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55粒目

村人も自分達の仕事に祭りの準備にと皆忙しそうで、それでもやはり笑顔であり。

(平和が一番であるの)

ポテポテ村を歩けば。

ニコニコと手を振られるのは勿論、お使い帰りと思われる若い女からは、なぜかビスケットの入った袋を貰えた。

言葉は通じずとも礼を述べ。

ポテポテ、ポテポテ歩けば。

組合が村の真ん中にあるため、我の足でも、やがて先には農作業用と思われる掘っ立て小屋や羊舎が現れ始めた。

更に歩いた道の先には。

羊が放牧されている放牧場の柵に寄りかかり、大きく伸びをしている若い女の姿。

お使いの相手は、きっとあの女であろうと声を掛けてカゴを渡せば、

「!?」

少しばかり驚かれた後。

「♪」

多分、礼を伝えられている。

「大したことはしておらぬの」

無事に一仕事を終え、我は狸擬きの帰りを迎えるために先へ進むか、ここで待つかと悩めば。

「フーン」

身体に葉を付けた狸擬きが、テンテコテンテコと戻ってきた。

「フンフン」

もしや、わたくしめをお迎えに来てくれたのですか?と尻尾をくるくる。

「そうの」

お使いのついでは黙っておく。

「フンフン♪」

このご機嫌な二日酔い知らずの狸擬きには。

朝食後に、ここからはだいぶ遠くへ見える、気狂い鳥たちが飛んで来ていた山の方へ、様子を見に行って欲しいと依頼をしていた。

放牧場までの細い馬車道には、お誂え向きに小さなベンチがある。

並んで腰を下ろし、貰ったビスケットを分けてやりながら。

「フゥン」

山の方で意志疎通の可能な獣たちから話を聞いた限り、気狂い鳥たちは、やはり余所者だった様子と、口に放り込んでやったビスケットを、いい音を立てて咀嚼する狸擬き。

「おやの」

だいぶ遠い海の方から来たらしいと。

(ぬん……)

お船に付いてきた鳥たちもだけれど、氷の島、あれも当然のことながら海に囲まれていた。

海に面した山に、条件が揃いやすい“何か”があるのであろうか。

「フゥン」

もう1枚下さいと口を大きく開く狸擬きは。

「フゥンフン」

どうやらあの鳥たちが、この村に来た理由となりそうな出来事があった様子ですと。

(のの?)

「なんであるかの」

「フン」

ほんの少し前に、こちらから見えるお山の、更に奥の山の崖下。

その山には人が通り抜ける道があるけれど、その崖下に、人間の大人。

オスとメスと思われるもの、それにとても小さな人間が、馬車と呼ばれる箱と共に落ちていたのだと。

当然、馬たちも。

「ふぬ」

なぜ鳥たちがこの山の方に来たのかは知らないけれど、あの鳥たちが、いの一番に崖下に落ちた人間の遺体を見つけ、食べていたと。

ふぬぬ。

すでに、寄生虫と思われる何かを食べた後の出来事であろう。

「あやつらも、人肉に味を占めたのであるかの」

それが“いつ”の事なのか。

崖下に落ちた人間を初めて食べたのか。

もしくは、すでに味を占めていたか。

なぜかは分からぬけれど、鳥たちは海でなく陸地の山の方にまで飛び、たまたま、馬車ごと崖下に落ちる旅人一家を見ていた。

なんなら。

すでに人肉の味を知っていたらと仮定するならば、あの鳥たちが、家族で旅をしている馬車の馬を襲い、馬車ごと落下させたと思うのは。

(……少々、穿ち過ぎであるかの)

それでも死んだばかりの新鮮な人肉を食べたのは確かであり。

気狂い鳥たちには、特に人の子供の肉が大変に美味であると知り。

空を飛べる鳥ならば、山からは近い、むしろ近距離とも言えるこの村の人の子供を襲い始めた。


狸擬きと共に、村の軒並み背の低い民家や店の並ぶ道に戻れば。

「あぁ、いた」

我の男が駆けてきた。

手伝いはどうした。

「君がいないと仕事の進みが遅いと言われてしまった」

落ち着かないと。

「集中できない」

なんと。

「我はお主の安定剤であるの」

男に両手を伸ばせば、

「フーン」

そろそろおやつの時間では御座いませんか?

と男に抱っこされた我を見上げる狸擬き。

先刻ビスケットを口に放り込んでやったばかりではないか。

「フゥン」

美味しいお茶と共に甘いものを頂くのがおやつなのですと持論狸。

それには反対はしないし、何なら同意見だけれども。

「けれどの」

村を見回しても。

「今日は、突発の祭りの準備でそれどころではなさそうの」

我と狸擬きすら、

「お花の飾りつけを手伝って欲しいそうだよ」

猫の手ならぬ狸の手も借りたい程であるの。

「フーン」

残念ですと狸擬き。

けれど。

「今夜も宿の食事は組合持ちであろうからの、代わりに夜に好きなだけ飲むがよいの」

こちらの懐も痛まぬしの。

「フンフン」

仕方ありません、としぶしぶを装いつつも、足取りが軽くなる狸。

祭りは、明日の昼から行われるらしい。

そして我は、女子供と共に花飾りをするつもりが。

組合の前で男の抱っこから下ろされた途端。

「うわあっ!」

「あっ危なっ……おっ!?」

落ちてきた木材を我が、つい受け止めてしまったお陰で。

「ふんふんの」

我は力持ちを認められ、今は重ねたコンロを頭上に掲げて運ぶ力仕事を手伝う。

「『ちっちゃくてもあれくらい出来ないと、旅なんて続けられないんだろうな』と感心されているよ」

そうの。

しかし我が力持ちでも、(いぶか)しがられすらしない。

不思議な村。

狸擬きは、

「フーン」

広場の端で、小さな子供たちのお守りをしている。

調子はどうのと近づいてみれば。

狸擬きは、

「ねぇ、背中に乗っていい?」

と小さな子供に、自身の背を指を差され。

「フーン」

わたくしめの背中は主様を乗せるためだけにあるのだと拒否狸。

指を差した子供から、背中を見せないようにしている。

ほほう。

狸擬きの背中は、いつの間にか我のための背中であったのか。

「ふぬふぬ」

それを聞いても、残念ながら特に何の感慨も浮かばず、我はまた、祭りのための荷を運び出すだけ。


そして。

(ぬん)

我は確かに。

背中は我専用だと(のたま)う狸擬きには。

昼間。

夜に好きなだけ飲めば良いのと言ったけれど。

翌朝。

「……フーン……フーン……」

横向けになり二日酔いにうなされている獣は、とても認めたくはないけれど、我の従獣であり。

「……いい加減、節度を知るのの」

こやつは、いつの間にか二日酔い知らずになっていたと思っていたけれど。

そんな事はなかった。

初日は、あれでもどうやら遠慮とやらをしていたらしい。

昨夜は、

「まーいい飲みっぷみだねぇ!」

とやってきた女将と乾杯をしては、

「これはね、私のとっておきだよ!」

「フーン♪」

と出された知らぬ酒がどうやら効いた様子。

「フンフン」

ここはいい村ですと大層ご機嫌でだったこやつは。

今は。

「フーン、フーン……」

水、水とうるさい。

仕方なしに水を運んでやれば。

『彼は、大丈夫なのか?』

狼男はぐたりとベッドに沈む狸擬きにオロオロしているけれど。

「平気の。遠い異国の天気を気にする方がまだ建設的な程に問題はないの」

『お、おぉ……』

二日酔いの者に与える優しさや気遣いなど無用。

男と狼男は、宿にまで迎えに来た組合の人間に連れて行かれ。

我も行こうとしたのに、男が、

「彼を見ていてくれ」

と留守番を指示された。

(ぬぬん)

こんなんでも、我の従獣であるしの。

「……仕方なしの」

二日酔いの従獣のために、持ち込んでいたコンロで鍋に小豆と水と砂糖を落としお汁粉を作る。

くつくつ、くつくつ煮れば。

「フン……?」

やがて漂い始めた香りに、寝室からモタモタ出てきた従獣は、低いテーブルの上に置かれた鍋を覗き込み、中身がお汁粉だと分かれば。

「フーン♪」

大喜びで、二日酔いすら忘れたように、今か今かとそわそわ出来上がりを待っている。

(……ふぬ)

「の」

そんな従獣に、湯気越しに声を掛ければ。

「フン?」

なんでしょうか主様と小首を傾げ狸。

「先日、通り過ぎた街で、狼男に言われた通り」

「フン」

「この世界に存在する“良くないものたち”を消滅させるのが、我の役目なのであろうかの」

村を襲った気狂い鳥の討伐しかり。

「フン……」

考えるように天井を見上げる、狸擬きの答えを聞く前に。

「そろそろ良いかの」

お汁粉を器に注いでスプーンを添えてやれば。

「フゥゥン♪」

湯気に目を細めてから、

「フンフン」

それは結果論でしか御座いませんと、まずは目を閉じ、香りを堪能するグルメ狸。

「結果論とな」

「フーン♪」

お汁粉を口に含めば、美味です、美味なのです♪と尻尾を振り。

「フゥン」

今ここに存在する主様が、何を見て、何を選択し、何に慈悲を与えるか。

「フンフン」

それは全て主様次第なのですと物凄い勢いでお汁粉を平らげおかわりを所望する狸。

(ふぬ)

そう言われてもの。

「我は小豆を研げれば、それで良いのだけれども」

おかわりをよそってやれば。

「フンフン」

それでも、主様はこの村を救いましたと。

そうの。

「フーンフン」

しかし、いつかの、今は遠い遠い黒い城は、主様は静観し、何もせずに立ち去りました。

「ふぬ」

むしろ逃げた様なもの。

「フーン」

それでいいのです、とハフン♪と至福の表情で息を吐く狸。

なんと。

「良いのかの」

「フーン」

主様のお力の強さは、わたくしめは誰よりも何よりも知っております。それでも、今もどこかで起きているであろうと思われる、気の触れた獣の誕生、黒い靄の発生、それに伴う(なにがし)の全てに、主様が立ち向かい、助けられるわけでは御座いませんと。

ぬぬん。

「それはお主の言う通りであるの」

「フンフン」

前足を伸ばし、とうとう鍋ごと手許に引き寄せた狸擬きは。

「フーン」

ですから今まで通り、主様が“それらの事象”に遭遇したその時には。

時には。

「フンスン」

主様が手を貸したいと思えば貸せばよいのですし、気が向かなければそっぽを向けばいいだけの話なのですと鍋を傾け、鍋から直接お汁粉を啜る狸。

そんな狸擬きの口振りからすると、

「では我は、黒い城以外にも無意識に無自覚に、何かしらの事柄には、そっぽを向いていることもあるとの……?」

頭の中で、長い旅路の記憶を辿る前に、

「フーン」

何に興味を引かれ何に気付かぬままかは、人も獣も同じですと。

「……そうの」

どうにもどうやら、我の預かり知らぬところで、我が関わっていたかもしれぬ“出来事”は幾千とあり、それは我は気付かず、狸擬きは気付いていた。

「フゥン♪」

大変に美味でした、二日酔いも収まりましたと大きなゲップをかます従獣は。

「フンフン」

いいえ、幾千などありません、ほんの僅かな数です。

僅かな。

「フン」

ただこの世界で、そこには、その時分には、主様の介入は必要なかっただけの話でありますと。

ぬぬん。

そのいくつかの“出来事”を我が知り、

“もしも”

を考え始めても、きりがないし不毛だと。

「フゥン」

その通りですと、さすさすと腹を擦る。

納得できたような、そうでもない様な。

とりあえず空になった鍋と器を洗い、我の男が落ち着かなさそうであるし、手伝いへ行くかと思ったけれども。

鍋と器を拭いて手も拭けば。

すかさず、

「フーン」

ささっと差し出されるのは櫛。

「お主の……」

主使いの荒さに付いてもう少し考えたらどうのと苦言を呈しながら、狸擬きの背中の毛を梳いてやっていたつもりだけれど。


「涎が垂れてる」

笑いを含んだ男の声に、

(ぬ……?)

戻ってきたのかと顔を上げ。

我は櫛を掴んだまま、狸擬きを枕にして眠っていたことに気づいた。

「フーン……」

よく寝ましたと狸擬き。

男が戻ってきたのは、我と狸擬きの様子を窺うためと。

「踊りとな?」

「あぁ、お祭りの時に、誰でも踊れる、簡単なステップを覚えて欲しいと頼まれた」

よちよち歩きの赤子でも踊れる簡単なものだと。

「良いけれども」

組合前の広場では、研究員を名乗る小柄で少々ふくよかな教員が、組合長と組合の女たちにステップを教わっていた。

我等の姿に、正確には男2人の姿に、組合の女2人パッと顔を明るくさせ。

組合長には、祭りの準備の見回りに行く時間ですよと、背中をぐいぐい押して急かしその場から追い払い。

「また後ほど」

と苦笑いでこちらに手を振り街の見回りへ行く組合長を見送ると、組合の女たちは、ニコニコとこちらにやってきた。

組合長、組合の長であると言うのに。

女たちは、

(容赦ないのぅ)

残された教員は、むしろ組合長と共に逃げたそうにしていたけれど、

「ステップ踏めてないじゃないですかっ!」

純粋に居残り勉強な様子。

「はい。いち、にー、さん、し」

組合の女たちが見本を見せてくれ、手拍子と共に真似っこすれば。

簡単かつ、単純な足踏み。

その場で四角の角を踏んでいくワルツのステップとほぼ同じ。

とは言え。

「ふん、ふん、ふん、ふん」

我は踊れているのかと男を見上げれば。

何とも言えぬ顔で、

「いや、可愛い」

どっちであるか。

狼男はステップを踏むだけでも絵になり、狸擬きはどうかと思えば。

「フン、フン」

四つ足で苦戦するかに思えど、テテンテテンと案外器用な足捌き。

「の、我は“リズム”をとれておるかの」

狸擬きに見て貰えば。

「フーン」

見事な足捌きでありますと。

「フーン」

ただと注釈。

なんの。

「フーン」

足許に集中するあまり、お顔が下を向いております故と。

のの。

村の決まりごとで、女たちは、この優しいステップのみなのだと。

男達は、女を魅了するためにもう少し複雑なステップを習い、気になる女性にそのステップで踊りダンスに誘うのだと。

我は狸擬きと向かい合って、

「フーン♪」

簡単なステップの練習。

「フン♪フン♪」

楽しいのですとご機嫌な狸擬き。

さすれば教員が、

「その、自分も混ざっても……?」

男達の覚える踊りに到底付いて行けないとトボトボやってきた。

こやつは村の女を魅了する必要も嫁探しでもないしの。

2人と1匹、

「フーン♪」

輪になって踊っていると。

「フーン♪……フン?」

狸擬きがふと足を止め。

「……フン」

遠くの山の方へ鼻先を向けている。

「?」

なんの。

「どうされました?」

と教員。

「フーン」

何かがこちらへやってきますと、目をすがめる狸擬き。

狸擬きが上げる鼻先の角度からして、

「なんの、また鳥かの」

釣られた教員も遠くに視線を向けれど、まだ何も見えないらしい。

我等がじっと空向こうを眺めているため、

「どうした?」

男が硬い声でこちらへやってきた。

「のの、客人、ではなく客鳥であるかの」

「……鳥?」

男の言葉に、周りの者たちが、ギクリと身体を強張らせた。


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