103粒目
翌朝。
朝食をたんまり食べ。
狸擬きの背中に乗り、男に見送られながら狼男と共に山に入ると。
「のの、あそこの」
巨大芋虫は、そのまま屍姿を晒していた。
『うぉ。デ、デカイな……』
狼男がたじろぐ程には大きいらしい。
すでに近くの細い木の枝に絡んでいた白蛇と、どこからか白兎も軽快にやってきた。
「フーン♪」
『♪』
狸擬きは、特に白兎と気が、“フィーリング”が合うらしい。
嬉しそうに挨拶し、尻尾を振っている。
白蛇が狼男を見上げているため、紹介すれば。
『“人と狼の掛け合わせ、初めて見ました”』
大層驚いているけれど、
「我もこやつが初めての」
狼男は、蛇が言葉を放つことに困惑している。
「の。この芋虫は放置しておいて良いのの?」
『“あまり良くはないのですが。……私たち含め山の生き物は皆、忌諱して近寄らず、きっとこのまま、“これ”が朽ちて行くのを待つことになると思います”』
と静かな声。
「ぬぬ……」
放置は、あまり得策でない気がする。
こやつを葬ったこの場所も、獣道からすぐ逸れた、獣の行き来は盛んな気配がある。
一方的に芋虫に絡まれた身であれど、ここで芋虫の生命を尽きさせたのは我であり。
ならば最後まで責任を取るのも、我でなければならぬであろう。
「の、あまり草の生えない崖下辺りに案内して欲しいの」
そこまで運び、狼男に火を放って貰えばいい。
恐縮する白蛇に、
「あれの、この芋虫が山の裏の主で、お主が表の主かの」
問えば。
『いいえ、いいえ。私が主など、おこがましいことこの上ありません』
違うらしい。
けれど。
「なんの、まだ幼いリスが主のお山もあるのの」
『“そんな方もいるのですか?”』
『……!?』
兎も驚いてぴょんと跳ねる。
「お山自体に非常に力があっての、あれには我すら当てられたのの」
この山とはまた違う力であれど。
『“地は広く、山は、僕が想像する以上に数多くあるのでしょうね”』
白蛇の尾先が大きく揺れる。
運ぶために我が芋虫に手を伸ばせば。
『芋虫は、その、俺が運ぼう』
と狼男が近付いて来た。
そう、来たはよいけれど。
こやつは山出身でありながら。
『……』
異常な大きさの、死して尚ぬらぬらとした芋虫に、明らかに腰が引けている。
「の、苦手なら苦手と言うのの」
今はふさふさの尻尾が面白いほどに丸まっている。
『……いや、その』
芋虫など、お山では呆れる程に見てきたからこそ、異常な巨体を脅威に感じるらしい。
まともな感覚ではある。
「ほいの」
我が、芋虫が粘液を噴き出していたと思われる、硬い口の辺りを掴んで引き摺って、
(口内はやわこいの)
歩き出せば。
『俺は、今、ええと、“立場がない”』
肩を落として付いてくる。
「お主の意外な弱点であるの」
『すまない』
あまりにしょんぼりしている狼男に堪らず笑ってしまうと、狼男も小さく笑い。
『君が笑ってくれると、少し気が和らぐ』
白蛇と白兎の案内でお山を歩き、迂回しつつ下り。
このお山は、主は長年不在だと聞きつつ、辿り着いたのは。
「おやの」
また何とも燃やすには都合のいい、細かな石が散らばる崖下。
ずっと昔は、川が流れていたと思われる。
そこから、皆で手分けをして枯れ葉や枝を集めて来ると、その上に芋虫の屍を乗せ。
「火はなるべく、葉や枝の方に付けて欲しいの」
『あ、あぁ』
火はあっさりと灯されたものの。
「……ぐぬっ!?」
『なんだ、これは……っ!』
狼男は、数歩大きく後退り。
「フーンッ!!」
狸擬きはその臭いの凶悪さに、一瞬で遠くへ逃げ。
蛇と兎も、及び腰でだいぶ怯んではいるけれど。
(おやの)
その場に留まり、耐えている。
(なんの、大変に気丈であるの)
『“……”』
『……』
1匹と1羽。
きっと、この巨大芋虫に、少なくない仲間たちを喰われ、色々と思うこともあるのであろう。
この場に留まり、この山に生まれた悪夢の終わりを、最後まで見届ける様子。
我も、勢いを増して燃えていく巨大芋虫を眺めていたけれど。
(ぬぬ……)
「の、山火事と疑われないかの」
浮かんだ我の懸念に、
『“ここはあなた様が思うより山深い谷底”』
里にいる人間たちには、煙が気付かれる前に霧散しておりますと。
白兎は、
『“火をこんなに間近で見るのは初めてだ、と言っております”』
と。
山火事とは無縁なお山らしい。
遠くからこちらを窺っていた狸擬きは、風の向きで、更に先へテンテコ逃げている。
「……のぅ」
近隣の人の村はともかく、異様な臭いと煙に、お山のざわつきは隠せない程。
焼けていく巨大芋虫が異常な程に臭かったのは、表面だけ。
やがて芋虫の中身がドロリと溶け出し、腹の中の、まだ未消化であった小さな獣たちも、一緒くたに焼かれて行く。
『凄い音がするな』
何に反応しているのか、バチバチと弾ける音。
それもやがて収まれば。
「……のの?」
焼けていく小動物たちの中から。
『なんだ?』
「……多分、翡翠であるの」
芋虫が腹の中に溜めていたらしい、小振りな青緑色の石がゴロゴロ見えてきた。
『ひすい?』
「宝石であるの」
『宝石。お金と同じくらいに価値のあるものだ』
「そうの」
なぜ、こんなものを腹に溜めていたのか。
今は燻る芋虫の焼けた跡には、無数の足先の爪だけが残り。
翡翠を取り出すために熱が引くのを待っていると、
「フーン」
もさもさと職務怠慢狸が戻ってきた。
「おやの、お早いお帰りの」
「フーン」
わたくしは獣一倍臭いに敏感なのですと反省の色はなし。
けれど、やはりキラキラした青緑色の石に気付けば。
「フン?」
「翡翠の」
狸擬きは、
「フーン」
見たことのない石ですと。
(おやの)
拾ってみれば、少し熱いけれど、我ならば火傷する程でもない。
「のの♪」
大変に質のよいものと思われる。
白蛇と白兎もこちらにやってくると。
『“あなた様には、その石は価値があるのですか?”』
白蛇に問われた。
「の、人里では貴重なはずの」
芋虫は、この翡翠をどこで呑み込んだのか。
あの足と爪があれば、割りとどこへでも行けたはず。
じっと翡翠を眺めていると。
「フーン」
「の?」
「フンフン」
男に、戻るまでもう少しかかると伝え来ますと狸擬き。
「のの?」
まぁ今もそわそわと煙草を吹かす姿が容易に想像出来る。
「では頼むのの」
「フーン」
バビュンと消える狸擬きを見送り。
「の、この腹の中の石は、貰っても良いかの?」
白蛇と白兎に許可を取れば。
『“勿論です”』
と二つ返事で頷いてくれる白蛇は、おもむろに白兎と顔を合わせると。
我等には聞こえぬ声で何やら話をしている様子。
膝を付いて芋虫の腹の中を眺めていた狼男は、ふと、我を振り返り。
何やら真剣な顔付きになり、立ち上がったと思ったら。
『キミを抱きたい』
(のの)
唐突の。
さすがに我も返事に迷えば。
『その。……彼と一緒の時は、あまりキミを腕に抱けない』
今度はおずおずと、両手を伸ばされ。
ふぬふぬ。
なるほど。
言葉通り、我を胸に抱いてあやしたいと。
とんだ勘違いである。
普段から、我のことは、我の男が抱っこするしの。
「構わぬの」
(鬼の居ぬ間に、であるの)
内心で笑いつつ狼男に両腕を伸ばして抱き上げられると、視界が、男の抱っこよりも少し高くなる。
体温も若干、高い気がする。
見上げる狼男の顔は、なんともまたいい笑顔をしている。
(ぬぬん)
高台のお宿で。
我が酔っぱらった挙げ句向かった夜の海にて。
砂浜でも、我は狼男に大人しく抱かれ、あやされていたらしいけれど。
相変わらず記憶は戻って来ず。
後は。
(そうの)
狼男と出会ったお山で、我を長に会わせると、狼男が我を抱っこしてお山を駆け登った。
「の」
「ん?」
「お山では、狼の仔たちも、こうやってあやしてやっていたのの?」
懐かしいのであろうか。
『いや、肩や頭には勝手に登ってきたりはしたけれどな』
そんなに大人しくなかったと苦笑いしつつも、懐かしそうな眼差しを空に向け。
『思い出した』
ふぬ。
『……こうやって仔や仲間を胸に抱えるのは、ほとんどが死んだ仔狼や仲間たちを、地中に埋めるために、抱いて運ぶ時だった』
ぬぬん。
『だから。キミはいつ抱いても温かく、言葉を紡いでくれるのが、とても嬉しい』
ふぬぬ。
「言葉を紡ぐなど、また詩的な言い回しをするの」
『してき?』
そちらは知らぬらしい。
小さく笑えば、狼男にそっと頭を撫でられ。
「……」
仲間の亡骸を土に埋めるのは、父親伝に、人間である母親から聞いたのだろうかと、それを訊ねる代わりに、我は、狼男の肩に頬を押し付けた。




