100粒目
無数の芋虫たちは木に、枝にも這い上がっている。
(いつの間にの)
巨大芋虫に比べたら赤子並みに小さいため、吐き出す粘液は少なく距離も短い。
「フーン」
実際、あの巨体から生まれたばかりの様子と狸擬き。
(のの?)
あやつに番がいるのか。
もしくは単為生殖か。
状況からして、後者の可能性が高い。
「……お主は離れておるのの」
「フーン」
御意、と狸擬きはピュッピュッと放たれる粘液を器用に避けながら、そのまま姿を消す。
あの巨体を追うように離れて行くけれど。
(ふぬ)
小さな芋虫たちは“我のみ”が標的となっており、狸擬きは一向に追われる気配はない。
我は1人囲まれ。
「数が多いの」
適当に蹴散らかし、我が狸擬きを追うとどうなるか。
こやつらも、あまり早いとは言えない速度で我を追うであろう。
すると、お山に厄介な粘液を撒き散らし、時には力尽き、時には別の生き物とかち合い、粘液を吐き出すはず。
(ぬぬん)
我が原因で必要以上にお山を汚し、無害な生き物たちの混乱と無駄な死を招くことになるのは必然。
それに。
「恐縮至極にも、お主等は、“我のためだけ”に産み出された者」
それに答えなければ、小豆洗いの名折れである。
辺りに意識を向けても、まだ気配を消すことには長けていない赤子芋虫たちは、1匹残らず、我の元へ向かってきている。
尚のことよき塩梅であり。
「御膳上等の」
我は粘液でねばる手の平から小豆を出すと。
(いつか)
そう、少し昔に見た。
動きを覚えているところからして、それは映像であったか。
その記憶を元に、小豆をそれぞれの指の間に挟めば。
「それでは、我の可憐かつ洗練された踊りを、とくとご覧あれのの」
我は両腕を広げ。
「開幕であるの」
「ふふん♪」
我はその場でくるりと回りながら、まずは目に付く赤子芋虫に対し指で挟んだ小豆を飛ばして行く。
台座の上で回転するオルゴール人形の如く、くるくる、くるくると。
「お主等は、何者の?」
問うてみても。
母体に口がなければ、赤子にも口はなく。
「ほいほいの」
枝葉から飛んでくるものには小豆を飛ばし、頭上から落ちて来るものは指先で弾き。
地を這いつつも思ったより飛距離を伸ばして跳ねてくるものに対しては、
「ふん♪」
回転がてら左足で蹴り飛ばしつつ粉砕。
地道に地を這ってくるものには、大きくステップを踏みつつ、靴の裏で踏み潰す。
指先で、靴裏で感じる芋虫たちは。
(まだ幾分やわこいの)
母体は随分硬そうに厚そうに見えたけれど。
そして強い粘液は吐き出されるものだけで、中身はどろりと体液が溢れるも、そこに強い粘り気は見られない。
我はひたすら芋虫を飛ばし弾き、
「♪」
蹴飛ばし跳ねて踏みつけ。
何か軽快な音楽でもあれば良いのだけれど。
今は虫すらも息を潜めている。
「……ふぬ?」
そして気づけば。
あれだけいた芋虫の最後の1匹が、
『……』
小豆が貫通し、べたりと地面に伏せ息耐えれば。
「のの」
辺りを見回すけれど。
我を中心に辺り一帯に悪臭が漂うため、むやみやたらと近付く生き物たちもいない。
「……のの」
ただ、お山に入った時はなかった、今は混乱を含めたざわめきを感じる。
(それもそうの)
我はその場で目を閉じてじっとしていると、だいぶ遠くから、狸擬きのフーンが聞こえてきた。
「のの」
巨大芋虫は、この短い時間でどこまで逃げたのか。
「今、そちらへ向かうの」
相変わらず粘液まみれの姿で、我はお山を走る。
斜面を駆け降り、また駆け上がり、倒木を飛び越えつつ。
「?」
(なんの?)
身体が妙に軽い。
粘液のせいでワンピースもべたりと身体にまとわりついてるのに。
駆け降りる時は無論。
駆け上がる時すら。
これは。
(お山の力のの?)
そう確信出来る程に、速度が落ちない。
だいぶ走ったはずだけれど。
狸擬きの気配に、緩やかな斜面の中腹で足を止めると。
「フンフン?」
お早いですねと狸擬きが先の木陰からひょこりと顔を覗かせている。
「の」
あの芋虫は、
「フーン」
あれは一見、無駄に巨体な芋虫に見えますが、無数の足が付いており異様に移動速度が早いのでありますと狸擬き。
「ぬぬ?」
百足か何かとの合の子であるか。
ならば巨大芋虫は、我のようにこのお山の力ではなく、自身の足の力で移動速度が早いのか。
「お主はあやつからも我からも、一定の距離を取るのの」
この粘液が付いたら、相当に厄介である。
「フーン」
承知ですと頷く狸擬きと先へ向かいながら。
我と狸擬きは、もう巨大芋虫そのものの仄かな気配ではなく。
このお山に住み、我等より巨大芋虫の存在をまだ察知しやすく、更に芋虫の出現の気配に、強い緊張を見せる獣たちの感覚を頼って辿り先に進めば。
「の、見つけたのの」
「フーンッ」
あやつの。
あの巨体を持ちながらの、夜のお山に馴染み、ここまで闇に紛れる力は認めざるを得ない。
相手もこちらに気付けば、我等を巧みに茂みに誘導しつつ、芋虫自体は闇に潜もうとしたため。
「させぬの」
その身体の尾から頭を貫くように、指先に力を込めて小豆を2つ、3つ飛ばせば。
『……ッ』
小豆は全て貫通し。
最期まで、芋虫には言葉を放つ口は存在せず。
『……ッ……ッ』
代わりにのたうち回った後に痙攣し、その場で息絶えた。
(おやの)
最後のあがきで、また赤子を捻り出すかと思ったけれどそれもなかった。
「フーン」
主様のお力を見くびらず、腹に溜めていた分身をあの場で全て産み落としていたのでしょうと狸擬き。
ほうほう。
「こやつも“見る目だけ”はあったの様子の」
ふわりと風が吹いたけれど、我の髪もワンピースの裾も微動だにしない。
一方。
今もふわふわと優雅に夜風にそよぐ狸擬きの毛。
「の」
「フン?」
なんで御座いましょうか主様と狸擬き。
「お主は、どれだけこのお山の異常を感じていたのの?」
従獣に問えば。
「フンフン」
恥ずかしながら、本当に何も気付けておりませんでしたとしゅんと頭を落とす狸擬き。
「のの?」
「フーン」
本当で御座いますとその場にぺたりと座り込む。
(なんと)
てっきり何かしらを察していて我を連れてきたのだとばかり思っていたけれど。
スンスンと情けなく鼻を鳴らすところからしても、嘘は吐いておらず。
夜行性である巨大芋虫の寝ている昼間は、狸擬きも何も気付けぬ程にお山は穏やかであり。
夕刻も。
「フーン」
久々の山でしたので、主様と散策をしたいと思ったのですと尻尾を左右に揺らす。
して、いざ山に入れば、徐々に静まるあの異質さにも。
「フーン」
我が主様の気配を過敏に察した生き物たちが身を潜めたのだと、あの瞬間までは、微塵も疑っておりませんでしたと。
(ののん)
我の強さを盲信しているからこそのポカ。
気付けぬ我も、狸擬きのことはそう強く言えぬけれど。




