102粒目
現れたのは、小さな白兎。
『“あぁ、彼は、僕の友人です”』
なんと。
種族違えど仲良しであると。
白兎も、山の異変と友である白蛇を心配し、気配を追ってやってきた様子。
「フーン?」
『?……♪』
「フーン♪」
同じ4つ足同士か、白蛇と比べると白兎との会話は容易に成立した模様。
しかし、残念ながら白蛇とは違い、我は白兎との会話は難しいらしい。
顔を突き合わせて話す狸擬きと白兎を眺めていた白蛇は。
『“あなた様は、ああいった害虫を退治する事を生業となさっているのですか?”』
我に向き直ると、そんなことを問うてきた。
「のの、たまたまの。普段は行商人の男にくっついて旅をしているだけの」
我の返事に白蛇は、今度は少しばかり変な間を取った後。
『“……安心したと言ってしまったら、怒られるでしょうか”』
「?」
何故であるか。
『“あなた様が満足出来る報酬が、果たしてこの山にあるかと不安になっていたのです”』
目を半分程伏せるため。
「我は勝手にこのお山に立ち入って、勝手にあやつを殺生しただけの」
仕事ならば、もっと慎重に、かつ幾つかの手順も踏んでいる。
我の返事に分かりやすく安堵をする白蛇に、白兎が前足を軽く上げて地面を柔く叩く。
「??」
『それならお礼として、甘い果物が実る木の生えている場所まで案内しようと』
狸擬きが訳してくれる。
『山の奥で人も入らないとも』
のの。
「それは有り難いの」
昼間にでも案内をお願いしよう。
それと。
「の、我はあの芋虫の寝床に案内して欲しいのの」
濡れ髪の匂いを嗅げば、粘液が落ちたせいか、水だけでも臭いが落ちている。
白蛇と白兎が我の頼みに仲良く跳ね。
「なんの?」
『あまり勧められないと』
狸擬き。
「なぜの?」
『“最近は腐臭が漏れ始め、獣も寄り付かなくなっているのです”』
腐臭。
粘液の臭いで間違いないのであろうけれど。
(ふぬ)
「の、その寝床からは、黒い靄が漏れていたりはするのの?」
当てずっぽうで訊ねてみれど。
『“?”』
『?』
どちらもピンと来ていない表情。
当てずっぽうはハズレであるか。
「フーン」
ならば、気狂い鳥たちの方に近いかもしれませんと狸擬き。
寄生虫の可能性。
「そうの」
確かめるためにも行ってみたいとせがめば。
どうしてもと言うならばと白蛇が折れてくれたけれど。
夜目が利くと言え、昼間の方がいいでしょうからと、我等も一先ず男達の元へ帰ることにした。
びしょ濡れなままな、更にびしょ濡れなワンピースを着直した我は、狸擬きには乗らず走って山を抜ける。
「フーン」
狸擬きは背中が濡れる位構いませんと言ってはくれたけれど。
「気になることもあるから走るの」
我の代わりに蛇が狸擬きの背中に乗り、皆で走り出せば。
(まだ身体が軽いの)
普段よりだいぶ早く走れている。
山を駆けながらも、白蛇が気になったと言う気狂い鳥の話を、二度目は大きなフォークを投げて仕留めたと話せば。
『とてもエキサイティングなお話だと、兎もはしゃいでおります』
ぴょんこぴょんこと我等の隣を軽快に走るこの白兎は。
『元は人里で飼われていた両親から生まれたけれど、はしゃいだ折に柵からすり抜けてしまい、外の世界を知り、そのままこの山にまで来て、そのまま暮らしているそうです』
のの。
色々な意味で強い個体な模様。
我の駆け足では異例な程に早く麓手前まで辿り着けば。
『“では、また日が昇ってからお会いしましょう”』
狸擬きの背中からするりと地面に落ちる白蛇と白兎に見送られ、天幕の張られた男たちの元へ帰ると。
「遅い。……それに、どうして濡れている?」
すでに作り笑いすらしていない男が迎えてくれた。
天幕の外で腕組をしながら煙草を咥えていた男に、今もじっと山を見上げている狼男。
吸い殻を吸い殻入れに落とし、おもむろに我の前に屈み、きつめに眉を寄せてくる男に。
「非常に強力な粘液を頭からぶちまけられたのの」
嘘を吐く必要もなく正直に答えれば。
「……粘液?」
更に眉を寄せられ。
「の。でもほとんどはこのワンピースが粘液を被ってくれたから、身体は平気だったの」
両手でそれぞれのスカートの裾をぐいと持ち上げて見せれば。
「!?」
男の瞳が見開かれ。
「の?」
「下着はどうした!!」
男の大音量に、お山の鳥達が若干飛び立った。
「の?」
驚いたのはお山の鳥達だけでなく。
我等を遠巻きに窺っていた狸擬きと、お山を注視していた狼男。
狸擬きは全身を、狼男は尻尾をそれぞれ目一杯膨らませている。
(のの)
そうである。
「沢で脱いで、そのまま履き忘れたのの」
ドロワーズと共に草むらに放置されているはず。
わざとではない。
うっかりしていただけである。
ただ、それ以上我が口を開く前に。
額を押さえていた男は、
「とりあえず着替えが先だ」
我を天幕に放り込み。
荷台から取り出した布と寝巻きやら肌着などを、まとめて隙間から渡される。
「ぬぬん」
数枚渡された布で髪と身体を拭き、着替えたのと伝えれば、眉間に皺を寄せたままの男が入ってくると、我の髪を乾かしてくれる。
その間に、狼男が小鍋で牛の乳を温め、蜂蜜を垂らしたものを出してくれた。
「の♪」
温い。
「フーン♪」
温まりますと狸擬き。
「……それで、何があった」
あぐらをかいて煙草を咥える男に、お山での出来事を話し、明日も向かうと伝えれば。
「明日もか」
事後報告のためか、三度眉を寄せる男に、
『なら、明日は俺も行こう』
と狼男。
お目付け役であるか。
我は信用がない。
男がこの山の麓で1人になることに付いては、ここからお山の気配を探る限りは、好戦的かつむやみに人を襲うような獣はいなさそうだからと。
その狼男が言うには。
『ここからも、山で何か起きているとは感じていたけれど、大きな異変に気づいているのは、まだ極一部だ』
ふぬ。
『キミはとても静かに事を成すから、混乱も少ない』
褒められた。
「ぬん♪」
胸を張ってみせれど。
「……」
今は作り笑顔で醸す男の静かな怒気に、我も狼男も慌てて口を噤めば。
鼻の頭に牛の乳の膜を付けた狸擬きは珍しく、
「フゥン」
わたくしめは不甲斐ありませんとしょんぼりしている。
「フンフン」
害虫の気配に全く気づけなかったのは名折れであると。
「あれは、このお山で産まれ生きた化け物であるしの」
更に気配を殺すことに長けていれば、初めてお山に入った我等が先手を取れるわけもなく。
『その、芋虫と呼ばれるものは、君を人の子と思ったのだろうか?』
男を気にしつつも、狼男が首を傾げ。
我も、男の大きな溜め息で発言の許可を得られたことを確認してから。
「どうであろうの。もしかしたら、風変わりな獲物が現れた程度やもしれぬの」
そして男からは。
我が積極的に面倒事に飛び込んだわけではなく、あくまでも、
「運悪く一方的に狙われた被害者」
であるため。
下着を履き忘れたことも含め、お小言は少なく済み。
ただ。
灯りを落とした天幕の中。
「俺が君を心配していたことだけは、覚えていて欲しい」
横になった布団の上で、胸に強めに抱かれ、低く囁かれれば。
「ぬ」
(ぬぅ……)
「……以後、気を付けるの」
殊勝に謝るしかないではないか。




