94粒目
革には焼き印が押されている。
「俺たちの特徴が書かれているな」
ふぬ。
だいぶ手間が掛けられている。
裏には、組合から組合へ送るように、手間賃は追って鳥が届けるなど、組合への指示が幾つか。
元は、
「布袋に入っていて、そこにはこちらの文字で同じことが記してありました」
開き口は釦で留められている。
中は、手紙が2通。
「あぁ。港街の、研師の彼女からだよ」
ほうほう?
「もう1通は、彼女のボーイフレンドからだ」
港町で洒落た食器を売っていたあの裕福なおじじか。
茶の国のおじじの屋敷も、あの辺りの屋敷と比べても一際立派な作りであったし。
今回は愛しい恋人のために、大枚を叩いて、手紙を出してくれた様子。
桃色小鳥は、ある程度の飛距離になると、足が出た分は受けとり側へ請求が向かう。
我等がどれだけ離れた場所にいるか、目安すらない今。
鳥を使うには、こちらへの負担が大きすぎると考えたのであろう。
そしてもう1つ。
桃色小鳥を使わないのは、逆に急ぎの用事ではないことも表している。
男の横顔に緊張が走らないのはそのため。
「後で読ませて貰おうか」
「の」
男が、失礼しましたと革の袋をテーブルに置き直し、青年に向き合えば。
「あの、今読まれても、僕は大丈夫ですからっ」
革の袋に手の平を向け、
「あ、席を外しますか?」
と中腰になるけれど。
「いえ。俺たちは、あなたがここまで来られた理由と経緯にも、この手紙と同じくらい興味があるので」
男の言葉に、我も狸擬きも、こくりと頷いてみせれば。
青年は、
「……は、はい」
目を見開いた後。
「じゃあ……」
面映ゆそうな笑みを浮かべ、自身の短くなった髪の後頭部を撫で付ける。
男が煙草を取り出し、無言で青年にも煙草を勧め。
青年が両手を振り、その同じやりとりを、いつかも、あの街でしたことを思い出したのか。
青年は、すでに懐かしそうな瞳の色を見せてから佇まいを直し、
「全くの偶然だったんですけど」
控え目故に耳にそう悪くない余韻を残す声で、話を始めた。
我等が出発してから。
食堂兼自宅からは遠い組合にも顔を覗かせ、まずは組合の人に話を聞いて貰い、両親が旅をした場所の地図を見せ。
「幾つかの国を回りたいこと、自分と肌の合いそうな国があれば、腰を落ち着けたいことを話したんです」
のの。
頑張っていたのであるの。
「えへへ。……そしたら、組合の方から、
『同行者を探している間に、自分で馬車を牽けるようになった方が動きやすい』とアドバイスされまして」
同時に、馬の世話なども教わりつつ。
「君かい?俺の国にまで行ってみたいってのは?」
旅人や行商人に声を掛けられたけれど。
「俺たちみたいな行ったり来たりな奴等だと、忙しないかもな」
「勿論、情報なら教えるぞ。ただ、1人で旅してる奴は1人が好きだからなぁ」
それでも、色々な人に、色々な話を聞かせて貰うだけでも、ためになったと。
そして冒険者は、仕事の少ないこの辺りにはあまり立ち寄らないことも知り。
「もっとのんびりしてましょーよ」
次の夏くらいまでーとサクサク皿を洗うのは、頼りになる、看板娘。
「さすがに長いよ」
「でもここで待ってたら、あの旅人さんたちがまた食べに来るかもしれませんよ?」
「うっ」
心が揺らぐのは否定出来ず。
でも。
「いや」
どこか、落ち着く街で店を開いてから、手紙を送って招待すると決めたのだ。
青年は暇を見付けては、馬とのコミュニケーションを図るため、組合の所有する郊外の厩舎へ向かい、馬の借り賃などを訊ね、家の中のものを少し売り。
その日は、少し遠い組合へ向かった時。
「おー、こりゃ変わった代物だな」
「中身は革か」
「なんて書いてある?」
受付の中で、数人が大きめの平らな布袋の覗き込んでいた。
「黒髪に赤い瞳のとても小さな少女、茶色に黒が混じる多毛な短足の獣、黒とグレーの髪色の、ええと従者」
読み上げた1人と数人が、はたと動きを止め。
「あ、あぁ……っ!」
「彼等か!」
「もうちょっと早く届けばなぁ!」
額に手を当て、天井を仰ぎ。
その届け物は、あの彼等宛の“何か”なのは確かで。
彼等は。
彼等の仲間の狼の彼に、海を見せに行くと聞いていた。
組合の男が読み上げた文面に、狼の彼の特徴は記されておらず。
けれど彼等はとても親しげで、そう浅い付き合いとは思えない。
山から連れてきたと聞いたけれど、その山を越える程に遠くから。
それならば、あれはきっと、自分の想像を上回る、遥か遠くから届いたものであり。
「持ち主に心当たりがなければ、別の組合へ回せだって」
「送り賃は、時間はかかるけど別途送りつけてくれるってさ」
「おお?換金の手間考えると安くないぞ」
あの嬢ちゃんの実家からかねぇと、再び顔を見合わせる組合の男たちに。
「あ、あのっ!」
「おぅ坊っちゃん。ちょうどいい、坊っちゃんの話したら、一度顔を会わせてみたいって旅人さんが来てたぞ」
と、この組合へ来て初めて話をした時に親身になってくれ、今も応援をしてくれている男が、受付から出てきてくれたけれど。
「ぼ、僕が」
「うん?」
「僕が、その、その荷を、彼等に届けますっ!!」
名乗りを上げていた。
居場所は、地図上では知っている。
彼等は先を急がない。
なんせ、桃の収穫が終わるまでこの街にいたのだから。
まだ、海にもいる可能性が高い。
「おいおい坊っちゃん、坊っちゃんの向かいたい方向と全然違うぞ?」
落ち着けと宥められたけれど。
いずれ旅をするのならば、そう遠くはない土地へ、1人で旅してみるのも悪くない。
彼等が聞いたと言う話でも、海までは村が点在し、獣に教われそうな道程ではないと、彼等伝に聞いていたし。
組合の男に、それを他の組合に回すのは2日だけ待って欲しいと頭を下げ。
青年は、その足で旅に必要なものを買い込み、
「あー、オーナーおかえー……何!?どしたのその荷物!?」
「今日で店を閉めるよ」
「はぁぁぁ!?」
看板娘の不服と不満と軽い呪詛を背中で聞き流しながら、食堂の片付けをし、残った食材は。
「もー、お給金は割増で貰いますからねっ」
近所のカフェや食堂に使って欲しいと彼女に運んで貰い。
翌日、組合へ駆け込めば。
「坊っちゃん。海までの途中の村の家に帰る奴が、坊っちゃんの牽く馬車を先導してくれるってさ」
小柄な老人がやってくると、
「馬たちのペースもある、ゆっくり行こうな」
右手を差し出してくれた。
組合からの借り馬車は、
「金額張るだろぉ?でも早く戻れば、10日以降はその分の差額は返されるから、でもそう焦らずにな」
もし、半年帰ってこない場合、自宅は、組合の管理下に置かれると聞いた。
家の鍵を預け。
「そんじゃあ、行こうか」
厩舎で待っていてくれた老人と共に。
海へ。
老人は。
きっと、普段より、だいぶ遅いペースで進んでくれたと思う。
「道々、愛想を振り撒いておくのも大事だ」
と、村があれば、街からの土産を、組合すらも存在しない小さな村の村長に預け。
「あらあんた、珍しく遅かったと思ったら。あら珍しい、お客様?」
鶏を小屋へ急き立てていた老婆が、馬車の音で柵を跨いでやってきた。
「あぁ、彼を宿へ案内してくれ」
うちでもいいけど、早めに宿に慣れるのもいいだろうと。
小さな宿は、ベッドと小さな机だけ。
染み付いた煙草の臭い。
その狭さは自室の様で案外落ち着く。
次の日から。
「馬たちも慣れないあんたに少し気を張ってるから、早めに宿を取って早めに休ませてやれな」
「は、はい」
知らぬ景色を、慣れない自分より馬たちの方がスイスイと進んで行く。
もし野宿となったら、馬の世話も全て自分になるため。
自分みたいな旅慣れない者には、宿と言う存在はとても有り難い存在だと感じたと。
先の村までは近いと聞いていたけれど、やはり速度が遅いのか、なかなか辿り着かず。
やっと見えた村に寄り、老人の言い付け通り早めに宿のある村に腰を落ち着け。
土産を預け。
どこの宿も、旅慣れぬ旅人にすら慣れているのが有り難い。
夜は、何も考える間もなく眠れるのも良かった。
先の道には、果樹園の前にテーブルがぽつりと残されていた。
最近まで、ジュースを売っていたのかもしれない。
「海には、驚きませんでしたか?」
「少し。僕は、絵本や本の挿し絵などで、海は大きいことは知っていたので、答え合わせになった感じです」
なるほど。
「海風や肌に感じる塩は思った以上にハッキリしてて、そこはびっくりしました」
青年は、思ったよりとても賑やかな村の組合へ向かい、我等のことを訊ねると。
あっさり、
「高台の宿に泊まっていますよ」
と。
登って行けば、
「宿の門番の方には、お一人ですかと少し驚かれました」
女の1人客はたまにいても、男1人でこんな宿には泊まらぬしの。
届ここに泊まる客人に届け物があり、訪ねてきと答えたけれど。
特徴を伝えれば、
「どうぞ、どうぞ。本日は部屋も空いてますから」
なぜか泊まることも決まっていたと。
「まだここに居て貰えて良かったです」
と安堵を見せる青年は、しかし不意に何か思い出したようにハッと息を止めると。
「あ、あの、食事にドレスコードなどは?」
自身の着ているシャツを掴む。
「いえ、ありませんよ」
男が軽くかぶりを振り、青年は胸を撫で下ろしたけれど。
テーブルに置かれたままの革の入れ物にちらと視線を落とせば。
「僕は、部屋に荷物を置いて来ます」
相変わらず、他者に対しての配慮を怠らない。
男が止める前に、
「食事の前に身体も拭きたいので」
また夕食時にとそそくさと出て行き。
「じゃあ、読ませてもらおうか」
「の」
男が革の入れ物の釦を外せば、
「フーン」
狸擬きが我の隣から、男の隣に座り直し、手紙に鼻先を寄せた。




