93粒目
「フーン、フーン♪」
波打ち際をトトトと軽快に走る狸擬き。
男と狼男が日陰を作れば、
「のの、随分と過ごしやすくなったの」
風が涼しい。
確実に秋が近付いてきた。
先に鍋で小豆を煮つつ。
皆で葉っぱのお舟を作り。
砂を掘り、海水が流れ込むように水路を作り。
「フーン♪」
お舟を泳がせて遊ぶ。
鍋を覗けば、さすが我の小豆。
灰汁もなければ、大人しく煮られている。
ボールに材料を落としていると。
「フンフン?」
これはパンケーキの材料ですか?とボールを覗き込み鋭い指摘。
「の、似てるものの」
薄すぎず厚すぎず。
熱したフライパンで小さな円形に焼いては、皿に乗せていく。
ある程度の枚数を焼いたら、砂糖を落として更に煮詰めた小豆を。
「そろそろかの」
平たく丸く焼いた皮にあんことバターを乗せ、もう1枚の皮で挟めば。
「フン?」
「ほれの?バターどら焼きの」
「“どらやき”?」
『どらやき』
聞き慣れない単語を復唱する男たち。
「の」
「フン」
名称などどうでもいいと前足で受け取り、ぱくりと躊躇なくどら焼きにかぶり付いた狸擬きは。
「……フゥゥゥン♪」
わたくしめは、今この瞬間のために、これを食べるために生まれてきたのですと、今日も今日とて言うことが大きい。
けれど。
「……うん、うんっ」
凄く美味いなと、男も目をパチパチさせている。
『なんだ、なぜか勝手に口許が弛む』
狼男も、不思議そうに口許に触れつつも2口で食べきる有り様。
皆に好評な様でなにより。
「あむん」
我も食べてみたけれど。
「……ぬん♪」
これは困ったのと思う程に、
「美味の♪」
そして我は小豆を食せば。
「そろそろ、小豆を研ぎたいの」
ちっとも研げていない。
「フーン」
ラベンダー畑へ向かう途中に、あちらこちらに橋が架かっていましたねと、我の前に小麦粉の入った袋を置く狸。
追加のどら焼きを所望されている。
「馬車を出してみようか」
「の」
茹でた小豆はまだまだ残っているため、皮を焼き、バターと小豆を挟んでは。
「フンフーン♪」
手は足が伸び続け。
多めに茹でた鍋の小豆も空っぽになり。
それでも。
「フーン……」
ひもじそうに前足を咥える狸擬き。
(ふぬぬ)
「もう少し茹でるかの」
こやつの働いたお銭で買った材料であるし。
「フーン♪」
では腹ごなしをしてきますと砂浜へ駆けていく狸擬き。
狼男は、
『俺も手伝いたい』
少しずつ料理を覚えたいと、真面目かつ健気であり。
「のの、頼むの」
男は、カクカクした動きでボールの中で泡立て器をかき混ぜる狼男をスケッチしている。
「の」
「ん?」
「宿の主人は、マダムに、どれだけの事を話したのかの」
男に問うてみれば。
「んん、そうだな……」
スケッチの手を止め、空を見上げる。
『それは“デリケート”な話だな?』
「そうの」
「もしかしから、全部話したのかもしれないな」
ほう。
「のの、混ぜすぎはよくないの」
『あ、あぁ』
加減が難しいと狼男。
生地をたんまり焼き、茹で上がった小豆も、狸擬きに食べさせる以外はそのまま冷まし。
「残りは、マダムと宿の主人に差し入れたいの」
良いかの?と戻ってきた狸擬きに許可を取れば。
「フンフン」
仕方ありませんと狸擬き。
「あぁ、それはいいな」
「フーン」
狸擬きが上にバターを乗せ。
「フンフン」
皮を被せながらも、涎を垂らしかけている。
宿へ戻れば。
「フーンフン」
厩舎の方に宿の主人の気配と狸擬き。
向かってみれば、厩舎の掃除をしている姿が見えた。
おやの。
「なんの、手伝うの」
厩舎の中も、敷地の端にある肥溜めも、まだ手付かずであろうと指を差すも。
「と、とんでもないっ!」
駄目かの。
「妻とチーフにも怒られるだけでは済みませんからっ!」
ご賢察を頂きたいと懇願する勢いでお断りをされた。
男を振り返れば、男には苦笑いで頭を撫でられる。
どうやら花摘の仕事とは訳が違うらしい。
(ふぬぬ)
「では、マダムと食べるの」
と差し入れのどら焼きを渡せば。
「これはこれは、度々のご厚意を。……?」
見慣れぬ食べ物に、特に皮の間から覗く、煮詰めた小豆に目を瞬かせているため。
男がパンケーキに似たものに、豆を甘く似たものを挟んでいますと代わりに教えている。
「豆を甘く、ですか」
こちらの世界でも、甘く煮た豆はあまり一般的ではないらしい。
「おぉ、何とも興味深い、有り難く頂きます」
大きな身体をそわそわと揺らし。
柵の近くにいた、他の客を乗せてきたであろう馬が、
「……」
なんだそれはと柵越しに鼻先を覗かせる。
「おぉっ、これは駄目だよ、君たちが食べると腹を壊してしまう」
宿の主人が慌てて身を引き、馬も案外好奇心が旺盛のと思えど。
「……」
我と目が合えば、
「……」
馬はそろそろと後退していく。
(なんの)
唇をへの字にすれば。
狼男が、少し早いけれど自分は村へ手伝いへ向かうと言い。
ならば我等は部屋に戻るかのと、宿の主人に手を振った時。
「わっ!!わぁっ!!」
(ぬ?)
我等の向かう先から。
「お久しぶりですっ!!」
のの?
西陽になりかけた日射しが顔を隠し、ひょろりとした男が、跳ねるように走ってくるのは。
「フン?」
桃の街。
小さな食堂の、人見知りを拗らせ過ぎた青年オーナーではないか。
金筒を胸に抱え、必ず手紙を送りますと涙目で約束してくれた若者。
髪がほんのり伸びている。
「どうされましたっ?」
男も狼男も、本来、ここにいるはずのない者の姿に驚き、しばし固まっていたけれど。
「手紙を、預かって来たんですっ」
おやの。
誰からかと男と顔を見合わせるも。
宿の主人が。
「広間か、お部屋へお茶でもお持ちいたしましょう」
お話はどうぞそちらでと誘導してくれ、青年は、巨体でこわもてな宿の主人に、卒倒するかと思いきや。
「は、はじめまして。一晩、お部屋をお借りさせて貰いますっ」
ペコリと頭を下げている。
(おやの)
「あぁこれはこれは、失礼、お客様でしたか」
我が宿へようこそと迫力ある笑みを浮かべる宿の主人も、自身の外見に怯まない青年に意外そうな空気を出しつつ、手を伸ばして握手をしている。
絶えず人出入りのある広間より、部屋の方がよいであろうと、宿の主人にはこの青年は我等が連れていくからと案内を断り。
狼男は、
『もどかしいけれど、手伝いへ行ってくる』
尻尾をゆらりと振ってから、青年には、また夜にと駆けて行き。
宿の中を、好奇心いっぱいに眺める青年に対し。
(ふぬん)
「の」
「?」
「なんて事ない問いなのだけれど」
部屋の、新しく入れ換えられた籐のソファを勧め。
「はい、なんでしょう?」
「初めてお主の店へ行った時にの」
「えぇ」
確かに、我は若干の異質である。
けれど。
「あの狼男と言う、わりと派手めな異分子もいたにも関わらず、お主が一番反応していたのは、我の髪と狸擬きであったの」
ちんまき我や狸擬きが霞むほどに、やはり人の男の姿をした狼男は、一番に人目を引く。
青年は、男から我の問い掛けに、小さく頷いていたけれど。
そう迷う素振りも見せず。
「そうですね。僕に関しては、家にあった本で、狼男さんの存在を知っていたからかもしれません」
ほうほう?
「狼男さんは、その『あぁ、本当に実在していたんだな』と思えたのですが」
ですが。
「その、あなたの真っ直ぐな黒髪は、……あっ、凄く綺麗だと思いましたし、今も思ってます」
と気を遣われてから。
「自分の中の、多くない知識には、全くなかったので……」
とびきり驚いていたと。
狸擬きに付いては、他の人間同様に、見慣れぬ獣が人と同様に食事をしていることに驚いたとも。
ほうほう。
あの時も人見知りを拗らせていたにも関わらず、すごい二度身をかましていたしの。
小さな疑問が解消した。
そんな無駄話をしていると、扉が叩かれ、
「失礼致します」
チーフがお茶を運んできてくれた。
マダムと宿の主人は。
「お客様の訪問が落ち着かれたので、今のうちにと、お2人で休憩を取られております」
と、珈琲とレモネードを置いてくれながら。
「本日のご夕食は、皆様、同じテーブルでのご用意でよろしいでしょうか?」
問われ。
青年は、
「え、ええと、その……?」
男とチーフを見比べ、男がお願いしますと頷けば、青年もコクコクと縦に首を振り。
狼男も、去り際に今日は夕食には戻ると手を振っていたしの。
チーフが一礼して部屋を出て行くと。
小さくでもない息を吐く青年。
やはり人見知りは相変わらずであり。
ただ、ぐったりするのではなく、目が合えば、恥ずかしそうに笑うことくらいは出来るようにはなっている。
そんな青年に。
「あっそうですっ!」
床に置いた大きな背負い鞄から。
革の、マチがとても浅い四角い袋状になったものを取り出すと。
大きさは手紙が入る程度のものを、大事そうにテーブルに置かれた。




