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103/104

103粒目

翌朝。

朝食をたんまり食べ。

狸擬きの背中に乗り、男に見送られながら狼男と共に山に入ると。

「のの、あそこの」

巨大芋虫は、そのまま屍姿(しかばねすがた)を晒(さら)していた。

『うぉ。デ、デカイな……』

狼男がたじろぐ程には大きいらしい。

すでに近くの細い木の枝に絡んでいた白蛇と、どこからか白兎も軽快にやってきた。

「フーン♪」

『♪』

狸擬きは、特に白兎と気が、“フィーリング”が合うらしい。

嬉しそうに挨拶し、尻尾を振っている。

白蛇が狼男を見上げているため、紹介すれば。

『“人と狼の掛け合わせ、初めて見ました”』

大層驚いているけれど、

「我もこやつが初めての」

狼男は、蛇が言葉を放つことに困惑している。

「の。この芋虫は放置しておいて良いのの?」

『“あまり良くはないのですが。……私たち含め山の生き物は皆、忌諱(きい)して近寄らず、きっとこのまま、“これ”が朽ちて行くのを待つことになると思います”』

と静かな声。

「ぬぬ……」

放置は、あまり得策でない気がする。

こやつを葬ったこの場所も、獣道からすぐ逸れた、獣の行き来は盛んな気配がある。

一方的に芋虫に絡まれた身であれど、ここで芋虫の生命を尽きさせたのは我であり。

ならば最後まで責任を取るのも、我でなければならぬであろう。

「の、あまり草の生えない崖下辺りに案内して欲しいの」

そこまで運び、狼男に火を放って貰えばいい。

恐縮する白蛇に、

「あれの、この芋虫が山の裏の主で、お主が表の主かの」

問えば。

『いいえ、いいえ。私が主など、おこがましいことこの上ありません』

違うらしい。

けれど。

「なんの、まだ幼いリスが主のお山もあるのの」

『“そんな方もいるのですか?”』

『……!?』

兎も驚いてぴょんと跳ねる。

「お山自体に非常に力があっての、あれには我すら当てられたのの」

この山とはまた違う力であれど。

『“地は広く、山は、僕が想像する以上に数多くあるのでしょうね”』

白蛇の尾先が大きく揺れる。

運ぶために我が芋虫に手を伸ばせば。

『芋虫は、その、俺が運ぼう』

と狼男が近付いて来た。

そう、来たはよいけれど。

こやつは山出身でありながら。

『……』

異常な大きさの、死して尚ぬらぬらとした芋虫に、明らかに腰が引けている。

「の、苦手なら苦手と言うのの」

今はふさふさの尻尾が面白いほどに丸まっている。

『……いや、その』

芋虫など、お山では呆れる程に見てきたからこそ、異常な巨体を脅威に感じるらしい。

まともな感覚ではある。

「ほいの」

我が、芋虫が粘液を噴き出していたと思われる、硬い口の辺りを掴んで引き摺って、

(口内はやわこいの)

歩き出せば。

『俺は、今、ええと、“立場がない”』

肩を落として付いてくる。

「お主の意外な弱点であるの」

『すまない』

あまりにしょんぼりしている狼男に堪らず笑ってしまうと、狼男も小さく笑い。

『君が笑ってくれると、少し気が和らぐ』

白蛇と白兎の案内でお山を歩き、迂回しつつ下(くだ)り。

このお山は、主は長年不在だと聞きつつ、辿り着いたのは。

「おやの」

また何とも燃やすには都合のいい、細かな石が散らばる崖下。


ずっと昔は、川が流れていたと思われる。

そこから、皆で手分けをして枯れ葉や枝を集めて来ると、その上に芋虫の屍を乗せ。

「火はなるべく、葉や枝の方に付けて欲しいの」

『あ、あぁ』

火はあっさりと灯されたものの。

「……ぐぬっ!?」

『なんだ、これは……っ!』

狼男は、数歩大きく後退り。

「フーンッ!!」

狸擬きはその臭いの凶悪さに、一瞬で遠くへ逃げ。

蛇と兎も、及び腰でだいぶ怯(ひる)んではいるけれど。

(おやの)

その場に留まり、耐えている。

(なんの、大変に気丈であるの)

『“……”』

『……』

1匹と1羽。

きっと、この巨大芋虫に、少なくない仲間たちを喰われ、色々と思うこともあるのであろう。

この場に留まり、この山に生まれた悪夢の終わりを、最後まで見届ける様子。

我も、勢いを増して燃えていく巨大芋虫を眺めていたけれど。

(ぬぬ……)

「の、山火事と疑われないかの」

浮かんだ我の懸念に、

『“ここはあなた様が思うより山深い谷底”』

里にいる人間たちには、煙が気付かれる前に霧散しておりますと。

白兎は、

『“火をこんなに間近で見るのは初めてだ、と言っております”』

と。

山火事とは無縁なお山らしい。

遠くからこちらを窺っていた狸擬きは、風の向きで、更に先へテンテコ逃げている。

「……のぅ」

近隣の人の村はともかく、異様な臭いと煙に、お山のざわつきは隠せない程。

焼けていく巨大芋虫が異常な程に臭かったのは、表面だけ。

やがて芋虫の中身がドロリと溶け出し、腹の中の、まだ未消化であった小さな獣たちも、一緒くたに焼かれて行く。

『凄い音がするな』

何に反応しているのか、バチバチと弾ける音。

それもやがて収まれば。

「……のの?」

焼けていく小動物たちの中から。

『なんだ?』

「……多分、翡翠であるの」

芋虫が腹の中に溜めていたらしい、小振りな青緑色の石がゴロゴロ見えてきた。

『ひすい?』

「宝石であるの」

『宝石。お金と同じくらいに価値のあるものだ』

「そうの」

なぜ、こんなものを腹に溜めていたのか。

今は燻(くすぶ)る芋虫の焼けた跡には、無数の足先の爪だけが残り。

翡翠を取り出すために熱が引くのを待っていると、

「フーン」

もさもさと職務怠慢狸が戻ってきた。

「おやの、お早いお帰りの」

「フーン」

わたくしは獣一倍臭いに敏感なのですと反省の色はなし。

けれど、やはりキラキラした青緑色の石に気付けば。

「フン?」

「翡翠の」

狸擬きは、

「フーン」

見たことのない石ですと。

(おやの)

拾ってみれば、少し熱いけれど、我ならば火傷する程でもない。

「のの♪」

大変に質のよいものと思われる。

白蛇と白兎もこちらにやってくると。

『“あなた様には、その石は価値があるのですか?”』

白蛇に問われた。

「の、人里では貴重なはずの」

芋虫は、この翡翠をどこで呑み込んだのか。

あの足と爪があれば、割りとどこへでも行けたはず。

じっと翡翠を眺めていると。

「フーン」

「の?」

「フンフン」

男に、戻るまでもう少しかかると伝え来ますと狸擬き。

「のの?」

まぁ今もそわそわと煙草を吹かす姿が容易に想像出来る。

「では頼むのの」

「フーン」

バビュンと消える狸擬きを見送り。

「の、この腹の中の石は、貰っても良いかの?」

白蛇と白兎に許可を取れば。

『“勿論です”』

と二つ返事で頷いてくれる白蛇は、おもむろに白兎と顔を合わせると。

我等には聞こえぬ声で何やら話をしている様子。


膝を付いて芋虫の腹の中を眺めていた狼男は、ふと、我を振り返り。

何やら真剣な顔付きになり、立ち上がったと思ったら。

『キミを抱きたい』

(のの)

唐突の。

さすがに我も返事に迷えば。

『その。……彼と一緒の時は、あまりキミを腕に抱けない』

今度はおずおずと、両手を伸ばされ。

ふぬふぬ。

なるほど。

言葉通り、我を胸に抱いてあやしたいと。

とんだ勘違いである。

普段から、我のことは、我の男が抱っこするしの。

「構わぬの」

(鬼の居ぬ間に、であるの)

内心で笑いつつ狼男に両腕を伸ばして抱き上げられると、視界が、男の抱っこよりも少し高くなる。

体温も若干、高い気がする。

見上げる狼男の顔は、なんともまたいい笑顔をしている。

(ぬぬん)

高台のお宿で。

我が酔っぱらった挙げ句向かった夜の海にて。

砂浜でも、我は狼男に大人しく抱かれ、あやされていたらしいけれど。

相変わらず記憶は戻って来ず。

後は。

(そうの)

狼男と出会ったお山で、我を長に会わせると、狼男が我を抱っこしてお山を駆け登った。

「の」

「ん?」

「お山では、狼の仔たちも、こうやってあやしてやっていたのの?」

懐かしいのであろうか。

『いや、肩や頭には勝手に登ってきたりはしたけれどな』

そんなに大人しくなかったと苦笑いしつつも、懐かしそうな眼差しを空に向け。

『思い出した』

ふぬ。

『……こうやって仔や仲間を胸に抱えるのは、ほとんどが死んだ仔狼や仲間たちを、地中に埋めるために、抱いて運ぶ時だった』

ぬぬん。

『だから。キミはいつ抱いても温かく、言葉を紡(つむ)いでくれるのが、とても嬉しい』

ふぬぬ。

「言葉を紡(つむ)ぐなど、また詩的な言い回しをするの」

『してき?』

そちらは知らぬらしい。

小さく笑えば、狼男にそっと頭を撫でられ。

「……」

仲間の亡骸を土に埋めるのは、父親伝に、人間である母親から聞いたのだろうかと、それを訊ねる代わりに、我は、狼男の肩に頬を押し付けた。


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