表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/52

51粒目

旅人の少ない街の宿はほんの数軒だけ。

街に来ている行商人用のお宿。

厩舎も、厩舎がついでに経営している宿も街外れ。

「今夜辺り、馬の出産が被りそうでね、悪いけど食事は外で頼むよ」

この辺りの馬の出産は、春先ではなく遅めの初夏なのだと。

「それは忙しいですね」

「参ったよ、めでたいことではあるんだけど」

宿の主人の嫁は娘の産後の手伝いへ行ってしまい。

「厩舎で雇ってる若夫婦の嫁さんも、そろそろらしくてなぁ」

おめでたいの渋滞である様子。

それだけでなく、忙しい時は助っ人で来てくれる近所の者たちも、

「何だかバタバタしててなぁ」

首を傾げる宿の男。

自分達の馬は放っておいても問題ないと男が伝えれば、

「助かるよ、あんた達の馬は、そうだな、その、逞しそうなお嬢さんたちだな!」

褒め言葉になるのか。

我等が脳筋馬たちは、素直に褒められたと思い、ご機嫌で厩舎へ自ら進んで行く。

簡素な宿は、風呂もなく。

雪隠も外にあるだけ。

ただ寝室と居間は別れており。

荷を置けば、厩舎の人間に構われず寂しいやもしぬのと、我等が脳筋馬の様子を見に行けば、全く気にせず放牧場を駆け回っている。

ドカドカではあるけれど、それなりの速度があるため、ほどほどに見られる走りではある。

何はともあれ、とんと無用な気遣いであった。

部屋に戻ると狸擬きと狼男は仲良く昼寝を初め。

我は、居間の窓際に立つ男に屈むように伝えると、男の煙草に火を灯してやる。

「ありがとう」

「の」

窓から見えるのは放牧場。

(さてさての)

あの小熊のぬいぐるみは、どうやってこちらに接触を試みるのかと思いつつ。

寝室へ続く大きな扉から見えるベッドに寝転がる狸擬きの、一定の間隔で膨らんではへこむ腹の動きを眺めていると。

煙草を吸いきった男に、

「おいで」

抱き上げられた。

厩舎の向こうは、少し霞んだ空。

ふと、男の唇が視線に近く感じ。

「の」

「ん?」

「ここしばらく、お主に唾液を与えられていないの」

仲間が増えたせいもあり。

「……ん、んん」

そうだなと目を逸らす男。

どうやら、絶えず気にはしていた様子。

「くふふ」

ならばと、寝室にいる1人と1匹の気配を探りつつ、人差し指を舐めて男の唇に運べば。

「……あぁ」

吐息と共に我の手首をやんわり掴み、指を口に含む。

いつもより舌が絡み、くすぐったい。

男の唇から指を引き抜けば、射し込む西陽にぬらりと照らされる人差し指。

「美味の?」

「堪らない」

男の瞳に、我が映る。

我が見ているのは、男なのか、男の瞳に映る我自身なのか。

それは解らずとも。

男の瞳が眺めているのは、間違いなく我であり。

「……」

我の、どこかも知れぬ、奥深くの「何か」が、とても、満たされ。

また、我は指を咥え唾液をまぶし、男に与える。

西陽が沈み、部屋が暗くなり、男が名残り惜しそうに、

「灯りを点けようか」

と我の指を離すまで。

何度も、何度も。



「グー……」

と大きく聞こえた来たのは、寝室で寝ている狸擬きの腹。

「フン?」

自身の腹の音で目を覚ました狸擬きは、

「フンフン」

わたくしめはどうやら空腹な様子ですとベッドから飛び降りると、居間の硬い長椅子に座る我等の元へやってきた。

「聞くまでもないの」

狼男も、

『何だかよく眠れた』

とやって来たけれど、狸擬きに釣られたのか腹を軽く撫でている。

街に出て狸擬きの鼻頼りに、夕食のために辿り着いた店が、旅の女と再会したのが、食堂兼飲み屋だった。

「美味しかったです」

男が若店主におあいそを頼むと、あの旅の女の分は含まれていない。

若店主が、

「彼女の分は僕持ちですので、気にしないで下さい」

やはりどうにもやつれ気味の店主が、こそりと答えつつ笑う。

どうやら、我等の奢りだとわざわざ女が声を上げたのは、女をよく思わない母親への“アピール”であった様子。

宿へ戻れば。

これも、ぬいぐるみの力なのか、たまたまなのか。

「ああ、旅人さんたち!」

両手にバケツを持った宿の男が、

「人手が足りないんだ、これも旅の土産話になると思って、ちょっと手を貸してくれないか!」

何やら騒がしい厩舎の方へ男と狼男を連れて行き。

どうやら馬の出産が始まった様子。

しばらくすると、男が戻ってきたけれど、

「2頭目の出産が始まるらしく、しばらく厩舎に詰めることになりそうだ」

男がすまないと我の頭を撫でて、厩舎へ走って行く。

(ぬん)

我は狸擬きと顔を見合せ。

「では、頼むの」

「フーン」

宿からこそりと出ると、我を乗せた狸擬きが服屋までスッタカスッタカと駆け出した。


大通りでない食事処もない小道は夜はそう人気(ひとけ)もない。

けれど、もしかしたら、人払いされているのかもしれない。

服屋のガラス越しに、小熊を眺めれば。

小熊が、よたよたと立ち上がり、棚から降りると、扉の前に立つ。

ただ小熊は扉の取っ手に手が届かず。

扉には小さな鐘が付いているため、我は狸擬きの背に乗り大きな取っ手を手にし、そっとそっと、鐘の鳴らぬように扉を開けば。

小熊が、そろりそろりと出てきた。

途端に、

『あっ、良かった、繋がりましたね』

(のの?)

この大層可憐な少女の声は。

「お主は、ぬいぐるみの街の看板ぬいぐるみであるの」

『そうです、そちらに私たちの街のぬいぐるみがあったので、何とかあなたの気配を追いました』

ふぬ。

「また無駄に力を使ってまで、我に何用であるかの」

緊急事態か。

『あの、あのですねっ』

「の」

『あなたが、ご主人様宛に、当てた手紙ですっ』

ふぬ。

『わたしが、“ご主人様と旅に出たいと言っている”と書いたのですか?』

あぁ。

別れ際に、あやつの首許のリボンに挟んだメモか。

「そうの」

あの時、ほんの少しばかり、馬のぬいぐるみから、主人と旅をする狸擬きを羨むような妙な間を感じたからの。

「で、どうなったのの?」

『た、旅に出ることになりそうなんですっ』

おやの。

『私のご主人様も、この街のぬいぐるみを、他の街の人たちにも知って欲しいと思っていたらしくて……』

ほうほう。

売り物のぬいぐるみを馬車に詰んで、少し近隣を回ってみると馬のぬいぐるみに伝えてきたと。

『そのぬいぐるみの屋台の看板ぬいぐるみとして、わたしを連れて行ってくれると、ご主人様が……』

ほうほう。

「それは良かったではないかの」

『そんな、そんな簡単な話では……っ』

あるであろうの。

何を狼狽えることがある。

ぬいぐるみたちの扱いに誰よりも長けている主人であれば、移動の不安もなかろうて。

『……でも、でも……』

「なんの、お主は、その報告のためだけに、わざわざ我の居場所を探し、離れた場所のぬいぐるみにまで意識を繋げたのの?』

ぬいぐるみたちの力を使って。

『あ、あまりの事に動揺して……』

まぁ、確かに元凶、ではなく原因は我にあり。

「では、お主の主人に当てた手紙は余計なお世話だったかの」

ならば何かしら詫びか責任を取らねばならぬけれども。

『……そんな事は』

事は。

『ないのです……』

ならば良き。

「我等がまたいつかお主達の街に立ち寄ることがあれば、その時は、お主の旅の話を聞かせて欲しいの」

『それは、えぇ。勿論、よろこ……で……』

おやの。

「フーン」

さすがにぬいぐるみの街から外れたこの距離では、力もそうそう保てない様子だと。

ののん。

力を使わせ過ぎるのも良くない。

「ではの、またいつかの」

別れの挨拶をすれば。

『……た、また。……あなたたちに、会いた……』

ふっと何か途切れた様に、声も聞こえなくなり。

目の前のぬいぐるみも、くたりと倒れ微動だにしない。

我はこそこそと店の中に入りぬいぐるみを元の場所に戻すと、狸擬きの背に乗り宿へ戻る。

男たちが部屋に戻った様子はなく。

宿はしんと薄暗く。

我の男たちが連れて行かれたのも、本日の客は我等だけだったためと思われる。

寝巻きに着替え、

「フーン」

狸擬きの毛を濡らした布で拭いてやり。

「何だか懐かしいの」

1匹と1人きりは。

「フーン」

今も楽しいですが、あの頃も楽しかったですねと狸擬き。

「そうの」

まだあの頃はこやつもだいぶ大人しかった。

背中の毛を梳かしてやっていると。

「フーン」

「のの?」

「フンフン」

青のミルラーマからは近い山のわたくしめの仲間に、またお菓子を差し入れるように、あの山の猟師に伝えて欲しいのですと。

「ふぬ。それは良いけれど、……しかし、あやつはあちらまで行くかの」

手紙には、そのうちこちらに向かうとあったし。

「フーン」

鳥を使えばいいのですと狸擬き。

確かに、あちらには中型の鳥もいた。

人の言葉を理解する(かしこ)い弾丸桃鳥経由で頼めば、届けて貰えるであろう。

「では、また手紙を送らぬとの」

男たちは朝方まで戻ってこないかと思われたけれど、

「終わったよ」

汚れきった身体を水場を借りて流し、借りた服を羽織って戻ってきた。

2頭とも無事に産まれたと。

「子馬はどうだったのの?」

狼男に訊ねれば。

「あぁ、とても美味そうだった」

ののん。

さすが元野生。

窓から夜目で厩舎の方を眺めれば、男と狼男の服が並んで干されている。

急ぎでない時は、服は干して乾かされることがほとんどであり。

「明日も、少し世話を頼まれた」

稀に見ぬ人手不足らしい。

もしこれがぬいぐるみの力であれば、そろそろ解消しそうではあるけれど。


翌日。

やはり、あのぬいぐるみの力であったか。

昼前には、近所の住人たちが、

「やっと手が空いたよ」

「ごめんねぇ!忙しい時に手伝えなくてさぁっ」

厩舎を勝手知ったる者たちが現れ。

それでも、まだ作業は若干滞っていると聞いたため。

我等は、堆肥をかき混ぜたり、馬たちの寝床を掃除したり。

「おーお嬢ちゃんか、ちっちゃいのに良く働いてくれるなぁ」

嵩の張る藁を頭上に掲げて狸擬きと共に運んでいると、汚れた布を抱えた宿の男とすれ違い、感心されつつ感謝もされた。

「随分といいとこのお嬢様に見えたけど、見掛けだけで判断するもんじゃないと反省したよ」

反省もされた。

(ふぬぬ)

我の“格好だけ”は男の趣味で、

「どこぞのやんごとなきお嬢様」

に見えなくもないからの。

今は頭の三角巾に白いエプロンも、泥や干し草が付き。

厩舎の掃除も終われば。

「小さいけど、うちの風呂を使ってくれ」

遠慮なく宿の男の家の浴室を借り、ほんのりとでもなく付いた糞尿の臭いはさすがに好まぬらしく、狸擬きも大人しく狼男に毛を洗われ。

「フーン」

もふりもふりと“ボリューム”を増して出てきた。

宿の男からは礼として、宿代を引いてくれるだけでなく、いい機会であるしと狼男が乗馬を教わることになり。

「……フーン」

狸擬きは、自分も乗せて欲しいけれど、狼男と言うド素人の乗馬へぐいぐい割り込む勇気はない模様。

狼男自身も、自分が上手く乗りこなせるかと及び腰ではあったけれど。

「のの」

「あぁ、センスがあるんだな」

さすが半獣半人。

鞍を乗せた馬に跨がってさえしまえば。

宿の男に教えられるまま、すぐにコツを掴み、軽快に馬を歩かせ始める。

「フンッフンッ!」

すかさず、自分も乗せろとスタコラ駆けていく狸擬き。

「そうだ、お嬢ちゃんも、子馬を見にくるかい?」

可愛いぞと宿の男に誘って貰えたけれど。

(ぬぬん)

「行かないのか?」

我を抱っこする男にも、不思議がられたけれど。

「のの。平気だとは思うのだけれど、我が子馬に近付くことで、何かしらの良くない影響を与える可能性もあるからの」

子馬など、これ以上なく無垢な存在。

どうやらなぜか真逆に位置するらしい我が近付いたならば。

「んん……」

否定は出来ない男。

その男が、

「ええと、先に食事をして来ます」

と話を逸らせば、

「そういや朝から手伝いに駆り出しちまったな」

助かったよお疲れさんと労られ。

鋭くそろそろ食事かと察したか、狼男とご機嫌な狸擬きを乗せた馬がトコトコと戻ってきた。


宿の男に聞いた食堂で食事をしつつ。

「フーン、フーン」

もう一度馬に乗りたいです乗りたいのですとせがんでくる狸擬き。

どうやら狼男の乗馬の腕は、狸擬きのお眼鏡に叶う様子。

男に伝えれば、

「そうだな、戻ったら頼んでみようか」

「の」

特に予定もなし。

ただその前に、食後の甘味を所望するのと、食堂を出てから男のシャツを引けば。

「おやなんだい、昨日の旅人さんたちじゃないかい」

旅の女と再会を果たした食堂の母親が、片手にカゴを抱えて、偶然だねとやってくると、

「昨日は来てくれてありがとうね」

男にぎゅむりとしがみつく我を見て、ニコニコ相好を崩し。

「お嬢ちゃんは女の子だからか、やっぱりおとなしいねぇ」

我を通し見ているのは、幼い頃の息子の姿であろうか。

男が、そんな母親に、甘いものが美味しい店はこの辺りにあるかと訊ねてくれる。

「甘いのは、あぁそうだね、この先のね、大きく花が描かれてる扉の茶屋が美味しいよ」

大通り沿いだから、分かりやすいよとも。

「のの」

男が礼を伝え、我を抱え直すと。

「はいはいじゃあね、気が向いたら、また店にもおいで」

と、自ら先に踵を返した癖に。

我等が歩き出した途端。

「……ああね、ちょっと。ちょっと待っておくれ」

「?」

振り返った母親には、その顔にすでについ先刻の笑みはなく。

「……」

むしろ何か、こちらを案ずるようなものが浮かんでいる。

(……?)

「……あぁそのね」

逡巡は顔だけでなく、片手で耳に触れ、落ち着かなげに視線を彷徨わせた後。

「もうね、やだね、ホントにね。……悪口陰口は、好きでないんだけど」

眉間に皺を寄せ、

「でもねぇ……」

溜め息を吐くと。

「ああもう、こんな要領を得ない独り言聞かせられて、あんたたちも困っちゃうよね」

その無理に浮かべた笑みに。

(ぬん……)

見上げた我と視線を合わせた男が、もし時間が取れるようなら、お勧めしてもらえた茶屋へ案内して貰えないかと母親を誘い。

「フーン」

狸擬きが促すように尻尾を振れば。

「あらま。うぅん、そうだね。悪いね、あんたたちにも気を遣わせちゃったね」

母親が、こっちだよと先を歩く。

そう遠くない場所に建つ茶屋には広い中庭があり、周りの建物で日射しは遮られ、建物の間から流れる風は涼しく、気温の高めな今日でも、とても心地好い。

母親が勧めるのはオレンジのタルト。

母親は紅茶だけ頼むよと、顔見知りらしい店員に気さくに挨拶している。

タルトが運ばれてくるまでは、母親に、海まではまだ遠いけれど、のんびり行けばいいよと、先の街の話を聞き。

間もなく紅茶と共に運ばれてのは、

「のの♪」

皮の剥かれたオレンジがたんまり乗せられたタルト。

オレンジの下はカスタードクリーム。

「ぬふん♪」

果実の瑞々しさとクリームのなめらさかとサクサクタルト。

「うん、美味いな」

「フーン♪」

『これはとても好きだ』

柑橘類でも美味しく食べる狼男。

そんな我等に、少し力が抜けたように笑う母親は、自身の頼んだ紅茶のお供に付いてきたビスケットの乗った小皿は、我の前に置いてくれてから。

「……うちの息子ね。あれも大の甘党でさ、少し前までね、あの3倍はふくよかだったんだよ」

あのやつれた若店主が。

我等だけでなく、

「フン?」

狸擬きすらも驚いて、フォークを持つ前足を止めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ