58粒目
日が暮れ出した頃、再び祭りに繰り出せば。
男は勿論、狼男も少しばかり、身体に慣らすために酒を嗜み。
「フーン」
狸擬きは明日に予定が控えているため、ほどほどに嗜み。
2人は我がいることを理由に、広場の端のテーブルに座っていたけれど、ひっきりなしに声を掛けられる。
広場の真ん中で曲の演奏が始まり。
皆が踊り始めれれば、男と狼男も立ち上がり。
「?」
我に披露するように並んでステップを踏んでくれる。
「のの♪」
ならばと我も椅子から飛び降り、覚えたばかりの簡単なステップを踏めば。
狸擬きも我の隣で、
「フン♪フン♪」
楽しげにテンテコテンテコと踊り出した。
あの姉弟のいる茶屋は、祭りのためにやってきた行商人たちの、臨時の情報交換場になっているらしく。
「『誘ったくせに行けなくてごめんなさい』と姉に伝言を頼まれました!」
とお使いのついでにやってきた茶屋の弟が、忙しそうに荷を抱えて駆けて行く。
男は断る手間が省けた様子。
2曲目が終わる頃。
「なんだ、主役なのにもう帰っちまうのかい?」
惜しまれながら、なんなら惜しまれているうちが花なのである。
我等は宿へ帰り。
身体を拭き、寝巻きに着替え。
(そうの)
我は。
寝る前に、依頼された仕事の前準備をしなくてはならない。
「山へ?」
「の、鷹に遊びに誘われたの」
仕事の前準備。
それは、男への説得。
「遠くないか?」
「狸擬きには目と鼻の先の。こやつもあのお山が気に入ったらしいのの」
我の言葉に男は。
山を見掛ければテンテコテンテコご機嫌に遊びに行く狸擬きを思い出したのか。
あっさり許可が降りる。
しかし。
「君も?」
露骨に眉を寄せられた。
「我も長年山暮らしの。少しばかり山が恋しくなるの」
「……」
男の隠さない、疑いの眼差し。
(なんの、我は随分と信用がないの)
信じて貰えぬのは悲しき事のと、よよよと嘆き悲しんでみせるかと思いきや。
『その気持ちは分かる。人里はとても便利だし楽しいけれど、たまに素足で山を駆け回りたくなる』
狼男が、無自覚の助け船を出してくれた。
「そうなのか?」
男に問われ。
「そうの」
我に良心はないので、特に痛みもしない。
「……わかった」
結果、溜め息と共に承諾を得た。
狼男も、付いて来たそうにしているけれど。
「片付け要員としても貴重なお主が抜けるわけには行かないであろうの」
『わ、分かっている』
我は、祭りの疲れで宿で寝ていることにしてもらい。
戻る時は、宿から勝手に出て村をうろちょろしていた事にすれば、何とでも誤魔化せる。
無事に男からの言質、許可も取れたことであるし。
まだまだ続く祭りの音を聞きながら、我等は旅人らしく、早めの就寝。
翌日。
朝の早い行商人たちが起きる前。
まだ、ほの暗い中。
「うんしょの」
宿の窓から飛び降り、狸擬きの背に乗れば、
「行ってくるの」
「気を付けるんだぞ」
『帰りを待っている』
小声の男と狼男に見送られ。
「の」
「フーン」
夜でもうっすら霞んで見える、山へ、山へ。
「お疲れの」
「フーン」
なんの記すべきこともなく、ひたすら狸擬きが走って到着したお山の。
お山の空気は柔らかく。
我を乗せた狸擬きが山へ辿り着いた時には、すでに空は明るく。
仄かに人の気配。
けれど、すでに通り過ぎた後の名残。
山の麓にでも天幕を張って夜を明かしたのかもしれない。
獣道を抜け、馬車が通れる山道にまで出ると、
「フーン」
これから少しばかり崖を下りますのでご注意をと狸擬き。
「の」
我は転がり落ちても問題ないけれど、着ているおべべが汚れると男がうるさい。
足場を探しつつ、狸擬きは慎重に迂回して岩肌を下っていく。
鷹は、まだ姿が見えない。
しかし。
「結構な高さがあるのの」
これでは、例え生きていても這い上がることは不可能であろう。
底まで下れば、まだ陽も届かず薄暗い。
その谷底は、緩やかに細く水が流れていた。
「……」
それでも、小豆を研ぎたいと思えないのは。
(あそこかの……)
先には、木の破片、歪んだ金具、子供の靴が片方。
惨事の現場であり。
我は辺りを見回し。
「狸擬きの」
「フン?」
「お主1人ならば、あそこに生えている花を摘めるであろうの」
我ではあまりに足場が心許ない。
「フンフン」
お待ちくださいとステステと駆けて崖を上がり、黄色い花を束にして口に咥えて戻ってくる狸擬き。
我も、陽が届かずとも健気に生えている谷底に揺れる花を摘むと、
「よいしょの」
平らでない谷底を進み、落ちている小さな靴を拾う。
砕けた荷台から散らばった荷。
散らばった家族たちは、すでにあらかた獣に食いつくされており。
「んしょの」
せめて、遺体を引っ張って川の字に並べれば。
「……」
我は目を閉じ、手だけは合わせておく。
さすれば。
『あなたは、……“人”なのですね』
音もなく風を切るように降りてきた鷹が、手を合わせる我の隣に着地し、ぽつりと呟いた。
「そうかの」
我が改めて人と言われるのは、男に言われた以来であるか。
狸擬きの摘んできた花もまとめて、並んで寝ている家族に向けて散らしてから。
「これから我はお主等の荷を漁るけれど、とかく理由あってのこと、許すのの」
そう伝え、鷹の話していた、幌の蓋になっていた木箱や車輪をどかし、丈夫な幌をぐいと捲れば。
わりと手前に、荷に混じり、紐でくくられて纏められた手紙の束。
「の、これで良いのかの」
持ち上げて見せれば。
『それです、あぁ、それです』
これくらいの束ならば、鷹の鋭い爪ならば余裕で掴める。
この者たちが身内宛に書いている手紙などはないかと更に探すも、あるのは散らばった旅の荷物だけ。
落ちていた靴や荷の豪奢さからしても、旅が仕事ではなく、家族旅行中だったのであろう。
旅路のため石やコインの入った袋たちは、家族の頭の上に置いてやる。
これで三途の川も渡れるはず。
果たしてこちらの世界にあるのかは知らぬけれど。
我は、もう一度だけ手を合わせながら。
(そうの)
偶然にも、我が今日着ているこの黒いドレスも、家族旅行中に馬車が落下し命を落とし。
馬車に荷として詰められていた、持ち主の娘のお気に入りのドレスが長旅を経て、今は我が着ている。
そしてその我は、今は別の家族が馬車で落下した現場にいる。
(これはあまり歓迎したくない縁であるの)
内心で苦笑いしてから目を開けば。
「さての」
我は所々破けた幌を引っ張って畳み、砕けた荷台の破片を、歪んだ車輪を重ねて、荷も一ヶ所に纏め。
重さや形状から、衣服の詰められていると思われる鞄たちは、中身は見ずに遺体の側へ。
幌の下にあり取り出した、傷み始めている果物には、早くも虫が寄ってきている。
あれは間もなく彼等が綺麗に食べ尽くしてくれるであろう。
「……のの」
お山の。
この辺りを縄張りとする獣たちが、遠目にこちらを窺っているけれど、我は捕食対象にはならぬと感じているのか、頑なに近づいては来ない。
(賢いの)
狸擬きも、
「フンフン」
咥えられるものは咥えて、テコテコと運んできてくれる。
鷹は、しばらくはそんな我等の姿を眺めていたけれど。
落ちた衝撃で、あんな場所まで飛んだのかと驚く程高い崖のでっぱりから、馬車の破片や残骸を咥えて来てくれた。
「こんなものかの」
もたもた片付けていたら、割りと時間を食ってしまった。
そろそろ戻らねば、男が馬車を出して迎えに来そうである。
狸擬き単体ならば早いけれど、我を乗せているとさすがに村までは時間がかかる。
村での我の不在も、表立ったら面倒そうであり。
「我は村へ戻るの」
今は纏められた荷を、並んだ家族たちをじっと見つめる鷹に伝えれば。
鷹は、我を振り返り。
『……あなたに依頼をしたのは、正解を越える判断でした』
おやの。
「そうかの」
お礼は、あなたたちの旅立ち前には必ず届けますと、鷹は人の真似をして頭を下げてくる。
「の」
けれども。
ここは、山を1つ越えれば、石の色で石の価値はひっくり返ることもある。
この先我等が向かう先で、価値のあるか分からぬ石を、この責任感の強そうな鷹に、最悪くすねて来られるよりも。
「の、報酬の石の代わりに、お主にして欲しいことがあるの」
崖の上を、馬車が通り過ぎて行く音がする。
『僕にですか?』
鷹は、パチパチと瞬きをした後。
『何でも仰って下さい』
覚悟を決めたように胸を張られた。
良い心がけである。
「お主は、よくこの山を抜けるのであろうの」
『えぇ。そうですね、中距離なら頻繁とも言えます』
なら都合がいい。
「ではの。仕事の帰りでよいから、たまにお花を摘んで、この者たちに供えてやって欲しいのの」
我の依頼に。
鷹には。
『……花をですか?』
一拍置いたのち、小首を傾げられる。
「そうの。お主がたまにお花を供えるたびに、この者たちはより深く安念な眠りに就け、少なくとも、未練後悔執着などの負の念で目を覚ますことはなくなるの」
正確には、実態のない、例えば黒い靄などの有象無象共が現れても、この家族が付け込まれる隙がなくなる。
生きている者たちが供える花は、お札やお守りに充分に成り代わる。
『それは勿論かまいませんが。その、それだけで、いいのですか?』
とかく拍子抜けした空気。
この鷹には容易な依頼だとしても。
「我はもうすぐあの村を離れるからの、ここに花を添えることも様子を見に来ることも、なかなか出来ぬの」
お主に託すしかないのと答えれば。
『わかりました。あなたへの報酬として必ず。冬でも、冬に咲く花を探し、私が飛べなくなるまで、この山を越えられなくなる日が来るまで、この旅人たちに、花を供え続けます』
そう約束してくれた。
「お願いするの」
我はこの崖を這い上がるために、再び狸擬きの背中に乗れば。
『あなたは、僕の住む街に、来ることはないのでしょうか?』
ふと、空からの陽が翳る。
「ぬぬ。そうの、帰りにぐるりと迂回しても良いけれど……」
どこからか戻る時には、また自分の国に、街に家に顔を出して欲しいと、世辞や社交辞令でなく、幾人にかは熱心に頼まれているしの。
「まだ分からぬの」
曖昧に返事をすれば。
『そうですか……』
途端にしょんぼりとしてくれる。
ならば。
「用があれば、なくとも理由を付けて、お主が飛んで来ればよいの」
空路ならば早いであろう。
『そうします、そうしますっ』
その場でウキウキと足踏みをした後。
『いきなりあなたたちのところへ押し掛けた僕の、依頼を引き受けてありがとう』
改めて礼を述べられた。
「よいの」
積めるべき徳は積んでおくだけの話。
我の軽い返事に、鷹は小さく身体を揺らして笑うと。
『僕は今、勇気を持ってあなたに会いに行けた自分を誇らしく思えます』
目を細めてきゅっと爪を縮める。
そうであるか。
『えぇ。力を持ち、その力を正しく他者に振る舞えることの出来る優しい人』
のの。
「我は小豆洗いの」
訂正すれば。
『“あずきあらい”……あなたとの再会を、心から願って』
鷹は手紙の束を掴むと、羽根を広げ、ほんの数回のホバリングのち、この崖下でも上手く風に乗って飛び立って行った。
「の」
「フーン?」
「我は優しいらしいの」
帰路。
村へのなだらかな丘を走る狸擬きの背中で、髪を流しながらふふんと足を振れば。
「フーン」
その優しさを少しは従獣にも向けて欲しいのですと狸擬き。
のん。
「……お主に優しくしてもの」
何の利もない。
「フン?」
「……」
「……フンッ?」
我の呟きが、どうやら本音も本音だと鋭く察した狸擬きは。
「フーンッ!!」
なんですとなんですとなんですとっ!それは聞き捨てなりません主様!と我を乗せながらの地団駄。
今はただでさえ速度を出していると言うのに。
「こらの、やめるの」
案の定。
結構な速度を出しながらの高速地団駄で、
「フンッ!?」
あっさり4つ足をもつれさせた従獣は。
「フッ……!?」
「んのっ!?」
緩やかな下り坂も相まって、
「フーンッ!?」
大きく転がるように飛び。
狸擬きの背に乗る我も。
「のーっ!?」
当然、大きな半円を描くように振り落とされ。
「のーぅ……」
その落下先には。
(なんの……)
まるで、初めから、まるでこの時のために誂えられていたかのように。
我の落下先は、小さな湿地だった。
その後は、想像に難くなく。
「お転婆はレディのするべき仕事ではないんだ」
「……の」
「君は、主人の暴走を止める役割がある、解るか?」
「……フーン」
村に戻るなり。
鋭く我等の帰宅を察した男に見つかり。
我と狸擬きは、男からの長い説教を受けた。




