61粒目
「お待たせしました、桃のタルトです」
「の♪」
目の前に置かれるのは、大きなタルト生地にカスタードと桃がゴロゴロ乗せられ、切り分けられたもの。
街を歩き、狸擬きが足を止めたのは。
少し大きめな茶屋は2階はレストランなのだと。
狸擬きの鼻曰く、そう悪くはなさそうですと。
今は下の開放的な茶屋の窓際の席。
「フンフン♪」
『わざわざ飾られた小さな葉が印象深い』
狼男がじっと見ているのはミントの葉と思われる。
男はスケッチをしているけれど。
我は待たずにフォークでタルトを切り分け、口に運べば。
「ぬん、ぬふん♪」
桃の瑞々しさ、クリームの滑らかさ、タルトの歯応え。
(大変に美味の)
“まぁ出来そうであるからやっておくかの”
程度で、気狂い鳥の討伐をしたけれど。
そのお陰で教員にこの国に誘われ、桃の甘味を堪能できている。
(やはり徳は積むに限るの)
「ぬんぬん♪」
「フンフン♪」
『うん、美味い』
「案外タルトの生地が薄いんだな」
スケッチを終えた男も口に運び。
「“バランス”が良いのの♪」
「そうか」
なぜかおかしそうに笑う男。
「の、この店にはまた来るのの」
男に地図を広げて貰い、店の場所に印を付ける。
ただ、
「甘いものは1日2つまで」
の男の制限に。
「仕方なしの」
狼男の櫛を探しに向かい。
「フンフン」
真剣に自身の櫛を見繕う狸擬き。
狼男のものでなく、狸擬きがより好みのものを見付けるために、雑貨屋、金物屋と櫛の売ってそうな店を街を巡り。
店先に飾られる装飾品は、大振りなものが多い。
『俺はこれがいいな』
「フーン♪」
それぞれに良さげなものを見繕えば。
「フンフン」
何より腹時計が正確な狸擬きが。
「フーン」
昨日の店に食べに行きたいですと店の指定までしてきた。
「我は構わぬけれどもの」
男と狼男も快諾してくれたため、馬車道を横切り、昼時の食事の香りの漂う街を抜ければ。
「あ、いらっしゃーい!」
カウンターの内側から、昨日同様にちゃきちゃきな娘が手を振って歓迎してくれ。
「ごっそさん、店主にもよろしく」
「はーい、また来てね!」
今日はカウンターが半分程埋まっており。
唯一ある奥の小さな4人席に陣取れば。
「昨日の今日で来てくれるなんて、お客さんたち、やっぱり見る目あるぅ!」
カウンター越しに声を掛けてきつつも手は休めずに動く若い娘は、
「今日もフォカッチャは生ハムだけど、スープはお豆さんとナスとベーコンのスープだよ、いい?」
と身体ごと傾げて問うてくる。
男が頷けば、狸擬きの腹から盛大に虫が鳴き。
「あはっ、今日も後悔させないよ!」
待つ間もなく、まとめてどんとテーブルに置かれるフォカッチャサンドは今日もやはり美味。
「はい、スープ!」
器たっぷりに盛られたスープ。
(ぬぬ、どうしてこうも美味かの)
我等が食べている間、他の客たちは口々に美味しかったと出て行き。
若い娘は、しばらく客は来ないと知っているのか、波が引く時間なのか。
器を片せば、すぐに洗い物を始めずに、
「ど?おいし?」
こちらにやってくると、我の顔を覗き込む様に問われた。
「の、大変に美味であるのの」
頷けば。
「……んー、やっぱり目も凄く綺麗。髪も、質からして全然違う」
若い娘に、今度は覆い被さるようにじーっと頭を見下ろされ。
特に害はないため、構わず食べていると。
「ダ、ダメだよ。そんなに顔を覗き込んだら、お客さんが食べにくいだろう……?」
開いた扉からオドオドとした声。
「?」
「あ、オーナー、買い物終わった?」
胸に大きな布袋を抱えるのは、オーナーと。
視線を向ければ、とても若い。
若い娘や、狼男より少し上な程度か。
ただ。
この開放的な街には、我等程でなくとも、
(ええと“もやしっこ”だったかの)
失礼な喩えながら、しっくりくる程に馴染んでいない。
若い娘とは血の繋がった兄妹かと思えるほどに、似た色の栗毛だけは爆発したかのようにこんもり膨らみ、球体に棒が刺さる、まち針を連想させる。
足こそ気取らぬサンダルではあるものの、シャツのボタンも首許を1つ外しているだけ。
我等の視線に、
「ど、どうぞごゆっくり」
そそくさと背後を通りすぎ、奥にある階段へ向かって行こうとするため。
「ちょっと待ってよオーナー、買ったもの置いてって!」
「あ、あぁ、そうだった、うん、うん」
階段手前のカウンターの棚に荷を置くと、ちらと我を振り返り。
「……っ」
やはり気になるのは我の髪色か。
更に。
狼男と壁の間で死角になっていた、モグモグと尻尾をふりふりしながらサンドイッチを頬張る狸擬きの姿に。
「……?……!?……っ!?」
二度見ならぬ!三度見。
布で濡れた顔を拭くように両手で顔を擦り、目を見開き。
その仕草は全くの素であるのだろうから少しばかり面白い。
「……そ、その彼は」
ふぬ。
「その、あの。し、躾の賜物なんですか……?」
か細い声が薄い口から漏れる。
男が、あまりに驚くオーナーに、
「いえ、彼の存在した土地でも、少し珍しい個体だそうです」
丁寧に返せば。
「そ、その……」
「?」
「お言葉ですが、動物には、塩気が強いと思うのですが……」
(おやの)
獣の健康の心配まで。
男がどう、どの程度まで答えればいいかと考えあぐねていると。
「それは余計なお世話かもですよー、オーナー」
てきぱきと棚に冷蔵箱に荷をしまうチャキチャキ娘。
「あ、そ、そうだね。すみません……」
この若いオーナーは、この土地の者ではないのであろうか。
立ち振舞いが、明らかに陽気な街の者達と違う。
そそくさと、住居と思わしき2階へ消えようとする若オーナーに。
「あ、オーナー、珈琲淹れて下さい」
若い娘の声が追いかける。
「あ、頼まれた?」
慌てて戻ってくるオーナーに。
「ううん、出せば飲むかなぁと思って」
えへっておちゃらける娘。
「だ、駄目だよ勝手にっ!」
どちらが店の主であるのか。
若い娘に振り回される若オーナーは、落ち着かない視線をこちらに向けると、誰とも目を合わせないままに。
「あ、あの、珈琲ではなくっ」
ではなく。
「氷菓があるので、……その、良ければ……」
なるほど、珈琲は幼子の我が飲めないと気を遣ってくれての事らしい。
「食べたいの」
男にせがめば、甘味は1日2つと制限はされたけれど。
若オーナーの好意でもあり。
「いただこうか」
桃の果肉の入った氷菓は、
「ぬぬ♪」
なんとも大変に美味。
桃の一番甘く一番食べ頃の果肉がふんだんに含まれている。
(なんの、この店は甘味すらも美味の)
作ったのは、やはりこの若オーナーと思われ。
顔を上げれば、カウンターにおどおどと立つ若オーナーとばちりと目が合い。
「……!」
しかし若オーナーには、すかさず目を逸らされる。
よくこれで客商売を営んでいられるの。
と思えば。
「オーナーは、凄い才能が目にあるんですよ」
皿洗いを始めた若い娘がそんなことを教えてくれる。
(目……)
目とな。
ほんの僅かに、警戒をしたけれど。
「ホントに目がすっごく良くて、食材や果物も、一番美味しいものを選べる目力もあるんですよ」
そっちであるか。
それでも。
「それは凄いの」
狸擬きと似ているけれど、
「調理した時にどれが一番美味しくなるかってまで解るんですよー」
ののぅ。
料理人になるために生まれてきた男である。
「お、大袈裟だよ……」
当の本人は褒められても、胸を張るどころか萎縮している有り様。
それでも、上げた視線の先に、氷菓子を食べきり未練たらたらに器を覗き込む狸擬きが目に入れば。
「か、彼は、今は、おいくつ位なのですか?」
狸擬きへの興味と好奇心は隠せず。
けれど。
「オーナー、おしゃべりするなら、お客様共々外へ行ってくださいっ」
邪魔です言い切ると若い娘。
確かに、カウンターの内側は狭いけれども。
「こ、こらっ、お客さんたちに失礼だろうっ」
更に狼狽える若オーナーに。
「そろそろ休憩時間なんですぅ」
「あ……そ、そっか」
そうであったか。
客が来ないわけである。
「じゃあ、僕は仕込みを……」
「夜はお休みでーす!」
夜はお休みであったか。
そして休憩時間ならば、我等も暇しなくては。
男が、
「今日も美味しかったです」
と我を抱き上げながら立ち上がると。
「あ、じゃあオーナー。多分とっても遠い国から来たこのお客さんたちに、街を案内でもして上げて下さい!」
しっしっと追い払う様に手を振る娘。
(この仕草は、世界を違えど、どこも共通であるのの)
ほーうほうと眺めていれば。
「な、何を言ってるんだよっ、彼等にはこの後に予定があるかもしれないだろうっ?」
気の毒な程に狼狽える若オーナー。
「昨日からこの辺りを呑気に散策してるだけですから大丈夫ですよぉ」
のんべんだらりと歩きつつ、店を物色していた姿を見られていたらしい。
男が小さく笑いながら、
「そうだ、石を換金出来る店を教えて貰えませんか?」
手持ちが心許ないんですと、食事代を若い娘に渡せば。
「ならちょうどいいじゃないですか、オーナー。換金店に案内してあげて下さい!」
「えっ!?」
「ほら、早くっ」
「……あ、う、うん……」
追い出される様に若い娘に見送られて店を出ると、
「暑いのに、すみません……」
暑さを謝られた。
そう言えば馬車は走っているものの、徒歩で歩いている者は少ない。
「この時間辺りから、陽が建物の陰に隠れるまで、街の人たちはしばらく休憩に入るんです……」
そう言えば、昨日も道には人が少なかった。
この街の換金所は、値の張る装飾品店も兼ねていると。
「す、すぐです」
の言葉通りに、馬車道を横切らない角の大きな建物。
「で、では。僕はここまでで」
と踵を返しかける若オーナーに。
「初めての国で不案内なので」
男が内側から開かれた扉に、一緒にと笑顔で促し。
「のの」
まともな宝石屋は、どこも薄暗い。
石だけでなく、お高そうな装飾品が並べられている。
店の者たちは、制服こそないけれど、街の者たちのように着崩れしていることもなく。
狼男は勉強も兼ねて、男と共に換金の行われる奥のテーブルへ。
我と狸擬きと若きオーナーは、扉の手前に並んだソファを勧められた。
対面に座った若オーナーは、ちらとこちらを見ると、
「……っ」
一生懸命、笑みを浮かべてくれているのは解る。
ただ笑顔がひきつっているため、気の毒でもあり。
これは相当な。
(物凄い人見知りな様子であるの……)
普段は馴染みのない場所のせいもあるのであろう。
我は肩掛け鞄からメモ帳を取り出し。
店の入り口に立つ店の女に、書くものを貸して欲しいとメモ帳と仕草で訴えると。
快くインクとペンをテーブル置いてくれた。
「とてもおいしかった」
と書いて若オーナーに見せれば、
「と、遠くの異国の方の味覚にも合うなら安心です」
少し力の抜けた笑み。
文字を目で追い、自分の“ペース”で言葉を放てるためか。
更に対面しているのが、幼子と珍妙な獣のみだと遅蒔きながら察したお陰か。
若オーナーの身体から、緊張が抜けていくのを感じる。
じっと我の字を見つめていた若オーナーは。
「字がお上手ですね」
と褒めてくれた。
「ぬん♪」
それほどでもある。
胸を張れば。
「あ、あなたたちは」
ふぬ?
「何か、目的があって、旅をしているのですか?」
そうの。
少なくとも、この土地には。
「ももを食べに来た」
と書いて答えれば。
文字を見た後に、我と狸擬きを順番に眺め。
「あぁ、桃ですか」
「の」
筆を動かさぬ我に。
「……え、桃だけですか?」
「の」
「……いや、まさか、桃のためにわざわざ来たのですか?」
「の」
教員に、気狂い鳥の解剖結果を聞くためではあるけれど。
そんなもの、おまけもおまけ。
我の目的は桃であり桃でしかない。
狸擬きが、
「フゥン♪」
そうだ、わたくしめたちは美味しいもののために旅をしているのだと短い手足を振れば。
「……ふはっ」
若オーナーは静かに吹き出し。
「い、いいですね、凄く。……いいな、自由です」
広げた手の平で口を覆い笑い出した。
(おやの)
笑っても尚、静かな青年である。
「楽しそうだな」
換金を終えた男と狼男がやってきた。
男に両手を伸ばせば、よっと抱き上げられ、
「またお待ちしております」
店の者に見送られた。
「?」
「石を譲って欲しいと頼まれたよ」
ほうほう。
店を後にすれば、
「珈琲の美味しい店を紹介して貰えませんか?」
案内賃としてご馳走させてくださいと男が誘っている。
「えっ!?……ええと、その、は、はい」
すぐに戻れば若い娘に何を言われるか分かったものじゃないと思い出したのか。
「少し、歩きますが……」
日陰を選んで歩き出す。
美味しい店に迷いはないらしい。
街中は、大きな布を日除けにしているテラス席の店も多い。
風が吹けば心地好く、
「おお?どした、坊っちゃん、珍しいお客さん連れて」
雑貨、ではなく雑多屋?の前に座り込む、顔見知りと思われる髭の男に声を掛けられれば。
「こ、こんにちは、……あ、はい。その、あの、お客様です」
若オーナーは、挨拶や問い掛けに、全てに律儀に答えようとして言葉が詰まってしまう様子。
髭の男の方は慣れている様で、
「そうだな、お客さんだな!」
笑いながら、
「旅人さんたちも、うちにも良かったら後で寄ってくれな!」
と手を振られたけれど。
一体何屋なのであろう、やたらとガラクタが多いし。
頭の布を巻き直す髭の男は、どうやら椅子を修理している。
「あのお店は……?」
男も疑問に思っている様子で、通りすぎてから若オーナーに訊ね。
「修理屋です、優秀な方です」
ただ趣味の方で何か便利な道具を発明したく、ガラクタを集めては無駄にしていると。
案外手厳しい。
「まだ完成品がないので……」
トボトボ先を歩くオーナーは、落ち込んでいるとかではなく、そもそもの覇気がないらしい。
それでもやはり。
「うるさいより、我は遥かに好感が持てるの」
そこに一切の他意はないと感じた男が伝えてくれると、
「……えっ?え……っ!?」
跳ねるように立ち止まり。
「いえっそんっそんな、き、恐縮です……っ!」
今までになく、言葉を詰まらせてしまった。
ただ。
(のの)
再びぎこちなく先を歩く横顔の口許は弛み、どうやら、喜んではいる様子。
この街には他所から来た者かと思えど、街の人々とはそこそこに馴染みがあるように見えるし、街を歩く足にも全く迷いがない。
不思議である。
(ぬぬん)
ただ、先を歩く若オーナーを眺めていると、ふと、どうでもいい記憶が頭に浮かび。
「の」
「ん?」
「こんな感じの鳥の巣が、どこぞの高い木にあったの」
若オーナーの頭を指差せば。
「こ、こら」
男は笑いを堪えつつ我を嗜めたけれど。
『……んっ』
隣を歩く狼男がブフッと吹き出した。




