47粒目
この辺りは、隣街への道沿いにも家や建物が並び、朝でも馬車の行き来も少なくない。
そして、我等も大概に異質だけれど、すれ違う商人や旅人に、挨拶されつつも。
「……馬?」
と呟かれる程に、我等が脳筋馬は、はっきり言ってしまうと、全く垢抜けていない。
「一応、借りた街では馬として扱われていたし、馬と呼ばれてはいたんだけどな」
「ふぬ」
我等の歩を進めてくれる馬たちは、どんな場所でも堂々とし、何分図太い性格をしており、馬の特徴の“繊細”とは真逆にいる。
「ペットは飼い主に似ると聞くけれど、お主とは似ておらぬの」
こやつらは別に愛玩動物ではないけれど。
男は思い出すように、視線を晴れた空に向けながら。
「彼女たちを借りた、厩舎の方たちの性格に似たのかもしれない」
ほほう。
脳筋馬たちは、今も本人ならぬ本馬たちはツンと澄まして、荷を牽いているつもりらしいけれど、ドカドカと進む姿は優雅さの欠片もない。
建物の向こう側、羊たちの放牧場を横目に眺めつつ。
ぽつりぽつりと建つ家から、徐々に2階、3階と高くなり、建物が密集を始めれば。
建物の窓からちらほらと。
(おやの)
人形の『人形』ではなく。
獣の“ぬいぐるみ”が飾られてるのが見える。
こちらに背中と尻を向けて室内を向いてものもいれば、こちらを向いているものも珍しくなく。
熊やら羊やら兎やらリスやら、小振りな馬や鹿に似せた4つ足のぬいぐるみも少なくない。
大きさも様々。
中心街に向かうにつれ道は狭くなり、この先に馬車は入れないと看板が立っていたりする。
迂回するように街を周ると、宿屋が並ぶ大通り。
小さな宿は、行商人用の一人部屋が多いと。
ならば大人しく大きめな宿を覗いてみれば、部屋は空いていると歓迎された。
景観が売りでないため、低い階ほど部屋は広くなり。
2階の1室に案内され、ベッドは大きめのものが2台。
我と狸擬きが追い駆けっこを出来る程度には広く。
けれど。
「こら」
ソファに飛び乗る狸擬きを追い駆け飛び乗る前に、伸びてきた男の手で抱えられ、あえなく御用になる。
「ぬぬ」
けれど視界の端に入る荷を下ろした狼男ですら、我等の追い駆けっこに尻尾をふわりふわりさせ、ウズウズしている様子に男の苦笑い。
「街の中心部に、特にぬいぐるみの店が並んでいるらしい」
ほうほう。
街中は、建物も若干メルヘンな仕上がり。
花壇も丸っこいものが多かったり、建物も飾り付けが多い。
街の人間も、隣の幾何学模様の街の人間よりも、特に女たちは。
「少し愛らしい格好が多いの」
スカートも少し広がりや丸みがあったり、ブラウスの裾が膨らんでいたり。
装飾品の店も多いけれど、
「どれも小ぶりであるの」
「あれは、ぬいぐるみのためのアクセサリーだそうだ」
「ののぅ」
徹底している。
「大きさ的にも、君には丁度いいかもしれない」
男の目が真剣になり。
我は、隣で仕入れ用の装飾品を探す。
光栄にも、我のことしか見ていない男より、幼子とは言え性別はメスではある我の選ぶものの方が、装飾品に限っては卸しの時の受けはいい。
狸擬きと狼男は、店先で大人しく街を眺めている。
中心部に近付くに連れ、飾られたぬいぐるみたちの数は増え。
小さな広場で。
「フーン」
ふと足を止める狸擬き。
「のの?」
『あれは……』
「あぁ、紙芝居だな」
おや、ろくでなしの二つ名を持つ黒子の同業者か。
こちらは、あのろくでなしの様に身体は張らない様子。
どうやらこれから店開きと思われ、ぞろぞろと押し掛けてみれば。
「おや、旅人さんですか?どうぞどうぞ、いらっしゃい」
こちらに気付いた、長年愛用していると思われる色褪せた帽子を被るお爺は、この街で雇われている紙芝居職人だと言う。
「ぬいぐるみが主役の物語です、街の子供や旅人さんに見てもらっているんですよ」
元は流れであったけれど、腕を見込まれた様子。
「フンフン」
狸擬きが早く見せろと尻尾をフリフリ、紙芝居の目の前に座り込む。
男が4人分のコインを渡せば、紙芝居そのものよりも、狸擬きと我等の姿に、街を通り過ぎる人間が足を止め。
「客寄せとしても有り難い」
お爺がいそいそと準備を始める。
そう言えば、黒子にも、
「君たちはいてくれるだけで客が呼べるんだよねぇ」
と感謝をされた。
この紙芝居のお爺は、見た目からしてお爺であり、そう若くもなさそうに見えるけれど。
それでもやはり職人。
ほどほどに賑やかな街中の広場でも、声がよく通る。
我を抱いた男と狼男は、後ろで立ち見。
従獣の変わりに、我を抱く男が、小声で訳してくれる。
紙芝居の主役は、人間の双子の姉妹が持つ、やはり双子の桃色兎のぬいぐるみ。
家族旅行中、それぞれの持ち主、双子の手からそれぞれに離れてしまい、旅をしながら、互いを探し再会し、持ち主の場所へ帰るお話。
雨に弱く、泥に弱く、風に弱く。
時には大きな鳥に拐われそうになりながら。
時には、熊の巣穴に閉じ込められそうになりながら。
最後は双子の姉妹の元へ辿り着き、それぞれ優しく洗われ、お日様の下でゆっくり乾かされ、ほつれを繕われ、いつもの布の敷かれたカゴの中に寝かされ。
大冒険の思い出話をして、紙芝居は終わる。
「双子のぬいぐるみも、この辺りのお店にも多数ご用意があります、是非お店でお手に取ってみて下さい」
ぬいぐるみの宣伝も忘れない。
スタタタとこちらにやってきた狸擬きは、
「フン、フン♪」
大変に心踊る物語でしたとその場でご機嫌ステップを踏んでいる。
「そうの」
狼男も、
『“物語”と言われないと本当の事だと信じてしまう』
と尻尾を揺らし、満足そうに大きく息を吐き。
男が、我等の感想に、追加のコインを箱に落とせば、
「これはこれは、客寄せをさせてしまった上に更なるご厚意まで頂いてしまって」
恐縮ですと帽子を外して、気取った姿勢でぺこりと頭を下げるお爺。
「旅人さんたちは、どちらの方から?」
男が、海を越えた更に先の花の国の方からと答えると、
「ははぁ、とても遠いお国の様ですね。自分は、もっと北から来た者なのですよ。ここは居心地がよくて、しばらく居着いてしまっているのですが」
そう言えば雇われの身だと言っていたの。
そのお爺に、
「自分は今日の一仕事を終えまして」
早いの。
「たまにでもなく、旅人の方に、この街の案内しているのですよ」
それも仕事の一貫であり、お礼の代わりに案内をさせて貰えないかと。
男が我にどうすると問うて来たため。
「構わぬの」
ついでにお爺の片付けを手伝い。
「フンフン」
踵を返し、案内はまだかと尻尾を振るせっかち狸に。
「……紙芝居の時から思っていたのですが、この彼は、かなり正確に、人の言葉を理解しているのですね」
お爺は髭をなぞりながら、狸擬きに興味深そうな視線を向ける。
「えぇ」
男が頷けば。
「見た目に反し、あぁいやいや、見た目からして賢そうな従獣ですな」
もっふりずんぐりな珍妙な獣を見下ろすお爺に。
「フンフン♪」
解っているではないかジジイと上から狸。
ジジイと言うけれど、お主や我に比べたら遥かに若い。
「お腹は減っていますか?まだでしたら、先に街を案内しますが?」
「フーン」
お茶、お茶、と狸擬きがその場でくるくる回るけれど。
「先に街を見て回りたいの」
「そうだな」
『……』
黙って我等に同意する狼男。
「では、行きましょうか」
「……フーン」
ご不満狸。
こやつが不満なのは、茶が後回しになったことよりも。
「フンス」
我が、ぬいぐるみを眺める行為から遠ざけたいのであろう。
であれど。
「眺める程度ならばよいであろうの」
「……フーン」
眺めるだけに留まるとは思えませんと狸擬き。
「ぬぬ?」
我が欲しがると思っているのかと勘ぐってみたものの。
「可愛い、うん可愛い、とても可愛い」
(ののぅ)
男が、我にぬいぐるみを持たせては、これも可愛いあれも可愛いと目尻を下げ。
狼男にも、
『小さな君が、更に小さなものを持っているのは、こう、ええと、“和む”』
なかなかに好評。
「そうかの」
ただ、狸擬きだけは。
「フーン」
代わる代わるぬいぐるみを持たされる我に身体を寄せては、
「フンフン」
わたくしの方が毛がふわふわです、大きいのです、自力で歩けるのです、とひたすらに圧を掛けてくる。
毛がこそばゆい。
男は、小さなものなら1つくらいと我のために熱心に選んでいるけれど。
大きさは関係なく。
「こやつの許可が降りぬからの」
諦めて貰おう。
そんな我等を眺めていたお爺には、
「この彼は、お嬢様の従獣なのですね」
驚かれた。
どうやら半獣半人である狼男の従獣と思われていた様子。
「えぇ」
男は頷きつつも、その手に持っているぬいぐるみを戻せ戻せと地団駄狸の訴えに、
「どうやら売り上げには貢献出来そうにありません」
肩を竦め。
「いやいや、これから本格的な夏になれば、お客様も増えますから」
お気になさらずと笑うお爺は。
「夏が終わったら、一度故郷に帰ろうかと思ってるんですよ」
と。
北の方へか。
だいぶ名残惜しそうにぬいぐるみを置き場に戻した男が。
「故郷は、どの辺りなのですか?」
ここは美味しいですよと勧められた近くの茶屋で広げた地図を、お爺と真剣に眺めつつ、話を始め。
『これは、何だ?』
「フーン?」
「アーモンドケーキとあるの」
残された我等は、顔を付き合わせてメニューを眺める。
お爺にも美味しいですよと太鼓判を押されたため、頼んでみれば。
間もなく運ばれて来たものは、粉末にしたアーモンドがたんまり混ぜ込まれた焼き菓子であり、たっぷりとクリームが添えられている。
「ぬぬ♪」
しっとりしており、クリームとは勿論、紅茶ともよく合う。
咀嚼しながら、ほどほどに混み合う茶屋を眺めれば、茶屋の飾り棚にも、出窓にもぬいぐるみが飾られており。
少し日に焼けて色褪せたものから、新しそうなものまで。
我の視線を追ったお爺が、
「この街では、ぬいぐるみは大事な贈り物の意味もあるんですよ」
あぁ、ちょうどいいタイミングですねと、離れたテーブルをこそりと指を差し。
「?」
顔を向ければ、若い男が、若い女に、小さく真っ白な兎のぬいぐるみをプレゼントしている。
若い女は、まるで指輪でも見せられたかの様に喜んでいる。
「この街では、宝石の代わりに、ぬいぐるみを送ることも珍しくないんです」
なんと。
ではあれは、指輪代わりか。
周りの客から拍手が広がり、つられて我等も手を叩けば、若い男女は寄り添い、周りの客の拍手に、嬉しそうに笑顔を見せている。
「送りたい相手に合わせて1つ1つ手作りして貰うのです」
色々な時に、さまざまな場面で。
「勿論、その場で買ってプレゼントも珍しくありませんが」
ふぬふぬ。
「素敵な習慣ですね」
男が我の口許のクリームを拭ってくる。
「んぬぬ」
そんな姿を見て笑うお爺は、
「私も、孫に土産としてぬいぐるみを買って帰るつもりが、あっという間に、もうぬいぐるみなど喜ばない年になってしまいました」
と遠い目をする。
思ったより長くこの街にいる様子。
「嫁がだいぶ早くに天に召されてしまったので、そう急いで帰る理由もなくて、ついつい」
土地に街に滞在する理由はそれぞれである。
けれど。
「最近娘が、こちらに向かう途中の旅人に、父親の私に手紙を託していまして。
『生きているならたまには家に帰ってきて』
と催促されてしまいましてね」
満更でもなさそうな苦笑い。
北と言えど陸地であり。
我等の向かう方とは、全く方向が異なる。
「ほぉ、これから海の方へ行かれるのですか。私は、大昔に一度だけ行きましたよ」
どうであったかと問えば。
「いやはや、怖くて馴染めませんでしたな」
怖い。
怖いとな。
海が。
「えぇ。住んでいた場所は川は流れていましたし、小さな湖もありしたが、それだけでして」
新婚旅行で行っては見たものの、視界に収まらない大きな海がとてつもなく怖く、砂浜で足すら波に浸せず帰ってきたと。
「当時は、妻には不満そうにされましたが、結局、妻が亡くなるまで、笑い話のネタにされました」
懐かしむように、小さな瞳を瞬きさせ。
『海は、怖いものなのか?』
狼男が不思議そうに口を開く。
「おや、海には、まだ行かれたことがないのですね」
壮観ではありますよと。
狼男は、いまいち海の印象が図れない顔。
茶屋から出ると、あそこが街で一番の老舗の店ですと、中心街のぬいぐるみの店を案内してもらい。
その店は、扉の取っ手1つを取っても、壁の模様も、他の店より凝っている。
ガラス越しに飾られたぬいぐるみを眺めれば、他店と比べ、少し大きめのぬいぐるみが多い。
馬や鹿の4つ足のぬいぐるみが並び、色もとても目を惹く。
甘味では腹は膨れないと狸擬きが空腹を訴え、こちらはテラスのテーブルにもぬいぐるみの飾られた店で、サンドイッチを食べ。
昼間は広場で仕事をしていることがほとんどだから、暇があればまた観に来て欲しいと、大きく手を振るお爺と別れ。
夜は宿でラム肉のステーキに舌鼓を打ち。
カパーッと赤ワインを流し込む狸擬きに、レストランの人間が物珍しがり、ワインのおかわりをサービスしてもらい。
「フンフン♪」
ここはいい街ですねと狸擬き。
単純な獣である。
少しばかりメルヘンチックな街ではあれど、我には特に響かない。
けれど、あのお爺の様に、肌に合い長く過ごす者もいる。
我は。
やはり、川が近くにある場所がいい。
緩やかな沢でもいい。
そう言えば。
最近、小豆を研げていない。




