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48粒目

時は。

「フゥン」

「……?」

時は、丑三つ時か。

「フーン」

狸擬きの微かなフーンは、我にしか聞こえない。

仰向けで眠る男の腕にしがみついて眠っていた我は、

「んの……?」

自称従獣に起こされ。

「……なんの」

男を起こさないように慎重に起き上がる。

小さく身体も軽いお陰でベッドは軋みにくい。

「フーン」

狼男のベッドで眠っていた狸擬きは出窓へ向かい、尻尾を揺らし。

「フンフン」

人外の気配ですと。

「のの?」

狸擬きの背によじ登り、そこから出窓に足を掛けて登れば。

狸擬きは足の短さと脚力は比例しないのか、ひょいと出窓に飛び上がって隣に並ぶ。

大量の黒い靄でも大挙して押し寄せて来たかと思いきや。

(のの……?)

歩道でなく馬車道を、馬と思わしきものが、トコトコと歩いてくるのが見えた。

実際は、馬と言えど子馬より遥かに小さく。

隣の狸擬きより小さく、こやつの半分程度の大きさであろうか。

目を凝らせば、つぎはぎ、愛らしいパッチワークで縫われた子馬のぬいぐるみ。

パッチワークの柄の幾つかは刺繍が施され、余り布ではなく、きっとそのために誂えられた生地。

トコトコ歩く子馬に、尻尾はない。

我等の前を通り過ぎる時、木のボタンで出来た瞳はどこを見ているかは分からず。

ただ、足を弛めることなく、トコトコ、トコトコ。

(ぬぬん)

思い出した。

あの馬のぬいぐるみは、街の中心街の、街一番の老舗のぬいぐるみ屋で飾られていたもの。

目を惹くぬいぐるみたちの中でも、一番目立つ場所に飾られていた看板ぬいぐるみ。

それにしても。

深夜とは言え。

「よく街の人々に目撃されずに済んでいるのの」

「フーン」

微力ながら、生き物たちが深い眠りに就く術が、街全体に掛けられておりますと狸擬き。

「ふぬん」

なるほど。

我の男も、長年山暮らしの狼男ですらも起きないわけである。

「凄い力であるの」

「フーン」

ぬいぐるみたちの力でしょう、あの数、わたくしたちの目に留まらない場所にも幾多数多(いくたあまた)と存在しているでしょうから、1つ1つの力は感じられない位に小さくとも、圧倒的な数の力で街を眠りに就かせているのですと。

しかし。

なぜ。

そんな術を。

「フーン」

単純に、街の見回りのためかと思われますと。

「ほうほう」

「フーン」

毎夜などではなく、何かしらの決まった法則があるのでしょうとも。

「ののぅ」

では、我等は、珍しいものに運良く遭遇出来た様子。

窓から、馬の尻が見えなくなるまで見送り。

「とても貴重なものが見れたの」

「フン♪」

互いに再びベッドへ上がれば。

「んん……」

男は、我の気配に寝返りを打ち、我を胸に抱き寄せてきた。

「くふふ、お主は我が大好きであるの」

そんな男の胸に額を擦り寄せ。

「おやすみの」

我も、この街の眠りの術に、ゆらりと身を委ねるだけ。


快晴の翌日。

「フンッフンッ」

そうは見えないけれど、ぬいぐるみたちに威嚇をしつつ先を歩く狸擬き。

「ぬいぐるみは買わないのの」

興味はあるけれども。

我が従獣の牽制が強すぎる。

「……」

しかし。

それよりも気になるのは。

明らかに。

(街の空気が変わったの)

我等が深夜に目を覚まし、馬の見回りを眺めていたことを、この街のぬいぐるみたちには、どうやら知られている様子。

子供が胸に抱くぬいぐるみ、窓際に飾られたぬいぐるみから、視線を感じる。

「の、もうこの街は飽きたの」

男に抱かれたまま足をブンブン振れば、

「早いなっ?」

驚かれた。

「ぬいぐるみには興味がないのの」

「うーん」

男も嵩張るぬいぐるみは、仕入れとしてはあまり向いていないとは感じているらしい。

狼男も、

『少し、纏う空気が違うな』

昨日とはと言いたいのだろうけれど、

「少女的な街並みでもあるしな」

男は気持ちは解ると言いたげに、

「海も待っているし、早めに出ようか」

「の」

海までは、しばらく街や村が続くけれど、村も旅人たちの訪問には慣れているから、山越えのような準備もいらないと。

そんな我等の会話にも。

そこかしらにいるぬいぐるみたちから、

(……耳をそばだてられているの)

聞いたかの。

我等はすぐにこの街を出て行く。

お主等の脅威にはならぬし、元よりそのつもりもさらさらないと、茶屋で甘味を食べ、狸擬きの催促で本日もお爺の紙芝居を観に向かい。

雨は天敵となるぬいぐるみの街は、

「のの」

「フーン」

少しの雨でも、蜘蛛の子を散らすように人が綺麗さっぱり居なくなり。

我等は屋根のある店先で、明るいのに無人の街と言う珍しい景色をしばし眺め。

それでも。

ガラス越しの視線は、絶えることなく。

男も、僅かには何か感じるのか、我を絶えず胸に抱き。

更に何か感じてるであろう狼男は、それでも敏い故に無駄口は叩かず。


夜。

「フーン」

またしても。

丑三つ時と思われる真っ暗な部屋の中。

「……?」

「フゥン」

ぬぬ。

「……なんであるか」

「フンフン」

馬のぬいぐるみですと狸擬き。

「……のの、またかの?」

夜の散歩は、時たまではなかったのか。

男の胸の中で目を擦れど、

(のの……?)

我の男は、目を覚まさない。

狸擬きは、すでに出窓に乗っている。

ぬいぐるみをあれだけ牽制しているくせに、

「興味津々ではないかの」

わざわざ我を誘わずとも1人で、いや1匹で眺めればよかろうと、んしょのと何とか出窓に這い上がれば。

「……んの」

窓の向こう。

昨夜の馬のぬいぐるみが、じっと、こちらを見上げていた。


「……なんの」

「フーン」

あちらから、わたくしたちに何か用がある様子と。

こちらは特にないのだけれど。

馬のぬいぐるみは、じっと動かず。

(仕方なしの)

出窓から飛び降り、少し迷い、衣服の詰められた鞄から巫女装束を取り出し着替える。

そっと出窓を開き、歩道に飛び降りると、狸擬きも隣に降りてきた。

目の前に立てど、馬のぬいぐるみは、微動だにしない。

「何用かの」

『……』

「お主等の力は、我にはとんと効かぬけれどの、我はここで何をするつもりもないの。明日には出て行くつもりであるし、目を瞑って欲しいの」

『……』

「お主等の力は無尽蔵などではない。数ヵ月に一度程度、見回りのために街にいる者たちを眠りに就かせる力があるだけであろうの」

それが2晩続けてなど。

「我ごときのために、仲間たちを無駄に疲労させるでないのの」

『……』

聞こえているのか、いないのか。

(ぬぬん)

埒が空かぬのと軽く眉を寄せれば。

『……は、はじ、はじめまして』

「……の?」

『ご、ごめんなさい。わたし、言葉として声を発するのが、は、初めてで』

可憐な少女の声。

その見た目に相応しい。

『声の出し方を、模索していただけなんです』

なんと。

最近は、人骨も声を出していたけれど、こちらは自力。

あやつは人と言う他者に向けてだけれども、このぬいぐるみは我のみに聞こえれば良いため、多少難易度が下がるのであろうか。

「それはそれは、こちらも失礼したの」

早とちりした。

『いえ、いいんです。昼間も、みんながあなたを(いぶか)しんでいたのは、本当の事なので……』

ふぬ。

何か、我に用があるには違いない。

散歩へ付き合うのと足を踏み出せば、

『誰かと見回りをするのは初めてです』

嬉しそうに、足取りが軽くなる。

「お主は、老舗の店の看板ぬいぐるみであるのの?」

『そうです、店主が代替わりすると、その店主が作ったぬいぐるみが、お店の看板ぬいぐるみになるんです』

ほうほう。

それは非売品となり、店先に飾られると。

「大変に愛らしいの」

『あなたに褒められて、私は勿論、ご主人様もきっと喜びます』

夜の街を歩けど、昼間のような、ぬいぐるみからの強い視線や気配は少ない。

『みんな、眠りの力に集中しているので』

ふぬ。

「お主の見回りは、ご主人は知っておるのかの」

『えぇ、前のご主人様もですが、気づいています』

嫌でも足が汚れるため。

歴代の店主は、

『今も履かせてもらっているのですが、汚れたこの靴下を別の靴下に履き替えさせてくれるんです』

ほうほう。

確かに、柄が同じ布が4つ足の先に重ねられている。

トテトテと街を歩きつつ。

しかと。

「我に、何用かの」

改めて問えば。

『……少し。そう昔でもない、お話を聞いて欲しくて』

「ふぬ」

街は静か、星は瞬き。

黙って先を促せば。

『あなたは、ぬいぐるみが持ち主の身代わりになる、そんな迷信は、ご存知ですか?』

馬のぬいぐるみは足を止めずに、ボタンの瞳で我を見つめてきた。


学舎(まなびや)を卒業したばかりの、卒業後は刺繍作家である母親の弟子になる予定の娘が、この街にやってきた旅人と恋に堕ちた。

互いに一目惚れ。

男は腰にまで流した、癖は強いけれど美しい赤髪をしていた。

旅人が滞在したほんの5日間。

触れたのは指先と、別れの時にそっと触れた額同士だけ。

娘は、この街での、ぬいぐるみの送り方、送られ方については話したけれど、やはり余所者の旅人には、そこまで大切で意味のあるものだとは理解していなかったのか。

もしくは理解して尚、気持ちを伝えたかったのか。

娘に、兎のぬいぐるみをプレゼントした。

旅人の出発の日。

あまりに悲しく旅人の旅立ちを見送れず、贈られたぬいぐるみを抱いて部屋で泣いていた娘は。

ふと、壁に掛けていたショールに、男の髪が1本、寄り添うように張り付いているのが目に留まった。

娘は、その髪を慎重に指で摘まむと、ぬいぐるみの首に巻きリボン結びにし。

「私をこの髪の持ち主の所まで案内して」

ぬいぐるみにせがんだ。

強く胸に抱き、泣きじゃくりながら。

すると、ぬいぐるみがむくりと右手を上げ、ある一方向を指した。

娘は、ぬいぐるみを抱いて家から飛び出すと、旅人が旅立った道を駆け出した。

元から住まいは街の外れ。

すぐに素っ気ない放牧場が広がり、道は幾つか別れているけれど、ぬいぐるみは1つの道を指している。

けれど、先にはなにも見えない。

ならば徒歩では到底追い付けない。

途方に暮れかけるも、街からやってきた旅人らしい老人が、道端で立ち尽くす娘に気付き、どうしたと声を掛けてくれた。

「人を追い掛けているの。今ならまだ間に合うから」

とぬいぐるみの示す道を指差して訴えると、旅人の老人は、向かう方向は同じだから乗っけてと手招きし。

娘は、大きく頷きながらも。

もう一度彼に会えると胸を高鳴らせ。

それだけでなく。

一緒に、私も一緒に連れていって欲しいとせがもうと、ぬいぐるみを抱え、胸を熱くさせ、馬車に揺られていたけれど。

「それ」

は規模は小さいながらも、たった今、起きたばかりの”出来事”だった。

娘も老人も、馬車に揺られて気づかなかったけれど、この辺りでは本当に珍しい、地鳴りと言う現象が起きていた。

馬車の揺れで気付かない程度の、そう大きなものではなく。

それなのに。

「……ありゃ、なんだ?」

老人が怪訝な顔をして先を見ている。

つられて先を見れば。

「道が崩れてる!」

老人が声を上げた。

そこは、まだこの辺りに人も居着かない大昔にあったと言われる地鳴りで、地が深く割れ、今は離れた山々からの水が流れている地割れた土地。

大の男2人分の背丈くらいの地割れが断続的に続き、ただ、橋の様に馬車が通れる程度の幅の道は残り、人はずっとそこを馬車で行き来していた。

「……」

崖崩れを見た娘は、なぜか、とても嫌な予感がした。

“これでは旅人へ追い付けない”

そんな、生易しいものではなく。

ぬいぐるみを強く抱き締めるも、ぬいぐるみは、崖の方へ右手を伸ばすだけ。

馬車が近づけば、嫌な予感はますます強まり。

あの崖から、馬車ごと落ちれば大怪我では済まない。

更に崖崩れに巻き込まれれば。

崖が近付くにつれ、浅くなる呼吸と強い寒気。

娘は、停まった馬車から飛び降り、

「お嬢さん、危ないぞ!」

老人の声を背中で受けつつ、崖に近付き、崖下を覗き込めば。

「……っ!!」

(なんてこと……っ)

悪い予感は、どうしてこうも当たるのか。

崖の崩れた土砂の間から、馬車の破片、車輪、それに。

まだ尚、艶めく赤い髪が、覗いていた。

「……」

老人は、引き返して街の人たちにこの惨状を伝えてくると言う。

娘は、ここには子供もたまに来るから私が見張っていると嘘を吐いて留まった。

どうしてなのかは分からない。

ただ。

茫然としていると、腕の中からぬいぐるみがもがき、娘の腕から抜け、自ら地面に立つと、

『……』

じっと、娘を見上げてきた。

まるで、

「約束通り、この髪の持ち主の元に連れてきた」

とでも言っているような表情で。

「……」

娘は、そんなぬいぐるみを見下ろしながらも。

まだ。

あれは、本当に彼なのかと。

ほんの一時、夢の様な時間を過ごした、あの彼なのかと。

見間違えではないのか。

あれは、彼の髪などではなく、赤い葉や木の根かもしれない。

あれが彼だと信じたくない一心で、再び、膝を付いて崖下を覗めば。

「ああ、あああ……っ」

忘れるわけもない、艶やかな赤髪。

彼との日々が幸せな夢だったならば、今、これは、悪夢なのか。

きつく目を閉じ、拳を強く握り締め、震える嗚咽が漏れた時。

「……?」

左の手首に、強い締め付けを感じ。

目を開けば、ぬいぐるみの首に巻いた赤髪は、いつの間にか、ぬいぐるみの左手と娘の左手首を、繋いでいた。

「……え?」

何が起こっているのか理解する間もなく、娘の手首と自身の手を赤髪で繋いだぬいぐるみは、躊躇なく、崖下へ飛んだ。

「あ……っ!?」

飛んだぬいぐるみは、中は綿の、ただのぬいぐるみのはずなのに。

どうしてなのか、彼の髪で繋がれた左手は千切れる程に重さを感じ。

「あぐぅっ……!」

手首の皮膚は簡単にずる剥けた。

(痛い、痛い痛い痛いっ!!)

確かに私は、彼の元へ連れて行ってと頼んだけれど。

あそこにいるのは。

土砂に埋まっているのは。

もう。

私の望んでいる彼ではない。

なのに。

このぬいぐるみは。

私を。

「嫌よ!!」

行きたくない。

行きたくない。

行きたくない。

「嫌よ、嫌よ、絶対に嫌っ!!」

自身の手を、腕から()ぐ様な、捥がれる様な、その異常な重さも痺れも痛みもまぜこぜになり、

「やめてっ!!」

絶望と恐怖で、絶叫に近い声で、娘は叫んだ。

悪夢ならば、早く、今すぐに覚めてくれと願いながら。

ありったけの感情を込めながら。

込めながら。

込めて。

込めた。

その瞬間。

「……」

(何?)

娘が見たものは。

空と雲。

崖下に身体を乗り出し、絶叫している自分の姿。

酷い顔。

彼にも負けない、自慢だった金髪もバラバラぐしゃぐしゃで、泣き腫らした今は醜く歪んだ顔。

そしてほどけてかけている、ぬいぐるみと自分を繋いでいた1本の赤い髪の毛。

なぜ?

なぜ?

なぜなのか。

どうして、“私”が、落下を感じてるのか。

どうして、“私”が、彼の元へ向かうのか。

どうして、髪を振り乱して絶叫していた私が、今は、声なく、笑っているのか。

落ちていく“私”を見て。

落ちた衝撃は、驚く程に軽く柔らかく。

彼の髪の元で止まった瞬間。

私の意識は、途絶えた。


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