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92粒目

「?」

なんの。

「……ピ」

「ぬ?」

「……ピピピ」

狸擬き曰く、貴様に頭は下げたくはないけれど頼みがあると。

おやの。

「なんの」

我は、夕立後の水溜まり程度には心が広いため、聞くだけなら聞いてやろうではないか。

「……ピチピチピチ」

「フーン」

この無礼な鳥曰く、貴様自身と貴様の持つ力ならば、あの厄介な、

“暗く禍々(まがまが)しく不快なもの”

を避けられるのではないか、と問われておりますと。

(暗く禍々しく不快なもの)

思い当たるのは。

「黒い靄(もや)かの」

「ピチッ」

そうだ、と狸擬きの頭の上で跳ねる桃色小鳥。

「ピチチ」

貴様は空は飛べないはず。

あれに遭遇した時、貴様はどうやって避けているのだと聞かれておりますと。

あれかの。

「幾つかは腹に飲み込んでおるの」

ワンピース越しに腹に触れて見せれば。

「……チ?」

小さな瞳が見開かれる。

(ぬぬ、違うの)

1つは、花の国の近くのお池、自称湖の化身を名乗るなんとやらであったか。

あれは、黒い靄とは違えど、凝縮したら石になる、今思えば珍しい「何か」であった。

未だに腹に留まっているのかのと擦ってみれば。

「……ンピ」

狸擬きの頭の上に、しっかり腰を据え座り直した桃色小鳥は。

「……ンピピ」

「フーン」

非常に遺憾であれど貴様には勝てないことを認めると、頭に鎮座され眉間に毛を寄せながらの通訳狸。

「そうかの」

「ンピピチ」

森や山で休息を取りたい時に、あの黒い靄をたまに見掛けると。

桃色小鳥たちは、限界まで飛び、自身の気力がギリギリになってから休むことが殆どなため、休みたい場所で黒い靄があると、更に先まで飛ぶ必要があり、少々辛い時があると。

なんの。

「そんなに黒い靄は多く存在するのの?」

「ンピピ、ピチ」

多くはない。

ただ自分達の様な、元々の生命力の強い生き物を狙ってる様な場所に現れることが多いのだと。

ふぬふぬ。

自分達が露骨に狙い撃ちにされていると。

「ンピ」

その様子だと。

「ピ」

口頭だけでもいい、避ける手段や手筈を知りたい教えろと、その気位の高さ故、囀(さえず)りがとみに短くなる桃色小鳥。

こやつはどれたけ他者、他獣を頼りたくないのか。

「ぬぬん」

そうの。

じっとり半目の桃色小鳥。

こやつには恩を売っておいても、まぁ損はなさそうであり。

あれから逃れる手段。

やはり、我自身の一部であろう。

(手っ取り早く髪が良いかの)

今はお団子にされた髪をほどくかと頭に手を伸ばしたけれど。

「ピ?」

(髪よりも)

桃色小鳥に向けて握った右手を伸ばし、その右手を広げ小豆を1粒出してみれば。

「……ピッ!?」

手品とでも思われたか。

「ほれの、これを飲み込むのの」

噛んでも問題ないと近付ければ。

じっと小豆を眺め、

「ンピ?」

この地味な色をした豆と思われるものからは、貴様の気配がすると。

「そうの。これは我の一部の」

「……」

「これを食べておけば、しばらくの間ならば、例え寝込みを襲われ呑み込まれたとしても、逃げることくらいは出来るはずの」

「……ピィ」

まじまじと小豆を眺める桃色小鳥。

しかし。

傲岸不遜(ごうがんふそん)な桃色小鳥たちにも、天敵がいるとは。

あの黒い靄が天敵になる事実に今更ながら驚いていると。

狸擬きの頭から我の手の平に移動し、小豆を啄むとそのまま一飲みし。

「……、ンピチ」

何やらモゴモゴ呟いてる。

「?」

「ンピピ」

この生来の気の強さは、他の仲間同様、過酷な仕事を全うする上で身に付いたものでありと。

(ふぬ?)

「ンピ、ピピピ」

自分と言葉が通じることで、弥(いや)が上にも腹の立つことも多かったはず。

「ピピ」

そんな中でも貴様たちは、自分の様な者でも見放さず、貴様に至ってはこちらの頼みに見返りの言葉や行動を要求することなく、ただ守護の力を与えてくれたことには、感謝すると瞼を伏せる桃色小鳥。

「なんぞ」

いきなり殊勝になって。

「何か悪いものでも食べたのかの」

「フーン」

今まさに“何か”を飲み込んだばかりですねと狸擬き。

「……ぬ」

桃色小鳥は、我の手の平の上でピピピと笑うと。

「ンピーチ」

自分は、まだ当分は引退もしないし、仕事のない時は魔女の村にいると。

ふぬ。

「ンピピピ」

だからそのうち、会いに来てほしいとホバリングを始め。

「の、またいつかの」

「ンピッ」

必ず会おうと、広場に張られた天幕と人の頭の間をバビュンッと飛んで行く桃色小鳥。

張られた天幕が激しく揺れ、頭上を掠められた者によっては、かぶっていた麦わら帽子が飛ばされている。

あの小さな身体のどこに、あれだけの高火力のエンジンが積まれているのか。

ベンチに飛び乗った狸擬きは、桃色小鳥に止まり木にされていた頭を、せっせと肉球と爪で整えている。

「の、あやつら、桃色小鳥の寿命は短いのの?」

「フーン」

他の鳥たちと比べても短命で御座いますと狸擬き。

(ふぬ)

黒い靄が狙うのは、殊更(ことさら)に強く凝縮された生命力か。

ふと辺りを見回せば。

狼男は、更に増えている子供たちに囲まれ人気者であり。

男は、店の女と交渉を始めている。

「の」

狸擬きの隣によじ登り腰を落ち着ければ。

「フーン?」

「あれの。青のミルラーマの麓、村に近い森の、あの白い靄の発生は、もしや我のせいかの」

「フーン」

あれは元から存在していたものですが、主様が現れたことで濃度が増したことは確かかと狸擬き。

ののん。

白い靄を凝縮に凝縮を重ねた白い玉の残りは、いつのにか鞄から消滅していた。

元が霧だから仕方ない。

男の少し慌てた声が耳に届き視線を向けると。

店の女と妙に距離が近くなっている男が、その場から2、3歩背後に引いたと思ったら。

振り返り我の元へやってくるなり、

「おいで」

不自然な笑顔で我を抱き上げてきた。

(ののん)

どうやら、店の女から個人的なお誘いを受け、我を体よく断る理由の盾とする様子。

こんな事態にも慣れっこでもあり。

仕方なしと男にぎゅむりとしがみついてやれば、店の女は大きく肩を竦め、

「なぁにもう?今年の旅人さんたちは、みーんな“紳士的”なのね」

嫌味にも苦笑いで甘んじるしかない男。

「フーン」

そろそろ甘味の材料を買いに行きたいのですと、ベンチから飛び降りた狸擬きがその場で軽く足踏み。

「そうの。何がいいかの」

子供たちに解散を告げた狼男もやってきた。

狼男が組合へ報告へ向かっている間に、我等は、粉やら蜂蜜やらを買い込んでいると。

『夜に食堂の方に手伝いに来て欲しいからと、昼は休憩を貰った』

と狼男が我等を見付けて駆けてきた。

「なら、まだ時間もあるし、甘味を作る準備をして小島へ向かうかの」

村の外れに向かえば、ちょうど小島からマダムと宿の主人が帰ってきた所だった。

「まぁま」

今待機してる馬車は1台。

少し狭いけれど、我は男の膝に、狸擬きは狼男の膝に乗せられ一緒に宿へ戻りながらも。

宿の主人は。

マダムに、あの話をしたのか。

どこまで。

どれくらい。

「……」

マダムは、あの件以来、尚更ふわふわと穏やかに見えるけれど、

「体調はどうですか?」

男がやんわり訊ねれば。

一度体調不良の場に居合わせたせいか、もしくは心を許してくれたのか、

「ほんのたまに、何だか力が入らない時があって……」

と頬に手を当て、目を伏せる。

無論、

「お客様に気を遣わせてしまってごめんなさい」

とすまなさそうにはするけれど。

「何か出来ることがあれば、お手伝いしますので」

狼男もうんうんと頷けば、

「まぁま。それでしたら皆様を、宿で正式に雇わせていただけます?」

そんな冗談まで言ってくれる。

「フーン」

賃金しだいで考えると乗り気な狸。

荷台から必要な荷を取り出し、再び馬車に乗り、桟橋まで送って貰い。

「行ってらっしゃい」

御者に見送られ、我等はお舟に乗って小島へ向かう。


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