45粒目
「この時期、この街では、お屋敷の庭を眺める楽しみがあるそうだよ」
「……の?」
泥棒の下見であるか。
「夏の始まりを教える花の咲く時期は、庭師やメイドたちの腕の見せ所だそうだ」
のの。
この平和な土地は、大きな城でさえも壁は低く。
屋敷も壁も当然のことながら門も高くなく、とりあえずここまでが自分達の敷地だと分かる程度に、気取った柵がある程度。
屋敷と屋敷の間に茶屋があったりもし、屋敷の花を眺めながらの茶が楽しめたりもすると。
「文字通りの借景であるの」
眺めに行くのならば、折角だしと、街の郵便鳥にお使いを頼み、甲冑男を誘う手紙を飛ばし。
休みなことを念押しされていた洒落男も誘おうと思ったけれど。
あやつは店にいるのか、自宅など知らぬしのと立派な扉の建具屋へ顔を覗かせて見れば。
「きっとお誘いに来てくれると思っていましたっ」
扉近くの客用のソファに腰を降ろしていた洒落男が、我等の訪問に笑顔になり。
「屋敷の花の鑑賞へ行かれるのですね。えぇ、えぇ。勿論喜んで、ご一緒させてください」
煙草を灰皿に押し付けると、いそいそと上着を片手にやってきた。
大きな通りに出ると、ゆっくり停まった乗り合い馬車から降りた甲冑男が、他の客に手を振りつつ、ガッシャガッシャと音を立てながら走ってきた。
外套を翻して。
骨の身体で走っても大丈夫なのであろうか。
『“お誘い、ありがとうございます”』
大丈夫な様子。
いきなりな誘いだったけれど。
『いいえ、こちらから遊びに伺おうかと思っていたのです』
どうやら骨に懐かれた。
屋敷の方までは歩くのかと問えば。
「少し距離があるので、屋敷の並びへ向かう馬車へ乗りましょうか」
流しの馬車ならば、頼めばどこへでも運んでくれると。
屋根だけが付いた大変に簡易な作りの、吹きっさらしの馬車を洒落男が手を上げて停めると。
「はいはい、代金は後払いだよ。……っと?珍しいな、自分とこの馬車じゃないなんて」
馬車の御者は、どうやら洒落男とは顔見知りな様子。
「今日はプライベートなのですよ」
屋敷の方までお願いしますと洒落男が伝えれば。
「何だ何だ、本当に珍しいな。あんたは休みになれば、すーぐに湖の方まで行っちまうのに珍しい」
ニシシッと笑うと。
けれど我等の姿に、
「あぁ、お客さんに街の案内してんのか」
半分は仕事だと思われ、勝手に納得された様子。
我等だけでも満員な、小さな馬車のベンチに向かい合うように座り、ゆっくりと馬車が走り出せば。
「にーさんにお熱なお嬢様方は、やきもきしているらしいぞ?」
御者が、ちらとこちらを振り返り、話し掛けてきた。
御者の指す“にーさん”は、言うまでもなく洒落男のことであろう。
「えぇ?何の事でしょうね?」
洒落男が苦笑いで髭をなぞり。
「湖のある村の方に、“いい人”がいるんじゃないかってさ」
御者の吹かす煙草の煙がふわりと流れてくる。
「いやいやいや。本当に純粋に釣りを楽しんでいるだけなんですけどねぇ」
我は靴を脱いでベンチに膝を付き、街の景色を眺めれば。
「フーン」
わたくしめも眺めたいのですと狸擬きが言うため、ハンカチを取り出し、狸擬きの足を拭かせてから立たせ、並んで流れる街の景色を眺める。
街中は、洒落男の様に気取った姿の男もチラホラ。
歩道を走る子供たちは元気であり、店も適度に繁盛している。
賑やか過ぎず、おとなしすぎず。
ふぬ。
「……落ち着けば、なかなかにいい街であるの」
「フーン」
悪くない街ですと同意する狸。
進む道の先、街の人間でありそうな母親と、母親と手を繋ぐ子供が、道を横切るためか道沿いに立っている。
御者がそれに気付き、2人を渡らせるために馬車の動きを弛めた時。
(……ぬ?)
目の前に現れたのは大きな宿屋と、隣の店は、1階は服屋であろうか。
その建物の隙間に、
(おやの)
「……」
黒い靄。
小豆を1粒、口に含み唾液を馴染ませてから、指で強めに弾けば。
小豆は歩道を越えて建物の角に当たり、若干勢いを落として黒い靄へ落ちる。
さすれば。
「フーン」
お見事に御座いますと狸擬き。
馬車は一瞬で通り過ぎ見えずとも、消滅はした様子。
洒落男と話していた男はともかく。
『……何をした?』
対面に座る狼男には見られていた。
静かに問われ、
「何もしておらぬの」
本当に。
『……』
ただ、息を吸って吐く程度のことをしただけ。
振り返って答える我の返答に、
『……』
片眉を寄せる狼男。
その狼男に、
『それが、キミの役割なのか?』
低い声で呟かれたけれど。
「……ぬ?」
答える前に、街を歩く子供が、こちらに向かって大きく手を振っている。
「お、人気者ですね」
それは、馬車に乗る甲冑男へ向けてのもの。
甲冑はどこでも目立つ。
『“い、いえ、単純に、私が物珍しいのでしょう”』
控え目に手を振り返す甲冑男。
後に聞いた話では。
甲冑男は、ずっと言葉を交わせなかった理由として、
「遠い土地から訪れ、言葉を全く話せず、勉強をしていた」
と言うことにしたらしい。
「食事は体質的に事情があり、特定のものしか食べられない」
とも。
甲冑の内側に付いては、そこは大変に繊細な部分であるため、甲冑を全く取らない事からしても、大抵の者は勝手に想像し勝手に同情してくれ、そこには触れて来ないと。
「はいお疲れさん」
屋敷通りには、我等以外にも、屋敷の花を眺めに来たものたちは多く。
我等が降りれば、帰りの客を乗せて帰って行く御者。
そんな我等は、洒落男にお熱なあの小娘の住まう屋敷の通りだけは避け。
初夏の風の、たまには、すでに夏の風も吹いてくる屋敷の通りを、のんびりと歩く。
色とりどりの花だけでなく、庭の見せ方も、どの屋敷も凝っており、わざわざ足を伸ばすことだけのことはある。
「俺たちの屋敷にも、何か花を植えようか」
日差しに目を細める男。
「ふぬん」
花壇であるか。
世話の大半は熊村長になるであろうけれど、あの村長ならば、喜んで請け負ってくれそうだ。
「フーン」
わたくしめは、美味しい果物の実る木がいいですと狸擬き。
「美味しい果物の実る木であるか」
口にして、思い出した。
「の、我等は未だに、お菓子の実る木が見付けられぬの」
狼男のいたような、奥深い山を駆け回った時にも、存在を感じられなかった。
偶然や狸擬きの鼻に頼らず、もっと血眼になって探すべきであるか。
けれど。
『お菓子の……?』
『“実る木、ですか?”』
狼男と甲冑男が、揃って足を止め。
「の」
「フーン」
大きく頷く我等に、
『“……ええと、それは”』
逡巡を見せる甲冑男。
『う、ううん。それは』
しかと変な顔をする狼男。
(のの?)
「なんであるか」
『それは、“お伽噺”と言うものではないのか……?』
首を傾げられ。
(むむ?)
けれど。
絵本には、どこかに存在するとあったけれども。
「の?」
我の隣に立つ男を見上げれば。
「……あぁ。うん、いや、その、どうだろうな」
我の男までも、困った顔をして笑っている。
「フーン?」
もしやお菓子の実る木は、存在しないのですか?と男たちの歯切れの悪さに、ない首をぐるりと半回転させる狸擬き。
「どうされました?」
我の言葉が聞き取れない洒落男が、男に通訳され。
「お菓子が実る木、ですか。……そうですね、私も、その、残念ながら、実物を見たことはないですね」
何とも言えぬ顔で、整えた髪を撫で付けている。
(なんと)
星はおろか、ミミズやカタツムリまでも無駄にカラフルであるし、菓子の実る木があってもおかしくないのではと。
今の今まで思っていたし、信じて疑わなかったのだけれど。
人外仲間の甲冑男を見上げれば。
『“お力になれず、心苦しいばかりです”』
ののん。
再度見上げた、困ったままの笑みを浮かべる男の表情からしても。
「……のぅ」
そうか。
そうであるのか。
「フーン……」
残念ですと、狸擬きの耳と頭はしゅんと下がり。
尻尾も、ゆらりと落ちる。
どうやら。
この世界に、菓子の実る木は、存在しない。
「……」
それを知ってしまえば、途端に、目前に広がる屋敷の花たちも、色褪せて見える。
「そうの、残念であるの」
しょんぼりした我を、男が笑いながら抱き上げ、
「なら、浮き島に願えばいい」
と空を見上げる。
浮き島にとな。
「妙に曰く付きの、実にわけありそうなあの浮き島にかの」
こやつは、大爪鳥に浮き島の話を聞かされた時は、視界に入ったならばすぐさま逃げそうな勢いで尻込みしていた気がするけれど。
「あぁ。その時にそこにいるのが、俺だけだったならな。でも、君ならば」
我ならば。
「浮き島の“曰く”すら抑え込んで、願いを叶えるんじゃないか?」
(むむ)
こやつは一体、我を何だと思っているのであるか。
けれど。
願いを叶えてくれる浮き島の事なら知っていると大きく頷く甲冑男も、
『“それはいいですね”』
見付かったら、こっそり教えてくれませんかと、そわそわと浮き足立ち。
「それはとても夢がありますね」
こちらは現実主義な洒落男。
『俺は、肉の実る木が欲しいな』
ふわふわと尻尾を揺らす狼男。
「フーンフン♪」
そうしましょうそうしましょうと。
「フンフンフン♪」
お菓子の実る木は浮き島に願いましょうと、途端にご機嫌にテンテコテンテコと先を歩き出す狸擬き。
我等も、それに続きながら。
我は、ふと思う。
骨である甲冑男は、浮き島に、何を願うのであろうかと。




