104粒目
狼男に抱っこされ、その辺りを散歩しつつ。
狸擬きが遅いのと思っていたら。
「フーン♪」
鞄を背負って戻ってきた。
「フンフーン♪」
サンドイッチだそうですと。
おやの。
山にいる時間が長いと察していたのか、男が作ってくれていた。
「フゥン」
主様の手作りでないのは残念ですがと言いつつ尻尾くるくる狸。
「お主等も食べてみるのの?」
1匹と1羽は再び顔を見合せ。
それでも敷物の上に並べたサンドイッチの前に、もさりと陣取る狸擬きの姿に。
『“興味はあります”』
白兎も、好奇心はあると、敷物の上にやってきた。
少しずつ与えてみたものの。
白蛇は、やはりパンより中の肉の方が美味しく感じますと。
白兎は、挟まれた葉っぱが美味しいと。
新鮮な体験でしたと身体を揺らす白蛇は。
『“あの石が礼になるならば、転がっている場所に兎が案内をしましょう“』
すいと我の背後に視線を向け。
『“お礼として渡せればいいのですが、自分達には運ぶ手段がないため、案内するくらいしか出来ないのですが……”』
小さな溜め息。
なんの。
「ここはお主等のお山であるからの、余所者の我が石を拾っていいだけでも有り難いし充分の」
『“……”』
『……』
白蛇と白兎に、無言で瞬きをされ。
「の?」
なんの。
『“山で生きている身としては、そんな謙虚ではあっという間に捕食され命は尽きます。……人里は、そうではないのですか?”』
ぬぬん。
「そうの。“この世界の人里”では、わりとそうであるの」
たまには、人でありながら人の皮を被った化け物も存在するけれど。
『そこには、主様の圧倒的な強さ故の余裕もある』
と狸擬き。
納得したような1匹と1羽。
白蛇は、自分ではあなたたちの足に着いていくことは出来ないため、ここで待っていると。
それに、昨日からの山の異変と、火の気配にも、他の獣たちが少しずつ近付いて様子を窺っているため、事情を説明をしたいとも。
ほうほう。
ならば。
そちらは白蛇に任せ。
我等は、兎の案内がてら。
追い駆けっこで楽しく目的地に向かおうではないか。
靴と靴下を脱けば、狼男も靴紐をほどいている。
ここから駆け上がった先に見える、少し低い先の鋭いでっぱりのあるお山の向こう側だと、大雑把な場所を聞き。
我等はせーので駆け出す。
一番は無論白兎であるけれど、地理に精通していれば狸擬きが断トツで早い。
狼男も負けておらず、最後に我。
さすがに到底追い付けず、それでも山を駆け回るのは楽しいのと裸足で土や草を踏み、獣道を抜け。
途中、白蛇より何倍も長く太い蛇が枝からぶら下がっていたため、挨拶をしつつギリギリで避け。
(ふぬ)
我は安易に近道を考え。
そもそも、獣道でもない道を外れ。
「……のの?」
なるほど。
なぜ白兎がこちらを通らず、遠回りを選ぶか考えるべきであった。
我は。
山では、転がり落ちる星の下にでも生まれついているのか。
最近は、自身の考えなしの自業自得の文字も、ちらつき始めているけれども。
枝から垂れる蔓を掴みぶら下がり、勢いを付けて先へ飛んだ。
「……の?」
そう。
我ながら軽いため、よく飛ぶのである。
そして、ふと気付いた時には。
唐突に切り立った罠の様な谷底が、目前に広がっていた。
谷底は深く。
「……のーぅ」
これはまた男に怒られるのと、この世界にも当然存在する重力に習って、なすすべなく落下していると。
『……っとぉ!!』
ふと弾丸のごとく。
何かが視界に入ったと感じた瞬間。
「のの?」
『間に合った……っ!』
落ちたのは伸ばされた狼男の腕の中。
「おやの」
ただ。
狼男の身体も宙に浮いている。
以前。
狼男の命は我の管理下にあり、我以外のために命は捧げないとは誓われたけれど。
(我のために死んでは元も子もないの)
はて、どうするかのと思えば。
『よっ……!』
狼男は焦る様子もなく、崖から突き出た太い木の枝に片手で掴まり。
「のの」
『下まで落ちたら這い上がるのは面倒だったから丁度いい』
と片手で楽々と、我を抱く自身の身体を支えている。
「凄いの」
素直に感心したけれど。
『これくらい出来なければ、キミの側には居られないだろう?』
「まぁ、そうの」
こやつがあまりに足手まといならば、その辺の村にでも置いてきたと思う。
狼男に、肩の方に股がってくれと腕を弛められ、
「うんしょの」
よじよじと肩車の様に股がれば、狼男は両手と両足で崖をガンガン登っていく。
狼男が裸足なのも幸を成した。
崖を登り終えても、そう息も切らさず、ケロリとして笑う狼男。
それにしても。
「我の落下によく気付いたの」
『あぁ』
姿の見えない我の気配を探って道を戻りつつ走っていたら、我が勢いよく崖の方へ進んでいる姿を見掛けたと。
『人里に降りてから、あれだけ本気を出して走ったのは初めてだ』
人では到底間に合わぬ距離を、狼男は駆けてきた。
我がポーンッと崖に向けて飛んで行く姿を見て、崖の僅かな出っ張りを足場にし、最後は壁を蹴って我に向かって飛んだと。
(ののぅ)
「さすがであるの」
感嘆に値する。
パチパチと拍手をしてみせれば。
『……いつか、キミは少しお転婆が過ぎると言っていた、彼の気持ちが今は少し解る』
狼男の苦笑い。
「くふふ」
それも含め魅力的であろうのと、狼男に両手を伸ばせば。
『んんん……』
そこは簡単には頷いて貰えない。
我を抱き上げながら。
代わりの、
『命が、縮まる』
との返事を貰えた。
はは。
「寿命が縮む、であるの」
『それだ』
それは困る。
こやつの前でのお転婆は、ほどほどにしなければ。
狼男は、我を抱っこしたまま山の中を駆け出し。
人ならば躊躇する高さから躊躇なく飛び降り、最短距離を駆けていく。
「フーン」
遠くから、狸擬きのこちらですの声が聞こえてくる。
『彼の、あのフーンは、可愛いな』
「そうであろうの」
見た目にそぐわず。
『でも』
でも。
『俺がキミに思う“可愛い”とは、また違う気がする』
ふぬ。
「難しいの」
『あぁ』
難しいと、狼男は我を抱く腕に少しの力を込めた。
辿り着いたその場所は。
水の流れは勢いがあり、小豆洗いにはあまり向いているとは言えないけれど。
翡翠はそこいら中に。
白いものから濃い色のものまで。
「のの、よりどりみどりの」
一面にゴロゴロと敷き詰められる勢いで広がっている。
サンドイッチの詰められていた鞄に翡翠を拾っては詰め。
鞄は狼男に背負わせ、我は狸擬きに股がり天幕の張られた山の麓へ戻れば。
天幕の外で地図を描き写していた男が、我等の姿に顔を上げ。
石を見せれば。
「ひすい……?」
「の。価値のある石のはずなのだけれどの」
向こうの世界の価値が、こちらにも通用するかは疑問だけれど。
「んん?……俺は、見たことがない」
男が眉を寄せ、真剣な顔で石を太陽光に透かしている。
ふぬ?
男も知らぬとは。
我は、久しぶりに、頭の中の記憶を開き。
普段、せいぜい料理やお菓子の本の記憶を開くくらいであり、あまり、かなり使われていない本棚を探る。
川では石をよく見たため、石の本があればたまに眺めていた。
じっと過去の記憶を探る我を。
狸擬きは小首を傾げ、男も狼男も、邪魔をしないようにか、黙ってくれている。
「……」
記憶に深く潜れば。
我が、変わらぬ小さな手でページを捲る記憶。
あれは、どこの川だったか。
大岩によりかかり、本を広げた。
ペラリ、ペラリと。
これを眺めていた者は、勉強熱心な人間だったのか、翡翠に興味があったか。
付箋が貼られていたり線が引かれていた。
(そうの)
「“翡翠”
大変に特殊な環境下でしか形成されず、その産地も局地的に絞られる。透明度の高い硝子質な翡翠の価値は総じて高い”」
だいぶはしょって口を開けば、それでも、おぉと低い声が上がる。
「我のいた場所での価値の話であるけれどの」
ただ、この世界と似ている部分も多いし、男も知らないと言うならば。
『その特殊な環境下が、山のあそこだったのか』
山を振り返る狼男。
「そうの。これは、そこいらにではなく、これの価値が解るものに卸すのが良いの」
それと、手紙を送る者たちの金筒にも、少しずつ忍ばせてやろうではないか。
物珍しさで少しは喜ばれるであろう。
「あぁ、そうしよう」
男も快諾してくれたため。
ならば。
「もうニ、三度往復し詰めてくるの」
ぺたりと伏せる狸擬きの背中に乗り、大きなずだ袋を背負い直す狼男と共に、山へ。
「フーン」
少し山の空気が変わりましたと狸擬き。
「の?」
「フーン」
巨大な芋虫が消えたせいでしょうと。
「そうかの」
悪い空気でなければそれでよい。




