46粒目
屋敷の花を眺めに行った日から数日。
狼男が、貸し宿の近所に住む街の人々から仕事を、主に修理や庭の木の伐採を頼まれ、こなし。
「そろそろ、この街を出ようか」
「の」
世話になった人々へ挨拶ついでに、
「あそこの店のジュースをもう一度飲んでおきたいの」
「後で寄ってみよう」
「フーン」
わたくしめはあの店のシチューとビールをもう一度と、我を抱っこする男の隣を歩く狸擬きがうるさい。
「フーンッ!」
うるさいとは何ですかと憤慨狸。
「のの」
口には出してないのだけれど。
お主こそ、我の心を読むでない。
洒落男の店へ向かえばは、ちょうど出先から戻ってきた所だった。
中へと誘われたけれど、男が明日には街を出るのでその前に世話になった方々へ挨拶に回っていると伝えれば。
「そんな、もう行かれてしまうのですか……」
洒落男は、がっくりと肩を落としてくれ、
「世話になったなんて言わないで下さい。それは、こちらの台詞です……」
大きなため息と共に。
「図らずとも、気のおけない友人たちが出来た気持ちでもあったので、お別れは残念でなりません……」
何とも、嬉しいことを言ってくれるではないか。
「出発の前にも、顔を出してください」
明日は朝から店に詰めていますのでと、再びの大きなため息の後。
狸擬きがフンと鼻を鳴らし、振り返っている。
「の?」
男の腕越しに顔を覗かせれば。
(おやの)
街の子供たちに声を掛けられ、その度に屈んで挨拶をしたり、子供にせがまれて荷を道に置き、抱き上げてやったりしている甲冑男がやってきた。
『“ちょうど、そちらにお伺いしようとしていた所でして”』
おやの。
出発の挨拶をしているところでしたと男が伝えると、
『“えっ!?”』
甲冑がギシリと軋む。
『“……次の新茶を、試してもらう予定があったのですが”』
一体、我等をいつまで滞在させるつもりであるか。
『“別れは、悲しいですね”』
甲冑男にもガクリと肩を落とされ。
そうか。
こやつは最近も、恩人である老人を失ったばかりである。
さすがに、どう言葉を掛けていいものかと男も言い淀んでいると、
「では」
洒落男が、ぐいと足を踏み出し。
(のの?)
「この素敵な方たちの代わりには到底なりえませんし、ほんの微力でしかないのですが、この私と、友達になって頂けませんか?」
洒落男が、甲冑男に右手を差し出し。
『“おぉ……っ。是非、是非”』
甲冑男も嬉しそうに甲冑の右手を差し出し、
『“友になってくださいっ”』
大きく何度も頷く甲冑男。
洒落男も目尻の皺をいっそう深くすると、
「少し出てきますね」
と開いた店の扉から、中に声を掛け。
「いやいや、友人が増えるのは嬉しいものです」
先頭を切るように歩き出し。
ののん。
仕事はどうした。
「息抜きも大事ですよ」
なんの。
少しばかし、あの蛇男に似ておるの。
あれもまた大した着道楽であったし。
ただ、この洒落男は、我にはからっきし、そう、邪な興味はない様であるけれど。
「明日は、人形の街へ向かうのですか?」
『“あぁ、そう言えば、すぐ隣ですね”』
の?
(人形の街とな)
「フーン?」
何ですかそれはと狸擬きも不思議そうに鼻を鳴らし。
『?』
狼男も、黙って首を傾げている。
男は黙ったまま、苦笑い。
「……おっ?」
洒落男がそんな男の顔に、口許を抑え。
『“もしかして、秘密でしたか?”』
甲冑男の甲冑も、ガシャッと音を立てて固まり。
「あぁ……っ」
洒落男のしまったと言わんばかりの表情に。
男が、
「いえいえ、途中では耳にしたでしょうから」
我の頭を撫でてくる。
なんの。
話が見えぬ。
人形の街と言ったか。
我のいた土地でも、そう呼ばれる村や街は幾つかあったけれど。
「の、なんの?」
男のシャツを引けば。
「先の街が、その、人形の街と呼ばれているんだ」
ふぬ。
「君たちに知らせずに向かって、驚かせたかったんだよ」
と頬を指先でつつかれた。
(ののん)
「これはこれは、私としたことが、配慮が足りず……」
『“お別れの前に、とんだ失態を……”』
ふぬふぬ。
いい大人の男と骨が狼狽える姿は面白い。
ではなく。
「のの、先へ向かう楽しみが増したの♪」
気になる街の名ではないか。
男の腕の中でウキウキと身体を揺らして見せれば。
「いやはや、何とも大人な、いいえ、心広き素敵な淑女なのですね」
『“レディに気を遣わせてしまいましたね”』
気にすることはないの。
「フンフン」
一方、気に食わない名前の街ですねと眉間に毛を寄せるのは我の従獣。
そうである。
こやつは、我が人形を持つことをとことん嫌がる。
人形に力が籠り命が宿り、我の僕となることが許せないらしい。
主様のお側にいるのは自分1匹で事足りると。
心広しな主と違い、とんと心が狭い従獣である。
狼男は、あまりピンと来ていない様子。
こちらも見てのお楽しみであるの。
洒落男が案内してくれた、街中では大きめな解放感のある茶屋に入れば。
「ぬん♪」
ショートブレッドなるサクサクな長方形のビスケットと、香り高き紅茶。
「フンフン♪」
シンプルですが美味ですねとご機嫌な狸擬き。
狼男が我のカップに追加の紅茶を注いでくれ、
「のの、ありがとうであるの♪」
お姫様気分でカップに口を付ければ。
「少々、立ち入ったことをお聞きしたいのですが……」
洒落男が、おずおずと片手を上げる。
「……何でしょう?」
男が煙草を咥えた手を止め。
洒落男は、瞳をちらと下げ、逡巡を見せた後、
「鳥便で、旅の資金をだいぶ使われたご様子に見えました」
あの琥珀の事であるか。
男がちらと頷くと、
「その、でしたら」
でしたら。
「お世話になったお礼として、僭越ながら、私の資産から、少額ですが、旅の資金を提供したいと思いまして」
とんだ申し出をされた。
「いや、いやいやっ」
男が慌てて辞退するも。
甲冑男すらも、
『“私も、私も老夫婦から受け継いだものが手付かずでありますっ!”』
是非受け取って欲しいと腰を上げ。
テーブルが一気に騒がしくなる。
「旅の資金は、大丈夫です」
男が、まだ困ってはいないのでとお気持ちだけ有り難く頂きますと礼と共に辞退をし。
(そうである)
我と狸擬きが山で拾った琥珀の数は、あんなものでは済まない。
「あれだけの琥珀を使ってですかっ?」
「えぇ」
「……」
声なく、じっと目を閉じ頭を傾けた洒落男は、
「やはり、どこか、大きな国からの、遣いの方なのですか?」
そう問うてきた。
そう思われることは多いし、洒落男も同じことを思った様子。
あのお山の猟師は、花の国の姫の命で、旅をしている。
ならば我等も、あの花の国の姫の名を使わせて貰うべきであるか。
けれど。
「いいえ、ただの行商人です」
男がやんわりと否定し。
洒落男は我等を順繰りに眺めてから、
「とても謎の多い行商人さんたちなのですね」
悩ましそうな、どうにも色気のある笑みを浮かべて、煙草を咥えた。
翌日。
「余計な荷にはなってしまいますが、これはこの街の柄であると一目で解る金筒なので、どうかお持ちください」
幾何学模様が刻まれた金筒を2本見せられた。
「気が向きましたら、手紙を送ってくだされば幸いです」
我が受け取れば、少し重い。
中に布に包まれた運び賃の石が詰め込まれているのであろう。
「この街に戻ったら是非うちにも顔を出してください。いない時は、もれなく村の方へいると思いますので、その時はあちらにも顔を見せてください」
ふぬ。
この洒落男は、あの村で、我の酒乱を目撃した1人であるけれど。
口止め料の交渉以来、最後の最後まで、それに付いて触れてくることはなかった。
寝た子を起こすと思ったけれど、こやつはまず、あれを忘れているはずもない。
何を思ったかと訊ねれば。
「とても美しいと思いましたよ」
のの。
美しいとな。
「えぇ。異国の可憐なレディが、踊るように建物の中を飛び回り、古い椅子やテーブルを投げ破壊する姿は、今も目を閉じれば鮮明に甦ります」
恍惚のため息。
のの。
色々とおかしいと思わないのか。
「私は、村の湖にいると言う妖精の存在を信じておりますで」
ふぬ。
「小さくともお力のあるレディがいてもおかしくないと思いました」
なるほどな変わり者具合。
我等と馬が合うわけである。
馬車に乗り込めば、
「次こそは、湖で一緒に釣りをしましょうね!」
大きく手を振って見送ってくれた。
『“……う……うぅ……”』
声が出ることにより、嗚咽も漏れる。
「なんの、男泣きであるの」
涙は出ないのに、甲冑を震わせて盛大に泣いているのは。
そこは茶畑。
我等の馬車の音に家から出てきた甲冑男は、両腕に焼き菓子を詰めたカゴを抱えて出てきたけれども。
馬車から降りた我等と向き合えば。
『“……あぁ……もう、本当に、もう行かれてしまうのですね……”』
甲冑を震わせ。
(この世界の男たちは、よく泣くのぅ)
甲冑男は、その嗚咽すらにも艶があり、口にはせねど、やはり舞台映えしそうである。
『“……爽やかに、うぅ、見送るつもりだったのですが……”』
言葉を手に入れたことにより、感情が豊かになったのか、元より抑えられていたものが表に出たのか。
「こちらからもまめに手紙も送るの、我等はもう友人であるからの」
人外仲間でもある。
『“なんて嬉しい言葉を……存在しない胸なのに、熱い気がします”』
胸部分を抑えた甲冑男は、
『“それでも、それでも悲しいのです”』
とギシギシと甲冑を軋ませている。
(ふぬぬ)
「の、我等はまたここに戻るの」
『“えぇ、今から待ち遠しい“』
「その時までにの、お主は、茶葉の管理以外で、お主自身がやりたいことを見付けて、それを我等に教えて欲しいの」
こやつは骨として生まれてからは、まだ赤子も赤子。
やっと骨として生きていく基盤が出来たようなもの。
『“……私。……私自身が、ですか?“』
「そうの。茶葉の管理も、きっと好きでやっているのではあろうけれどの。異形になったお主だけの、好きを見付けるのの」
茶畑以外にも生き甲斐は必要である。
『“……”』
俯きがちに少し言葉を止めていた甲冑男は。
『“それを、あなたたちにも一緒に考えて欲しいと思う私は、相当な寂しがりなんでしょうか”』
(ふぬん)
どうにも。
「そうらしいの」
茶畑の管理がなければ付いて来そうな勢いである。
それもなかなかな楽しそうではあるけれど。
『お主は、街の人々にすでに慕われはじめてるからの』
何かと頼りにされることも多そうであるし、洒落男以外の友人も、すぐに出来るであろう。
大柄な甲冑姿と外套姿でありながら、振る舞いは落ち着き、大層な美声。
(……ぬぬ)
そう。
振る舞いがしかと落ち着いた紳士であり、文字の時からしても、言葉は丁寧だった。
もしかしたら、死ぬ前の人であった頃は、どこぞのいい家柄の者だったのかもしれない。
『“……”』
じっと沈黙していた甲冑男も、我の言葉で、自分を受け入れてくれた街の人々のことを思い出したのか、
『”……そうですね”』
自身を落ち着かせる様に緩くかぶりを振ると。
『“建具屋の彼に、一緒に釣りに行きませんかと誘われまして”』
「おやの」
『“彼が改装をした食堂も見て欲しいと言うため、行ってみようかと……”』
それは。
「とても良いの」
『“あなたも、釣りはお好きですか?”』
「我は魚に避けられるのの」
釣れぬと唇を尖らせれば。
『“おぉ。水を通して、力でも伝わるのでしょうか?”』
不思議ですねと甲冑男。
「フーン」
隣に立つ狸擬きが、主様と小さく鼻を慣らし。
「のの、そうであるの」
『“?”』
「お主も、噂くらいは知っているであろう、先の村の呪い師のことの」
『“えぇ。お会いしたことはないのですが”』
ふぬ。
「あの女は、我を“視て”気が触れかけたからの。お主は問題ないとは思うけれど、村の方へ向かう時は、少しばかり気を付けの」
あの女が、この骨を“視て”何を“見る”のか、少しばかりの好奇心は疼くけれど。
『“お、おぉ……。呪い師の方は、よくご無事でしたね”』
むむ。
「我は歩く災厄ではないのの」
唇を尖らせてみせれば。
『“勿論です。あなたは、私に声を与えてくれた、かけがえのない存在です”』
甲冑男は大きく頷くと、その場に片膝を付き。
我に、右の手の平を上に向けて差し出してきた。
「……」
そのひんやりと、硬い甲冑の手の平に右手を乗せれば。
『“……私はいつまでも、あなた様のお帰りをお待ちしております”』
仮面が近付き、甲冑の口許で手の甲に触れられた。
「の」
「フンフン」
狸擬きが、自分も握手をしてやると右前足をひょいと伸ばし。
甲冑男は、両手で狸擬きの右前足を包みながら、
『“私になど言われるまでもないでしょうが、長い道中、大事なご主人様をお守り下さい”』
別れの挨拶を告げられれば。
「フーン」
主様は強いので問題ないと狸擬き。
ののん。
いつかも誰かと似たやりとりがあった気がするけれど。
毎度毎度、そこは任せろと返事をするべきではないのか。
甲冑男は、男と狼男ともそれぞれに挨拶と握手をし、我は男に馬車に乗せられ。
『“あなたたちとは、また、すぐにでもお会いしたい”』
茶畑から風が吹き、甲冑男の外套をはためかす。
(ののぅ、美しいの)
目を細めると、
(……ぬ?)
「どうした?」
「……のん」
ふと、甲冑男に寄り添う、長身の老人と小柄な老婆の姿が見えた。
2人とも笑みを浮かべて、我等に、手を振ってくれている。
(ふぬぬ)
男にも狸擬きにも狼男にも見えていないらしいけれど。
「の、あやつは大丈夫そうの」
「そうか」
男が馬たちに合図を出せば、我等が脳筋馬たちが、張り切って歩き出した。




