57粒目
組合には。
たまにでもなく。
壁に、同じ筆跡で同じ宛先の書かれた手紙が並んで壁に留められている。
あれは、他人に手紙を託す“リスク”を、こういう場合の事態を考えてのことなのであろう。
複数人に託し、少しでも送り主に届く確率を上げる。
そんな事は、目の前の鷹のほうが良く知っているはず。
「ではの」
紅茶のおかわりを淹れて、再び鷹と向かい合えば。
『何でしょう』
鷹はそもそも乱れていない佇まいを、それでも改めて正し。
「その仕事に対しての、こちらへの報酬はいかほどの?」
問えば。
『……』
目を伏せ、少しばかりの沈黙。
一方。
隣に座る我の従獣は、紅茶のお供はないのですかと無言で訴えてくる始末。
(どちらも使役されている獣であるのに、どうしてこうも違うかの)
無論視線は無視して、甲冑男に土産に貰った、美味な茶葉で淹れた紅茶を啜れば。
鷹は目を開き、
『……次の仕事の報酬で、人には大きな価値のある、あのキラキラとした石を求め、それをあなたにお渡しします。それで、どうかお願い出来ませんか?』
雇われ鳥が、通貨に匹敵する石を求めるのは、だいぶ、意志疎通からして手こずりそうだけれど。
やはり。
「の」
『はい』
『なぜ、お主はそこまでするのの?」
『……』
鷹は、今度はそう沈黙の時間は短く口を開くと。
『組合にいる、僕のパートナーを始めとした組合の人間たち程ではないとしても。
僕は、
“手紙を運ぶ”
という、僕と同じ仕事をする旅人や行商人の方たちとは、どこかで一方的に、強い仲間意識を持っているのだと思います……』
逞しい爪が、カリッとテーブルを擦る。
その仲間が、旅の途中で、手紙はついでとは言え、志半ばで無念の死を遂げた。
弔いの気持ちもあるのであろう。
我も今更。
断る気はないけれど。
「の、お山の4つ足の獣などには頼めなかったのの?」
あやつらは牙も爪も鋭い。
『それは考えました。彼等の力は僕も認めますが』
が?
『彼等は若干繊細さに掛けるため、手紙まで破かれる可能性を否定できなくて……』
ぬん。
それは否定出来ぬ。
「では、村の祭りが終わってからかの」
未だ茶菓子がないことに不満そうに茶を啜る狸擬き曰く、しばらく天気は問題ないと言うし。
鷹は、
『あぁ、有り難うございますっ』
その場で足踏み。
ただ。
「男には渋られそうの」
さすがに黙って遥か遠くへ見えるお山へ行くわけにもいかない。
「フーン」
やはり馬鹿正直に言わなければ良いだけのお話でございますと悪知恵狸。
誰に似たのか。
我か。
崖下までは、四つ足の獣でも、大きく迂回すれば降りられると。
ふぬふぬ。
もう幾つか気になるのは。
「の、山を越える旅人たちは、落ちた馬車には気付かないのの?」
お人好しで溢れたこの世界。
惨事を目の当たりにすれば、なんとかしようとしていそうだけれど。
『ある地点で馬車を停めて、わざわざ身体を乗り出して覗き込まないと分からないくらいなのです』
それも太陽が高く上がり陽が射し込む数刻の間に、見えるか見えないか程度だと。
『そもそも、人では、降りる事は不可能な場所かと……』
崖の亀裂は、だいぶ深い様子。
突発の鳥討伐を村の復活を祝ってのお祭りは1日だけ。
その祭りの翌日に鷹とは山で待ち合わせをすることに決め。
「気を付けの」
『はい、また山で』
窓を開けば、飛び立っていく鷹を見送り。
次の日は、朝から賑やかな祭り日。
茶屋にいる姉に会いに行けば、言葉の礼と共に卸して貰ったばかりだという珈琲豆を貰えた。
そんな姉に、
「夜に、一緒に踊って貰えませんかっ?」
と詰め寄られるのは我の男。
(ぬぬ)
男が返事をする前に、
「姉ちゃん、仕事っ」
祭りの屋台でなくとも、店は繁盛しており。
弟は今日はボサボサの髪をきちんと撫で付けている。
その弟にも、せっかく来てくれたのに忙しなくてごめんと謝られ、気にするなのと店を出れば。
この村で、狼男とおまけの我等は。
あくまでも、
「討伐の手伝い」
と言うことになっているけれど。
「あぁ、冒険者さんたち、感謝するよ」
「一時はさ、もうどうなるかと思ってたから、ありがとうねぇ」
どうやら村人たちにも、組合は手柄に乗っかっただけと知られている様子。
その上で、我等があまり騒がれたくないと訴えた事も伝わっており。
お陰で祭り上げられることもなく、ただすれ違えばニコニコと礼を述べられ。
「あら旅人さんたち、お金は組合から貰うから」
食べてってと肉と芋を揚げて串に刺した屋台飯をご馳走になったり。
「後で、他の国の討伐の話でも聞かせてくれよ」
若い男にニコニコと声を掛けられたり。
ののん。
(こんなに聞き分けのいい村人たちならば、初めから正直に伝えれば良かったかの)
無駄に気を遣わせている様子。
花が飾られた村の中は、まだ日の出前から街を出発し、朝に到着した行商人の屋台も加わり。
華やかで賑やかで。
「兄さんたち、ほら、立役者には1杯は奢りだ!」
遠慮するなと差し出される酒は、
「フーン♪」
狸擬きが代わりに受け取り、カパーッと流し込む。
普段は賑わっている村だけはあり、人も多い。
「の」
男に両手を伸ばし、抱き上げて貰えば。
高くなった視線で辺りを見回し。
(のの)
「の」
「ん?」
「あそこの、髪をくるりと耳の下で纏めている若い女の」
あの若い女に、お使いの途中にビスケットを貰った。
それを男に伝えれば。
「あぁ」
他の女たちと談笑している若い女に男が声を掛け、我の代わりに礼を伝えてくれる。
さすれば。
(のぅ)
若い女は、頬どころか、額や首までもを桃色に染め上げ。
「た、たまたま、たくさん作ってしまったのでっ」
友人たちに振る舞おうと小分けにしていたものを、たまたますれ違った異国の幼子にも、純粋な善意で分けてくれた様子。
「美味しかったのの」
男伝に感想を伝えて貰えば。
「フーン」
主様の作るビスケットに比べれば遥かに味は劣るけれど、まあまあ美味だったと狸擬き。
(ぬん)
我だけでなく、狸擬きも普段は言葉が通じないのは正解である様子。
こんな所も主に似て、空気が読めない。
村の広場で笛や小太鼓に似た楽器を演奏するのは、街の方から来た者たち。
「フーン」
狸擬きがスタタタと駆けて行き、
「フーン♪フーン♪」
ゆったりとした音楽に、尻尾を合わせて揺らしている。
「彼は音楽が好きなんだな」
「そうらしいの」
と言うか、
「あやつは楽しいものは何でも好きであるの」
演奏が終わると、箱に投げられるコイン。
男も箱にコインを落とせば。
「旅人さんか、どこから?」
笛の男が、ありがとうとこちらへやってきた。
「海を越えて来ました」
男が答えると、
「あぁ、海は素敵だよね。この子には大敵だからあまり行けないけど」
と笛に音を立てて接吻をする笛男。
「フーン?」
大敵なのか?と狸擬き。
「海は、大事な相棒が傷みやすいのの」
「フンフン」
なるほどと頷きつつ、笛に興味津々の狸擬きに。
笛男は親切に、自身の相棒の笛を近付けて見せてくれる。
「フン♪」
まじまじと眺める狸擬きは、さすがに不用意に触れるようなことはしない常識は持ち合わせており。
客からのリクエストの声に、
「ゆっくり聴いていってくれ」
立ち上がり舞台に戻って行く。
軽快な曲に狸擬きはその場でステップを踏み、狼男の尻尾もゆらりゆらり。
数曲の演奏の後。
「午後と夕方もここで演奏するから、差し入れと共に是非ね」
と客たちに手を振り、どうやら休憩らしい。
「フーン」
「の?」
「フーン」
自分もあれを吹いてみたいですと狸擬き。
他の楽器も気になるけれど、あの笛が一番気になると。
大きさなどからしても、狸擬きでも何とか扱えそうな代物だからであろうか。
「ふぬ」
前足、肉球の形状からして、どうやっても特注になるであろう。
けれども。
そもそもの大前提として。
「楽器はお高いのの」
この世界では尚更。
今は旅路に困るほどではないけれど、特注の楽器などを作らせたら、旅路に多少の難が出るくらいには路銀が減るやもしれぬ。
そう伝えても。
「フーン」
わたくしめにも趣味を持たせて欲しいのですと駄々っ子狸。
ならば。
「我等の屋敷に戻るまでの間、お主のおやつ抜きなら買えるの」
それくらいの覚悟があれば、こちらも考えるけれども。
「……フーン」
「の?」
「フゥン」
いともあっさり、楽器は諦めますと狸擬き。
やはりその程度であるか。
我等のやりとりに、
『あれは、どれくらい高価なものなんだ?』
狼男が、演者の手によって大事に鞄に仕舞われる楽器たちを眺め、問うてきた。
「楽器も色々だけど、中には屋敷が買えるくらいの値段のものもあると聞いたな」
『屋敷!?』
勿論、どれもこれもそこまで値が張るわけではないけれども。
狸擬きに合わせた特注ならば、屋敷は大袈裟ではないかもしれない。
むしろ。
いっそのこと。
投資として狸擬きに楽器を与え、
(一芸を覚えさせて、自身の路銀位は稼がせるかの)
そんな考えも、ちらと浮かぶけれど。
「フーンッ!!」
ちっとも思い通りに吹けませんと癇癪を起こして笛を投げ付ける狸擬きの姿が安易に想像出来。
(我は石でも探し、男には行商人の仕事をしてもらうのの)
何事も地道が一番である。
昼を過ぎれば、我等は一度宿に戻り。
「フーン……」
『……』
狼男と狸擬きは仲良く昼寝。
「祭りは、人の“気”に当てられやすいからの」
特にこの祭りは、毎年の決められた祭りとは違う、気狂い鳥たちからの解放感を含めた祭りであり、人々の気持ちのほどけ方、はしゃぎっぷりの桁が違う。
「君も疲れたか?」
「そうの」
ただ、身体の疲れでなく。
「お主の膝の上で、ぎゅうとされるこの時間が欲しいのの」
祭りではひっきりなしに話し掛けられるし。
男を独り占めの時間である。
「あぁ、そうだな」
長椅子に座る男の膝に股がれば、男もやんわりと抱いてくれる。
男の身体に頬を押し当てていると、男は片手で煙草と取り出し、火を灯す。
空いた片手で頭を撫でてくれるため。
「……お主は、夜は娘と踊るのの?」
顔を上げずに問えば。
「……ん?」
なんの話だと男。
誤魔化しではなく、本当に忘れているらしい。
さすがに薄情ではないか。
「お主は、珈琲の店の姉に誘われていたであろうの」
「あぁ……」
そう言えばと、やっと思い出した様子の男は。
「俺には、君がいるからな」
と、頬をつつかれる。
(ぬぬん)
この男は。
まだ。
そう。
まだ、長い旅を始めたばかりの、あの花の国の辺りでは。
この男の様な、ほんのりと日に焼けた様な肌に、黒と白と灰色を混ぜたような髪色の者は少なくなかったし、花の国などで暮らしている者たちもいた。
けれど、花の国から、大きな大きな高原を抜け、牧場の村へ辿り着き。
牧場も、その先の白い珈琲の街でも。
日焼けでの肌色はあれど、男のような髪色のものはおらず、街の男たちは小柄で細身。
両親があの街へ移住したと思われる鰻の寝床のレストランの店主や刺繍の娘などは、寒い雪国から来ているような肌の白さ、瞳の色素も違っていた。
それからも、辿った国によって、少しずつ差異はあれど。
どこも、男のような見た目のものはおらず。
そのため、我がおらず、男は単体でも、
「お、また毛色の違う珍しいのが来たな」
そんな視線を向けられる事も珍しくない。
だからこそ。
男は最近。
「自分の出身の土地の決まり事で、決められた相手以外とは、特に異性との余計な接触は禁じられているのです」
そんな出鱈目で、様々な誘いを断っている様子。
真摯な目をしてほざくものであるから、女たちも信じやすい。
今夜も、そんな適当な言葉で誤魔化すのであろうけれど。
「たまには、お主も踊りたくはないのの?」
男にぎゅむりとしがみつけば。
「……んー、どうだろうな?」
男が意味深に笑い、我の身体もつられて小さく揺れる。
(ぬぅ)
男は、すぐに冗談だと我の髪を掬うけれど。
そこには、どれだけ本音が隠されているのか。
「……」
無意識に唇をへの字にすれば。
「髪を結ぼうか」
男の手の平から髪が流れ落ちる。
「の」
髪を頭の上の方で二つ結びにされ。
「可愛い」
男の笑顔に、
「の」
我の心もほろりとほどければ。
男はおもむろに我の手を取り、じっと爪先に顔を寄せてきた。
「?」
「少し伸びてるな」
男が部屋に持ち込んだ鞄から磨ぎ器を取り出し。
我は男に、手の指の爪を磨がれる。
ゆっくり、丁寧に。
1本ずつ。
それが終われば、靴下を脱がされ。
外からの、祭りの賑わいと、ざわめき。
隣の部屋からは、2つの寝息。
男から差し出される手の平に、片足を乗せれば。
「……」
生まれたての雛鳥でも掬い上げる様に、足を包まれ。
産毛をなぞるように、爪先を擦られていく。
(……あぁ)
この世は、浮世。
諸行無常など、嫌と言う程見て、聞いて、この身を持って感じて来たのに。
尚。
(この今が、ずっと続けばいいのにの……)
そう思ってしまうのは。
我が、まだほんの少し、人の部分を残しているからなのであろうか。




