81粒目
「ピチチッ」
桃色小鳥の着地は、どうしてかお約束である我の頭の上。
「むむ、誰からの?」
唇を尖らせれば。
「ええと……」
男が笑いを堪えつつ、鳥の足から小さな金筒を外せば。
「ピーピッ!」
狸擬き曰く、まずは食べ物をくれと桃色小鳥。
気持ちは解るけれど、我の頭の上で足踏みはやめて欲しい。
しかし、こんな時間に。
「お主、もしや夜通し飛んできたのの?」
金筒を外され、テーブルに降りた桃色小鳥には、
「ピチッ♪」
得意気に胸を張られるけれど。
「なんと、無茶をするの」
桃色小鳥は、特に夜目が利くものも珍しくないと聞いてはいたけれども。
「ピチチ」
夜は空が空いているから速度を出しやすいのだと。
ほうほう。
「ピチ……」
お陰で眠いとも。
無茶をしておるしの。
「食事よりも、まずは寝た方がいいんじゃないか?」
男が金筒を開く。
ふぬ。
どこで寝かせるかと思えど。
すかさずマダムが、
「長旅お疲れ様でした。宿の方で、郵便鳥様用のおやすみ処を用意させてもらっているので、どうぞこちらへ」
桃色小鳥の前に、合わせた両手を広げれば。
「……ピチ」
マダムの手の平に、大人しく飛び乗る桃色小鳥。
「食事と甘いものも用意させてもらいますので、どうぞおくつろぎ下さい」
マダムの落ち着いた声で、
「……ピィ♪」
弾丸小鳥は、あっさりと小さな目蓋を閉じ。
「ピピ……」
マダムの手の平で、静かに眠り始めた。
『おぉ……』
他の郵便鳥に比べ、頭の1つどころか、2つも3つも飛び抜けた気の強さが売りの弾丸桃鳥も、マダムにかかればイチコロである。
「個人的な郵便鳥なのに、申し訳ない」
男が恐縮しているけれど。
「まぁま、お客様の元へ来られたのですから、郵便鳥さんも大事なお客様ですのよ」
マダムは弾丸小鳥を手の平に包み、
「お客様を先に寝かせてきますね」
マダムも桃色小鳥の我の強さは熟知しているらしい。
「また後程」
と、気を利かせた狼男が開いた扉から会釈をして出て行き。
「手紙は誰からであったの?」
「あぁ、魔女の村の先生だ」
「おやの」
あのとてつもない、我でさえ“くらった”位には力のある東の山の学長であるか。
そして我が店を半壊させた、湖畔沿いの食堂のある村。
あの村の薬草屋に、魔女の村の学長へ届くように手配して欲しいと頼まれていた手紙が、無事に届いたのであろう。
「その報せと礼と、彼からの近況だ」
ふぬふぬ。
あそこにいた薬草の精霊も、実態はとうにないとは言え、どこぞの、我等の預かり知らぬ領域で、穏やかに過ごしているであろうか。
(ふぬ?)
そう言えばである。
あの土地では。
人と獣のまぐわいは、地が割れる程の禁忌であった。
一方。
我が濁流に呑み込まれ辿り着いたあのお山。
狼男と、過去に狼男の両親が暮らしていたあの山が制する土地は、人の女を受け入れ、狼と人の子である狼男を育て上げた。
我を取り込もうとした厄介な癖はあれど、お山の懐の広さはこうも違うか。
「フゥン」
「の?」
「フーン」
あの土地で食べた、主様の作られた薄いクレープを重ねたもの、あれはとても美味しかったのですと狸擬き。
「のの」
我の従獣は、どの土地の思い出も食べ物で埋め尽くされている様子。
「では、また作るのの」
「フーン♪」
楽しみですと投げ出した後ろ足をパタパタ揺らす狸擬きの腹が大きく鳴る。
「ビスケットでも食べるのの?」
村へ手伝いへ行く度に、狼男が土産に菓子やら何やら貰ってくるのだ。
「フンフン」
いえ、建物の周りを一周し、他に蛇がいないか一応確認してきますとテラスから外へ出て行く狸擬き。
「おやの」
珍しく仕事熱心であり。
男は、手紙に二度目の目を通しつつ。
「返事を書いたら、組合へ行かないとな」
『どんな村なんだ?』
男が、大きな山の麓にある、薬草などの質がとてもいい村だと狼男に教えている。
少しして、
「フーン」
やはり特に警戒すべき蛇などはおりませんでしたと戻ってきた狸擬きと共に、食堂へ向かえば。
「郵便鳥さんは、別室でお休みなさっています」
とマダムがにこやかに迎えてくれたけれど。
気持ちでもなく、朝のサンドイッチが豪華であり。
「ののん」
他の客と比べて、あからさまな差別化はよくないのでは思えど。
今朝は他の客たちはテラスで珈琲のみなのだと。
そう言われれば、食堂には我等だけ。
男も、
「君と会うまでは、朝は煙草だけの日も珍しくなかったな」
と、指に付いたソースを舐める。
のの?
「こやつが度々、おにぎりおにぎりとせかしてくるから、1日3食が当たり前かと思っていたのの」
思い返せば、このお宿同様、どこの宿も朝は極端に客が少なかった。
『1日3食をしっかり食べられるのは、力が途切れずに済むからとても助かる』
と狼男。
「フンフン」
そうです、1日3食とおやつが正しい食事の在り方なのですとサンドイッチを頬張る狸擬き。
『では行ってくる』
「の」
街に降りる狼男を見送れば。
狸擬きは、今日は我の通訳も兼ねてもらうため、村へ降りずに我の隣にもさりと立ち。
「食後の珈琲は、お部屋へお持ちしてもよろしいでしょうか?」
マダムがやってきた。
マダムと共に初老の男、チーフが珈琲を運んできてくれると、
「こんな場所から失礼します」
宿の主人がテラスから現れた。
「おやの」
なぜか大きな椅子を抱えて。
頑なに客の前に姿を現さないことを徹底している。
チーフは、一礼をして部屋を出て行き。
マダムも、夫と共に我に向かって頭を下げると、
「夫がお礼と、お客様たちとお話もしたいと言うので、どうぞ少しばかり、お相手をしてくださいませ」
マダムは同席する予定であったけれど、どうやら夫から遠慮して欲しいと頼まれた様子。
(マダムもとみに忙しい身であるしの)
マダムの両親は、今日は隣の村まで遊びに行っていると聞いており。
(大変に自由気ままであるの)
宿の主人は、
「籐のソファは、自分が座ると、幾分、心許ないので」
と自身専用の大きな椅子をテーブルの脇に付けると、浅く座り、膝にそれぞれの手を置き。
「改めて、この宿に腰を落ち着けてくれていること、命を助けてくれたお礼をさせていただきたい」
と頭を下げてきた。
男が、充分に受け取りましたからと、煙草を取り出して差し出せば。
「いや、私は……」
と片手を振るけれど。
「誰もいませんし、是非」
男が引かずにいると。
「んんん。ご厚意に甘えさせて頂きます」
太い指で火を出すと、目を伏せて美味そうに吸い込み。
「……」
大きくそっぽを向いて煙を吐き出すのは、小さき我に気を遣ってのことであろう。
肺活量も、そこいらの人の倍はありそうであるしの。
宿の主人曰く海蛇は。
「漁をしていた時に、網に引っ掛かることも稀にありましたが……」
主に父親が蛇の頭を落としていたと。
「でも、あそこまで大きいものは初めて見ました」
敷地内でも。
客室や建物に近くない場所であり、更に小さな、毒もないよう蛇なら放っておくし、逆に害がありそうな時には手ぶらでも絞め殺していたと。
(逞しいの)
先刻のあれは、安易にくびり殺せる様なものではなかった。
「の、あれは食べられるのの?」
我の問いに、男がギクッと跳ねてから問うてくれたけれど。
「えぇ。毒は毒腺にしかないので、夜に振る舞わせていただく予定です」
「……」
男の作り笑顔がひきつる。
のの。
いつかの街で蛇の屋台を出したし、だいぶ慣れた様に思えたけれど。
男が固まる姿に。
「もしや、蛇は苦手でしたか?」
「い、いえ……」
珈琲を啜った男が、蛇の屋台をさせられたこともあるので、と煙を吐き出しつつ、我の頭を撫でてくる。
「蛇の屋台ですかっ?」
森の方に大量にいましてと話す男に大きく頷き、小さな瞳を瞬かせ、話に聞き入る宿の主人。
(ぬぬん……)
確かに、宿の主人は、
「威圧感」
はある。
本人が意識せずとも、気の弱い者や小動物などは、無自覚に放たれるこの男の圧に逃げていくであろう。
ただ。
話せばとかくまともな、人当たりもいい、腰の低い男なだけであり。
それでも。
客商売では致命的な欠点なのも分からないでもない。
その宿の主人は、今も、男の話におかしそうに身体を揺らして笑い、丈夫そうな椅子が軋む。
漁をしていた頃は、お船の沈み方も他のお船より深かったのではないか。
「の、の」
男に、あらかじめ聞いておいて欲しいことを伝えておいたため。
男のシャツの袖を引いて促せば。
「ん?あぁ、そうだった」
「?」
男が、
「彼女がマダムから、ご主人とマダムとの馴れ初めを聞き、ご主人からも話を聞きたいとせがまれていまして」
と伝えてくれ。
「……お、……おっ?」
お、とな。
「つ、妻はそんな話をしたのですか?」
「の」
大きく頭を上下させて見せれば。
「あの人は……。またなんて話を、お客様に聞かせているのか……」
宿の主人は、我の男ですら、軽く身体に緊張が走る位の酷いしかめっ面になったけれど。
額と肉厚な耳は赤く、どうやら、とても恥ずかしいらしい。
そんな。
大きな躊躇はあった様であれど。
「……恩人の希望であれば、応えないわけにはいきません」
と、大きく息を吐いた宿の主人の話では。
宿の主人の暮らしていた村は、下の村とは隣同士とはいえ、なかなかに離れており。
大人でも馬車で行き来する距離なのだと。
けれど、まだ年若き少年であれば、海側の道なき道を抜け、緩やかな崖を駆け降り、魚臭い漁港とは違う、綺麗な砂浜へ向かうことも容易くあり。
たまの休みに、両親に連れてきて貰っていた隣の村は、自分達の村より、当時から拓けており。
夏は特に賑やかでもあり、隣の村に来られる日はとても楽しみだったと。
そんな村の外れに。
旅人が多く訪れるのも理由の1つであった、綺麗な砂浜からも眺められる高台に、大きな屋敷が建った。
宿かと思えど、遠い街の金持ちの別荘なのだと。
どんな人間が滞在するのかと思っていたら。
「村の方ですか?」
まだ小さなマダムが、お手伝いさんと共に浜に降りてきたのが出会いだった。
それからは。
夏になれば暇を見ては、いや暇でなくとも浜辺へ向かい。
高台の別荘へやってきた彼女と会えれば再会を喜び。
彼女が帰ってしまってからも、家の手伝いが終われば綺麗な砂浜へ向かい、季節を問わず彼女を思い出し。
確かに、焦がれる気持ちはあった。
けれど。
自分は辺鄙な村の漁師であり、彼女は遠い街のお嬢様。
可憐に淑やかに成長する彼女に比べ、図体ばかりが無駄に育ち、顔は、両親曰く父方の祖父の血を引き、更にその数倍は迫力のあるらしい強面。
漁では、力だけは他の漁師たちに比べても数倍はあり、重宝される自分の身分は。
彼女とは、あまりに立場が違い。
漁師にしては類いまれに気の弱めな父親を安心させるためにも、早めに嫁を貰った方がいいのだろうかと考えれど。
離れた街に住む彼女のことを思い出してしまい。
ある日。
母親とはおろか、こちらも滅多にしない喧嘩を父親としてしまい、勢いで家を飛び出した。
「……そう。私は、家を飛び出したんですが」
ふぬ。
主人は、頬を擦るようになぞると。
「……時」
息を吐き出す様に。
(……?)
確かに、
「あの時」
と口にした。
(のの……)
ただ本人は無自覚か。
テーブルの上のカップに視線を向け。
「……」
ただ気を、どこか遠くに向けている。
ここら辺を根城にしている鳥が、外のテラスの柵に止まる。
「……良ければ、もう1本いかがですか?」
男が、そっと煙草を差し出せば。
「……お?」
気を遠くに飛ばしていた自覚がないらしい宿の主人は。
「失礼。……度々、恐縮です」
人から頂く煙草が美味しく感じるのはなせでしょうねと、少しばかり無理に軽口を叩くと。
「家を飛び出して。……そう、そうです。私は、砂浜へ向かったんですが」
ですが。
「そこに彼女が、やってきたんです」
大きな鞄を持ち、
「家を出てきた」
と。
「それを聞いた時は、あの時は自分でも驚く程、身体が高く飛びました」
声を出さずに笑う宿の主人は。
とにかく、すぐに先の村へ向かい、今より遥かに小さな、本当に名ばかりの組合でツケにしてもらい、組合唯一の桃色小鳥を、彼女の実家のある街に飛ばし。
馬車に乗り、隣の村の自分の家に迎え入れ。
「彼女の別荘の、何分の1もない大きさの古い家でしたが、妻はずっとニコニコしてくれていまして」
翌日。
大慌てで彼女を迎えに来たのは、彼女の両親と数人の従者たち。
「その日に、婚約が決まりました……」
ののぅ。
押し掛け女房、とはまた違うか。
とにかく。
婚約はしたものの、さてどうするべきかとなった時。
マダムの両親が、別荘を宿にするから2人で生計を立てていきなさいと告げられたのだと。
「うちには年の近い弟がいたのですが。弟には、すでに弟と仲良くしてくれていた娘さんもいたので……」
あれよあれよと弟が家を継ぐ形で、自身の騒動に巻き込む形で話しがまとまり。
マダムは、絶えずニコニコおっとりしているけれど。
今も夫と2人、この小さくない宿を表立って仕切るマダムなだけはあり、話を聞けば聞くほど。
「あれの。マダム自身が台風の目であるの」
こそりと狸擬きへ囁けば。
「フーン」
それは認めますが、主様の方が規模的にも何倍も優勢かと思われますと、全く嬉しくない場所で、謎に主を立てようとする従獣。
その気持ちだけは受け取るけれど。
我は別に台風の目などではない。




