62粒目
大通りと馬車では入れない小路の角に、小さな立て看板。
「ここなら、うちの店でも卸して貰っているので、間違いないと思います……」
漂う芳しい珈琲の香り。
「あら、忘れ物?」
服は派手だけれど、貸家の大家程には賑やかでない店のマダムが、
「どうしたのよ?」
さっき来たばかりじゃないと驚きつつカウンターから出てきた。
店はあまり広くなく、茶屋はおまけで、卸すのが主な店な様子。
カウンターも椅子は2つ。
覗き込めば店内は落ち着いた色彩、仕切りの奥にテーブルが2卓のみ。
「あ、あの、珈琲を飲みに……」
どうやら若オーナーの先刻の買い物の1つはここであったらしい。
「僕ちゃんが珈琲を?ここで?」
大層な困惑を見せていたマダムは。
しかし背後の我等の姿に、
「まっ!?お客様を連れてきてくれたの!?あらまぁまぁ!どうぞどうぞ入って、歓迎するわ!」
両手を叩いて歓迎された。
「うちはね、この僕ちゃんが気に入ってくれるだけはあるのよ」
ニコニコとテーブルを勧められ。
どうやらこの若オーナーの「見る目」が本物なのは有名らしい。
「とは言ってもね、うちは珈琲しかないんだけど……」
大丈夫かしら?とマダムが気にするのは我。
男がカフェオレがあればと答え。
「あぁそうねそうね。カフェオレは、お嬢様だけでいいのかしら?」
『俺も、出来たらカフェオレを』
狼男が控え目に手をあげる。
「えーと、この茶色ちゃんも、珈琲を飲むのかしら?」
「フーン」
飲むと狸擬き。
(のの?)
「カフェオレにしなくて良いのの?」
「フーン」
珈琲を楽しみたい気分なのですと大人狸。
ゴリゴリと豆の挽かれる音。
賑やかな街中で、ここは場所的に外の音を拾いにくいのか、こじんまりとした静かな空間は。
(落ち着くの)
男が煙草を勧めているけれど、若オーナーは大丈夫ですと大きく両手を振り。
吸わなさそうであるのとは思っていたけれど、やはり吸わないらしい。
「はぁい、お待たせ」
ほどなくして運ばれ来た珈琲とカフェオレ。
「フーン♪」
狸擬きは、洒落たカップに注がれた珈琲を。
「……フン♪」
目を閉じて香りを充分に堪能してから口を付け。
「フ」
途端に固まる。
「……」
「の?」
なんの。
「フーン、フーン」
香りは高くとも苦いのですわたくしめもミルクと砂糖が欲しいのですと涙目になって訴えてくる狸擬き。
「……」
初めから分かっていたことであろう。
こやつは一体、何をしたいのか。
阿呆の権化か。
男に伝えれば、男は苦笑いでミルクを追加で頼んでくれる。
運ばれてきた牛の乳と砂糖を、カップにダバダバ落とし、
「フーン♪」
カフェオレこそ至高と戯れ言をたわく狸擬きを。
その間抜けで珍妙な獣の姿を。
ずっと不思議そうに眺めていた若オーナーは、
「……」
“この獣は、こういうものなのだ”
と悟った様な表情で、自身も珈琲を静かに啜る。
そう。
こやつは健康云々などの騒ぎではないのであり、理解が早くて有り難い限り。
狼男も、スプーンが小振りとはいえ砂糖を3杯落とすなかなかの甘党っぷり。
「珈琲、とても美味しいですね」
男の感心した声に、若オーナーは安堵の様子を見せてから。
「た、たまに、ですが」
ふぬ。
「うちの店を訪れてくれる旅人の方に話を聞くと」
ほうほう。
「この土地は、特に明るくて元気な人が多いと教えてくれます」
街の人間の纏う服の色彩からして賑やかであるしの。
この若オーナーは、若オーナー自身ではなく、両親が移住者なのだと。
「両親が死んでから、あの店を継いで2年経つんですが……」
もう祖父母もとうにいない、両親の故郷の土地に帰る理由もなくてと若オーナー。
一応でもなく、ここで育った街っ子ではある様子。
なのに。
(ここまで浮くかの……)
ご両親は、なぜこの土地へと男が問えば。
「僕の両親は元々結婚も遅くて、なかなか子供も授かれかったみたいなんです。でも、それなら子供は諦めて2人で楽しく生きていこうと、2人だけなら尚更、色んな所へ行ってみようと決めて旅行を趣味にしたそうで。でも、結婚10年目にこの国に来た時に、僕を授かったのだそうです」
ほうほう。
「それでこの土地は、自分達に幸福をもたらしてくれる土地だと、まだ小さな僕を連れてこの国に移住したと聞きました」
両親はどちらも病気ではなく寿命であり。
母親が永い眠りに就いた後、1年も経たずに、父親も呆気なく母親の迎えで旅立ってしまったと。
店の若い娘は、両親が店を営んでいた時からの客で、父親と2人で店を開いている時に、
「賄いで食べたいから雇って!」
とやってきた、近所の、珍しく3人姉妹の末っ子なのだと。
「僕がこんななので、彼女の存在はとても有り難いし助かってます……」
こんなのと言うけれど、目利きと料理の腕は本物であり。
ただ。
「い、今更ながら、僕には、合わない土地なのかなと……」
大きなため息を吐かれれば。
それは、
(ぬぬん)
初対面の我等ですら否定を出来ない。
そんな若オーナーは、肩を落としたまま、
「た、旅人さんたちのいた土地は、もう少し、気候からしても落ち着いているんですか?」
顔だけを上げておずおずと問うてきた。
ここいらの人間とは全く毛並みが違う我と男はともかく、狼男も同郷だと一括りにされる。
男も面倒なためか訂正はせず、
「なぜ、そう思ったんでしょうか?」
逆にゆっくり柔らかく問い返し。
「え、ええとですね、……その」
オーナーは控え目に向ける先は、我であり。
「?」
「その、ワンピースのボタンが」
自身の首許に触れ。
ふぬ?
「そのボタン1つを取っても、首まで全部閉じられています」
そう言えばそうの。
狼男も、男もボタンは外しているけれど、せいぜい首許まで。
「足も、僕らの様なサンダルなんかじゃなくて、靴と靴下で、爪先までを隠しています」
至極まともなはずの靴と靴下の在り方を、
「隠す」
と称される日が来るとは思わなかった。
「この辺は、寒い時期でも裸足にサンダルだったりするんです」
色の鮮やかさとざっくばらんな気軽な足許も、この土地の国の特徴なのだと。
「僕は、自分の内を見せるとか知って貰うことが、あまり得意でないので……」
着ている洋服から、あなたたちに好感が持てたのです……と指先を合わせ、そうとは見えない位に、はにかまれた。
(おやの)
初対面の我等を換金所まで案内し、男の誘いを断らない理由が判明した。
店にいる娘にとやかく言われるためだけではなかった。
何とも。
(何が理由で相手に好感を抱くか嫌うかの基準も、十人十色なのであるの)
ほうほうと内心で頷けば。
男も、若オーナーの言葉が本音だと感じたか。
自分達は色々な土地を回ってきたけれど、落ち着いた人柄の多い茶の国や、人と関わるより本が好きで本ばかり読んでいる青年もいたと話せば。
「わ、わぁ……っ。い、いいな。やっぱり、色んな土地も、色んな人もいるんですね」
若オーナーの肩の力がふっと抜けるのを感じる。
両親の故郷はどうだったのか問えば。
「港街で、豪快と言いますか……」
ののぅ。
この性格では、旅をして居着けそうな土地探しも難しそうであり。
けれど。
「僕はここで育てられたので、みなさん、僕のこんな性格も知っているので、それだけでもマシなはずなんですけど……」
今までは、そんな自分を理解してくれる両親がいた。
けれど、今は未だ馴染めない土地で1人。
「おかわりはいかが?」
やってきたマダムに勧められ、
「フーン」
カフェオレとカップを掲げる狸擬き。
単純な陰陽で例えれば。
こやつは陰で土地は陽。
ならば、少しの無理をしてでも。
我は運ばれてきたおかわりのカフェオレを啜り、厚意で貰えたビスケットを噛りつつ。
「の」
若オーナーに視線を合わせれば。
「は、はいっ」
なぜ姿勢を正すか。
「お主は大概に若いし、たった一度だけ無理をしてでも旅に出て、お主に合う土地を探すのもありのの」
男に伝えて貰えば。
「旅……。旅をですか?」
案外長い睫毛の瞳を瞬かせる。
「の。両親も旅好きであったならば、お主にも多少、旅好きの血が混じっているやもしれぬの」
「……そ、そうで、しょうか?……」
戸惑いを見せつつも、まっ向こうから否定しない所からしても。
「気の合いそうな冒険者を見繕って雇えば良いしの、面倒事はそやつに全部押し付ければ良いの」
案外、その旅で性格が変わったりもする。
「僕が……旅を」
旅に、と自身の手の平を見下ろす若オーナーは。
けれど、不意に勢い良く開いた茶屋の扉の音に、ビクッと椅子から飛び上がるように跳ねた。
その豪快に扉を開けた男は、扉からは半分背中を向けた若オーナーに気づくと、
「おー!?珍しいな、ここで飲んでるなんてどうした!?」
ハキハキとした声と共に。
「お前はまたそんな地味な色のシャツ着て!俺等男が派手になって女の子にモテなくてどうするよっ!!」
ズカズカこちらにやってくると、花の刺繍された柄物シャツに青色のパンツ姿。
若オーナーよりは少々年上かと思われるムキムキした男が、
「うお……っ!?」
仕切りの奥にいる我等の姿に気付き飛び上がり、一通り視線を巡らせた後。
「……いやその、不躾に、大変失礼した」
若オーナーと似たような、白や地味なベージュのシャツを身に付けた男や狼男に気付き、気まずそうに頭を下げて謝っている。
狼男は無論、若オーナーにも、ベージュはとても似合っていると思うのだけれど。
“派手でなければ女たちの目も惹けない”
と訴えるこの男の気持ちも、この街に限って言えば解らなくもない。
(派手でなんぼは孔雀であったか)
男が如才なく、
「彼に街の案内をして貰っていまして」
にこやかな仕事用の笑顔を浮かべ。
賑やかな男には、
「おおおお前が!?街の案内を!?」
到底信じられないと言わんばかりの反応をされる。
「えぇ。彼とはいいお友達になれそうで、少し強引に誘ってしまったのですが」
男が若オーナーに視線を向ければ、
「友達!?」
「と、友達っ?」
若オーナーすらも驚いて椅子から軽く浮く始末。
我も少し驚いた。
男が初対面の相手に対し、軽々と友達と口にするとは。
こちらはとうに若オーナーの友達であろう、声の大きな男は。
「そうかぁ……っ。俺は、ご両親を亡くしたお前が1人になっちまってから、ちょっとばかりでなく心配してたけど。……なんだ、最近は積極的に、友達まで作るようになったか!」
ニッコニコと笑顔で、色々な意味でおろおろと萎縮している友を賞賛すると。
「じゃあ俺もついでに友達になってくれ!以後お見知りおきをっ!」
隣のテーブルから椅子を持ってくると、若オーナーの隣にちゃっかり腰を降ろした。
「俺はな、嫁さん募集中だ!」
若オーナーの友人と思われる男は、軽く握った手の親指を自身の胸に当てる。
ののん。
この土地では、真っ先に嫁が出来そうなタイプだけれど。
ニッと笑いながら、テーブルで唯一性別は女であろう我に白い歯を見せてくる。
(んの……)
普段はとかく冷静であれど。
唯一。
我の事に関しては全く冗談が通用せず、大人気すらなくなる男の作り笑顔が僅かにひきつり。
すぐさまそれに気付き、慌てる若オーナー。
(ふぬふぬ)
少しばかり解ってきた。
この若オーナーは。
我等もまだ、ほんの短時間の関わりでしかないけれど。
本来ならば、女性が持ち合わせている感性を非常に強く持ち合わせている。
顔色や仕草で、気付きたくなくても、相手の気持ちに勘づきやすい。
我や、獣の勘でたまには察する狸擬きなどは、気付いても尚気付かぬふりをしてそっぽを向く。
けれど、この若オーナーは。
どうやら性格的にそれが出来ない。
日々対面する相手に気を回しすぎて、気付きすぎて、心が身体が疲弊する。
(難儀な性格であるの)
「あんたはまたいい身体してるなぁっ!」
我の男の表情の変化に欠片も気付かぬ若オーナーの友人が次に興味を持つのは狼男。
とても珍しいはずの、頭から生えた耳や尾ではなく、気にしているのは狼男のその恵まれた体躯。
『あぁ、食事をたくさん摂らせて貰っている』
真面目に返答をする狼男は、例え半獣でも狸擬きと違い捕食側であるし、良くも悪くも純粋で単純なオスそのもの。
ならば我の男は。
ほどほどに勘は冴えるし、相手の機敏にもそこそこに気付きやすい。
それでも。
やはりある意味薄情で、割り切りる事に長けている。
今も同じテーブルにいながらも、気配を殺し静かに珈琲を啜る若オーナーは。
「……」
我と目が合えば、ただ我は、どうやら表情が読みにくいらしい。
少しの戸惑いと共に。
我と言う幼子が、退屈をしていないかと案じる表情。
気が回るのは確かであり。
けれど若オーナーは、とかく周りばかり気にして、自身の事はさっぱり後回し。
多分に損な性格と言える。
我は隣の狸擬きの背中を撫でて見せ、退屈はしていないと無言で伝えれば、
「フーン♪」
ご機嫌になる狸擬き。
我が背を撫でるだけでご機嫌になるのだから、こやつも安い獣である。
そして、
(んの)
こちらに伸びてきた男の手でそっと頭を撫でられ、
「の♪」
心地よさに気分の上がる我も、従獣同様、安い主だと認めざるを得ない。




