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44粒目

さっぱり忘れていたわけではなく。

(ぬぬん)

本当は、綺麗さっぱり忘れていた。

薬草屋から預かっていた手紙。

街中で一度思い出しかけたものの、肉の匂いに釣られてすっかり忘れていた。

この街の組合に預ける前に、ついでに遠方の者たちにも手紙を幾つか書き。

「一応、あの教授にも送ろうか」

黒い靄に取り憑かれた眼鏡女の仲間のお爺であるか。

もうとうに国に帰り、何のであったかは忘れたけれど、研究に励んでいるのであろう。

もしくはまた別の土地に向かっているか。

旅が長くなれば、手紙を送る相手も増える。

狼男は文字の練習をし、狸擬きは、案外きちんと相手に合わせた絵を描いている。

「……あぁ、暗いな」

夜目はまだまだ利かぬ男が灯りを点け、

「のの?」

すっかり夕刻な事に気付いた。

明日、荷台に積んである金筒と、それだけでは足りないため、組合で金筒を都合してもらう事にし。

荷台の金筒を取り出しに向かへば、そのまま街中へ繰り出し。

狸擬きの鼻頼りで、食事処の扉を開けば。

ほどほどの混雑さと酒の匂い。

「のの、ラム肉のシチューであるか」

「今も美味しいけれど、冬に特によさそうだ」

「フーン♪」

ビールと合いますとご機嫌狸。

『煮込まれた肉も美味いな』

追加で運ばれてきたウインナーに噛り付けば、男もビールをおかわりしている。

「珍しいの」

「ここは食事ではなく、酒で賄っている店らしいからな」

パブと言うらしい。

「フンフンッ」

ではわたくしめも協力しましょうと俄然張り切り狸。

この店の子供か、思春期前後と思われる少年が、盆にビールを乗せて運んで来た。

男が有り難うとコインを1枚渡すと、緊張気味の顔には小さな笑みが浮かび、頭をぺこりと下げてカウンターへ戻って行く。

まだ店の手伝いを始めたばかりであろうか。

『子供には、駄賃を渡した方がいいのか?』

少年の後ろ姿を見送る狼男が、男が問う。

「時と場合によるな」

場所や相手によっては、君を買いたい、そのほんの前金と誤解される場合もあるから気を付けた方がいいと男。

『お、おぉ……』

「今は君たちがいるから、寧ろ安心して渡せる」

苦笑いの男は。

誤解された過去でもあるのであろうか。

「何度かだよ」

ののん。

何度もあるのか。

こやつならば、こやつがそういう意味でないと相手は理解しつつ、あえてこやつに迫る者がいても、まぁおかしくはない。

『ううん、……難しいな』

狼男は首を傾け、眉を寄せる。

そう言えば。

「我も、青の国の給仕や、先の湖畔の食堂で、客からコインを貰ったりしたの」

「……んっ!?」

男が椅子ごと跳ねた。

『?』

そんな男を不思議そう眺める狼男に、

「フーン……」

呆れた様に半目になり鼻を鳴らす我の従獣。

「……あのの」

我は唇を尖らせ。

「我が貰ったのは、先刻のお主同様、心付け、あくまでも“チップ”であるの」

一体、何を深読みしておる。

「どちらの店でも、狸擬きと共に給仕していたからの。“珍妙なものを見せてくれた礼”であろうの」

「あ、あぁ。……そうか」

それでも複雑な表情を見せる男。

(ぬぅ……)

こやつには、我の男には。

一体幾度伝えれば、ちんまき我に“そういう目”を向ける(やから)はお主くらいだと理解するのか。

「……」

と思えど。

(ふぬん)

いつかの蛇男は、ほんの若干、怪しかった気もする。

けれど。

あれは一応、妻子持ちであるしの。

ついでに思い出せば、大きな街。

しばらく店で手伝い兼子守りをしてもらった薬屋の助手、あれも若干、そして女であったけれど、我を盗み見る目は、(いささ)か本気であった。

「……」

(のの)

我をよこしまな目で見る者は、割りといるの。

「フーン」

主様は魅力的でありますから仕方ありません、と妙に主を持ち上げ狸。

なんの。

「ビールのおかわりを所望かの」

「フーン♪」

その通りでありますと正直狸。

ふぬ。

「では、そろそろ帰るの」

「フンッ!?」

狼男が抵抗する小脇に狸擬きを抱えて店を出る時。

男がコインを渡した店の少年は、開かれた扉から、大きく手を振って見送ってくれた。



「見本市が終わり、少し時間が取れるようになりしまして」

おやの。

「えぇ、なので今日はお仕事の依頼ではありません」

またも朝から、足取り軽くやってきた洒落男に。

今日はなぜか、主にお得意様を乗せると言う、豪奢な馬車で訪ねてきたため。

その無駄に豪奢な馬車で街の組合まで案内して貰い。

街に伸びる馬車道の並びの1つ、他の建物に馴染むように建つ組合の前で馬車を降りた。

弾丸桃色小鳥たちが、受付の内側で数羽、風変わりな我等を不思議そうに眺めている。

けれど、山で雨宿りをさせた小鳥は居らず。

きっと、もっと遠くから飛んでいる鳥であったのであろう。

狸擬きも、あの桃色小鳥は聞き慣れない微かな訛りがあったと言っていたし。

男が幾つもの手紙と金筒を取り出せば。

男の隣に立つ洒落男は、男の取り出した、馴染みのない柄や模様の金筒に興味津々で覗き込んでいる。

受付の内側に座る、笑みの柔らかな若い女が、

「どの手紙も、とても距離がありますね。……あら、こちらはどうしましょう?」

魔女の村までの宛先の書かれた、我等の手紙とは、また少し毛色の違う手紙に。

「それも鳥便で確実に、先の街の組合まで飛ばしてください」

頼まれ事を忘れていた詫びも込めて、鳥便を使う。

これならば、早く、そして確実に魔女の村まで届くであろう。

「かしこまりました。お支払は、いかがいたしますか??」

男が琥珀の袋を取り出すと、中身をちらと確認した女が、

「こちらですと、うーん、そうですね」

顎に指を当てた女が、しかし我とぱちりと視線が合えば。

「数もありますし、鑑定に少し時間が掛かりますので、お隣でお待ちくださいますか?」

上に向けた手の平を、左に向けた。

お隣とな。

隣は、テラス席もある茶屋なのだと。

洒落男にも、確かに隣の店はオススメ出来ますねと太鼓判を貰えたため。

我等はのこのこ、ぞろぞろとお隣へ。

店は開いたばかりで、テラスを勧められた。

こちらは若い男の店員に、うちのイチオシは、オレンジジュースとじゃがいものパンケーキだとメニューを指差される。

(ふぬん)

受付の若い女は、ちんまき我を、退屈な組合で待たせるより、甘いジュースでも飲ませれば喜ぶであろうと提案してくれた様子。

せっかくだしと、イチオシのパンケーキも頼めば。

あれは、どこであったか、そう、茶の国か。

あのろくでなしの黒子に失恋した娘と共に、ふわふわ厚手の芋のパンケーキを食べたけれど。

間もなくテーブルに運ばれてきたこちらは。

「薄いの」

向こうで食べたものの様にふわふわふっくらしておらず、薄く小ぶりなものが皿に並んでいる。

「ボクスティと言うらしいよ」

「ほうほうの」

しかし味は期待を裏切らず、

「ぬんぬん♪」

カリカリでほんのり塩味が美味。

昼からビールで流し込んでいる客も珍しくない。

それでも食べているものが肉ではないせいか、狸擬きも大人しく切り分けては口に運んでいる。

オレンジジュースも甘くほどよい酸味で、大変に美味。

洒落男が、我等が手紙を送る先の国の話を聞きたがり、狼男も、男の話に耳を熱心に傾けている。

おかわりしたオレンジジュースを飲み干す頃。

「大変お待たせ致しましたー」

と組合の扉から、受付の女が手を振って来た。

袋の中身、琥珀は1/3程に減り。

(思ったより残ったの)

受付の女の、こちらのお手紙たちは、組合の鳥たちで責任を持ってお届けしますと頼もしい言葉に見送られ。

街中では、再びの洒落男の案内で、男と狼男の肌着を新調すれば、さすがに狸擬きは必要のない品。

「フーンッ!」

わたくしの分も!と地団駄を踏むこともなく。

洒落男は仕事が休みなわけではなく、我等へのご機嫌伺いが終われば仕事へ戻ると。

「明日は、1日休みなのですよ」

そうであるか。

「今のところ、予定もないのです」

と何やら念押ししてから馬車で帰って行き。

その洒落男に、別れ際に、

「地図なら、本組合となるもう1つの組合の方が、より熱心に交渉に応じてくれると思います」

そう教えて貰っていたため。

朝に向かった組合は別館となる組合へ、散歩がてら、トコトコと街を歩く。

「フーン」

「の?」

「フンフン」

あの甲冑骨の話題が、そこかしこから聞こえてきますと狸擬き。

「おやの、どんな内容の」

「フーン」

(おおむね)好意的だと。

「概ねとな」

「フゥン」

なぜ話すように、話せるようになったのかと疑問も混じっていますと。

ふぬぬ。

あの甲冑男は、街の者たちには何と言っているのであろうか。

辿り着いた本館となる組合も、街に馴染むように建っていたけれど、こちらの方が明らかな旅人や行商人が多い。

男が、受付でこの先の地図が欲しいと交渉を始め、我等は壁に留められた手紙を眺めたり、狼男が旅人に話し掛けられたり。

「お待たせ」

おやの。

男はわりとすぐに戻ってきた。

「早いの」

「少し離れた土地の地図の模写を渡した」

ほうほう。

「フーン」

喉が乾きましたと従獣の催促で、茶屋に入ればテーブルが幾何学模様。

幾何学模様を見れば、反射であの洒落男を思い出すようになってきてしまった。

その洒落男に。

「明日は休みだと強く念押しされたの」

「そうだな」

男が肩を揺らして笑い、

『あの彼の言葉と態度は、“こちらからの誘いを待っている”と思っていいのか?』

人との関わりを勉強する狼男。

「くふふ、そうの」

「フンフン」

そんなことは心底どうでもよさげに、わたくしめはこれが飲みたいですとメニューを前足でバシバシ叩く狸擬き。

「林檎のジュース?」

この時期にかの。

店の者に訊ねてみれば。

「林檎のシロップを薄めたものです」

美味しいですよと。

男を除き林檎のジュースを頼み、男は珈琲。

「煙草には珈琲が一番合う」

ふぬ。

「お主は、そう酒は好まぬからの」

「フンスン」

酒ならお任せくださいと無駄に胸を張る狸。

そんな狸擬きを見て。

(……ぬぬ)

こう、記憶と言うものは、不意にこぽりと沸いてくる不可思議さ。

「……」

我がぱちりと目を見開いたせいか、男が視線だけで、どうしたと紫煙越しに問うて来た。

「大したことではないけれどの」

「あぁ」

「我のいた土地では、狸が酒の入った入れ物を片手に鎮座している置物が、酒屋の前によく飾られていたのを思い出したの」

狸の酒好きは、例え星が違っても、尚揺るがない事柄なのであろうか。



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