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『……君に』

「ぬ?」

『……君に話しかけられて、僕は……』

ふぬ。

『……どうやらここで死んで、肉体を失っても尚。……執念と思われる一念で、この肉体のない心だけで、……母国へ帰ろうとしていることに気づいた……』

「の、その心の強さは、感嘆に値するの」

他国で戦争で死んだものが、母国へ帰りたがっているのと似ておるの。

『違う……。これは強さ、などではない。これは……自分でも恐ろしい、あまりよくない、強い未練なだけだ……』

ぬぬん。

死しても尚、肉体を失ってさえも、なぜこんなにこやつは知性理性を残しているのか。

隣の狸擬きも、同じ疑問は抱いているようであり、しかし正解も知らぬ様子。

『君に……』

我に。

『僕に声を……声を掛けてくれた君に……』

「の」

『……頼みが、ある』

おやの。

「なんであるかの」

『僕の遺品を……僕の彼女に、届けてくれないか……』

遺品を。

(ぬぬん)

「……さすれば、お主は大人しく眠るかの」

問い返せば。

『……あぁ。このまま眠ろう。……僕は、今……。僕自身の消滅を感じている……』

揺れるのは奇っ怪な赤髪の塊。

『次に、次に生まれ変わることがあったら……僕は、今度こそ彼女に会い、……一緒に旅に出ると決めた……』

ほほう。

来世云々より。

自身の消滅すら、そんな事まで、こやつは察せられるのか。

それに感心していると。

「フーン」

消滅の予感は、主様のお力のせいでしょうと狸擬き。

なんと。

我のせいであるか。

ならば。

「そうの」

『……』

「ぬいぐるみの街の娘がの、お主の忘れ物を、後生大事にしておる。我はそれを受け取り、お主の彼女のもとへ届けるの」

嘘っぱちな、その場限りの出鱈目を述べてやれば。

『……それは……それは、深い感謝しかない……』

橋にしがみつく赤い長い髪が、はらりはらりと、ほどけていく。

『君にも……なぜか僕の忘れ物を大事に保管してくれていた彼女にも……大きな……礼、を……』

聞こえる声が、徐々に掠れていく。

「の」

『……?』

「お主は、ほんの近いうちに、最愛の彼女との再会を果たすであろうの」

ほどけ、風に消えていく髪に指先を伸ばせば。

『…………あぁ、信じられる……。君の言葉は……心から……信じられる……』

ありがとうの言葉を残して、赤い髪は、サラサラと流れ消えて行った。



「あれの、どうやら街の娘は、相当に思い込みが強かったらしいの」

むくりと身体を起こせば。

「フーン」

その気持ちの強さが、ぬいぐるみにまで、悪い意味で作用したのでしょうと、その場で大きく伸びをする従獣。

とうに不幸な事故で亡くなっているとは言え、相手の男に話を聞かせてもらったお陰で、全く異なる視点が現れた。

「フーン」

大変に興味深い事象でしたと狸擬き。

「そうの」

橋をスケッチしている男と、狼男の元へ駆けて戻れば。

「大丈夫だったか?」

男が心配そうに我に腕を伸ばす。

「平気の」

男から見れば、我は橋の柵から俯きがちになり、微動だにしていなかったと。

抱き上げられ、ぎゅむりとしがみつけば、トコトコと馬車がやってきた。

「こんにちはー、あら、旅人さんね。こんな所でどうしたの?」

小振りな馬車でやってきた女は。

我の男よりも、だいぶ年上、四十路前後と思われるけれど、女でも活発なパンツ姿。

女は馬車から降りると、私は仕事でこの街と先の隣街を行ったり来たりよと、大きな身振りで教えてくれたけれど。

「……ね、橋に、なにかあるの?」

その身振りと笑みを控えて訊ねて来た。

「いえ、立派な橋だなと眺めていただけです」

男がスケッチを見せると、

「あら上手。ここね、馬車の滑落があってから、慎重に橋が架けられたんですって」

いつ見ても立派な橋よねぇと、視線を先に向けた女が、

「……あら……あらら?」

きょとんとした顔で橋を眺めている。

「どうされました?」

男が問いかけても、

「……なにか、さっぱりしてるわ」

橋を見つめたまま、首を傾げ。

「フーン?」

狸擬きが鼻を鳴らすと、

「あぁね、ぼんやりしてごめんなさい」

おいてきぼりよねと苦笑いすると、

「最近、何か橋を渡る時に、ほんのりとだけどね、嫌な感じがして。こんな立派な橋なのに、どうしても苦手に感じて来てたのよ。……でも」

でも。

「今は、橋を渡る前に感じてた嫌な感じがないのよねぇ」

なんだったのかしら?と呟く女は、男が煙草を差し出せば。

「いいの?有り難う、頂くわ」

ニィッと些か個性的な笑みを浮かべると、

「まぁ色々と、物も人も、少しずつ変わっていくものよねぇ」

そう呟いて煙を吐き出す表情には、なにやら色気を感じる不思議な女。

「旅人さんたちも、こんな所で停まっているもんだから、何か見えてるかと思ったんだけど」

絵描きさんだったのね……と男が小脇に抱えるスケッチブックにちらと唇の端を上げる。

「いえ、これはただの趣味です」

男が否定すれば。

「趣味ぃ?上手なのに、ちょっと勿体ないんじゃない?」

男と絵を交互に眺め、けれど無言の微苦笑で返す男に、

「……まぁね、どっかの王様やお貴族様のお抱えでもないと難しいか」

訳知り顔で天を仰ぐ女は。

「ぬいぐるみの街は、スケッチのしがいがあったでしょ」

と来た道を振り返る女。

「えぇ、とても」

穏やかに頷く男に。

「んふふ。……また縁があれば会いましょ」

軽快に馬車に乗り込むと。

男の隣の狼男だけでなく、我にも狸擬きにも手を振り、橋を渡って行った。

互いにまた会えるとは、行き先は同じだとしても、そうそう再会を果たせるとは思っていない。

だからこそ。


「わ、びっくりしたぁ!」

先の街の、狸擬きの勘頼りに入った小さな食堂で、女とあっさりと再び顔を合わせたのは、我等も驚いた。

隣街。

幾何学模様の街よりも小さく、街と言えど牧歌的な雰囲気が漂い、街の人々もおっとりのんびりしている。

ただ、特徴的なものがなく、ここがどこかと問われれば、

「ぬいぐるみの街の、隣の街」

が一番通じてしまうような、そんな街。

女は、ここの若店主がボーイフレンドなのよとおくさず笑い。

(ほほぅの)

この女の年なら、結婚は勿論、そう小さくない子供がいてもおかしくないと言える年齢なはず。

けれど、この店の店主であり、この女の“ボーイフレンド”は、女よりはだいぶ年下。

我の男ではなく、狼男と同世代辺りか。

その若店主は、我等にもニコニコしてくれながら、カウンター近くの席に勧めてくれたけれど。

(ののん)

この若店主は。

なんであるか。

ひょろり、とも違う。

骨っぽさ、ではなく。

これは。

(やつれ気味であるの……)

髪の艶のなさ、頬のこけはおろか、壁に書かれたおすすめを指差す爪先すら、濃い筋が入っている。

ただ、当の本人は全く気にした様子もなく。

「せっかくの再会だもの、ご一緒させてくれない?」

と我等の席に着いた年上のガールフレンドを見る若店主の瞳は。

まだ、初めて恋をしたばかりの少年の様にキラキラと輝き。

一方。

若店主をボーイフレンドだと豪語しているくせに、そんな眩しい視線すらも軽く受け流している女。

「私もね、ずっと流れ者なの。そのうち、あなたたちが来た方へ向かおうと思ってて」

それでもこの女は、仕事を見つけては、同じ場所に2~3年は腰を落ち着けるのだと。

今はこの辺りをうろうろしつつ、

「でも、もうそろそろかな」

と、こそっと声を潜めたのは、ボーイフレンドに聞かせないためか。

「女の独り旅はたまに驚かれるんだけど、珍しくないわよねぇ?」

男が差し出した煙草を、片目を閉じて引き抜きながら。

「少し、珍しいですね、山越えなどがある土地なら尚更」

曖昧に首を傾げ。

「あぁ山ね。私も、山を大きく迂回してきたのよ」

そもそもが、迂回しなければならない、到底馬車で越えられる様な山ではないらしい。

(どんなお山かの)

男が、

「手作りの菓子を売っている、冒険者の様な逞しい女性とすれ違ったことがある」

と話せば、

「へぇ、お菓子を?凄く夢があるじゃなぁい」

ビールと共に運ばれた塩で煎った豆を摘み、先を聞きたそうに足を組み替えたけれど。

カウンターの内側、2階の住居へ続く階段から降りてきた、女よりも更に年を重ねた、白髪混じりの女に気付くと。

「今夜はお先に失礼するわ、また次に会えた時には1杯奢るから」

と軽い身のこなしで席を立ち、長い髪を靡かせながら、店から出て行った。

(のん)

こちらからは奢りなどとは一言も言っていないのだけれど。

店主の母親と思われる、老婆と言うにはまだ若い、白髪混じりの髪を纏めた女は。

旅の女が出て行った扉を、残念そうに見送る息子に対して大きくため息を吐き。

(おやの)

それでも壁に掛けていたエプロンを手に取ると、

「あらま、いらっしゃい、初めてのお客さんたちね」

物珍しい姿の我等には、作り物でない笑顔を見せてくれた。


「へーぇ、このタヌキ?ちゃんがうちの店に案内してくれたの?」

まーぁこんもり丸々して可愛いねぇと狸擬きに相好を崩す母親は、

「さては、うちの名物に気付いてくれたのかしら?」

得意気に腰に手を当てる。

「フーン?」

名物とはなんだと狸擬き。

「ほら、今も隣のジジイが頼んでるやつだよ」

指を差し。

その隣のジジイは、

「客に対してジジイはないだろうよ、バアサン」

ビールおかわり頼むよと、笑いながら空のグラスを振り。

「ちょっと!次にあたしをバアサンと言ったらあんた出禁だよ!」

バアサンは案外厳しい。

ジジイはおお怖い怖いと大袈裟に身体を震わせると、

「いや本当に珍しいなぁ、ここに旅人さんとは」

しげしげと眺められ。

あまり余所者は来ない店かと思えば。

「隣の街から出ると、この街には立ち寄らずに抜けてくからなぁ」

ののん。

確かに。

我等も、当初はその予定だったのだけれども。


「フーン」

この街は美味しそうな匂いが多いですと狸擬きの一言で。

他の馬車に習い、道端に馬車を停めさせてもらい。

少し街を歩いてみれば。

先をうろちょろする狸擬きが足を止めたと思えば、珍しく服屋と思われる店先で足を止め、じっと眺めている。

「のの?」

お洒落にでも目覚めたかと思えば、狸擬きが眺めているのは、服屋のガラス越し、おまけとして飾られた子熊のぬいぐるみ。

「フゥン」

「の?」

隣に立てば。

「フーン」

何やら、このぬいぐるみが主様とコンタクトを取りたい様子と。

「のの?」

しかし人通りはあるし、男と狼男もいる。

「フンフン」

今でなくていいと言っておりますと。

ふぬ。

「どうした?」

男に問われ。

「の、こやつがの、今更ながら、ぬいぐるみの1つくらいならば迎え入れてもいいと言っておるの」

すっとぼけて見せれば。

「フーンッ!!」

そんなことは言っておりません!可愛いマスコット枠はわたくしだけで満員御礼なのです!と高速地団駄狸。

「ののん」

一体マスコット枠とは何であるか。

そもそも、可愛い枠ならば、そこは我ではないのか。

お主はせいぜい、よくて三枚目であろうの。

何用かは知らぬけれど、向こうから接触の機会を窺ってくるであろうと、今度は、ふらふらと蝶々を追い始めた狸擬きを止め。

街の店先に並ぶ珍しい花を眺め。

「のの、瓶詰が多いの」

日持ちしそうなものを買い足し。

「お、旅人さんか、珍しい石があれば少しうちに寄ってくれないか?」

帽子屋を冷やかしていたら換金屋だと言う男に声を掛けられ。

「本屋?あぁ、俺が案内しよう」

換金屋のテーブルにある本を見掛け、訊ねてみれば親切に本屋まで案内してくれ。

「ぬー♪」

「……フーン」

途端に退屈そうに鼻を鳴らす狸擬きは狼男に頼み、馬車道の向こう側、本屋の対面にある茶屋へ押し込み。

我は小さな本屋で、本を抱えながら。

男に、届かない高さの本を取って貰いながらも。

「3冊までだ」

「5冊の」

「3冊」

「5冊の」

男との押し問答の末。

(ぬぬん)

どちらも引かぬため。

我も狸擬きの様に地団駄を踏んでみせるか、何なら見た目相応に、床に寝転がって駄々を捏ねてみるかと企むも。

男も、我の床へ向けた視線の先でそれを鋭く察したか、

「4冊だ……」

とため息を吐き。

どれにするかと長考の(のち)、1匹と1人の待つ茶屋へ向かえば。

茶屋の娘と客の若い女数人にわらわらと囲まれ、ひたすら戸惑う狼男と、触れられ撫でられしっちゃかめっちゃかになりつつ、それでも茶を啜る狸擬きの姿。

(のぅ……)

“夜のお姉さん”がいる飲み屋へ放り込んだ時もそうであったけれど。

「お主は、もう少し強気で良いのの」

我の男のように、笑顔で圧を掛けて追い払えばいい。

この元生粋の野生児とは信じられぬ程に穏やかかつ控え目な性格では、(おさ)に頼まれた“一人立ち”がいつまでも出来ぬ。

そう口にしてみれど、

狼男は、

『難しい……』

とため息。

「フーン」

狸擬きが右前足をピッと上げ。

「のの?」

「フンフン」

あのろくでなし黒子の様に、もっと人の女そのものに興味を持てれば、また違うのではと狸擬き。

「そうの」

相手を知ればまた、あしらい方も上手くなるであろう。

「身近に、年頃の女性がいないせいも大きいな」

苦笑いで煙草を吹かす男。

人の男に、ちんまき人擬きに、獣。

狼男を囲む環境からして、難ありである。

狸擬きが、おやつは主様と共に食するために茶屋では食べておりませんと無駄に胸を張るため場所を変え、狸擬きの先導で、しばらく街を歩いた先の半分食堂の甘味処で。

テーブルに運ばれてきた干し葡萄の混ぜられたスコーンに、クロテッドクリームをたんまり乗せてかぶり付きつつ。

「ぬんぬん♪」

いつかどこかで、あれは赤の国であったか。

豪奢な茶屋で食べたスコーンより、こちらはざっくりと素朴。

(どちらもそれぞれに美味であるの)

思い出しつつ、そんな話をすれば。

「ムーン」

半分に割ったスコーンを一口で頬張る狸擬きが。

「ムゥンムン」

人間の無駄に細やかな機敏を感じろ察しろと言うのは、やはり対象の人間の中に混ざり生き、経験を積むしかないでしょうと正論狸。

「ふぬ」

無論、それはあるけれども。

そもそも。

「の、お主には、性欲がないのの?」

なくとも、別に珍しくもないけれど。

「……っ」

我の問いかけに、静かに紅茶を噴き出すのは男。

『性欲』

スコーンを頬張る手を止める狼男に。

「……フーン」

主様、そのようなお話は時と場所を選ぶべきですと従獣に(たしな)められた。

「のん」

そうの。

「失礼したのの」

澄まして紅茶を啜れば。

「……本の冊数を絞った仕返しか?」

口許を拭う男には眉を寄せられたけれど。

「何のことの」

そんなつもりは更々ない。

我は、ただただ空気を読めないだけである。

「……んんん」

それはそれでと複雑な顔をする男に。

『君は、気持ちそのものの言葉をまっすぐに伝えてくれるから、解りやすくて助かる』

高評価を与えてくれる狼男。

そう。

そんな風に。

どうやら思い返せば、ほぼ我の本を選ぶためにこの街での時間が大きく取られ。

もう一つ、ぬいぐるみが何やら我と接触を試みているとの別件もあり。

それは男には伝えていないけれど。

気付けば街を出るにも、どうにも中途半端な時間となり。

「今日は、この街で宿を取ろうか」

この街で、宿を探すことになった。


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