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65粒目

夜は仕事を放棄した若オーナーも交えて楽しく食事をした、快晴の翌日。

やってきたのは郵便鳥ではなく。

教員自身が直接、貸家に訪ねてきた。

出掛ける前に庭の雑草を総出で引っ抜いている最中であり。

「連日桃巡りをですか?いやぁ、土地の者としては嬉しいものですね」

教員にはついでに茶屋へ付き合って貰い、なんとまるごとになった桃のタルトを頼めば。

あの気狂い鳥は。

「……実はその、想像を越える異常がありまして」

なんの。

大仰な物言いであり。

「頭部が、歪つに捻れていたのです」

ほうほうほう。

何とも興味深い、続きをと思えど。

「いや、食べてからにしましょうか」

教員がちらと周りを気にし。

しかし教員が口を噤んだのは、周りよりも、煙草に火を灯す我の男の手が止まっていたからであり。

のの?

(案外、苦手な類いの話かの)

自身でも獣を捌く癖に。

それとはまた別であるか。

「あぁここは是非、ご馳走をさせてください」

と教員のお言葉に甘え、

「おかわりの♪」

「フーン♪」

『ええと、“お言葉に甘える”』

遠慮なくまるごとの桃のタルトをおかわりし。

狸擬きと狼男は焼き菓子を頼み。

どうやら内容が内容であるし、教員を貸家へ誘い、紅茶を淹れれば。

「とても香り高い。……あぁ、これはいい茶葉ですね、素晴らしいものをありがとうございます」

教員は紅茶派な様子。

その教員曰く。

箱に収まっていた気狂い鳥たちは、貫かれた頭部は何重にも捻れており、胴体も変色と共に。

「凝縮?圧縮……と言えば近いでしょうか」

色は、

「紫を含めた黒色に染まり、こう、なんと言いますか、言葉では言い表すのが難しい程の異常な状態でして……」

教員は持ち帰った責任もあり、人払いをしてから何とかメスを挿し込み、胃の中内容物を確かめたけれど、消化されつつある果物と思わしきものとその種、小麦を固めたものと思われるものが少しだったと。

小麦を固めたものは、村にある馬車の荷台を漁った時のものであろう。

教員は、あの鳥たちが“おかしいの”は事実であり、実際それは現実であったと。

「ただ」

ただ。

「なんと言いますか。あくまでも私見なのですが」

教員は酷く言い淀んだ後。

「……あれは、寄生虫の仕業である可能性を遥かに越えていると感じたのです」

ふぬ?

「えぇ、えぇ。寄生虫は勿論、日々彼等なりの凄まじい進化を遂げていますし、私も興味深く見ています。なので、決して彼らの力を侮っているわけではありません」

ほうほう。

「ただ。……あの鳥たちの惨状は、寄生虫でなく、もっとこう、何か、……人智を越えた禍々しさを感じるのです」

(……の)

もしや。

男の、さも神妙そうに見せているけれど、頭では別のことを考えている時の横顔。

「……」

もしかしなくとも。

異常な屍の状態は。

(我のせいであるか)

力を込めたのはフォークであるけれど、フォークが貫いた気狂い鳥にも、しっかりと、例えば我の力を毒とするならば、毒が効いた様子。

男が茶屋で固まったのも、いち早くそれを予想していたからであろう。

男は、教員に煙草を勧めながら。

「……ご自分達の、手に負えないと?」

「あぁそうです、そうなのです」

自分から引き取りたいと言ったくせに、まことに面目無い話なのですが……と。

どうやら報告ではなく、相談に来たらしい。

教員は小さくなりながら煙草に火を灯す。

じっと事態を静観してる狼男と、うとうととお舟を漕ぐ狸擬き。

男が黙って我を見下ろしてきたため。

「ただ燃やせば大丈夫だと思うけれどの」

この優しき世界。

(まじな)いや呪詛の類いは、滅多にないからこそ、安易に燃やしてしまうことにも、躊躇いがある様子。

ならばこちらで引き取ろうのと男に伝える前に。

「の、ここらには、祈祷師やら僧侶的は者はいないのの?」

面倒毎になりそうであるし、そんな者に頼まれても困るのだけれども。

好奇心に勝てなかった。

男伝に訊ねて貰うと。

「少し離れた土地に、木の精霊様を信仰する方たちがいますが……」

手に余ると追い払われる可能性もあると。

(ああいう輩は潔癖が多いからの)

(けが)れる」

などと言って追い払われそうである。

だからこそ。

教員は我等をわざわざ訪ねてきた。

それは。

この教員は。

我等を、

「信じている」

そして。

数少ない中での最後の砦ででもあり。

何より。

そもそも、やらかしたのも我であり。

ならば。

「の」

「ん?」

「我の事を」

「君の事を?」

「“この娘は祈祷師紛いの仕事をしている”とでも出鱈目を吹き込むのの」

「……」

男が軽く眉を寄せる。

ただ引き取る、では、教員は不安を拭えない。

教員の我等への信頼に乗っ取り、さもそれっぽい事を(うそぶ)けば、安心してこちらに引き渡せるであろう。

「フーン」

「?」

「フンフン」

出鱈目では御座いませんと狸擬き。

うとうとしながら半分夢の世界にいたくせに。

毛に埋もれたかけた耳だけは起こしていたらしい。

「フゥン」

主様のお力は本物なのですと。

「今はそこは重要ではないのの」

ややこしくなるから黙っているの。

「……引き取って、大丈夫なのか?」

男が煙草を灰皿に押し付ける。

(のの)

「なんの。我の力が、自我を持ち暴走でもしているとでも言うのの?」

それはさすがに我でも脅威になるやもしれぬの。

本音はむしろ、若干面白くもある。

「いや……」

言い淀む男は。

(なんの……)

死しても尚、気狂い鳥そものもの存在を危惧しているのだろうけれど。

我等が引き取ろうと考えているのは、我自らの力により、死と言う安寧を与えた気狂い鳥たち。

未だ、気狂い“ごとき”の力が籠っていると考えているのか。

それが、他の誰でなく。

(ぬぅ)

「“我の男”であるお主が、我の力を見くびるのの?」

目を細めて、じっと見上げれば。

「……あぁ」

大きく息を吐き。

「悪かった」

と謝罪はされたけれど。

男が、むくれる我を膝に乗せながら。

教員に、鳥は自分達が引き取る旨を伝え。

この子が、幼子ながらもそういう仕事もしていると適当を述べれば。

「なるほど、討伐と鎮魂、両方を(おこな)っているのですね」

勝手に納得してくれ、こちらとしても楽である。

案外、珍しくないのであろうか。

引き渡しも決まり、安堵するかと思えば。

「その、研究施設からも引き取り料は勿論お支払するのですが……」

あなた方の望まれる請求額にはほど遠いかもしれず、と縮めた身体に加え、更に頭を低くしているため。

「どうする?」

「なんの。形だけでも街から離れて、そこいらで燃やせばいいだけの話であるしの」

運び賃と言うならば、せいぜい運ぶ馬たちへの水代、は川で水を飲ませればよいし、食事はそこいらに生えている川っぺりの草でも食わせれ充分であろうか。

(それではさすがに足りぬかの)

「そうの、ならば1日分の干し草分程度かの」

弁当でも作ってピクニックがてら、燃やして来ようではないか。

男が伝えれば、教員は大きな安堵のため息を吐き。

「あなた方のご厚意に甘えてばかりで……」

勿論、うちから出る引き取り料は全額お支払いいたしますと、恐縮しかりであるけれど。

「美味しい桃たちに出会えたこの土地に案内してくれただけで、おつりが来るのの」

男伝の我の言葉に目を見開き、教員はやっと笑みを見せてくれた。

紅茶のおかわりを淹れれば、

「せめて、もう少し個人的にお礼を出来ればといいのですが」

何やらまた無駄に長考を始めそうになったため。

「ならばと本が欲しいの」

せがんでみれば。

男がすかさず、子供向けのものをと念押ししている。

(ぬぅぅ)

言葉が通じないのは、こんな時だけは非常にもどかしく、非常に不利だと思わされる。


次の日には。

「夏季休暇に入ったのですよ」

と、気狂い鳥の仕舞われた箱と共に。

所望した本を見繕って馬車の荷台に乗せて来てくれた。

「その、1冊は、拙著(せっちょ)なのですが……」

「のの?」

鳥の絵と、鳥に付いての説明の書かれた絵本。

これは良い。

「の♪」

大事に読むのと礼を伝えて受けとれば。

教員も嬉しそうにニコニコ笑うと。

「この休みに、海の方へ行ってみようかと思いまして」

おやの。

「あの鳥そのものに付いて、詳しく調べてみたいと思ったのです」

白鳥擬きか。

大型過ぎて、近くの森辺りでは見掛けないのだと。

「せっかくなので妻と一緒に、旅行も兼ねてと考えています」

鳥ばかり見て、嫁の機嫌を損ねねば良いけれど。

「それには十分気を付けます」

すでにやらかし済みか。

「新婚旅行で……」

今回は挽回旅行であるの。

男が、自分達も海へ行くこと、燃やした鳥たちの灰は、海に撒いて最後の供養にすると伝えれば。

「……あぁ。……鳥たちに、そこまでしてくださるのですね」

灰を撒くのは、海へ向かう、ついでもついでなのだけれど。

目頭を押さえる教員に、余計なことは言わない。

我等は、そんな人情ではなく、鳥情深い教員を安心させるためにも。

「では、行ってきます」

さっさと屍を灰にしなくてはならぬ。

教員とは、我等が脳筋馬の預けられている厩舎で待ち合わせしたため。

狼男が隣の荷台置き場の荷台に積み込めば。

「私も一緒に行くべきなのでしょうが……」

あの村の、鳥たちが襲った村の村長が、こちらの街に用があり、ついでに茶でもしないかと手紙を寄越して来たのがつい先刻だったのだと。

「街の大きさも、私がこの街でなく離れた隣街に住んでいることも知っているはずなんですけどね……」

老人はたまにでもなく無茶を言うからの。

それでも。

教員は、こちらに足を踏み出して来たため。

「の、お主は屍などに寄り添うより、生きている者の元へ向かうのの」

男伝の我の言葉に、何か言い掛けた教員は。

我等を当分に眺めると。

「……そうですね。では、お言葉に甘えて行かせてもらいます」

何か別の言葉を飲み込んだように見えたけれど。

色褪せた帽子を外すと、胸に当てた。

どうやら、鳥の屍を乗せた我等の馬車を見送ってくれるらしい。

「またの」

「また、またいつか」

帽子を持った手を振る教員に手を降り。

トコトコ、トコトコ。



「少し流れが早いな」

「のん」

街から離れ、大きなブドウ畑や桃の木畑と思われる通りの道を抜け、先にはポツリポツリと大木がそびえる丘。

あの木の下でピクニックも楽しそうだけれど。

なだらかな丘を2つ程越えると、

「のの?」

「ちょうどよさそうだ」

わりと立派な川が流れている。

『山の方では雨が降っていたのか?』

川は水量が多く深さもありそうで、残念ながら小豆洗いには向いていない。

少し川上へ向かうと、草ではなく小石が散らばり敷き詰められてる。

「この辺りでいいか」

厩舎から干し草を少し融通させてもらってきたため、それを敷き、その上に鳥たちの入った木箱ごと乗せる。

鳥の入った箱を開くことはなく。

万能石を置き、男が指先で火を点ける。

風もない曇り空。

川から流れる風は涼しく。

我等は、しばらく燃える木箱を眺めていたけれど。

馬たちが控え目に前足をカツカツと鳴らし、それに気付いた狼男が輓具(ばんぐ)を外しに行く。

「フーン」

狸擬きが隣で小さく鼻を鳴らし。

「そうの」

我と狸擬きは、荷台から敷物を取り出し広げ、クッションを取り出す。

男は煙草を吹かしながら、じっと燃える木箱を眺めている。

何を考えているのか。

それでも1本吸い終えれば、煙草を火の中に放り込み、

「あぁ、すまない」

荷台からコンロを取り出している我等のもとへやってきた。

狼男は、

「のぅ」

馬たちと駆けっこでもしていたのか、滅法離れた川下にいる。

炊飯器に小豆を落とし、スイッチを押せば。

燃える木箱が音を立てて崩れ、

「フーン」

主様のお力を持ってしても、あの鳥たちは燃えるのですかと狸擬き。

「あのの、鳥たちがカチカチの石にでもなっていると言うのかの。我は髪が蛇な女妖ではないのの」

ただの小豆洗いである。

湯を沸かしてお茶を淹れていると。

地響きをさせながら脳筋馬たちと狼男が戻ってきた。

長く旅をしているのは我であるのに、狼男の方が俄然、脳筋馬たちと馴染んでいる。

(なぜの)

解せぬのと唇を尖らせば、考えていることを読まれたのか男が小さく笑い。

「フーン」

狸擬きは炊飯器の前に陣取り、前足で腹をさすさす擦っている。

催促すれば早く炊き上がるとでも思っているのか。

「……」

(思っていそうであるの)

炊飯器が炊き上がりの合図を鳴らすまで、教員から貰った「拙著」とやらを広げ、皆で覗き込めば。

『小さな鳥が多いんだな』

「観察してるのが街の近くの森と言うからの」

どの鳥も非常に愛らしく描かれている。

赤飯が炊き上がれば、赤飯おにぎりと、作ってきたおかずを広げ、お茶を淹れ。

「いただきますの」

楽しいピクニックの始まり。

狼男が、我の使う箸を練習したいと持たせてみたけれど、

『んんん……?』

「くふふ」

少々難しいかもしれない。

食べ終えれば、そのまま寝転がるのは少し痛く。

男が荷台に積んである布団を取り出し、敷物の上に敷き、皆で横に寝転がる。

「フーン……♪」

満腹ですと狸擬き。

「そうの」

間もなく、珍しく男と狼男の寝息。

「の」

「フン?」

「あの気狂い鳥たちを燃やさずに調理して食べたら、どうなったかの」

「フゥン」

食べる相手によりますと狸擬き。

ほうほう。

「フンフン」

大方死に至りますとも。

「のん」

駄目ではないかと口にしたつもりが。

「……」

すっと意識が飛んだ。


「あんたは全然陽に焼けないのねぇ?」

ここの辺の土地は、数日でも居ればこんがり焼けるもんなのにと。

馬と荷台を預けて貸家に戻れば。

店先にいた大家に、不躾に不思議がられた。

男は元からほんのり色付いているし、狼男は健康的に焼けている。

我の肌色に大家が見せるのは、不信ではなく、何か思案の表情。

「?」

「ほら、こんがり焼けた肌色が魅力の1つじゃない」

なるほど。

この土地ではそうらしい。

であれば、我は見た目からして、人としての魅力が半減していると。

男は、大家の答えにむしろ安堵したように、手を繋いでいた我をニコニコしながら抱き上げてきた。

そんな男に、

「全くもぉ、男親はこれだからっ。年頃になってから嫁の貰い手がないなんて焦っても遅いんだからねっ」

腰に手を当てて大きなため息を吐く大家に。

「親では……」

男が控えめに訂正すれば。

「親バカも兄バカも同じだよっ!」

だいたいねぇと、何やらお小言が始まりかけた時、

「これ色違いないのー?」

客の声。

「売り物は早いもん勝ちよ」

その隙に男が我を抱いたまま逃げるように貸家へ入り、

『子供を生んだ母親と言う存在は、どの土地でも強いんだな』

狼男が勉強になると呟き。

「俺たちが敵う日は来なさそうだ」

苦笑いの男。

そうの。

あれは我でも敵いそうにない。


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