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88/104

88粒目

午後もせっせと、香り高いままのジャスミンを摘んでいたら、まさかの終わりが見えてきた。

「フーン」

早めに仕事を終えた一足先に戻ってきた狸擬きが、明日は早朝から雨の気配と。

おやの。

宿の主人に雨らしいと伝えれば。

疑うことなく、

「秋の始まりを告げるように、一度だけ雨が降るんです」

ほうほう。

暑い日は続くけれど、雨の降った日から、少しずつ少しずつ、空気が柔らかくなっていくと。

狸予報が当たり、明くる日は夜明けから雨。

『村は人の出が落ち着くから、手伝いは必要ないそうだ』

「フーン」

わたくしもですと狸擬き。

ならば本日はおとなしく部屋で、狼男は文字の練習。

男は、狼男に文字を教えつつ、本を開き。

我と狸擬きは折り紙で遊んでいると。

コツッコツッと小気味良く扉が叩かれる音。

「?」

「フーン」

桃色小鳥ですと狸擬き。

「おやの」

招き入れれば。

「ピチッ」

雨がやんだら自分は出発をする、大変にいい休暇になったと桃鳥。

やっと長い休暇を終えるのか。

桃色小鳥は、テーブルに並ぶ折り紙を見て、

「ピ?」

不思議そうに小首を傾げる。

そんな姿に。

あれは、どこでだったか。

背の高い木の下。

馬車の荷台。

木の実をキャラメリゼした菓子を、恐ろしい勢いで啄(ついば)み、そのまま瓶の中で熟睡を始めたのは、あれはそういえば桃色ではなかった。

「ピチチ」

たまに真っ白もいると桃色小鳥。

その桃色小鳥は、出発の挨拶に来たのかと思えば。

「ピーチチ」

引退したら自分はここで暮らすことにしたから、その旨を宿の人間に伝えろと。

礼儀と慎ましも遠慮も、お空を飛んでいる時に、どこぞへ落としてきたらしい。

「ピチチィ……♪」

引退後の優雅な生活に想いを馳せる桃色小鳥に、苦笑いの男と、ピンと立った耳にも入らぬくらいに、今は文字の勉強に集中している狼男。

「フーン」

一方。

我関せずと、我の折った折り紙で遊んでいた狸擬きは。

おもむろにテーブルにふんぞり返る桃色小鳥にずいと顔を寄せ。

「フンフン」

「ピ?」

「フゥン」

「ピッピピッ!?」

狸擬きと桃鳥が何か話している。

「フーン」

「……ピ」

途端に桃色小鳥は大人しくなり、

「……」

パタパタと寝室へ飛ぶと、勝手に我等のベッドのど真ん中で眠り始めた。

「なんの?」

唐突に。

「フーン」

この宿が貴様に対して必要以上に厚待遇なのは、貴様が我々の元へ訪れた客だからであり。

「フゥンフン」

間違っても貴様自身が優遇されるべき存在ではない、と伝えたのですと狸擬き。

ぬぬん。

「その通りではあるけれどの」

もう少し言葉を選べぬのか。

そのせいで桃色小鳥は、はた迷惑にも我等の寝室で不貞寝を始めたのだ。

桃色小鳥は、小さな爪先の力も呆れる程に強い。

桃色小鳥の意志に反して持ち上げれば、爪が掴む布が千切れるのが関の山。

このぶんむくれ具合からして、生来の強情な性質もたたり、夜半辺りまでは動かぬのではなかろうか。

ベッドは一台残っているとは言え、大の男2人と我と狸擬きでは少々狭い。

「どうするかの」

皆で顔を見合わせていると。

絶妙な頃合いで、我等の様子を窺いに来てくれたマダムに助けを求め。

何とか宥めすかし、桃色小鳥がマダムの手の平に収まった頃には、すでに夕食時になっていた。


雨は丸2日続き。

夕食時には、我等に着いてきた桃色小鳥も我等のテーブルの真ん中に堂々と鎮座。

今のうちとばかりに、小鳥の好みそうな木の実などではなく、我等の皿の肉や魚を寄越せと集(たか)ってくる。

我の従獣である狸擬きを上回る、天晴れなふてぶてしさ。

仕事の過酷さを考えれば納得はすれど。

この癖が強すぎる種の、桃色小鳥と一緒に旅をしているらしい、今は遠い土地にいるはずの猟師は。

(あれも相当に人がよいの)

マダム同様に、手懐ける力量があるのか、そもそもの器が広いのであろう。

「ピチーッ!」

「フーンッ!!」

いつでも何時でも、自己主張は怠らない1匹と1羽。

今も同族嫌悪か、羽を広げて威嚇する桃色小鳥と、前足でフォークを振り回す狸擬き。

(のの)

無論、周りからのいらぬ注目を集めているため。

「人様のいるレストランではやめるのの」

男が嗜める前に口を開けば。

「……フーン」

「……ピ」

従獣である狸擬きはともかく、桃色小鳥まで、大変に不服そうではあれど、おとなしくなった。

(おやの)

「おー、桃鳥さんは今日はお客様たちとご飯ですか」

食堂の若い男が両手に皿を乗せながらやってきた。

男が騒がしくて申し訳ないと謝罪すれど、

「賑やかな方がいいですよ」

来たばかりのお客様たちの緊張もほぐれますからと、心広い宿の者たちにも随分助けられている。

若い男は、狸擬きの前にチーズを置きながら、

「やっと休みが取れそうですよ」

無駄口を叩ける余裕もある様子。

その若い男は。

「え?俺?俺は下の村の生まれです」

実家は村の小さな宿だと。

「姉が継いでるんで、気楽なもんです」

デザート持ってきますねと若い男が厨房へ戻れば。

『彼の実家の宿には、何度か届け物をしている』

と狼男。

おやの。

見た目からして彼は姉とよく似ているのだと。

『婿に来ないかと、その度に誘われる』

のぅ。

姉もまだ独り身な様子。

小さなお宿、大きなお宿。

様々あれど。

「我等も、魔法を探しに、ではなく、宿と言う拠点を構えて、やってくる者たちに、魔法にまつわる話を聞くのも良いかもしれぬの」

「宿か」

考えるように酒を口に運ぶ手を止めるけれど、そう満更でもなさそうな男。

『掃除と給仕、力仕事なら頑張れるぞ』

と張り切る狼男。

「フーン」

ではわたくしめは受付をしますと狸擬き。

ならば。

「お主は厨房かの」

我も無論手伝いに入るけれど。

「君は看板娘だな」

看板娘。

なかなかに悪くない響き。

桃色小鳥がおとなしいと思ったら。

「フーン」

酒を与えたら静かになりましたと。

ぐてりと死んだように潰れている。

他の客たちの相手をしているマダムに桃色小鳥の回収を頼み。

その夜は、架空の宿の話で盛り上がった。


雨降りの続く2日目の午後。

「お邪魔します」

昼過ぎは、宿の主人が遊びに来てくれた。

「雨の日は、色々と滞るのですよ」

だから思いきって休んでしまうのだと。

最近は良く眠れるのですと肌艶もいい宿の主人に、漁師時代に習ったと言う、縄の色々な結び方を教えて貰う。

「ここを通します」

ふぬ。

「ぎゅむぎゅむの」

「そうです。とても上手ですね」

「んふー♪」

『複雑だな』

と呟きつつ、狼男も手先は不器用ではない。

そうそう容易にはほどけない紐の結び方を覚えている。

男は、その結び方の手順を細かく紙に描き。

我の隣の狸擬きは。

「……フン?フーンッ」

その結び方の複雑さに紐がこんがらがり、自分の前足まで巻き込み、ジタバタ床に転がる有り様。

そして、転がれば転がる程、

「……フーン」

長い紐に対し、自ら雁字搦(がんじがら)めになっていき。

「……フーン……フーン……」

助けて下さい主様とスンスン鼻を鳴らす。

身体を張った情けない教訓でも見せられている様であり。

宿の主人は、我が手を伸ばす前に、情けない獣に絡んだ紐を丁寧にほどいてくれながら。

「少し離れた土地で、ラベンダーが咲く時期なのですが」

ほう。

ラベンダーの咲く時期とては些か遅い様に思えるけれど。

ここより標高の高い、もう少し涼しい土地の高原に咲いているのだと。

「毎年、1日だけ休みを貰い、妻と摘みに行くのですが、それが明日の予定でして」

よかったらご一緒にいかがでしょう?と、そんな誘いを受けた。


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