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82/104

82粒目

「新婚旅行へは?」

男がわざわさ訊ねる位には、この世界では、やはりとても大切で大事な行事の1つであるらしい。

「旅行と言えるのか分かりませんが、彼女の住んでいる街へ、ご両親に改めて挨拶へ行ったのが最初で最後でしょうか」

冬は長い休みを取るけれど、繁盛期に出来なかった宿の修繕や補強、厩舎の修理など、しなければいけないことはいくらでもあるのだと。

そんな仕事は、どれも苦ではないけれど、

「落ち着いたら、いつか行きたいと、たまに妻とも話はするのですが」

有り難いことに落ち着く暇もなくてと、宿の主人的には苦笑いでも、こちらから見れば威嚇しつつ凄(すご)まれている様にしか見えない。


控え目に扉の叩かれる音。

「ぬぬ?」

宿の主人が巨体に似合わずさっと立ち上がり、マダムの運んできたレモネードと、空の灰皿の乗った盆を受け取り。

マダムには労りの言葉を掛けている様子。

マダムは、そんな夫に慈愛の眼差しを向けながら気遣う言葉を返している。

お互いに、大事に想い合っているのが窺える。

マダムは男には頭を軽く下げ、我と狸擬きには小さく手を振って仕事へ戻って行く。

新しい灰皿を男の前にそっと置く宿の主人に、

「表に出られないことを、徹底されていますね」

男が、礼を述べつつ問うてくれる。

「私が存在しているだけで、怖いと思われてしまう様で……」

身体ごと首を傾げ額を撫でる宿の主人。

ふぬ。

(そうの)

この宿の主人が、

“客を避けている”

のは理由を含め解るけれども。

(……なんの)

それだけではなく。

この宿の主人の視線や、動きから。

“姿を隠している”

様にも感じた。

それは。

何から?

無論。

客から、であろう。

なぜ?

それも、怖がられるからと、答えは出ている。

(ぬん)

そうなのだけれども。

もう1つ。

何か。

「……」

我のあまり当てにならぬ勘は、

「フン?」

「の、なんでもないの」

高台まで届く潮の香りに、すっと流されていく。


この時間、主人は普段はまだ眠らず雑務に追われているらしい。

「長々と引き留めてしまいました」

「とんでもない。お礼のために伺ったのに、余計な話を聞かせてしまい……」

お恥ずかしいと、また迫力のある宿の主人的には笑みを浮かべる。

表情だけ見れば憤怒している様にしか見えないけれど。

大きな椅子を担いで、テラスの柵を悠々と跨いで行く宿の主人を見送り。

男は、そのままテラスで煙草を取り出しつつ。

「何か、気になることがあったか?」

煙草を咥えると、我を抱き上げてきた。

「のの?」

「何か考えている顔をしていた」

なんの。

よく見ているの。

「大したことではないの」

「そうか」

それ以上は何も聞いてこない、物分かりのいい男が煙草を吹かし終えると。

魔女の村の学長へ、ついでに寂しがりな甲冑男にも手紙を書いてもらい。

「ぬんぬん」

「フンフン」

我と狸擬きは、手紙と一緒に送って貰うための、宿と海の絵を描き。

部屋を出て、ちょうど上階から降りてきたマダムに弾丸桃鳥の様子を訊ねれば。

まだぐっすり眠っていると言うため。

組合で話だけでも聞こうかと、村まで馬車を出して貰い。

耳に届くざわめきで覚悟はしていたけれど。

「なんの、お祭りかの」

来た時は、まだ人はここまでではなかった。

「フーン」

もうずっと多くの人間で賑わっておりますと狸擬き。

祭りでもないのにこの人の多さ。

人手の足りなさも納得出来る。

大きな扉が開きっぱなしの組合へ顔を覗かせると、旅人らしき者たちや、行商人もひっきりなしに訪れ、泊まれる宿はないかと訊ねている。

ただ、カウンターの端。

小さな鳥が彫られた板が飾られた受付だけはポツリと空いており。

「手紙を送りたいのですが」

中型の派手な色彩の鳥を肩に乗せた、我の男よりもだいぶ年上かと思われる男が。

「はいはい、どこまでですかね」

麻のシャツのポケットから、年季の入った眼鏡を取り出しながら立ち上がる。

男が、ここまで飛んで来た桃鳥をそのまま使うこと、相場を教えて欲しいと手持ちの地図を広げながら訊ねていると。

「あっれ!タヌキちゃーん、来てくれたのー?」

外からやってきた、麻のワンピース姿の女が客の間をすり抜けてやってくると、

「助かる!早速なんだけどさ、お使い頼める?」

狸擬きの前で屈んで首を傾げる。

狸擬きは、今日は休暇だと断るかと思いきや、

「フーン」

仕方ないと鼻をつんと上げ。

「やった!すぐ持ってくるからちょっと待ってて!」

カウンターの内側へ駆け込んで行く組合の女。

(のの)

「の、お主は“タヌキ”と呼ばれておるのの?」

「フンフン」

狼男が、彼はタヌキと言う名前の生き物だと、聞かれる度に答えていると。

ほうほう。

「フーン」

ここはなかなかに狸使いが荒いのですと、それでも仕事を頼まれることに対しては満更でもなさそうな従獣。

「お待たせ、これね」

布に包まれた何かを狸擬きの背に乗せ、慣れた様子で狸擬きの身体に巻き付ける女。

その女は、ふと顔を上げ、我と目が合うと。

「わわっ、失礼しました。お噂はかねがね!」

ご挨拶が送れましたと、好奇心いっぱいの目でにじり寄られたけれど。

新たな客の姿に、

「ああっごめんなさい、挨拶はまた後でっ!」

こちらどうぞ、この土地には来たばかりですか?と、女はバタバタとカウンターへ戻っていく。

「フンフン」

ではわたくしめも仕事へ行ってきますと妙にハリキリ狸。

(なんの)

この土地に居着く気でもあるのか。

「おまたせ」

「の」

桃色小鳥の休息休憩が終わり次第、組合から手紙を飛ばせると。

受付の中から、組合の男の肩に止まった鳥が、じっと我を見下ろしてくるけれども。

鳥を肩に乗せた男は、愛想良く手を振ってくれる。

小さく手を振り返し。

「石は換金するのの?」

「あぁいや」

視線を横に向け、顎をなぞる男。

「?」

我等の依頼料は、宿のマダムから、宿の方に請求を回せと組合の方に伝えられているらしい。

(ののぅ)

客室に桃色小鳥が飛んで来た時。

すでに、こちらが鳥を使い返事をすると踏んでいたのか、すぐさま組合に伝えていたのであろう。

何とも抜かりない。

男と顔を見合わせてから組合を出ると、

『あぁ、来てくれたのか』

狼男が人混みを身軽に抜けてやってきた。

見慣れぬエプロンを着けている。

『手伝っている屋台が休憩に入ったんだ』

今度は少し離れた食堂に手伝いに行くけれど、組合に居場所を報告してから向かうのだと。

「仲間も一緒に、食べに来て欲しいと誘われるけれど……』

「落ち着くまでは無理そうの」

狼男も、村の賑わいが落ち着くまで居て欲しいと懇願されているようであるし。

「なんなら狼男と狸擬きを置いて、先に旅に出るかの」

「2人旅か……」

男が考えるように、青がいっそう濃い空を見上げる。

男とは、牧場村で石を運んだ時。

ほんの数日、2人きりであった。

「彼は、君を追いかけて来るんじゃないか?」

狸擬きであるか。

あやつは結局、あの土地では、たった数日の留守番も出来ずに、かなりの距離を走ってきた。

草原で出会ったあの青い狼たちは、元気に仲良くしているであろうか。

幾何学模様の街で、狼の姉にも手紙を送ったけれど、届くのはいつになることやら。

人が多いからと男に抱き上げられ。

道沿いの屋台に並ぶ果物を眺める男に、ぎゅむりとしがみつけば。

「あらま、お兄ちゃんに抱っこされていいねぇ」

「お、今日は兄さんたちも降りてきたのかい?」

何やら、親しげに声を掛けられる。

狼男から話が伝わっているのか。

男が煙草を買い足し。

周りの低い建物の屋根から、日除けの布が大きく張られた広場へ向かえば。

こちらも人は多く、旅行客向けの屋台が多い。

籐で作られた品物が多く、ソファも並んでる。

「籐は、この村の収入源にもなっている地産品だそうだよ」

ほうほう。

「麻の服もだそうだ」

ふぬふぬ。

辺りを見渡せば、誰も彼も涼しげな格好をしている。

宿に泊まる客たちも、初日こそは、そよ行きの外出着を身に付けていても。

次の日には快適さが優先され、村で売られている麻のシャツやワンピース姿になっている。

「君も、麻の服を着るか?」

男が自身のシャツを指で摘まむけれど。

「の、必要ないの」

暑いと感じはするけれど、ただそれだけであり。

男も、長袖のシャツの袖を捲(まく)っているだけ。

狼男は。

『いいや。“村の外から来ている者”と気付いて貰えるからこのままがいい』

なるほど。

『あとは、この服がとても気に入っている』

歯を見せてはにかむ狼男。

男がほんの間に合わせで買ってきたものであれど、狼男には、とても大切なものらしい。

男に着せられるままの我とは大違いである。

そんな話をしたのは、夕刻のお宿。

「……」

珍しく大人しい狸擬きは。

自身の毛を摘まむと、おもむろに寝室へ向かうと大きな鞄をガサゴソ漁り始め。

「ぬ?」

蝶ネクタイを首に巻き、麦わら帽子まで被り。

「フンフンッ」

自分も拘りがあると主張してきた。

(なんの)

これでは我が、一番お洒落に無頓着みたいではないか。


狸擬きの麦わら帽子だけ脱がせて食堂へ向かえば。

「まぁま、とっても素敵な蝶ネクタイですこと」

すかさず狸擬きの蝶ネクタイに気付いて褒めてくれるマダム。

「フーン♪」

お似合いですと小さく手まで叩いてくれるマダムに。

「蛇のお料理は、お肉料理と変更します?それとも、お肉料理の前にします?」

と、酒のメニューを狸擬きの前に置きながら問われた。

蛇料理は事前に、客に提供するかの有無は確認されている。

そうそう捌(は)けないのではと思いきや。

「とんでもない。皆さん、興味津々で食べたいと仰って下さってます」

なんと。

驚いたけれど、そう言えば蛇の屋台も盛況であった。

むしろ残ったら、宿の、主に調理のために味見をしていた厨房の者たちが食べたいと声を上げていると聞くため。

我等の分は、男が渡りに船とばかりに喜んで譲っている。

「先日、食堂で彼女と彼にお茶を振る舞ってくれたお礼も兼ねて」

と。

そう。

男は、さもそれっぽい言い分を添えて。

狸擬きは酒の方が重要であるし、狼男はやはり4つ足の獣の家畜の肉が好きだと。

我は拘りはなく。

「まぁま、食堂の皆は喜びます」

蛇料理を出された他のテーブルの客たちは、皆はしゃいでおり。

翌日。

海蛇は肉厚で骨もなく非常に美味であったと、厨房からの感想を貰えた。


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