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53粒目

そうとは分からぬ位に下り坂が続き、けれど来た道を振り返れば、

「ののぅ、下っておるの」

そうと分からぬ程度にすり鉢状の土地に村。

『人は、変わった場所に住むんだな』

「昔は水が流れて来ていた場所だったのではないかの」

水が貯められる。

そして、小さな村のわりに活気があるらしいと男から聞いていたのに。

「フーン?」

向かってみれば、人の姿がない。

そう言えば道中、他の馬車ともすれ違わなかった。

村に馬車は走っていたけれど、行商人と思われる者が笑いもせず、けれど手を上げて挨拶だけはしてくれつつ、駆け足で通り過ぎて行くだけ。

「?」

村の中。

人の気配は確かにある。

ただ、村の者たちは誰も彼も、どうやら建物の中に収まっており。

村は静まり返っている。

道端に馬車も置かれていないため、そう広くないはずの道が広く見える。

速度を落として進んでいると。

先の、小さな食堂と思われる建物の扉から若い女が顔を覗かせ、窺うように空を眺めた後。

我等の馬車に気付き、そして特に我を見て目を見開くと。

「ちょっとちょっと!危ないよ!そんな小さい子を外に出して!!」

こっちに来なさい!と大きく手招きされた。

(危ないとな)

馬車を停めて降りると、

「早く早くっ」

我を抱いた男が急かされ、言われるままに食堂へ招かれれば。

「おわー旅人さん?なんか最悪なタイミングで来たじゃん」

まだ成人前か、この店の働き手と思われる、強めの癖の髪がボサボサの若者が、

「何もなくて良かったよ」

男にしがみつく我を見て、大きく息を吐きながら小さなカウンターから出てきた。

窓から見える馬たちに気付くと、

「まー、馬車の荷物はちょっと危ないかもしれないけど」

馬車の荷とな。

一体、何の話であるのか。

「せっかく来たんだし、まずさ、何か頼んでくれよ」

その髪がボサボサの若者にテーブルを勧められ。

腰を降ろせば、そそくさとメニューも広げられ、抜け目なしと思えど。

どうにも、若者は少しばかり無理に笑っている。

(……なんの、少々参っている様子であるの)

「フンフン」

そんな事にはお構いなしに椅子の上に立ち、テーブルに広げられたメニューを覗き込む狸擬きに。

「何?この茶色いのも一緒に食べんの?」

驚かれる。

「フーン」

わたくしには狸擬きと言う立派な名前があるのだボサボサ頭めと半目になる狸擬き。

「……あれ、なんか俺、今、下に見られてる?」

ええ……?と困惑するボサボサ頭に、

「フーン」

お前なんか下も下だこわっぱとフンスと鼻を鳴らす狸擬き。

それでも、

「外には色んなのがいるんだなぁ……」

すげぇなぁと感心する若者。

焼き菓子を頼めば、エプロンを着けた女に、

「うちには珈琲もあるよ」

とそれが少し売りでもあるらしい。

それでも、珈琲は行商人からの仕入れ頼みであろうし、今はガラガラな村の中。

いつからなのかは知らぬけれど、外からの村への出入りもだいぶ減っていると思われる。

そう在庫も()つものかと思えば、男も似たようなことを訊ね。

「そうなんだけどね。みんな朝から昼までに出来る限りの外仕事をして午後には家に籠っちゃうから、誰もお茶を飲む余裕なんかなくて、在庫も余ってるんだよ」

午後から外に出られないと。

情報が細切れに伝わる。

まぁそれならばと、話を聞く前に、男以外はカフェオレを頼み。

運ばれてきたカップには。

「のの♪」

カフェオレには、たっぷりのクリームが乗っている。

「フーン♪」

「うわぉっ、本当に飲んでる」

湯気の立つカップを我等の前に置くなり、テーブルにかじりつくように狸擬きを眺めていた若い男は。

狸擬きがクリームの端から砂糖を落としかき混ぜ、ツンと澄ましてカフェオレを啜る姿に、

「おわぁ、すげぇ、一儲けできそう」

それは我も思う。

「あんたね、今は貴重なお客様なんだよ」

姉と思われる若い女に首根っこを掴まれる若い男。

男が、美味しいですと礼を伝えてから煙草に火を点け。

けれど、ちらと我を見下ろせば、

「……お」

咥え煙草で、笑いながら我の鼻先に付いていたらしいクリームを拭ってくれる。

「ぬぬん」

そして改めて、この村でなにが起きているのかと2人に問い。

姉と弟は顔を見合わせた後、姉が口を開いた。


ほんの少し前から。

太陽の一番高い昼を過ぎた辺りから、本来なら海の方にいると言う大きな首の長い鳥が2羽。

村の上空を飛び回り、子供を襲うようになったと。

悪い意味で(かしこ)く、組合や建具屋が突貫で作ってみた罠にも掛からず。

子供が出てこなくなれば大人の、特に目を狙うようになった。

幸い、子供たちは庇った手を怪我した程度で大きな怪我はないけれど、まずは子供たちを建物の外へ出せなくなり。

ターゲットを代えた人間の大人も外に出てこなくなれば。

「昨日から、馬車の屋根を破って荷台を漁るようになっているのよ」

何とも厄介であるの。

この村へ来る馴染みの行商人たちは、この騒ぎに、けれど自分達が来なければ村の人々が食べて行けないと、朝の早い時間に来てくれているけれど。

活動できるのが昼前だけでは、村も畑も他の仕事も立ち行かない。

首の長い大型の白い鳥。

いつか男に、首の長い鳥たちは、郵便鳥には向かない種類の鳥たちだと聞いたことがある。

長距離を飛ぶようであるし、どこの国でも何度かは試みたことがありそうだけれど、指示を受け付けないし言葉もジェスチャーも伝わらないと。

男は口にしなかったけれど、人と仕事をしないのは、プライドの高さではなく、意志疎通が不可能な程度に知能は低い模様。

茶屋の姉の話を聞く限り。

「茶の国へ向かうお船に付いてきた、あの気狂い鳥たちと似ておるの」

「……あれか」

灰皿に灰を落とす男の指の動きが止まる。

「フーン」

まだ見てみないことには分かりませんと慎重派な狸。

その場に馴染む事に長け、今もじっと話を聞くだけに留める大人しい狼男。

その耳は、絶えず外の様子を窺っている。


鳥たちは陽が暮れる頃まで旋回し、村を飛び回り。

組合が隣の大きな街に救援を呼んだりしてくれているけれど、結果は芳しくないとも。

ボサボサ頭の弟は、

「なぁなぁ、遠くから来てるんだろ?暇潰しに何か話を聞かせてくれよっ」

どの辺から来たんだ?再びテーブルににじりより、狸擬きを眺める弟。

姉の方が、こらまたと諌めるも、どこかほんのり僅かな安堵の気配。

我等が思うより、特に弟の方は疲弊しているのかもしれない。

格子の窓から外を眺めると、微かに陰が落ちる。

(のの)

けれど、全貌は見えず。

(とりあえず確めてみなければの)

ほんの少しパサついた焼き菓子を食べて、カフェオレを飲み干せば。

けれども。

その前に。

「どうするかの?」

男にお伺いを立てれば。

「放っておくわけには行かないだろうな」

大きな溜め息。

無論、やはりここでも、男なりの様々な葛藤があるのは知っているけれど。

それは全て我の身を案じてのもの。

「んふー」

男に、目一杯の笑みを浮かべて見せれば。

「……そうだな」

諦めた顔で頭を撫でられた。

ならば。

善は急げである。

いや、善ではないの。

「えいの」

我が椅子から飛び降りれば、狸擬きも、もさりと床に降りる。

姉と弟が、どうしたの?と戸惑いを隠さず。

男と狼男も立ち上がり。

自分達の馬車は、異国で少し特殊な術が掛けてあるため襲われることはないと伝え。

実際、今もあれだけ無防備に青空に晒している馬車に、鳥たちは近付いていない。

これから組合まで行くから場所を教えて欲しいと、男がコインを取り出せば。

「あ、危ない、危ないよ!」

姉弟たちには強く引き留められたけれど。

「この彼が、用心棒の役割を担っているので大丈夫です」

男が狼男に手の平を向け。

見た目、だけでなく実際狼男の身体能力、狩りの力はほどほど。

狼男が頷けば、

「それでも危ないって」

「まだやめとけよぉ……」

おろおろと気の毒な程に狼狽える弟。

もしかしたら、こやつも鳥に襲われた被害者の1人であるか。

よく見れば捲ったシャツの腕に新しい傷がある。

「ちっちゃい子がいるじゃない」

「彼女は、彼と共に安全な荷台に乗って貰うので大丈夫です」

男がテーブルにコインを置き、おろおろする2人に組合の場所を教えて貰い、見送られ外に出れば。

「ぬぬ」

途端に酷く耳障りな大型の鳥の鳴き声。

「あれかの」

2羽が空を旋回している。

飛ぶ姿を目視すれば白鳥、もしくはアオサギに近い姿かと思われるけれど、こちらの鳥であるし、(さだ)かではなく。

額に手で日陰を作った狼男が、

『……あれは、もう正気を保ってないな』

ぽつりと呟き。

「おやの」

『あれはもう獣を越えた、何か、なんだ、おかしなものに成り果てている……』

道理が効かぬと。

『あぁ』

我でも眉をしかめたくなる鳴き声を上げ旋回する鳥たちは、動き始めた馬車と、更に荷台の幌の隙間からチラチラ見える、小さな幼子の我の姿に強く意識を向けてくるけれど、上空から大層な距離を取り、頑なに近付かない。

「……」

我は。

このまま力を込めて、あやつらに小豆を飛ばしてもいいかのと、手の平に小豆を乗せ。

その途端。

(のの)

「……風が出てきたの」

風くらいで的を外したりしない自信はあれど。

相手がどれほどの力があるかは未知数であり、万が一にも的を外し、更に警戒をされた時が厄介でもあり。

おとなしく組合へ向かうと、窓からこちらの馬車を確認した組合の人間が、慌てて扉を開いて出てきた。

男の、

「自分達は馬車も含め大丈夫です」

の言葉通り、鳥たちは近付いても来ない。

おかしくなった気狂い鳥たちでも、脅威であったり、天敵になりうる相手を判別する程度の本能は残っている。

その本能も、鳥のものなのか、鳥を操る何かの存在のものなのかは分からぬけれども。

だいぶ年季の入った2階建の組合の広間はざわざわとしていたけれど、唐突かつ、あまりに場違いな我等の登場に、少しでなく毒気を抜かれたように静まり返り。

「おぉ、あなた方は。……ええと、冒険者の方、ですか?」

ループタイをした組合長を名乗る小柄な男が、カウンターの内側から出てきた。

狼男だけは、冒険者でごさいと胸を張れる見た目。

男はそれには答えず、少し個別に話をしたいと組合長に持ちかけ。

狭い階段を上がった2階の、少し空気の淀んだ個室に案内された。

数日はそれどころではないのか、窓も開けられていない様子。

鳥の事を村の事を訊ねれば、組合長の話も、ほぼ茶屋の姉のしてくれた話と同じ。

そして、罠は勿論、弓程度では全く歯が立たないと、ほとほとに困り果ててる様子でもあり。

どうやら明日になどと悠長な事を言っている暇は、あの茶屋の若者を見ればなく。

組合長から、冒険者の方か、とは聞かれたけれど、いかにも“それっぽい”のは狼男1人。

その狼男も、これといった武器を身に付けていたり、持ち歩いているわけでもなく。

後は冒険者には見えない男に、幼子に、変な獣。

我等の目の前に座るこの組合長としては、やってきた旅人に現状を訊ねられたから話したものの、特に我等に何か期待をしている様な様子はなく。

他の行商人たちには、離れた街の方から鳥の討伐を出来るような者たちに声を掛けて欲しいと頼んでいるため、我等にも、村を出たら余所の土地でこの村の窮地を訴えて欲しいために話して貰うために、話してくれたのであろう。

(下手に期待されるよりも楽ではあるけれどの)

よく見れば組合長も、少しばかりでない疲れが見えている。

ただ、こちらはつい先日、女に生気を吸われカラッカラに萎びた男を見たばかりなため、少しの疲れ程度では深刻さが見えにくい。

隣に座る我の男は、わりと事態が切迫している事と、我が動く事への躊躇を捨てたため。

溜め息を吐く組合長に、自分達は一度、過去にもあれと似た鳥たちを討伐したことがあると伝えれば。

「それは、それは本当ですか!?」

腰を浮かせる程には驚かれた。

それでも、

「まさか、いやまさか、このタイミングで討伐の実績のある冒険者の方が来てくれるとは……っ!」

こんな我等でも、これっぽっちも疑われることがないのは、やはり狼男の存在のお陰である。

組合は、すでに隣街などの組合にも、冒険者や討伐隊に依頼を出し声を掛けて貰う様に頼んではいるけれど、相手が飛ぶ鳥であり、不利すぎるし力になれないと芳しい返事がなかったのだと。

まだ討伐もしていないのに、

「有り難い有り難い、村の皆に代わって御礼をっ」

と感謝され。

男は、

「気が早いです」

と冷静に返している。

直後に、扉が叩かれ。

「?」

「失礼、同席の許可を頂きたいのですが……」

組合長同様に小柄、そして恰幅はいいけれど、少し草臥れた三つ揃い姿の男。

一張羅を使い回している様子の、身形(みなり)を気にしない様子の男は。

「動物の生体の研究をさせてもらってる、しがない研究員です」

大学ではなく、隣国の大きな高校の教員なのだと。

(研究員とな)

仕事で隣の街にいた時に噂を聞き付け、仕事柄、何か役に立てればとやってきたのだと。

その妙にふわふわして口振りと手振りからして、到底それだけには思えぬけれど。

わざわざ、この個室に現れる程度には。

「の」

「ん?」

男に、

「もし討伐出来れば、亡骸を持ち帰るつもりなのですか?」

訊ねて貰えば。

「それは、えぇ。その、厳重に管理しつつ、研究所の方で解剖を行わせて貰えればと思っています……」

やはり珍妙な鳥の検体目当てか。

勿論、討伐した方には、引き取り分の謝礼は出すとも念を押されども。

我の困り事は、謝礼云々ではなく。

(小豆を使えぬの)

冒険者の秘密道具とでも誤魔化せばいいのだろうけれど。

もし鳥たちの身体に小豆が(とど)まったら、解剖された時に面倒である。

表向きは狼男が討伐する事になっているし。

どうするかの、とない頭で考え始めれば。

我は考え事をする時にたまに出る癖で、無意識に唇を尖らせており。

それに気付いた男が、少しこの部屋を借りたいと人払いをしてくれた。

狸擬きは出窓に飛び乗り、気狂い鳥たちを眺めている。

(のの)

なぜかその後ろ姿で、今更に思い出した。

「……の」

「どうした?」

「氷の島の狩りの者たちを襲ったツノ鹿も、あの鳥等と同じ(たぐ)いであったのやもしれぬの」

お喋りな父親と無口な息子もついでに思い出す。

夫に愛想を尽かして出て行ったと言う母親とは、無事に和解は出来たのであろうか。

「んん?」

男も思い出した様子で、

「あぁ、そうか、特徴はそっくりだ」

『氷の島?』

狼男の問いかけに、氷の島のツノ鹿の話を聞かせている。

(あれの)

あやつらは、自身の全てと引き換えに、獣とは思えぬ悪意と知能の高さを与えられる。

あのツノ鹿は特に顕著であった。

悪意も、知能の高さも。

狼男がいた山では、自身の知る限りは、気狂いとなった獣は見掛けた事はないと。

(ふぬぬ)

横に逸れていた討伐に思考を戻し。

「の、我の“小豆”は使えぬの」

手をにぎにぎと握ってみせても。

「それでも君は、“君自身の力”が強いからな」

男は笑わずに頷き。

「そうの」

小豆を飛ばすのは、手段の1つでしかない。

じっと男を見上げれば。

「なら、俺たちは、君に何が出来る?」

やはり我の男。

相当に物分かりがよくなっている。

「武器として分かりやすい弓は、大きすぎて我が扱えぬの」

狼男が討伐したことにするため。

「槍のようなものがあればよいの」

組合長を呼び、訊ねて貰えば。

少しお待ちくださいと、しばらく待たされ。

「こちらはどうでしょう?」

下に呼ばれて降りれば、枯れ草畑などで使う、藁用の巨大なフォークの様ものが、どうやら実際にフォークと呼ばれる代物が運ばれてきた。

「フォークの由来は、こちらが先だそうだよ」

「なんと」

組合長や組合の人間、隣の国の教員に建物の中から見送られ。

馬車に、男以外は荷台に乗り込みフォークを積み。

(この世界には)

この大きなフォークで食事をするような巨大な生き物は存在しているのであろうかと、まだまだ広い、まだ何も知らぬこの世界に、思いを馳せる。


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