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67粒目

「の、ここから近い海では駄目のの?」

街を抜けつつ、男の代わりに広げている地図を指差せば。

「話を聞いたけれど、この辺りから近い海沿いはどこも崖になっていて、あまり人も住んでもいないらしい」

ふぬ。

「せっかくだし、海や砂にも、直接触れられる場所がいいかと思っている」

ふぬふぬ。

「ほどほどに栄えて大きな浜辺があるのは、やはりこの元から目指していた辺りがいいと聞いた」

ほうほう。

トコトコ、トコトコ。

街を通り抜けてみれば。

ゆるかやな丘と、高い木が点々と直立している。

対面から走ってきた馬車の御者と、男が軽く挨拶しつつ言葉を交わしすれ違う。

陽が高く昇れば。

建物もないため、暑さよりも。

「陽射しが強いの」

「フーン」

狸擬きは太陽を避けてとうに荷台へ逃げ込んでいるけれど、狼男は案外平気な様子で先を眺めている。

すぐ先に見えた村へ立ち寄ると、村に卸されたであろう小物や瓶詰めなど、何でも売っている文字通りの雑多屋、ではなく雑貨屋で、男が小さな麦わら帽子を買って頭に被せてくれた。

「うん、可愛い」

「の♪」

品物を熱心に眺めている狼男にも、屈ませて被せてみれば。

『……チクチクとして、耳が少し痛い』

耳のせいで帽子も浮いている。

狸擬きは、

「フーン?」

人形用に編まれた小さな帽子を。

「これは趣味で編んだものだから、良かったらどうぞ」

店番をしていた女に。

木彫りの人形に被せられていた、高さが浅めの麦わら帽子を1つ譲って貰えた。

「フーン♪」

主様とお揃いですとご機嫌狸。

耳は隠れど気にならないらしい。

何より、こやつは我とお揃いが大好きである。

馬車の荷台に上がり、狸擬きの帽子には男が紐を付けしてくれ、狸擬きの頭に被せ直し。

男はそのまま、

「どこだったかな……」

と呟き、荷台をガサゴソ漁り始め。

「あぁ、あった」

木箱に仕舞われていた帽子を取り出した。

少し(つば)の広い、焦げ茶色の鍔広帽。

男が帽子を狼男の顔と水平に並べ、じっと眺めると。

「この辺りか」

ナイフの先をハットの側面に押し付けた。

『何をしている……っ?』

帽子に容赦なくナイフを差し込む男に、荷台の外から狼男が酷く狼狽えているけれど。

「お主のための帽子であろうの」

切り目が入れば、ハサミで隙間を作り。

「調節するから被ってみてくれ」

『……これは、大事なものではないのか?』

「いや、仕舞いっぱなしで放置していたものだ」

我と会った時に被っていたものであるの。

確かに、あまり被っている姿をみたことがない。

狼男が被れば、切り目から上手く耳が出ている。

それに。

「なんの、お洒落さんであるの」

「あぁ、いいな」

「フーン」

悪くないと狸擬き。

『そ、そうか?』

視線を上げた狼男は、すぐにくしゃみを連発し。

帽子の埃を叩いてから、では出発するかと思えば。

「ぐー……」

と鳴るのは狸擬きの腹。

とは言え、少し先を急ぎたい男。

フォカッチャサンドは、とうに我等のぽんぽんの中であり。

雑貨屋の女に、狸擬きの帽子のお礼として街で仕入れたネックレスを礼として渡し、ビスケットを追加で買い。

先に進みながらビスケットを噛れば。

『の、喉が乾くな』

「ののん」

「フーン」

水、と狸擬き。

「んん……」

そうだなと、ビスケットが詰まったか男が喉を軽く押さえ。

馬車を止めて、荷台に積んである水入れから水をと男が手綱を握り直した時。

「フーン」

何やら果実の匂いがしますと、食べ物に対しての反応はいつでも怠らない従獣。

狼男も、

『少し青臭い様な匂いだな』

と先に目を凝らし。

見えてきたのは。

「スイカ畑であるの」

道沿いにスイカ畑が広がっている。

「あぁ、ちょうどいい」

「のの?」

布の日除けの掛けられた、背の低い小さな屋台。

楕円形のスイカが積まれ、奥には兄妹と思わしき子供たち。

少し離れた場所に石畳の建物。

こちらに気付くと手を振ってくる。

スイカ畑の家の子供たちの、お小遣い稼ぎと思われる。

「フンフン」

馬車を止めれば、狸擬きがスイカを食わせろと一目散に駆けて行き。

兄妹は、

「わ、なんだこれ?」

「凄い毛がいっぱい」

「暑そう!」

狸擬きの登場に、きゃっきゃっとはしゃぐ兄妹は。

馬車を降りた我等に、

「1玉はこの値段、半玉でここで食べ切るならこの値段、半玉の半分はこれ」

数字の書かれた札を見せてくる。

男がここで食べるから半玉の半分を頼むと、

「半玉のなら冷えてるのあるよ!」

「じゃあ半玉で」

男がコインを追加し。

兄が足許の木箱から半玉のスイカを取り出すと、子供ながらも慣れた様子でスイカを切り分けてくれ。

「どうぞ」

我は小さきお陰か、兄の方が木皿に盛って運んできてくれた。

「のの、ありがとうの」

手を伸ばしてあむりとかぶり付く前に、

「待て待て」

男にすかさず膝まで隠れる布を、首から巻かれた。

「……の?」

「これで溢しても大丈夫だ」

「ぬぅ……」

少しばかり癪に障るけれど、すでに桃で前科があるため何も言えず。

改めてスイカにかぶり付けば。

「ののん♪」

しゃくりと爽快な噛み心地と水気が口に広がり、ビスケットで水分を奪われた喉にも染みていく。

その場にぺたりと座り込み、

「フーン♪」

スイカにかぶり付く狸擬きを、妹の方がじーっと凝視している。

「お客さんたちらこれから海へ行くの?」

兄に聞かれ。

「あぁ」

男が頷くと、

「いいなっ」

その場でぴょんぴょん跳ねるのは妹。

「でも僕たちも、収穫が終わって畑がお休みになると遊びに行くんだ」

と兄。

スイカの収穫に合わせた少しばかり遅い夏休みな様子。

我の口許を拭く世話焼きな男が、

「んーじゃあ、海のことについて教えて貰えないか?」

気の毒に思ったか、男が少しコインを追加して渡せば。

「海のことを?」

きょとんと男を見上げる兄。

「あぁ。俺たちはこれから海の方へ行くんだけれど、気を付けた方がいい事とかを教えて欲しい」

渡されたコインを改めて見つめる兄妹は。

「えっとね!」

「うんとね!」

それぞれ、真剣な顔になり。

「“子供だけで海に近付いたら駄目”」

「“魚釣りは、食べられる分だけ釣ること”」

「“お宿では走らない”」

「“ママとパパの言うこと聞く”」

などの海での注意事項を教えてくれる。

ふぬふぬ。

主に狸擬きに聞かせたい注意事項だけれど、当の狸は、残ってるスイカに夢中で聞いてもいない。

我は、盛大にスイカの汁が垂れた布を首から外すと、

「あ」

兄がパチパチと瞬きをし。

「?」

「“もし海から綺麗な歌声が聴こえても、聞こえないふりをしなさい”って言われてる」

おやの。

「海からか?」

我から布を受け取る男が首を傾げ。

「うん」

ほうほう。

半人半鳥、セイレーンの類いであるか。

「君たちは、歌を聞いたことがある?」

「ないよ」

「なーい」

もし聴こえたら、親たちが子を連れて海へ行くことはなくなるであろう。

「フーン」

おかわりと狸擬き。

『俺も、もう少し貰いたい』

暑いしの。

「君は?」

「平気の」

狸擬きと狼男が仲良く半玉をおかわりをすると、

「ね、君は海には長くいるの?」

兄に聞かれた。

男が、彼女は言葉がまだ分からないと伝えると、少しガッカリした様に眉を下げ。

「まだ未定だけれど、長く居れば何かあるのか?」

我の代わりに男が問えば。

「うん。秋になったら僕たちも海に行くから、一緒に遊べるかなって思った」

秋はまだ、少しばかり先である。

「ええと、そうだな、まだ分からないな」

男は曖昧に返事を濁し。

スイカも1玉買わせて貰い、礼を伝え。

我からは、兄妹に飴とキャラメルを少し分けてやり、再び出発をする。

先に少し進めば、

『なぜ、海から歌が聴こえたら、聞こえないふりをしなければならないんだ?』

狼男の疑問。

ふぬ。

「歌は罠であるからの」

『罠』

「の」

『歌が、なぜ罠になるんだ?』

解せない顔。

「海には、歌声で人の好奇心を煽って、海に誘い込む化け物がいるのの」

『……化け物は、なぜそんなことをする?』

「無論、人を食べるための」

『……』

押し黙る狼男に、

「お伽噺だよ」

男が笑いながら煙草を取り出し。

『おとぎばなし。……ええと、“人の作った物語”』

「正解だ」

男の言葉に、ほっと胸を撫で下ろす狼男だけれど。

「お主の存在も、大概にお伽噺であるの」

『そうか?』

本人に自覚はなし。

先に見えるのは、すでに収穫の終わった何か、男はオレンジだと教えてくれたけれど、そのオレンジの木畑の脇を抜けながら。

ふと。

「の」

麦わら帽子を外しては眺め、また満足気に被り直す狸擬き越しに狼男を見上げれば。

『なんだ?』

「お主は、自身の仲間を見つけたいとは思わぬのの?」

もしかしたら、でもなく。

こやつの他にも半狼半人が存在していてもおかしくはない。

なんせこやつはお伽噺ではなく、今ここに存在しているのだから。

『んんん……』

狼男は、しばしの長考のち。

『今はキミたちが仲間だから、あまり考えたことはないな』

そうであるか。

『いや本当は、今まで一度も考えたこともなかった』

と笑い。

我は、そんな狼男の笑った顔で、狼男の育ての親の、山の長を思い出す。

狼男のいた山のあの(おさ)が、この狼男を山から追い出し、独り立ちさせることを決意したのは。

もしかしたら。

(ぬん)

もしかしなくとも。

(こやつに仲間を探させるためであったのかの……)

狼男が、大事な息子が、孤独にならぬように。

いずれ、寂しくならぬように。

やがて、暖かな家族を持てるように。



男から聞いていた通り、海までの距離はあれど、忘れた頃に村が現れる。

点々と畑や小屋、家が並び。

『あれは、鶏』

鶏が多く放し飼いされている。

「の」

『あれは美味しい』

「フーン」

美味しいけれど、少し(やかま)しいですと狸擬き。

途端に1羽がけたたましく鳴き、

「フンッ!?」

狸擬きが軽く飛び上がる。

男は村へ着く度に、荷台の外へぶら下げた袋や箱から、組合から頼まれた、少なくない数の布や装飾品や保存食を、村で採れた果物や小麦などと交換している。

その村からの物資が我等の報酬となる。

夕刻前に。

「小さいけれど宿も空いてるから、泊まって行きなさいな」

幾つ目かの村で、声を掛けて貰えた。

ちんまき我を気遣ってのものらしい。

行商人用の小さな宿。

ベッドが2台くっつき、余計な幅もなく。

夜更けに。

「フー……フンッ!?」

「……?」

「フーンッ!フーンッ!?」

寝返りを打ったらしい狸擬きがベッドとベッドの隙間に落ちた。

そんな取るに足らない出来事はありつつも。

海までの道は、極めて順調であり。

村で物資を卸し、徐々に軽くなる荷台に、もの足りなさそうな我等が脳筋馬。

麦わら帽子を被り、トコトコ、トコトコ。

低い山々は、遠く遠く。

海までは、あともう少し。


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