↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
93/104

93粒目

「フーン、フーン♪」

波打ち際をトトトと軽快に走る狸擬き。

男と狼男が日陰を作れば、

「のの、随分と過ごしやすくなったの」

風が涼しい。

確実に秋が近付いてきた。

先に鍋で小豆を煮つつ。

皆で葉っぱのお舟を作り。

砂を掘り、海水が流れ込むように水路を作り。

「フーン♪」

お舟を泳がせて遊ぶ。

鍋を覗けば、さすが我の小豆。

灰汁もなければ、大人しく煮られている。

ボールに材料を落としていると。

「フンフン?」

これはパンケーキの材料ですか?とボールを覗き込み鋭い指摘。

「の、似てるものの」

薄すぎず厚すぎず。

熱したフライパンで小さな円形に焼いては、皿に乗せていく。

ある程度の枚数を焼いたら、砂糖を落として更に煮詰めた小豆を。

「そろそろかの」

平たく丸く焼いた皮にあんことバターを乗せ、もう1枚の皮で挟めば。

「フン?」

「ほれの?バターどら焼きの」

「“どらやき”?」

『どらやき』

聞き慣れない単語を復唱する男たち。

「の」

「フン」

名称などどうでもいいと前足で受け取り、ぱくりと躊躇なくどら焼きにかぶり付いた狸擬きは。

「……フゥゥゥン♪」

わたくしめは、今この瞬間のために、これを食べるために生まれてきたのですと、今日も今日とて言うことが大きい。

けれど。

「……うん、うんっ」

凄く美味いなと、男も目をパチパチさせている。

『なんだ、なぜか勝手に口許が弛む』

狼男も、不思議そうに口許に触れつつも2口で食べきる有り様。

皆に好評な様でなにより。

「あむん」

我も食べてみたけれど。

「……ぬん♪」

これは困ったのと思う程に、

「美味の♪」

そして我は小豆を食せば。

「そろそろ、小豆を研ぎたいの」

ちっとも研げていない。

「フーン」

ラベンダー畑へ向かう途中に、あちらこちらに橋が架かっていましたねと、我の前に小麦粉の入った袋を置く狸。

追加のどら焼きを所望されている。

「馬車を出してみようか」

「の」

茹でた小豆はまだまだ残っているため、皮を焼き、バターと小豆を挟んでは。

「フンフーン♪」

手は足が伸び続け。

多めに茹でた鍋の小豆も空っぽになり。

それでも。

「フーン……」

ひもじそうに前足を咥える狸擬き。

(ふぬぬ)

「もう少し茹でるかの」

こやつの働いたお銭(ぜぜ)で買った材料であるし。

「フーン♪」

では腹ごなしをしてきますと砂浜へ駆けていく狸擬き。

狼男は、

『俺も手伝いたい』

少しずつ料理を覚えたいと、真面目かつ健気であり。

「のの、頼むの」

男は、カクカクした動きでボールの中で泡立て器をかき混ぜる狼男をスケッチしている。

「の」

「ん?」

「宿の主人は、マダムに、どれだけの事を話したのかの」

男に問うてみれば。

「んん、そうだな……」

スケッチの手を止め、空を見上げる。

『それは“デリケート”な話だな?』

「そうの」

「もしかしから、全部話したのかもしれないな」

ほう。

「のの、混ぜすぎはよくないの」

『あ、あぁ』

加減が難しいと狼男。

生地をたんまり焼き、茹で上がった小豆も、狸擬きに食べさせる以外はそのまま冷まし。

「残りは、マダムと宿の主人に差し入れたいの」

良いかの?と戻ってきた狸擬きに許可を取れば。

「フンフン」

仕方ありませんと狸擬き。

「あぁ、それはいいな」

「フーン」

狸擬きが上にバターを乗せ。

「フンフン」

皮を被せながらも、涎を垂らしかけている。


宿へ戻れば。

「フーンフン」

厩舎の方に宿の主人の気配と狸擬き。

向かってみれば、厩舎の掃除をしている姿が見えた。

おやの。

「なんの、手伝うの」

厩舎の中も、敷地の端にある肥溜めも、まだ手付かずであろうと指を差すも。

「と、とんでもないっ!」

駄目かの。

「妻とチーフにも怒られるだけでは済みませんからっ!」

ご賢察(けんさつ)を頂きたいと懇願する勢いでお断りをされた。

男を振り返れば、男には苦笑いで頭を撫でられる。

どうやら花摘の仕事とは訳が違うらしい。

(ふぬぬ)

「では、マダムと食べるの」

と差し入れのどら焼きを渡せば。

「これはこれは、度々のご厚意を。……?」

見慣れぬ食べ物に、特に皮の間から覗く、煮詰めた小豆に目を瞬かせているため。

男がパンケーキに似たものに、豆を甘く似たものを挟んでいますと代わりに教えている。

「豆を甘く、ですか」

こちらの世界でも、甘く煮た豆はあまり一般的ではないらしい。

「おぉ、何とも興味深い、有り難く頂きます」

大きな身体をそわそわと揺らし。

柵の近くにいた、他の客を乗せてきたであろう馬が、

「……」

なんだそれはと柵越しに鼻先を覗かせる。

「おぉっ、これは駄目だよ、君たちが食べると腹を壊してしまう」

宿の主人が慌てて身を引き、馬も案外好奇心が旺盛のと思えど。

「……」

我と目が合えば、

「……」

馬はそろそろと後退していく。

(なんの)

唇をへの字にすれば。

狼男が、少し早いけれど自分は村へ手伝いへ向かうと言い。

ならば我等は部屋に戻るかのと、宿の主人に手を振った時。

「わっ!!わぁっ!!」

(ぬ?)

我等の向かう先から。

「お久しぶりですっ!!」

のの?

西陽になりかけた日射しが顔を隠し、ひょろりとした男が、跳ねるように走ってくるのは。

「フン?」

桃の街。

小さな食堂の、人見知りを拗らせ過ぎた青年オーナーではないか。

金筒を胸に抱え、必ず手紙を送りますと涙目で約束してくれた若者。

髪がほんのり伸びている。

「どうされましたっ?」

男も狼男も、本来、ここにいるはずのない者の姿に驚き、しばし固まっていたけれど。

「手紙を、預かって来たんですっ」

おやの。

誰からかと男と顔を見合わせるも。

宿の主人が。

「広間か、お部屋へお茶でもお持ちいたしましょう」

お話はどうぞそちらでと誘導してくれ、青年は、巨体でこわもてな宿の主人に、卒倒するかと思いきや。

「は、はじめまして。一晩、お部屋をお借りさせて貰いますっ」

ペコリと頭を下げている。

(おやの)

「あぁこれはこれは、失礼、お客様でしたか」

我が宿へようこそと迫力ある笑みを浮かべる宿の主人も、自身の外見に怯まない青年に意外そうな空気を出しつつ、手を伸ばして握手をしている。

絶えず人出入りのある広間より、部屋の方がよいであろうと、宿の主人にはこの青年は我等が連れていくからと案内を断り。

狼男は、

『もどかしいけれど、手伝いへ行ってくる』

尻尾をゆらりと振ってから、青年には、また夜にと駆けて行き。

宿の中を、好奇心いっぱいに眺める青年に対し。

(ふぬん)

「の」

「?」

「なんて事ない問いなのだけれど」

部屋の、新しく入れ換えられた籐のソファを勧め。

「はい、なんでしょう?」

「初めてお主の店へ行った時にの」

「えぇ」

確かに、我は若干の異質である。

けれど。

「あの狼男と言う、わりと派手めな異分子もいたにも関わらず、お主が一番反応していたのは、我の髪と狸擬きであったの」

ちんまき我や狸擬きが霞むほどに、やはり人の男の姿をした狼男は、一番に人目を引く。

青年は、男から我の問い掛けに、小さく頷いていたけれど。

そう迷う素振りも見せず。

「そうですね。僕に関しては、家にあった本で、狼男さんの存在を知っていたからかもしれません」

ほうほう?

「狼男さんは、その『あぁ、本当に実在していたんだな』と思えたのですが」

ですが。

「その、あなたの真っ直ぐな黒髪は、……あっ、凄く綺麗だと思いましたし、今も思ってます」

と気を遣われてから。

「自分の中の、多くない知識には、全くなかったので……」

とびきり驚いていたと。

狸擬きに付いては、他の人間同様に、見慣れぬ獣が人と同様に食事をしていることに驚いたとも。

ほうほう。

あの時も人見知りを拗らせていたにも関わらず、すごい二度身をかましていたしの。

小さな疑問が解消した。

そんな無駄話をしていると、扉が叩かれ、

「失礼致します」

チーフがお茶を運んできてくれた。

マダムと宿の主人は。

「お客様の訪問が落ち着かれたので、今のうちにと、お2人で休憩を取られております」

と、珈琲とレモネードを置いてくれながら。

「本日のご夕食は、皆様、同じテーブルでのご用意でよろしいでしょうか?」

問われ。

青年は、

「え、ええと、その……?」

男とチーフを見比べ、男がお願いしますと頷けば、青年もコクコクと縦に首を振り。

狼男も、去り際に今日は夕食には戻ると手を振っていたしの。

チーフが一礼して部屋を出て行くと。

小さくでもない息を吐く青年。

やはり人見知りは相変わらずであり。

ただ、ぐったりするのではなく、目が合えば、恥ずかしそうに笑うことくらいは出来るようにはなっている。

そんな青年に。

「あっそうですっ!」

床に置いた大きな背負い鞄から。

革の、マチがとても浅い四角い袋状になったものを取り出すと。

大きさは手紙が入る程度のものを、大事そうにテーブルに置かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。