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66粒目

「おっ!友の友たちじゃないか!!」

桃の甘味を求め。

茶屋の大きな布が張られたテラス席にいたせいか。

オーナーの友人である、あのうるさい男に見つかった。

何用かと思えば。

「急で悪いが、一緒に荷物の仕分け仕事を頼む!!」

依頼は狼男をご指名。

狼男は我を見てくるため、

「構わぬの」

頷けば、

『路銀を稼いでくる』

立ち上がり。

「話が早い!」

一番暑い時間になれば、店も閉まり始めたため、我等も日陰を歩きながら貸家へ戻り。

「フーン……」

狸擬きは、お昼寝の時間なのですと、あくびをしながら2階の寝室へ向かう。

我と男は居間のソファに落ち着けば。

「君は、桃を飽きずに食べるな」

男に、小さく笑われた。

ふぬ?

「多分、我は好きなのであろうの」

桃が。

頷いて見せれば、

「……多分でなく、君は桃が好きなんじゃないか?」

(いぶか)しむ顔をされた。

ほうほう。

「そうかもしれぬの」

我は桃が好きな様子。

「君はたまにでもなく、自分のことに疎い気がする」

のの。

それは、

「駄目の?」

「心配にはなる」

そういうものであるか。

ふと、桃で思い出した。

「我のいた土地の別の国では、小さき小さき幼子に桃を食べさせることがあるの」

「あぁ」

男は微笑ましそうな顔をするけれど。

「桃だけを、であるの」

「……ん?」

「食せるのは、桃だけの」

「……だけ?」

笑みが固まり。

「の。無論、栄養は偏り、これっぽっちも長くは生きられぬの」

「……」

その代わり。

「ほんの僅かな時を生きるのと引き換えにの」

甘い甘い。

体液どころか、髪の先までも甘い。

「甘美な桃娘の出来上がりの」

「……それは」

男の口から漏れる吐息に含まれるのは、恐れか、別のものか。

「ならの」

我はせいぜい笑みを浮かべ。

「桃をたくさん食べている今の我も、いつもより、幾分、甘いやもしれぬの」

じっと男の瞳を覗き込めば。

「……」

男が唇を開く前に。

「ぬ?」

雨音。

「お……」

通り雨な様子。

男は居間の窓を。

我はぐーすか眠っている狸擬きのいる寝室の窓を、一応は起こさぬ様にそっと閉めてやり。

階下へ降りれば。

「気温も下がりそうだ」

薄暗くなった部屋の窓から庭を眺めていた男は、少し草臥れたソファに再び腰を下ろし、煙草に火を灯す。

我も、ソファによじ登り男の隣に寄り添えば。

男は空いた手で、黙って我の頭を撫でてくる。

(ぬん……)

心地よさに目を閉じると。

(……のの?)

けれども。

間もなく煙草を灰皿に落とした男の指は、我の頭を抱えるように頬をなぞり、唇に触れてくる。

そっと。

意味深に。

(くふふ)

唇を開き、指先を口に含めば。

(熱いの……)

馬たちの手綱を掴む固い皮膚、厚い爪先。

(我と全然違うの……)

舐め回してやれば、何か耐えるように男が大きく息を吐き出し。

男の指に、たんまりと唾液をまぶし終える頃、

「んぬ……」

口から男の指が引き抜かれ、男の口に運ばれる。

甘いかと聞くのは野暮な事。

雨がやむまでの間。

我は男に、ただ、甘い唾液を与え続けるだけ。


ーーー


「フーン……?」

通り雨があったようですねと、盛大な寝癖を付けた狸擬きがモタモタやってきた。

『仕事を終えた』

と、暗くなる頃、狼男も帰ってきた。

「どうだったのの?」

『あぁ』

仕事自体は大きな荷の仕分けと簡単なものだったけれど。

『彼の飲みの誘いを断るのが厄介で走って逃げてきた』

と。

逃げ方が力技である。

こやつの足に敵うものはそうそう居ないであろう。

翌日には。

狼の耳と尻尾を生やした精悍な男が、颯爽と街を駆けていたと噂になっているとのこと。

『すまない』

「なんの、謝ることはないのの」

街中で、

「兄さん、この街は走りやすいかい?」

と気さくに挨拶をされる程度。

そして。

「ごめんねぇ、桃は終わっちゃったのよ」

「のの」

「桃は今日までなんだよ、たくさん食べに来てくれてありがとうね」

(のぅ)

旬は短し(しょく)せよ乙女。

その桃の旬も、この辺りでは、早くも終わりを告げ始めた。

『ジャムなどでは、駄目なのか?』

「我は生の桃がよいのの」

と、わがままを言っても桃が実るわけでもなく。

「充分に堪能出来たからの」

我に付き合ってくれて感謝であるのと、2人と1匹に礼を伝え。

若オーナーの店へ向かい、桃の甘味がなくなったから出発をすると告げれば。

「本当に、桃のためだけに滞在していたんですね……」

だいぶ力の抜けた顔のオーナーに笑われた。

「でも」

でも。

「もう少し桃の時期が続けば、まだもう少し、この街に居て貰えたんですよね……」

寂しげな笑み。

そうの。

もう少し先へ行けば、まだこれから桃が旬の土地もありそうだけれど。

いい加減、狼男に海を見せなければ。


「はぁっ!?明日出発する!?旅人ってのは、ホントに(せわ)しないねぇ!」

目をかっぴらいた大家は。

「まぁね、あんたたちはまめに雑草も抜いてくれてるしね!また来た時には家を貸すよ!」

豪快に笑う大家。

隣の大家の家から、こちらのテラスはよく見下ろせるらしい。

朝は早いのでと、男が挨拶と共に貸家代を支払う。

「あたしは朝が弱いからね!見送りは出来ないからちょうどいいよ!」

意外にも朝の弱い大家は、おもむろに我を見下ろせば。

「まぁさ、その白いままな肌もさ、案外不思議な魅力があっていいじゃないの!」

何やら認められた。

我等は組合で海までの詳細な地図を手に入れ。

そのまま厩舎と荷台置き場へ向かい。

男は馬車の車輪の確認と共に、車輪に臭い錆止めを塗られ、我と狸擬きと狼男は逃げるように放牧場へ向かう。

我等が脳筋馬は、厩舎の外で力仕事を担っているため不在。

代わりに、どこの誰の馬か、何とも見目麗しい白馬がこちらに気付くと、優雅に歩いてきた。

「のの?」

「フーン?」

『お……』

白馬のお目当ては、狼男らしい。

興味津々に狼男に鼻先を寄せている。

「お主は異種族にも人気者の」

『あ、あぁ』

複雑な表情。

「フーン」

少し羨ましそうな狸擬き。

男が迎えに来たと思えば。

「錆止めが終わってしまった」

錆止めを買いに行き、ついでに貸家から荷を少し荷台に積むために持ち出し。

狼男が、もう一度城を見たいと言うため、乗り合い馬車で、我等はおのぼりさんよろしく城を眺めに行き。

『おぉ……』

「お主は、お城が好きの?」

『城も好きだ』

ふぬ?

『人が作り上げたものには、スプーン1つでも、感動をする』

なるほど。

その気持ちも解るけれど。

「大きいものは、またきちんと“凄いもの”であるしの」

『あぁ』

「フーン」

こちらまで来ましたし、遅めの昼はこちらで食べましょうと、そこらで漂う昼時の匂いに、城になどちっとも興味のない狸擬きが尻尾をフリフリ。

狼男と違い食べ物のことしか興味のない狸擬きが足を止めた店のテラス席で、サンドイッチに齧り付き。

『あの錆止めの臭いは、どうにもならないのか?』

我でも苦手なのだから鼻のいい狼男には更に鬼門な様子。

「そうだな、どこの土地でも、錆止めはあの臭いだな」

海に行くならば、なくてはならないものであるしの。

狼男は、

『あの臭いが苦手すぎて、手伝えないのが心苦しい』

と、理由もまた健気であり真面目であり。

「フーン」

あの塗る作業は楽しそうなのですと狸擬き。

「そうの」

気持ちは解る。

「ピチチ」

小鳥が飛んできた。

いつもの弾丸桃色小鳥ではなく、黄色い街を飛ぶ小鳥。

手紙ではなく丸められた剥き出しの紙を運んできた。

「さっきの組合から、依頼だそうだ」

再び乗り合い馬車に乗り、組合に舞い戻り。

荷の重量に余裕はあるかと問われ、男が頷けば、

「海へ向かうまでにある幾つかの村に、荷を卸して欲しい」

との依頼。

まず運ぶ荷を小さな馬車を借りて回収し、我等の馬車の荷台の外側にくくりつけてと、出発前日のバタバタした慌ただしい空気に、この街との別れをしみじみと感じる。


翌日は早朝。

だいぶ朝早くであったのに、馬車の音で気付いたか。

まだ閉められている小さな店の扉が開き。

勢いよく外に出てきた若オーナーは。

「……のっ?」

「んん?」

「フンッ!?」

『おおっ……?』

若オーナーの目印とも言えた巨大な鳥の巣頭が。

見事綺麗さっぱりなくなり、短く切られ整えられ。

服もいつものベージュのシャツ、だけでなく細身な身頃にはベストを羽織り、ボタンはきちりと留められており。

靴も突っ掛けでなく、きちんと編み上げの靴を履いている。

若オーナーを若オーナーと知らしめていた猫背すらも若干改善され。

たったほんの一晩明けただけで、とんと垢抜けた青年になっていた。

以前の若オーナーの、街への馴染まなさとはまた違う、渋皮の剥けた様な変身具合。

「ののぅ」

一体、何があったかと思えば。

「あなたが」

若オーナーは、我を見下ろしてきた。

(我かの)

「カフェで提案してくれた、

“たった一度だけ、旅に出てはどうか”

の言葉が、ずっと頭にありまして……」

おやの。

若オーナーは、それを聞いてから、ずっと考えていたと。

そして考えて、考えた末。

「たった一度だけ、自分に合う土地を見付けるために、旅に出てみる覚悟を決めました」

なんと。

「出発はまだまだ先になりますが。まずは組合に顔を出して、僕の長旅に付き合ってくれる、気の合う冒険者の方や行商人の方を気長に探すつもりです」

勢いで飛び出さない考えなしでもなく。

髪は、その決意のための断髪だったと。

「このベストは、父親の形見なんです」

裾を摘まんで見せてくれる。

父親も大層細身であった様子。

ごくごく自然な笑みを浮かべる若オーナーは。

「でも。ただ、1つ心残りがありまして……」

「なんの?」

「旅に出たら、もしかしたら、またこの街に桃を食べに来てくれるかもしれないあなたたちと、再会を果たせない事です……」

寂しげにため息を吐かれたけれど。

なんの。

そんな事であるか。

「お主はどうせ、落ち着いた先の土地で店を持つであろうの。さすれば、すぐにこの狸擬きが鼻を利かせてお主の元へ押し掛けるの」

若オーナーは、男伝の我の返事に。

「自分に、目利きと調理の才能があって良かったと、今、人生で一番強く感じています」

手をニギニギ握り。

一番であるか。

「えぇ」

笑顔を見せる若オーナーの旅の行き先は。

「両親が旅をした記録を残していたので、そこをまず巡ってみる予定です」

その方面に向かう者たちに向けて、組合で依頼の張り紙も頼んだと。

仕事が早い。

この今の若オーナーならば、案外、旅を始めるも早いかもしれない。

男が、そんな若オーナーに、組合で手に入れた新しい金筒を渡している。

「ええと?……うわっ!?」

受け取れば思ったよりもある重量に慌てて両手で握り直す若オーナーに。

「金筒の中には、手紙ではなく複数の色の石を積めています」

男が金筒を指差し。

「は、はい……」

「一度だけなら、遠距離でも、その石たちで手紙を飛ばせると思います」

街中の郵便鳥は、紙の手紙を剥き出しで運ぶ。

金筒は、中距離から遠距離専門であり。

「例え支払いに足が出ても、受け取り側に支払い義務が生じますので」

どうぞ遠慮なく送ってくださいと男。

若オーナーは、我等を順繰りに眺めるため、頷いてやれば。

「……っ」

ぎゅっと眉を寄せ、金筒を、胸に強く抱えると。

「い、一度だけでなく」

なく。

「あなたたちには、たくさん、たくさん手紙を送ります……っ!」

泣き笑いの顔で、そんな約束をしてくれた。


「あ、いたいた!」

やっぱり出発早ーいと駆けてきたのは、若オーナーの店で働く若い娘。

髪を結んでいないと、以前の若オーナーの様にボリュームが凄い。

その若い娘は、仕事中はポニーテールの髪によく派手な布を結びリボンに見立てているため、餞別として、一応は女である我が選んだ、水の街で買っていた海色の手巾(ハンカチ)を餞別として渡せば。

「ひゃー!!綺麗な色!素敵!すっごくいい!!」

地味ーと言われてるかと思ったけれど、

「嬉しいっ!あと寂しいっ!」

喜び、寂しがり。

この娘こそ、この土地の街っ子で間違いない。

その街っ子の。

「の、お主の姉はどうなったのの?」

人妻に傾倒してるらしき姉は。

男が控え目に訊ねてくれれば、

「あ、聞いてよ!隣街から仕事で来た仕立て屋の男に一目惚れしたって!」

ののぅ。

幾分、気の多い姉の様である。

その気の多い姉を持つ、何気に気苦労の多そうな若い娘は。

「私ね、オーナーが旅に出たら、このお店引き継がせてもらうの!」

なんと。

若オーナーもニコニコしたまま頷き。

「フン?」

軽く驚く狸擬きに、

「ふふーん♪」

若い娘は、そこそこの膨らみを持つ胸を張って見せると。

「だからね、今日からしっかり料理を教えてもらうんだ!」

若オーナーと話し合って決めたらしい。

看板娘から、次の若オーナーへ。

大出世である。

「だからね、戻ってきたら、絶対、ここにもまた食べに来て!!」

ガッカリはさせないから!と元気一杯な若い娘。

「フーン」

気が向けばまた来てやると狸擬き。

若オーナーからは、

「あ、忘れるところでしたっ」

夜のうちに作っていたと、フォカッチャサンドがみっちり詰められたカゴを渡された。

「フーンッ♪」

大喜びな狸擬き。

大きく手を振る2人に見送られ、まだ静かな街を。

トコトコ、トコトコ。

トコトコ、トコトコ。

我等は。

先へ。

先へ。


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