしました?」
買い物の時間が長いと苦情を呈されたと苦笑いで伝える男に、しかし土産物を鞄に仕舞う青年は。
「大事な人への贈り物だったら、僕も同じくらい悩むと思います」
と、何だか妙に大人びた顔で微笑むではないか。
しかも。
(なんの)
それではまるで。
「我の度量が大層せまっこいみたいではないかの」
唇を尖らせば。
おまけで貰えたリボンを、狸擬きの被る麦わら帽子に巻き付ける男は。
そんな我の顔を見て、心の底からおかしそうに笑い始めた。
そして昼になれば、我等は仕事を抜けた狼男と青年も連れて川へ向かい。
「あーずき洗おか、グラニータ食ーべよか♪」
シャキシャキシャキ
シャキシャキシャキ
「あーずき洗おか、どーら焼き食ーべよか♪」
シャキシャキシャキ
シャキシャキシャキ
ふふん、ふふん♪
ふふん、ふふん♪
我は小豆を研ぎ。
川から戻れば、へっぴり腰でお舟に乗り込む青年と小島へ向かい。
「何ですか、あれは!?」
『おおお……?』
遠くとも迫力のある鯨の潮吹きを眺め。
夕食は。
「あやつがおらぬの」
青年が不在。
とうとう糸が切れて寝込んでいるのかと思いきや。
「人手が足りなくて、厨房を手伝っているらしいよ」
なんと。
あの青年が。
まるで別人ではないか。
「彼は、この土地と相性がいいんだろうな」
ふぬぬ。
更に翌日は。
青年はもう街へ帰るのだと。
「早いの」
「遅くなると、組合の人達も心配してしまうと思うので」
ただ。
「ここから一番近くの村の宿に泊まるので、出発はそんなに急ぎませんから」
と、纏める荷物も少ないため。
別れの前に、皆で宿の敷地を散策しながら。
「ええと」
「?」
口ごもった青年は。
「……この宿の厨房のチーフさんに、うちで働かないかと誘われました」
「のの?」
凄いではないか。
しかも厨房のチーフは、あの若い男なのだと。
なんと。
宿舎に空きもあり、秋の終わりまでどうかと持ち掛けられたと。
「どうするのの?」
青年はそう迷いも見せず、
「受けてみようかと思ってます」
ここでもう少し、次こそは長くなるはずの旅費と、どこかの土地で開く店の資金を貯めようかと考えていると。
街に戻り、それらの事を伝えてくるとも。
「ふぬぬ」
優しいマダムや宿の主人の元でならば、こやつものびのびと働けそうである。
「あなたたちは、まだ、しばらくは滞在しますか?」
おずおずと青年に問われ。
我と男は顔を見合わせてから。
「もうそろそろ、出発する予定です」
村も、狼男の手伝いもだいぶ減ってきた。
「……そうですか」
しゅんと肩を落とす青年。
厩舎へ迎えば、宿の者が馬を荷台置き場に連れて来てくれている。
青年の見送りのためか、マダムと宿の主人にチーフ、厨房の若い男が、大きく手を振りながらやってきた。




