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56粒目

「フーン」

敵意と思われるものは感じられず、気狂い鳥よりも小型、鳥種としては中型程度、真っ直ぐにこちらを目指していますと観察狸。

男にも伝えて、再び目を凝らせば。

「のの」

あれは、

「見た目は鷹に近いの」

「鷹?」

『あぁ、あれは鷹だな』

凛々しい顔付き、鉤型の嘴。

相手は当然、とうにこちらに気付いていたけれど。

こちらが。

正確には我が、鷹の姿を目視で確認したと気付くなり。

くるりと旋回をしてみせてきた。

(おやの)

狸擬きの言う通り、敵意などはない様子。

ならば。

「の」

『なんだ?』

狼男に。

「こう、片腕を肩まで持ち上げ、肘を曲げて構えるのの」

『ん?こうか?』

「の」

狼男が我の構えを真似ると、鷹は速度を落とし、我等の頭上で旋回した後、狼男の構えた腕に留まった。

『うおっ……!?』

気持ちいい程に驚く狼男。

「あぁ、冒険者さんの鳥でしたか」

「なんだ、びっくりしたぁ」

「ちょっとドキドキしちゃった」

また人を襲う鳥の再来かと思ったと、場の空気が途端に弛む。

鷹は足首に、人に雇われている証明となる金具を付けている。

そんな鷹は、少し辺りを見回した後、我と狸擬きを狼男の腕から見下ろして来た。

『……』

鳴かず、軽く嘴を開くだけ。

「ええと、君の知り合いか?」

男も鷹の足首の金具に気付き、更に山の方から飛んできたこともあり、山へ向かった狸擬きに訊ねている。

「フーン」

知り合いではありませんが、今はわたくしめが山で知り合った鳥だと適当を伝えてくださいと狸擬き。

(ふぬ)

その方が話は早いし、鷹のお目当ては明らかに我らであるしの。

そのまんま男たちに伝え、

「わざわざ、ここまで遊びに来てくれたのやもしれぬの」

更に口を足せば、

『……』

鷹は、その通りだと同意するように軽く羽根を広げる。

ならば、歓迎しなくては。

騒がしい村の広場から宿に戻り、我と狸擬きと鷹と思われる鳥を置くと、狼男は留まりたい顔をしつつも、再び手伝いへ出て行った。

留まってもすぐに力仕事要員として迎えが来るのは明らかであり。


宿のテーブルに立つ、鷹と思われる鳥は。

並んで長椅子に座る我と狸擬きを交互に眺めてから。

『突然の訪問を快く受け入れてくれて感謝します』

(おやの)

はっきりと言葉が通じる。

そしてその声は。

例えるならば、声変わりする前の少年の声に近いと言えばいいか。

よって性別が若干曖昧であり、その放たれる声が少し硬いのは、緊張を含んでいるためであろうか。

何用かのと問えば。

『あなた方が、山の崖下に落ちた人間の事を調べているとお聞きまして』

(のの?)

そんな答えに。

「フン?」

狸擬きも首を傾げる程。

もう少し詳しく話すのと促せば、どうやら山の獣たちの伝言ゲーム的なもので、終盤も終盤辺りにこの鳥に伝わった様子。

あの遊戯は初めの内容と最後では、全く異なる意味や答えになることも珍しくないと聞く。

しかも人伝ではなく、獣伝であれば、尚更お察しではある。

「フーン」

伝言ゲームの1番手とも言える狸擬きも、

「フンス」

情報が大きく錯綜しておりますと眉間に毛を寄せている。

それに、何より。

「もうこちらからの、我等のそれらに対する“用事”は済んでいるのだけれどの」

討伐して終わった。

崖下に落ちた人間たちは、全く見知らぬ、縁もゆかりもないどこぞの家族。

『すでに……ですか』

「の」

『……』

鷹は、その場で小さく足踏みし、鷹なりの逡巡の様子を見せている。

なんなら。

「お主の方が、我等に用であるのではないかの」

こんな場所まで訪れるくらいであるし。

そう穿(うが)ってみれば。

『……』

更なる沈黙。

どうやらそうらしい。

ならば、黙って鷹が口を開くのを待てば。

宿の外。

村の賑やかで騒がしい音や声に後押しされた様に。

『……あの山で』

山で。

『崖下に落ちた旅人たちが組合から預かった手紙が、崖下で壊れた馬車の幌の中に、まだ残されているの様なんです』

歌でも唄えば非常に映えそうな声で、そんな事を伝えてきた。

おやの。

隣の狸擬きに、お主は山へ向かった時に現場を見たのかと訊ねれば。

「フーン」

盛大に山を走り回りはしたけれど、あの崖辺りは、向かってみれば馬車の通り過ぎる気配がしたため避け、帰るまで近付きもしませんでしたと。

無論、現場など見てもいないとも。

(ふぬ)

「の、ちょっと待つのの」

水場にある皿に木箱から取り出したビスケット乗せて、こういうものは食べるのの?と勧めてみれば。

『僕は何でも食べます。特に人の手が加わったものは大好物なんです』

と咥えたビスケットをポロポロと皿に(こぼ)しながら(ついば)み。

紅茶を淹れて出せば、

『ご丁寧に。……あっ、自己紹介もまだでしたね』

ハッとしつつ、またポロリと食べかすを落とした。

そう言えばそうの。

雇われ鳥であることは解るけれど、組合か、独立した郵便鳥か。

『僕は、あの山を越えた先の街の組合で雇われている組合の鳥です』

と、金具を付けた足を踏み出してこちらに見せると。

『新米以上ベテラン未満の中堅です』

とそれでも少し誇らしげな顔をして見せる。

その中堅鷹は。

少し前に、隣国から訪れた3人家族が、自身の所属する組合に来た時に、たまたま居合わせたのだと。

両親と小さな子供。

家族仲は良さげであり、街で一泊し、これから山越えをすると言う。

その時に、

「この手紙は行き先が私たちと同じだ、届けてあげよう」

と壁に留められた手紙を幾つか取り、組合を出て行った。

どの世界でも。

旅人は。

我等もであるけれど、手紙を預かることが多い。

けれど。

それから数日もしないうちに、鷹が仕事で山を越える時。

山から聞こえてくる、山に住む獣たちの声で、どうやら、人間の馬車が、崖下に落ちた事を知り。

それが聞こえて来た時は、急ぎの仕事中でもあり、そのまま山を越え。

ただ、さわさわと断片的に聞こえてくる単語からして、落ちたのはあの家族らしいと気付いた。

鷹は、無事に仕事を終え。

再び山を越えて組合に帰っても、組合の人間はいつも通り。

どうやら、馬車が落ちたことすら気付かれておらず。

そもそも、あの家族は行商人でも、組合の仕事を請け負う旅人でもないため、自分を含め、鳥たちから組合への報告の義務はない。

それでも。

組合で、主に自分の世話をしてくれるパートナーとなる人間に、広げた地図の山の崖下をつついて見せ、特定のジェスチャーで、馬車の落下を伝えてみたけれど。

組合の方には、荷の遅れも、荷が届いていない知らせも、こちらに届くはずの荷物が届かないなどの報告もなされていないため。

「そうか、記録だけはしておくよ」

と言われて終わり。

大事な荷の回収などが必要とならない限り。

旅人の野垂れ死になど、どこの土地でも珍しいことでもなく。

余所者の遺体ならば、尚更回収されることもない。

ごく稀に、

「身内が帰って来ないから、身内を探して欲しいと依頼された」

と旅人が情報を求めに来ることはあるけれど、徒労に終わることがほとんどなため、その記録が振り返られることも滅多にない。

そう。

よくあること。

なのに。

鷹は。

あの家族がどうしてか気になり。

次の仕事の帰りに、崖下まで降下してみれば。

馬車の馬たちもあの家族も。

口のきけない変わり果てた姿で、獣たちに食われた後ですらあったけれど。

鷹は崖下に降りてやっと、自分がこの家族たちが気になった理由が解った。

それは。

父親と思われる男が、組合で手にしていた手紙の束。

自分は。

この家族ではなく、あの手紙の行方が気になっているのだと。

鷹は、それに気付くなり、辺り一帯を眺めてみたけれど。

それらしいものはなく。

ただ、馬車から外れた幌の下に、まるで、雨風から獣たちから守るように、手紙の束と思わしき四角い塊が見えた。

『でも、手紙の束があると思われる大きな幌の隙間などが、馬車の木枠や奇跡的に壊れずにいた木箱で塞がれ、幌の生地は薄いくせに頑丈で、私の嘴でもどうしても破けないのです』

と。

鷹の嘴でも駄目とは、それはだいぶ強く上質な布であるの。

そうして。

我等の元に、わざわざ訪れた理由は。

『幌から、彼等が運ぼうとした手紙の束を取り出して頂きたいのです。先の国の組合までは僕が運ぶので、どうかお願いできませんか』

そんな依頼のため。

(ぬぬん)

目の前の鷹の話を聞いても。

やはり、なぜ。

“身許も知れぬ見知らぬ我等”

の元へわさわざと来たのか。

『あぁ、そうでした』

鷹は崖下で、この幌をどうしたものかと思案している時に。

山で暮らす野生の鳥ではあれど、互いに見掛けたら挨拶をする鳥仲間に、

『最近、見知らぬ獣が山を駆け回って、同じ4つ足の生き物たちに、海から来た鳥の話を聞いていたんだよ』

と教えて貰ったと。

『僕は、仕事であの山を越える時と、あの異常な鳥たちがこの山へいる時間が合わなくて、一度も遭遇はしなかったんですが……』

その鳥たちの行方よりも。

この辺りでは見掛けない見知らぬ獣。

鳥でもない4つ足の獣が、わざわざ縄張りでもない山へまで来て、不気味な鳥の事を訊ねる。

それは、それなりの高い知能がある獣であり。

山にいる他の鳥たちにもその4つ足のことを訊ねてみれば。

どうやら、とても離れた、こちらの国とは全く交流もない村と思われる土地から来た獣の様子だと。

そして、その獣に会ってみようと心を決めたのは。

“山の崖下に落ちた人間の事を調べている”

の噂だけでなく。

『村には、その知能のある獣を使役する人間か、知性の高い獣がいるのではと思いまして』

要は話が通じそうだと。

休みの今日、ここまで飛んでみようと決めて飛んできたと。

ふぬふぬふぬ。

こやつがわざわざ来た理由には納得は出来。

話が逸れるのは承知で、

「鳥からしても、この村は、山から距離があるのかの」

と訊ねてみれば。

『距離が遠いのは勿論ですが。それ以上に上空の風の向きと流れで、なかなかここまで飛ぶのには骨が折れるのです』

ほうほう。

地を這う我等とは、また別の遠さ近さ、行き来のしやすがある模様。

では気狂い鳥は、新鮮な人肉欲しさと理性の消滅で力業で飛んで来ていたのか。

『いえ、あれだけ大きいと、また私たちとは飛ぶ経路が変わりますから』

大型の鳥には、無茶ではない道程であると。

ののん。

勉強になるの。

隣の狸擬きは、話に飽きたのか、通訳の必要がないためか、うとうととお舟を漕いでいる。

『そう言えば、あの鳥たちは、どこかへ行ったのでしょうか。あれ以来、話を聞きませんね……』

鷹の口振りには、気狂い鳥が飛んだ先の土地の被害を憂いている様子なため。

あぁ、あれはと言い掛ければ、

「フーン」

あれはすでに主様が討伐したと、途端に目を覚まし、フフンと得意気になる狸擬き。

『……え?』

固まる鷹。

見つめられ、

「の」

頷いて見せれば。

『……えっ?』

「の」

『……えっ!?』

我を3度見する鷹の見開いた瞳の姿は、少しばかり愉快であり。

外からは、祭りに向けての練習か、名も知れぬ楽器の音色が聞こえた来た。


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