78粒目
翌朝には。
テラスに、それぞれキチリと背筋を伸ばして椅子に座る老夫婦の姿が見え。
(のの?)
あれがマダムの両親かと男の肩越しに眺め。
馬車で桟橋まで送って貰い、若白髪の男に見送られ小舟で小島まで向かえば。
「フン♪」
小舟から飛び降りると、テンテコと先へ駆けていく狸擬き。
男2人が荷を抱え、木陰に陣取り。
それでも。
「布を張ろうか」
日射しが一段と強い。
『俺が結ぼう』
狼男が日除け用の布の端の紐を木の枝に結んでいる。
「フンフン」
狸擬きが大きさも形も様々な葉っぱを咥えてやってきた。
「フーン」
お舟を作って欲しいのですと。
「ふぬ」
ならばと細い枝も拾い。
適度にしなりがあり、大きさもある葉を軸にして、小さな葉と枝を組み合わせながら。
「ええと、こうであったかの」
枝を突き刺し格闘しつつ。
何とか、目をすがめればヨットに見えなくもない、葉っぱのお舟を作ってやれば。
「フーンッ♪」
それでも大興奮な狸擬き。
フンフンッと急かすように砂浜へ向かい。
葉っぱのヨットを、
「ほいの」
慎重に水面に浮かべてみれば。
少しの力を込めたお陰か。
「フンッ?」
葉っぱのヨットを呑み込むように流れてくる波にも、上手く乗り。
浅瀬とはいえ、スイスイと波に乗り流れて行く。
「フーン♪」
楽しそうに並走する走る狸擬き。
振り返れば、我等に付いてきていた狼男の、視線は葉っぱのヨットに釘付け。
尻尾はふわふわ、ゆらゆらと揺れている。
なんの。
「お主も、好きな葉を選ぶのの」
『いいのか!?』
気持ちがいい程の笑顔になり。
「構わぬの」
「葉を摘んでくる!」
すぐさまワサワサと腕に抱えてきた葉で、やはり力を入れすぎぬようにしてヨットを作ってやれば、
『おおお……っ!』
葉っぱのヨットを片手に、感謝すると声を上げ、勢い良く波打ち際へ駆けて行く狼男。
なんとも。
「元気であるの」
「君はいいのか?」
男に問われ。
「我はここがよいのの」
ピンと張った布の下で胡座をかく男の膝の中に、もぞもぞと収まれば。
男は黙って我の頭を撫でてくる。
波打ち際を、葉のヨットと共に駆ける狸擬きと狼男。
男は、煙草を咥えるも。
一緒に取り出したマッチは、我の手に乗せてくる。
「くふふ」
男が手で囲む風避けの中でマッチを擦り、咥えた煙草の先に寄せ。
我は、男の胸に凭れて海風を浴びる。
海には、何者の気配もない。
「……」
男が煙草を吸い終わる頃。
狸擬きは全身を濡らしながら、狼男も膝辺りまで濡らし、葉っぱのヨットを跨いで通らせたりと大はしゃぎ。
「フーン♪」
主様、と濡れた尻尾を振りながら狸擬きに呼ばれ。
男と共に向かえば。
葉っぱのヨットたちは、不意に進路をくるりと変え。
「のの?」
「フンフン」
狸擬きが、こっちだと誘導しても、ヨットの進む先は、我のいる方角。
スイスイとやってくる。
「……フゥン」
「君に忠実だな」
「そうの」
どこかの誰かさんよりと当て擦ってみせれば。
「フーンッ!」
わたくしめは誰よりも主様に忠実でございますと4つ足を突っ張らせ尻尾を立てての抗議狸。
葉のヨットたちは、我の足許に打ち上げられ。
再び、浮かせてやれば、難なく波に乗り。
その波で、
「のぅ」
我のワンピースの裾はしっかり濡れそぼり。
狼男のパンツと共に、我のワンピースは木の枝に干された。
砂浜にて。
我は肌着とカボチャパンツ姿で、
「ふんふん」
砂のお城作りに励む。
狼男と狸擬きは、
「フーンフン♪」
『水を掻くのに、思った以上に体力を持っていかれるんだな』
海に浸かり葉のヨットと共に波に揺られている。
「君も泳ぎたいか?」
我を、強い日射しから遮るように立ち、煙草を吹かす男に問われたけれど。
「そうの」
夜の海は記憶もなし。
けれども。
「そのうち、水着が手に入ったらにするのの」
我は幼子ではなく、レディである故、全裸は好ましくない様子であるし。
砂のお城を作った後は、枝を手にして砂の上に男とお絵かき。
男が立派なお船を描き、我はそのお船の上に雲を描いていると。
全身が濡れても、せいぜい顔周りが気持ちすっきりする程度の狸擬きが、
「フーン」
そろそろお昼の支度をされてはいかがでしょうかと食事の催促をしてきた。
「そうの」
宿と違い、一からであるし時間もかかる。
砂まみれの手と膝を波に浸して落とすと、
「フンフン」
では魚を釣ってきますと張り切り狸。
「今日は釣れるかの」
この間は、どうやら我のせいで釣れなくなった様であるし。
「フンフン」
今日は大物を狙いたいのですと狸擬き。
「の?この辺りに大物がいるのの?」
「フンフンフン」
糸を長くして遠くへ飛ばせばいいのですと。
「……ののん」
大物はそんな単純に釣れるものでない気がするけれど。
狸擬きと狼男が、釣りの支度をして崖の方へ向かい。
赤飯おにぎりはたくさん食べられるであろうから、先に一度目を炊いておこうか。
肉は、朝から狼男が村から仕入れてきてくれた肉の塊がある。
男と共にせっせと下拵えに励んでいると。
しばらくして、
「……フーン」
大物は釣れませんでしたとご不満狸が戻ってきた。
隣の狼男の持つバケツには、大物以外は大漁であり。
練習がてら慎重に魚を捌く狼男に。
『海にいる魚たちは』
ふぬ。
『なぜあんなに塩気の強い水に浸かっていのに、食べる時は塩気が少ないんだ?』
不思議そうに問われた。
「……ええっと」
ナイフを持つ手を止める男の代わりに、
「お魚も人の身体同様、塩分の摂りすぎは好まぬからの。飲み込んだ塩は絶えず、エラやらおしっこから排出されてるはずの」
答えながら、小振りな魚の内臓を掻き出せば。
『おぉ、そうなのか』
「詳しいな」
感心されたけれど。
「本で読んだだけの」
雑な知識の持ち合わせしかない。
魚のエラを捲っている狼男とは対称的に。
今は炊飯器と対峙する狸擬きは、
「……」
あまり“お勉強”には興味はない様子。
この我の自称従獣はどうしてか。
未だ炊飯器が“生きている”と信じており、その認識を改めない。
我自身。
別にこの炊飯器が特別なのでなく、我の力故のものであったと気付いたのは、ほんのつい最近のこと。
それに狸擬きが気付いていないわけがない。
それでも。
こちらの世界のものではないためか。
今も湯気を立てる炊飯器に、
「フゥン?」
意志疎通を試みては、
「……」
炊飯器からの返事がないことに、物足りなさそうに尻尾をふわりと揺らす。
(電源のケーブルが尻尾に見えるのかの)
紐で括ってあるけれど、狸擬きがたまにこっそり緩めている。
窮屈そうに見えるのか。
確かに、炊き上がりにピーッと音は立てるし、蓋を開けば口を開いている様に見える。
元の世界。
ゴミ捨て場に置かれていた、この炊飯器が目に留まった時。
我はその時点で、ほんの少し“人”に近付いていたのかもしれない。
人並みに食事を摂りたいと、我自身すらも知らぬ所で、そう意識したからこそ、ごみ捨て場に捨て置かれた炊飯器に目が留まったのであろうし。
「どうした?」
狸擬きと炊飯器を眺めつつ、動きが止まっていたらしい。
男の、少しの気掛かりが含まれた声に、
「のの」
かぶりを振ってみせれば。
途端に炊飯器が赤飯が炊けたと音を立て。
「フンフンッ」
狸擬きが炊飯器の周りをくるくる回る。
もし。
この炊飯器が言葉を操れたら、一体、何を口にするのか。
元の世界のことを。
この世界のことを。
思いを馳せれば、再び手が止まりそうになった。
そう。
そうである。
我が、この世界に来た時。
我は小豆を研いでおり、炊飯器は手にしていなかった。
それなのに、すぐ側で鎮座していた事からしても、
“炊飯器は我の力で動いており、我の一部である”
と我自身は無自覚に思っていたか、少なくも我を飛ばした何かは、そう判断したからこそ。
(ぬん)
今もここにある。
(今更気付くのも、また滅法鈍い我らしくあるの)
内心で自嘲しつつ、しゃもじを手にし炊飯器を開けば。
熱い湯気にも関わらず、鼻先を寄せてスンスン炊き立ての赤飯の香りを嗅ぎ、うっとり目を細める狸。
「汁物がないな」
忘れていたと男。
「暑いからなくてよいの」
『夕食で出してもらえた、冷たいスープが美味しかったな』
「あぁ、冷製スープか」
「の、あれは美味であったの」
「フンフン」
焼いた肉に、一緒くたに蒸した魚と野菜、それに赤飯おにぎりで昼食。
宿の食事とは真逆の、お外飯とでも名付けるべきか。
飾り気も見た目も決して良くないけれど。
『ご馳走だ』
狼男には、大量の肉や魚の方がご馳走である様子。
「の♪」
いただきますをして、まずは赤飯おにぎりに齧り付く従獣を。
「の」
『?』
「こやつは村で、何をしているのの?」
指差して訊ねてみれば。
「フンッ?」
ぐりんっと頭だけを高速で向けてくる従獣。
『あぁ。彼は身軽で足も早い。村では簡単なお使いや、軽い荷物を背負って運んでいる』
ほうほう。
『言葉も正確に理解しているし地図も読めるから、村でも人気があるし信用もある』
「フン♪」
そうです、わたくしめもきちんと仕事をこなしているのですと得意気に鼻を鳴らす狸擬き。
村をふらふらと練り歩いているだけかと思いきや、案外まともに仕事をこなしていた。
狼男の方は。
早々と組合に囲われ、組合を通しての依頼を細々(こまごま)と受けていると。
むしろそうでないと、村人達の間で狼男の取り合いになり、村中での大喧嘩に発展しかねなかったとも。
「人気者であるの」
狼男は、繁盛期の村では、何でも屋の俺は使い勝手がいいんだろうと謙遜してから。
『そうだ。この土地にはいつまでいるんだと、たまにでもなく聞かれる』
指に付いた赤飯をぺろりと舐めながら、男と我に視線を向けて来た。
「んん……そうだな」
男が、我の皿に肉を乗せながら、視線を宙に向ける。
我もだけれど、男もあまり考えてなかったらしい。
『出来れば繁盛期が過ぎるまで居て欲しい、とも言われた』
ふぬふぬ。
男の口に魚を運べば、男は嬉しそうに口を開き。
美味いと目を細めてから。
「じゃあ、もう少しのんびりしようか」
「の」
「フーン♪」
そうしましょうと狸擬き。
珍しく積極的に労働に勤しもうとする我が従獣。
お使い程度ならば、働くのもそう苦ではないのか。
狼男曰く、空いた時間は組合でちやほやされている様子であるし、村では厚待遇なのであろう。
ぽんぽんがいっぱいになった食後は、皆で並んで昼寝。
日射しさえ遮れば、海風も心地好く。
そう長くもない、昼寝の最中にも。
(……?)
我は、元いた土地の夢を見た。
最近やけに多いのと思えば。
夢の中は、大昔とも言えず。
とは言え、我がこの世界に飛ばされる直前の最近とも言えない。
炊飯器が各家庭で当たり前のように使われ、更に古いものが他の粗大ごみと共にごみ捨て場に置かれ、回収を待つ位の時代。
「……」
小さな子供が1人。
赤みを帯びた瞳。
生まれてから、きっと後ろ髪は揃える程度にしか切られていないと思われる、腰下辺りまである長い黒髪。
白い着物に赤い袴を巻いている。
小さな足を足袋に包み、草履をつっかけている。
片手には浅いザル。
じっとこちらを見ている。
人通りは多少あるものの、小さな子供が物珍しい格好でも目立たずに佇んでいるのは。
なぜなのか。
すぐに解った。
彼女は、人ではない。
存在を、認識されていない。
それでも彼女は人々が通りすぎるのを待ち、こちらにやってくると。
「……」
おもむろに取っ手を掴み持ち上げると。
重さなどまるで感じぬように歩き出した。
歩いて、歩いて、歩いて。
疲れ知らずの彼女が辿り着いたのは。
人気のない川っぺり。
彼女は、小豆と思われるものを研いでいる。
とかく幼い声で、楽しげに歌いながら。




