79粒目
波の音に混じり、だいぶ浅瀬で魚が跳ねる音で目が覚めた。
「……の?」
波の音に混じる位であるから、だいぶ大物なのではないか。
身体を起こして目をすがめてみても、
(ぬぬ?)
けれど、魚の姿も影も見えず。
そのまま振り返っても。
炊飯器も、うんともすんとも言わず鎮座している。
(変な夢であったの)
「……フーン?」
ぼてりと横たわっていた狸擬きが目を覚まし大きく伸びをし。
男と狼男も目を覚ませば。
狸擬きは、砂浜に並んで置かれた葉のヨットへ駆けて行く。
我も釣られて向かい、懲りずに浅瀬に魚がいないかを確かめながら。
「この辺りは、満潮と干潮の差が少ないの」
「フーン」
狸擬きにせがまれ、葉っぱのヨットを浮かべれば。
「フンフン」
ヨットの力は落ちるどころか、安定をするのか。
もしくは帆が風を拾うのが上手いの強いのか。
すいよすいよと進んで行く。
「フーン♪」
もう1艘を浮かせてやれば、狸擬きが波打ち際を並んで走る。
「あぁ、海中なら銛があるな」
『モリ』
「フォークに近い形をしていて、それで魚を直接突く」
『それは楽しそうだ』
男と狼男が、そんな話をしながらやってきた。
しかし。
「フンフン」
葉っぱのヨットで楽しそうに遊んでいたはずの狸擬きが、
「フーン」
不満を訴えるように、すぐにバシャバシャ水を飛ばしながら戻って来た。
「なんの?」
「フゥン」
お舟たちがわたくしめの言うことも聞かず、沖に進んでしまっているのですと。
「のの?」
狸擬きの指示など、無論聞かぬのは承知の上であれど。
我が波打ち際に立っても。
ヨットは仲良く並び、波に揺れながら、沖へ沖へと進んでいる。
向かう先は、目指すは水平線であるか。
「のの」
(なんであろうの……)
まるで、自分達はそろそろ行きます、とでも聞こえてきそうな。
「……」
我の作ったものが、意思を持つのは珍しくない。
いつかの凧は、自由を求めて大空へ飛んで行き。
紙の魚は川の流れに沿って泳いで行き。
いつかの折り紙の手裏剣は、鉄並の硬度と強度と鋭さを持ち、他所様の家の壁に突き刺さった。
(ぬぬん)
我ながら前科には事欠かない。
けれど。
葉のヨットたちからは。
自我を持ち、沖へ進むだけでない。
また何か、別の意思を感じる。
ゆらり、ゆらりと。
葉っぱのヨットたちは、我に何かを知らせるように、漂っている。
何かを気付かせる様に。
(……?)
それは。
(……の)
我以外の。
誰からか、どこかからか、何からか。
役目を与えられたかのように。
我の力に干渉すら出来る。
“何か”
「……」
じっと意識を葉のヨットたちに向けると。
葉っぱのヨットのそばで小さな魚が跳ね、その水飛沫が帆を模した葉にかかった時。
ふっと波の音が消え。
代わりに。
(……あぁ)
断末魔さえ聞こえなかった人魚たちの最期が思い出され。
踏み締める砂は、身を纏う空気は熱いくせに。
冬のように冷たい風が瞬時、耳を掠って行く。
海からの意思であるか。
それとも。
海に住む何かしらの者たちからの意思か。
これも、ただ我の“思い込み”に過ぎないのか。
それでも。
我は砂の上で踵を返すと、敷物の敷かれた木陰まで戻り。
もう1艘、葉っぱのヨットを作っていると。
「ボートの万能石を替えてくるよ」
付いてきた男が、鞄から石を取り出している。
「のの?」
「行きに少し重い気がしたのを思い出した。桟橋に着くまでにもし停まったら面倒だ」
それはそれは。
本来ならば宿の者に頼むのであろうけれど。
男の言うとおり、桟橋に着く前に動かなくなったら、
(お舟が得意でない狸擬きが騒ぎそうであるの)
男もそれを懸念してのことか。
「頼むのの」
「あぁ、すぐ戻るよ」
男を見送り。
我は。
完成した葉っぱのヨットを波打ち際まで運び。
「先で待っている2艘を追うのの」
波に乗せれば。
ゆらゆら、ゆらゆら。
波に揺られながらも、意思を持ったヨットは、打ち上げられることもなく、波に飲まれることもなく。
風を受けて先の2艘を追う。
先に視線を向ければ、先の2艘は、向かう1艘を待つように並んで揺れている。
『なぜ、3つにした?』
隣に立った狼男に、不思議そうに問われ。
「なんの。数が多い方が賑やかでよいであろうの」
適当を伝えてみれど。
『キミは賑やかさよりも、静かな環境を好む気がする』
納得はされず、むしろ訝しがられた。
ぬん。
口にするか、迷いはしたけれど。
「どうせ流れていくならば、もののついでに、人魚たちの供養をと思っただけの」
『くよう』
「の。未だ海に漂っているかもしれない人魚たちの霊魂が、あのお舟たちに乗って、安らかに眠れる場所へ辿り着ければよいと思ったの」
この地に存在し。
2本足で立ち、一応は生きていると言える我の。
それは。
所詮は、独りよがりの自己満足でしかないけれど。
そう。
“海の意思“など、所詮は我の思い込みでしかなく。
ただの思い上がりでしかない。
『……』
狼男は。
我の放つ言葉の意味を、自身のうちで噛み砕き、理解する間を持たせた後。
『キミは……』
その顔に浮かぶものは、怪訝。
『キミの彼を』
我の男を。
『大きく苦しめた者たちに』
ふぬ。
『どうして』
なぜ。
『……その。ええと、なんだ』
もどかしそうに言葉に詰まっているため。
「『冥福を祈るのか』かの」
胸の前で指を合わせるのではなく、絡めて見せれば。
『あぁ、それだ』
大きく頷く狼男。
(ぬぬん)
「結果的に男を苦しめる原因を作ったのは、考えなしの我のせいであるからの」
人魚たちは人魚たちの価値観で男を求め、我と対峙し。
その結果、命を落とした。
「ただの手向けであるの」
数少ない人外仲間でもあったことであるし。
それに。
いつまでもそこいらに漂われていても、ろくなことにならなさそうであるし。
『……』
狼男は、それでも我に向ける懐疑的な眼差しのまま首を傾げ。
『キミは。……』
「の」
どうにも適した言葉が現れないのか、もどかしそうに、手を握ったり閉じ。
唇を開いては閉じる狼男の言葉を黙って待てば。
『キミは、色々なものを、その小さな身体で』
「?」
『たった1人きりで、重く背負っている気がする』
そんな言葉を海風に乗せる、狼男から我に向けられる視線は。
懐疑的なものから。
たまに男からも向けられる、どうしてか寂しげなものに変わり。
のの。
「……そうの」
そんな風に思われていたのかのと、小さく笑ってみせても。
狼男は、いつものようには笑みを浮かべてはくれない。
(ぬん……)
「……我は、長い間、ずっと1人であったからの」
『……1人』
「の。だから男や、お主等への匙加減が解らぬのは確かであるの」
『……』
狼男が何か言い掛けたけれど。
「フーン」
葉っぱのヨットをじっと見送っていた狸擬きが。
「フンフン」
無事に1艘が先の2艘と合流を果たしましたと報告をしてくれる。
「の」
葉っぱのヨットたちは、迷わず先に漂う人魚たちの霊魂の元へ向かうであろう。
男が戻ってきた。
「のの」
駆け寄って両手を伸ばせば、眩しげな笑顔の男に抱き上げられる。
「んふー」
男にしがみつきながら、我は海を振り返る。
「……」
人魚たちは。
きっと我と同様に、不死であった身でありながら。
けれど、命を落とす時は一瞬であり。
「フーン」
狸擬きと狼男もやってきた。
(儚いものよの)
すでに、点にさえ見えぬ葉っぱのヨットに目を凝らせば。
(のの)
「……んん?」
「フン?」
『何か、涼しいな……?』
ふっと、また冷たい風が吹き抜けた。
西陽が眩しく感じる頃。
名残惜しくも小島から桟橋に戻ると。
宿の、いつもの若白髪の男が馬車で待っていてくれた。
お舟の綱を引いてくれながら。
「村からの伝言を預かっています」
おやの。
何事かと思えど。
「組合から人狼様宛に、
『賃金を弾むから、戻り次第村に来て欲しい』
とのことです」
どこぞの食堂で、人手が足りない様子。
村は夜も盛況であるか。
『村の方へ向かっても構わないか?』
狼男には少しの疲れも見えず。
「君が良ければ構わない」
男が頷けば。
『では行ってくる』
狼男は、馬車など比べ物にならない程の早さで駆けて行く。
人並みに、と釘を刺すべきかとも思うけれど、あの耳と尻尾のお陰で、
「惚れ惚れする走りっぷりですねぇ」
ただ感心されて終わる。
「フーン」
海水を浴び、更に潮風と砂を纏い少しゴワゴワした狸擬きは、
「……」
何か見えるのか、じっと西陽を眺めていたけれど。
「夕食の前に、今日は男に毛を洗って貰うのの」
我の言い付けに、
「フンッ?」
その場で飛び上がる。
「その砂を浴びた姿で食堂へ行かせるわけにはいかぬの」
今も歩く度に砂がパラパラ落ちている。
「……フーン」
狸擬きは、トトッとその場から離れると、盛大に身体を震わせ砂を落としたけれど。
「ゴワゴワがより際立っただけの」
「……」
眉間に毛を寄せ、無言で抗議する塩狸。
夜になれば。
2人と1匹の食事は久しく。
「あやつがいる方が、色々と誤魔化しやすいのは確かのの」
獣人という異色な存在が何よりも目を引き、我や狸擬きの存在は、だいぶ翳ることが出来ている事に気付かされる。
好奇の視線をひしひし感じるのは久々であり。
夜遅くに戻ってきた狼男は、
『食事は村で出してもらえた』
空腹ではないと腹を擦りつつも、また何とも言えぬ顔をし。
「?」
『村の方で、定住を勧められる』
のの。
『そのつもりはないと答えた時に、落胆されるのが辛い』
と。
村人たちも、どうやらただの軽口ではない様子。
「人気者も大変の」
「フンフン」
わたくしめも村での人気者ですと言いながら、我に櫛を我に差し出してくる狸擬き。
なぜ逐一狼男と張り合うのか。
男は狼男を労りつつ、やんわりとした交わし方を狼男に教えている。
「若い女たちからの誘いもありそうであるの」
「フゥン」
わたくしには到底及びませんが、確かに若い人間の女たちの間でも頻繁に噂をされている様子、とぺたりと籐のソファに俯せになる。
「おやの」
お主程ではあるであろうのと思うけれど、面倒なので聞き流し。
「どんな風に断っているのの?」
「フンフン」
宿で仲間が待っているからと、邪気のない笑顔で断っていますと狸擬き。
のの。
そこは躊躇なしであるか。
「少しは遊んでも良いのにの」
人を知るには手っ取り早いのではないか。
「……フーン」
半目狸。
なんの。
フスンと鼻を鳴らされ。
(ぬ)
「何が言いたいのの」
「フンフン」
いつかの大きな街で服を売っていた行商人の様に、無責任に若い娘に手を出して逃げたお陰で、その街やら村やらを避ける羽目になるのは後々厄介ですと狸擬き。
ぬぬ。
確かに。
「一理あるの」
「フーン」
百理はありますと欠伸をすると狸擬き。
「フンフン」
ではわたくしめは、明日は労働に励みます故そろそろ寝ますと寝室へテコテコ向かう従獣。
「ぬぬぅ」
「どうした?」
「従獣の癖に小生意気であるの」
「んん?」
こちらにやってきて我を抱き上げる男は、我等のやりとりを小耳に挟んでいたか。
唇を尖らしてみせれば、男は身体を揺らして笑う。
寝室へ向かう男は、我をベッドに座らせ、代わりに隣のベッドに飛び乗っている狸擬きを、
「フン?」
小脇に抱えて居間へ戻って行く。
「……フーン」
レディが寝巻きにお着替えするのだから退出は当然である。
「んしょの」
頭から被り、ワンピースはカゴに放り込み。
「着替えたの」
「あぁ」
夜は、海からの涼しい風が入ってくる。
それでも。
昼間に感じた、あの冷たい風とは違う。
ただ、嫌な風ではなかった。
横たわる男の胸許に潜り込めば。
間もなくプスープスーと聞こえてくる狸擬きの寝息。
寝付きは誰よりもいい。
続いて狼男が眠る気配。
我の頭を撫でる男の手が止まる頃。
のの。
(おやすみの)
我も、眠る。




